決着
胸の辺りに突き上げるような頭突きを喰らい、足が地面から離れるのを感じた。
宙を舞っている間、世界がとてもスローに見える。一瞬にして色々なことが脳内を駆け巡り、
(まじ死---)
脳裏に死が過ぎった次の瞬間、背中から地面に叩きつけられた。
痛打を与えた鹿は倒れ込んだ俺の上で前脚を高く掲げ、容赦なく蹄を叩きつける姿勢を取り、振り下ろす。
(やばい・・・!)
咄嗟に両手で握っていたM1100を掲げ、振り下ろされた蹄を鋼鉄のレシーバーでなんとか受け止める。ガチンッという音と共に、とても筋力では支えられない重さが落ちて来た。
のしかかる鹿の身体から溢れる生暖かな血潮がボタボタと滴り落ち、上着にべったりと染み込み生臭い血とすり潰した草の混ざったような青臭い臭いが周囲に満ちてくる。
「ぐっ・・・!」
鹿に踏みつけられた銃の横っ腹が、胸を押しつぶす勢いでグイグイとめり込んでくる。それでも直接蹄を叩き込まれるよりマシだろう。それに背中のリュックが硬い地面との間のクッションになっているのも助かった。
鹿が次の一撃のために脚を上げたスキになんとか横に転がって抜け出し、なんとかよろめいて立ち上がる。
そして---至近距離で鹿と目が合った。ぐりっとした大きな目だ。
血を流し、ふらつきながらまだ命を諦めていないその瞳を見て、今更多少の罪悪感を感じた。
もはや立っているのが精一杯となった彼に無意な苦しみを与え続けているのは自分だ。
「---本当に、すまない」
よろめきながらまだ向き直ってくる彼に、今度こそ最後の一撃を。
巨大な野生動物を目の前にして、自分でも驚くほど落ち着いた。身勝手な使命感なのはわかっているが、とにかく彼の苦しみを止めてやるのが自分の責任だ。
自分でも驚くほどスムーズに3発弾を込める。1撃で決めるつもりだが万が一のためのフル装填だ。
銃を構えながら深く空気を吸い込んで呼吸を止め、赤い光点を至近距離で頭に合わせる。
彼は最後を悟ったかのようにこちらを見つめて動かなかった。
指先を動かし、火薬の炸裂する轟音が響き渡ると同時に、巨大な鹿はどうっと地に倒れ伏した。
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春人と鹿の決着がつき、鹿の巨体が地面に伏した。張り詰めていた空気が解れ、森に静けさが戻る。
「・・・獲ったね。もうこれ、この一頭だけでいいんじゃないかな?」
ターミンは万が一の時、鹿を射る為につがえていた矢を筒に仕舞い口を開いた。
「私は二頭獲れと言ったんだ。今更覆すなんて---」
「エルク。彼は君が苦しめた鹿を仕留めたんだよ?」
「くっ・・・わかっている!しかし約束は約束だろう⁉︎族長の一族たる私の---」
「エルク、頭硬い。ハルはあの大鹿をちゃんと仕留めた。認めていいと思う」
エルクの言葉を遮るようにしてサンバーもターミンに賛成し、
「・・・・・・ふん。そこまで言うなら仕方ない。とりあえず、今日のところはあの一頭でいいとしよう」
思いっきり不満顔のままエルクが折れた。
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「はぁーーー・・・デカイなぁ・・・」
自分が倒した大きな鹿を前に途方に暮れた。最初はあまり考えていなかったが、ここまで大きな鹿を一人でバラして更にもう一頭獲りに行くのは時間的にも体力的にも絶望しかない。本州の雄鹿の成獣でも一人でやると結構時間がかかるのに、このサイズとなるとどうなることやら想像もつかない。
「とりあえずやるか・・・」
デカすぎて運べないのでここでバラすしかない。足場が平らなのが唯一の救いだった。
リュックと銃を下ろし、腰に装備していた大振りなブッシュマンナイフで鹿の胸腔を刺して血抜きの穴を開ける。
この、ナイフで獲物を突き刺すズブリとした感触だけはまだ少し慣れない。
ドロドロと胸腔に溜まった血が溢れている間にリュックから解体セットを取り出して広げる。
レジャーシート、ゴム手袋、ゴミ袋、ゲームバッグ、出汁袋、某北欧家具屋さんの大きな水色のビニールの袋、ナイフ4本、折り畳みノコギリ、カラビナ、ロープが解体運搬の基本セットだ。
このデカ鹿を地面に転がしたまま一人で抑えて捌くのは至難の技なので、右の前後脚の腱と骨の間に穴を開けてロープを通し、太い木の枝にかけて引っ張り上げ、鹿の体の片側が支えられる姿勢を作った。
脚を吊られて半分仰向けの姿勢になった鹿の胸にナイフを入れようとした時---
「おめでとうハル。立派な鹿を仕留められたね。角も毛皮も肉も十分な獲物だよ」
「のわっ⁉︎」
なんの気配もなかった背後から突然声をかけられ思わず手を切るところだった。
「びびったー。あれ?半分クリアで一旦休憩的な?正直言って今から二頭目は厳しなーと思ってるんだけど・・・」
「合格だよハル。改めておめでとう」
「え・・・?いいのか?」
「ふん!温情に感謝しろ!本来だったら認められないんだからな!それに、あくまで今日のところはだ!とりあえず合格とするが、また後日お前の技量を測るからな!」
ターミンが爽やかイケメンスマイルでおめでとうの握手を差し出している後ろから、相変わらず厳しい顔のエルクが人差し指をビシッと突きつけてきた。




