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 二人は食料が尽きる三日間、ともに過ごした。

 扉にかけられた魔法はとっくに解除されていたが、


「今まで、親父たちに散々振り回されてきたんだ。出てこないと心配かけても、罰はあたんないだろ」


というレイの言葉によって、ギリギリまで部屋に留まっていたのだ。


 短くも濃厚な三日間を過ごし部屋を出ると、目の前には、


「サラサ、レイ! 本当に……本当にすまなかった!」


 二人の前で土下座する両父親の姿があった。

 

 突然の光景に、言葉が出ない。それは隣にいるレイも同じようだ。

 

 その時、ふわりと部屋の空気が動いた。

 サラサの母親――カレン・ライトブルとレイの母親――ニーシャ・ヒルトンが立ち上がり、二人の前にやって来たのだ。


 自分たちの前に立つ母親同士の間に流れる空気感が、部屋に入る前とどこか違う。

 二人の距離感が近いというか。

 

 気のせいかもしれず、どう話題に振れればいいのか戸惑っていたサラサだったが、カレンはレイの母親ニーシャに目配せすると微笑んだ。


「あなたたちが部屋に閉じ込められている間に、ニーシャさんとたくさんお話をさせて頂いたのです。とっても良い方でしたわ」


「ええ、私も同じことを思いました。こんな良い方が、お父様の言うような酷い方だなんて思えないって。そこで気づいたわ。私たち家族は、お父様たちのイザコザに巻き込まれていただけなのだと……あなたたち含めてね」


 それを聞き、両父親はバツが悪そうに口元を歪めた。


 どうやら、サラサたちが部屋にいる間、母親たちが結託し、父親たちを責めたてたのだという。それはもう、今まで見たことのない剣幕で詰め寄り、お互いが何故仲たがいしたのか、きっかけを聞きだしたのだ。


「で、仲たがいしたきっかけは何だったんだ?」


 レイが尋ねると、二人の母親は呆れたようにため息をついた。サラサの母に至っては、眩暈がしたのか額に手を当てている。


「……俺が、サムスの限定菓子を食べたんだ」


「……え?」


「だが俺がどれだけ謝っても、サムスは絶対に許さなかった。だからつい俺も意地を張ってしまって……」


「そ、それが仲たがいの原因……ですか、お父様、叔父様?」


 両父親は、黙ってサラサの問いに頷いた。


 あまりにもくだらなさ過ぎる理由に、サラサは膝から崩れ落ちそうになった。慌ててレイが身体を支えると、まだ二人の前で頭を下げている両父親に怒りをぶつける。


「くっだらねぇ理由で、俺たちを散々振り回して! 俺もサラサも、今まで十年間、どんな気持ちで過ごしてきたか分かってんのか、クソ親父っ‼」


「そ、それは本当に申し訳なく思ってる! 今思えば、俺たちもなんであんなくだらない理由でいがみ合っていたのか、不思議なくらいだ! お前たちには迷惑をかけた。全部が終わって今さらだが、離縁して貰ってもいい! サラサちゃんには、ヒルトンの名に懸けて、良い縁談を用意する! 本当に済まなかった」


「……はぁ? サラサと離縁して、他の結婚相手を紹介する……だ……と? ふざけんなよっ‼」


 ブチ切れたレイの怒声が響き渡る。が、父親たちは、無理やり結婚させたことを彼が怒っていると勘違いしているようだった。


 サラサはへたり込みそうになった身体に活を入れると、レイに怒られて小さくなっている父親たちと視線を同じにした。


「お父様、叔父様。私は、離縁などいたしません。私は彼が……好きなのです。だからこのまま夫婦としてともにいることを、お許し頂けませんか?」


 彼女の静かながらも、優しい声色に、父親たちは目を見開いた。そしてサラサの言葉が真実か問うように、ふて腐れているレイに視線を向ける。

 彼は、唇を尖らせると、ああもうっ、と苛立ちの声を上げて茶色い髪をかきむしった。


「ああ、そうだよ。俺たちは、ずっと互いが好きだったんだ! でも親父たちのせいで、自分の気持ちに正直になれなかったんだよ! だから勝手に離縁させようなんてすんなっ‼」


 そう言って、姿勢を低くしているサラサの身体を引き寄せると、ギュッと抱きしめた。


「やっと……やっと気持ちが通じ合ったんだ。十年間、ずっと待ったんだ……もう二度と、離すかよ」


 切なそうに声を震わせ、レイが抱きしめる腕に力を込めた。


 両親の前で抱きしめられ、恥ずかしい気持ちで一杯だったサラサだったが、レイの言葉から感じる想いに、胸がいっぱいになる。

 そっと瞳を閉じ、彼の肩に顔を寄せる形で身体を預けた。


 寄り添う二人を見て、両父親はポカンとしていた。が、互いに顔を見合わせると、


「悪かったな、サムス……」


「いや、俺だって意地を張ってたんだ。兄貴が謝ることじゃない」


 心の底から謝罪しあった。

 こうしてようやく両家の長年の確執は解消されたのだった。


 そして今、皆の姿は祖母マーガレットの寝室にあった。

 なんでもあの部屋を出た花嫁は、遺産のありかを示すヒントが見える特別な目が与えられているらしい。


「何か見えるか、サラサ?」


 父親に問われ、部屋を見回した。

 ベッドが視界に映ると、生前、マーガレットが微笑みながら彼女を迎えてくれたことを思い出す。

 

 その時、目線の先にキラリと光るものが見えた。


「あれは……」

 

 本棚に立てられている一冊の本が光っている。皆がサラサの視線の先を追うが、不思議そうに小首を傾げている。どうやら遺言通り、見えているのは花嫁だけのようだ。


 小さな光を宿す本を手に取りページを開くと、一枚の紙が落ちて来た。


 亡きマーガレットからの手紙だった。


「……ええっと、


『私の残した遺産は、あなたたち《家族》です。


 皆の力を一つにしなさい。

 互いを信頼し力を合わせなさい。


 家族の愛は、どんな困難にも打ち勝つことのできる素晴らしい魔法なのだから。


 ――私の愛した家族たちへ』


 ですって」


 血を分けた息子とその伴侶。

 彼らの愛から産まれた孫たち。


 それが大魔女マーガレットが残した遺産――

 

 しばらく沈黙が流れた。

 が、


「あはっ……あははははっ‼ くっそ、かーちゃんらしいな!」


「ほんとだな、兄貴! でも……そうだよな。もし母さんが本当に遺産を残していたとしても、俺たちがいがみ合っていたら、結局争いごとが増えただけで、何の解決にもなってなかっただろうしな」


「力を貸してくれるか、サムス?」


「もちろんだ、兄貴。一緒に商会を立て直そう! 一人じゃ無理でも、力を合わせれば何とかなるさ!」


 今までの不仲などなかったように、笑い合いながら協力を誓う父親たち。


 そんな彼らを、他の家族たちは非常に呆れた表情を浮かべて見つめていた。しかし、カレンが小さく噴き出すと、それにつられてニーシャが笑いだした。


 急速に距離を縮める両親たちを微笑ましく見つめながら、サラサはマーガレットのベッドに視線を向けた。


(ありがとう、お婆様……いがみ合っていた家族を一つにしてくれて……レイへの気持ちを、気づかせてくれて……)


 記憶の中の祖母が、彼女に向かって満面の笑みを浮かべた。まるで、


”幸せにおなり”


 そう言っているように。

 心が温かくなり、もう一度手紙に視線を向けた時、


(え?)


 目にしたものに、軽く息を飲んだ。

 彼女の異変に気づいたレイが、眉をしかめ尋ねる。


「どうした、サラサ? もしかすると体調が良くない? ここ三日間、俺がずっと離さなかったから――」


「ち、違うってばっ‼」


 顔を真っ赤にしてサラサは否定する。

 もうっ、と呟くと、プイっとレイから視線を反らしたが、握り合った手から伝わる温もりが、彼女の恥ずかしさを、先ほど目に入ったものに対する疑問を塗り替えていく。


 胸の奥が詰まって苦しくなるほどの、幸せへと――

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