君じゃないと駄目だ
久しぶりの短編です。
僕は妖精だ。身体は小さいけど薄紫色に光る羽を羽ばたきながら宙を自在に舞うことが出来る。
でも、それは妖精なら皆出来ることだ。寧ろ魔法を使ったりテレポートしたり、僕の代わりどころか上位互換とも言える存在が妖精界にはたくさんいた。そして、皆は僕のことを「何も出来ない奴」と呼び、何も期待していない。
僕はそれが凄く寂しかった。誰でも良いから僕のことを必要として欲しかった。1度でいいから「君じゃないと駄目だ」と言われたかった。
だから僕は妖精界を飛び出して自力で空を飛ぶことが出来ない人間が住む世界に行くことにしたんだ。
そこでなら僕を必要としてくれる者がきっといると信じて。
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「妖精さん、オレ…… 友達が少ないんだ。どうすればクラスで人気者になれるんだろう?」
僕が人間界にやって来て数ヶ月が経った頃、ある少年に出会った。その少年はちゅうがっこうという学校に通っているが友達が少ないらしい。成績も真ん中あたりで運動も平均的と特徴があまり無い子だった。彼は酷く寂しそうで悩んでいた。まるで僕みたいだった。
だから僕は今まで妖精界や人間界で学んだあることを彼に教えることにした。
それは……………「共通の敵を作ること」
共通の敵を作れば自然と自分の味方を増やすことが出来る。僕は彼と似たような人間の事例の中で1番の成功例を彼に教えたのだ。
敵はクラスで1番勉強と運動が出来ない、太っていて冴えない見た目をした少年をターゲットにするようにアドバイスした。見る限り大人しそうな性格だったのも選んだ理由だった。どれだけ虐めても反撃出来ないだろうし。
仲間外れにしたり無視をすることなど最初にやることを少しずつ教えてあげるとやがて彼はいじめっ子としてクラスの中心的存在になっていった。彼の周りにはいつも人がいる状態になった。虐めも段々エスカレートしていくに伴って彼の顔付きは少しずつ醜悪なものになっていったが、僕は特に気にしなかった。
必要とされる喜びを生まれて初めて感じていたからだ。寧ろどうやってアイツを虐めて遊ぼうか一緒に考えたり率先してアイデアを提案していたくらいだ。思えば僕の顔も彼同様、醜悪になっていたのかもしれない。だが、それでも構わなかった。僕には友達がいたから。生贄1人でこんなに良い思いが出来るのなら醜くなっても良い。
しかし、そんな幸せは長くは続かなかった。
「え………? どういうこと……? 僕に出て行ってくれって…………?」
「ああ、妖精のお前がいるとオレまで変な奴だって思われるからさ。……悪いな」
「そんな…… で、でも……僕が居なくなったらアドバイスとか出来ないよ。これからどうやってアイツを虐めるの?」
「それなら大丈夫だよ。代わりに友達がいっぱい居るしな。もう寂しくないんだ」
彼は笑いながら言う。それを聞いて頭の中が真っ白になった。
結局僕は代わりの効く存在でしかなかったってことなのか。放心している僕を見て少し罪悪感の表情を見せながらも彼は去って行った。僕はそんな彼の後ろ姿を見ることしか出来なかった。
あれから何時間経ったのか。ずっと僕はへたり込んでいた。これからどうすれば良いのか分からなかった。その時ーーー
「へえ。嘘だと思ってたけどまさか本当に妖精がいたとはな」
突然声がしたと思ったら僕は小瓶に押し込められてしまった。いきなりのことで僕は逃げ出すことも出来なかった。瓶にいる僕をジイっと見つめる顔が映る。
犯人は僕が彼に虐めるようにアドバイスしていたアイツだった。彼の顔や腕にはあちこち絆創膏や包帯が痛々しそうに巻かれている。僕や彼が提案した遊びで付いたものだ。
「俺が本当に復讐したいのはお前だよ」
そう言うといじめられっ子のアイツは僕が入った瓶を持っていた鞄に乱暴に押し込んだ。視界は真っ暗で何も見えなかった。何が何だか分からなかったが、恐ろしいことが起こりそうな予感が僕を襲った。
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少し経って、僕が鞄から出された時にはアイツの部屋の中にいた。何度か脱出を試みるが小瓶はしっかり蓋がされていて出ることが出来ず逃げられない。
アイツは鞄から何か別の物を取り出した。それはビニール袋に入っていて中身は分からないが、赤い液体がビチャビチャと不気味な音を立てていた。アイツは袋から中身を取り出し、入っていた袋を下にして瓶の隣に置いた。僕はそれの正体を見て震え上がり、吐きそうになるのを必死に我慢した。
それは彼の首だったからだ。余程惨く殺されたのだろう。虚ろな目を向け、死してなお苦悶の表情を浮かべている。さっきまで僕と会話をしていたはずの彼の変わり果てた姿を愉快そうに眺めていたアイツが口を開いた。凄く嬉しそうに。
「さっきお前を捕まえる前に殺したんだ。ふふっ、やっぱり何度見てもスカッとするよ。俺はずっとこいつに虐められていたからな。死ぬ前こいつが言ってたんだ。妖精に勧められて俺を虐めることに決めたって。なぁ、お前がその妖精なんだろ? ……だから今度はお前にも復讐してやろうと思ってな」
アイツはそう言うと机の上にあった工具箱を開けた。中には色々なものがあった。そう、色々なものが。アイツはさっきまでと打って変わって低く冷たい声で僕に話し掛け始めた。
「こいつみたいにすぐに死ねるなんて思うなよ。俺が今までお前に唆された奴にどれだけ苦しめられたか…… じっくり倍にして返してやる。楽しみにしてろよ」
アイツはニタァと歪んだ笑みを浮かべた。僕は震えながら尋ねた。
「……そ、それって……僕じゃないと駄目なの………?」
それを聞いたアイツは途端に笑みを引っ込めて真顔になった。
「当たり前だろ。俺が復讐したいのはお前なんだ。お前じゃないと駄目なんだよ」
君じゃないと駄目だ
それは僕がずっと誰かに言われたかったはずの言葉だった。だがその言葉は皮肉にも今の僕をただ絶望のどん底に追いやるための言葉にしかならなかった。
「僕」の末路は読者の皆さんの想像にお任せします。少なくとも悲惨な末路なのは確かです。