プロローグ
朽ちた倒木、踏みつけた草、湿った土の混ざり合う、独特な匂いに満ちた陰気な森の中。
白い幹の木々が頭上高くまで伸び、天をその葉が覆い尽くす薄暗いこの森の風景は、見慣れてきたとはいえ不気味なことには変わりない。
最近、世間ではソロキャンプが流行っているようで、「1人で山に行くと安らぐ」とか「ソロキャンで気分リフレッシュ」なんて、テレビやネットなんかで見かけるが、個人的にはそんな事あんまり感じたことはない。
正直いうと、1人で森や山に入ると割と恐怖を感じる。アウトドアは好きだが、基本的にビビリなのだ。
山や森では暗がりに何が潜んでいるかわからないし、迷ったら嫌だし、熊なんかも怖い。
山にいると常に何かの気配を感じるような、得体の知れないモノに見られているようなキミの悪さがある。
友達と2人とか、複数人で山に入る時はそんなことはないが。
そして、今日は後者のパターンだった。
しかし今回は話を聞く限り獲物が厄介そうだ。
「グルアァァァァ!」
木々の間から姿を現した巨大な四つ脚の獣の群れが牙を剥き、獰猛な唸りを上げて薄暗い森を駆けて来る。
「きた!けどマジかよ・・・!」
あまりの迫力に流石に怯んだ。
月の輪熊と遭遇して仕留めた事はあるが、そんなものの比じゃない。これは本物のモンスターだ。
樹上で待ち構えたハンター達が次々に矢を射かけるが、図体がデカい割に速く小回りが効く獣たちは、樹上から降り注ぐ矢を気にもしていないようだった。
少数の群れで襲い来るその獣達は、灰色の魔狼というらしい。簡単に言うと牛より一回りくらい大きい狼だ。
やばい、マジでこっちに来る---
恐怖と緊張で震える身体を押さえ込むように木に押し付け、銃を構える。
鹿や猪を相手にするのとは訳が違う。
サポートがあるとは言え、外したらそれこそヤバすぎる。
「もう、やるしかないっ‼︎」
射程に入りつつある魔狼にドットサイトの赤い光点を合わせ、焦りを抑えてタイミングを待つ。巨体故にある程度遠くから姿が確認できるのだけはありがたい。
まだ遠い・・・、まだ、まだ、今---!
呼吸を止め、トリガーを引き絞る。
---ダァン!ダァン!
「キャン!」
耳を裂くような炸裂音が二度響き渡り、先頭を走ってきたワーグがドッと地面に転がった。
「わ!ハルト!ハルト!当たった!当たったよ!」
ワーグが派手に転がり、仰向けで脚をジタバタさせたのを見て、銀髪褐色の少女が興奮した様子でぴょこぴょこ跳ねた。
先端からうっすらと煙を上げる単身の散弾銃を構えたまま、はしゃぐ少女に「あー」と適当な返事を投げる。
役割分担で言えば自分がオフェンスで彼女がディフェンスなので、まだ気を抜かないで欲しい所だ。
撃ち損じたり複数が同時に来た時、彼女が防御魔法で守ってくれる事になっている。
とりあえず一頭転がしたが、まだ気を抜くことはできない。
一応止め矢として、仰向けに転がっている魔狼にもう一発撃ち込む。
正直、何発撃ち込んでも怖いくらいだ。
この世界の生態系についてよく知らないが、今相手にしているのは日本で最高に危険なヒグマよりヤバい相手だと思う。
どのくらい矢に強いのかもわからなかったが、どうやら二発撃ち込んだ時点で致命傷だったようで、すっかり動かなくなった。
周囲に目と耳を凝らしながら、空になった薬室とチューブマガジンに弾を三発装填する。
どうせここには小煩い銃刀法なんかないんだから、装弾数を増やしてくれば良かったと、今更少し後悔した。
よく考えれば無謀だった。ヒグマ撃ちなんて、五発連射できる口径のでかいライフルですら狩りに行くのは危険なんだから。
それから暫くの間、獣の走る音や唸りが聞こえていたがこっちにくる気配はない。
木々の間にチラリと巨体の影が見えたが、発砲音と仲間の悲鳴で危険を察知したのか、来た方向に逃げ行ったようだ。
樹上で弓を構えていた身のこなしの軽いハンター達が、逃げゆく魔狼に更に矢を射掛けながら追い立て、頭上がザワついている。
それから暫く緊張したまま待っていたが、気配もなくなり騒ぎも収まった。
「あー、もう・・・クソっ」
安全のために薬室内の一発だけ弾を抜こうとするが、今更になって激しく手が震え、弾を何度も取り落とす。
一体、自分は何をしてるんだろうか---
つい先週まで関東の山で猪鹿狩りに夢中になっていた。
それなのに、何でこんなことになったのか。
突然わけがわからないまま、知らない場所に飛ばされて、飛ばされた先で魔獣狩りすることになるなんて。
大学2年生の新米ハンター、矢絣春人は異世界に飛ばされていた。