後編後
難産でした。ざまぁとしては、物足りないかも? 殺すより生かす、あの世の衆合地獄より、この世の衆合地獄。
加奈は、ただ部屋でぼぅっとしていた。何も、やる気が起きない。
警察に連絡先を渡されたが、何も分からないのは加奈も同じことであった。
「……博」
名前を呟き、携帯電話の着信を確認するが、もちろんあの最後に聞いた謎の音声以来、電話が掛かってくることはなかった。
ーー♪♪♪
携帯が鳴り出した。慌てて手に取り、発信相手の確認をする。そこには、博と表示されていた。
「博! 何があったの!?」
慌てて通話のアイコンをタップし、電話に出る。
『ザザ…………ぐちゅ、くちゃ、にち…………あ、ああ、止め、、、ころし、、、いた、、、いたい、、、あぎゃご……』
また、あの電話であった。何かを噛む音、それに、博の絶叫……。加奈は、なんとなく理解してしまった。ガムなんかじゃない、これは……肉を噛む音なのだと……。
「な、何、なんなの……?」
加奈はその音のあまりの悍ましさに携帯電話を床に落としてしまう。博からの電話だ、しかしあまりに悍ましく気持ち悪い。触れているのも嫌だ、さっさと切れてよ!?
しかし、その願いは叶わない。携帯が、勝手にスピーカーモードに切り替わる。
『…………ぐちり、むち……いたい、いたいいたいいたいいたいいたいいたいぃぃぃっ!!……』
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁ、止めて聞きたくない、聞かせないでよ!!」
頭に血が昇り何も考えられなくなった加奈は、足を振り上げ、携帯を踏みつける。壊してしまえば、壊れてしまえば、音は出なくなる。出せなくなると咄嗟の行動であった。
しかし、残念ながら最近の電話は素足で踏まれたくらいではビクともしない。
「止めてよぉ、もうやめてぇぇぇ」
仕舞には、耳を塞ぎ座り込んでしまう。
どれほどの時間、その体勢で固まっていたのだろうか……気が付けば、何も聞こえなくなっていた。携帯を見ても、すでに通話状態は終了している。
「お、終わった……の……?」
恐る恐る携帯を手に取り、画面を確認する。通話画面ではなく、ホーム画面が表示されている。いつものアイコンが並んだその画面に、少しだけほっとした。
だが、現実は甘くはなかった……。
『……カナ……ヒヒ、イヒヒヒヒ……カナあああぁぁぁぁぁ……っ!!』
歪んだ頭、血まみれの顔、右目のあるはずの場所にはただ黒い穴がぽっかりと開いている。そこからは、わからない。なにかわからない黒い何かが溢れ出ていた。
眺めていた携帯の画面であった。ほっとした瞬間だった……そこに、幼馴染の、壊れてしまった幼馴染の顔が現れ、自分に向けて手を伸ばしてきた……。
「あ、ああああ、ああ、あああああああああああ」
何が起きたのかわからなかった。気が緩んでしまっていたのだ、もう終わったと思っていたのだ……なのに、なのに何故!?
ホラー映画ではどうだっただろうか……登場人物は、きゃーっと叫び逃げ出していたはずだ。しかし、出来ない、それが出来ない。何も頭に浮かばない、驚き、恐怖、そんな感情に全てが支配されてしまい、脳が身体に命令出来ない……。
伸びた手が、手が……携帯を画面を突き抜け、自分の髪を掴む……そして、まるで画面の中に引き込もうとするかのように思いっきり引っ張ってくる。
このまま、引き込まれたらわたしはどうなるのだろうか……分からない、でも、それだけは駄目だ!
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫であった。加奈の口から出たのは、ただの叫び。しかし、それが良かったのか……身体が、動いた。しかし、髪を掴まれたままの頭は動かない。引きずり込もうとする力に抵抗しようにも、身体は動かせない。だが、手は、手は動く……それなら! 加奈は、着たままであった制服のポケットを探る。カサリと、指先に触れるものがあった。お願い効いて……!! そして、加奈はそれを手に取り、自分の髪を掴む腕へと叩きつけた。
『ア、アギイィィィィィィ』
孝之が苦しんでいる! やった、お札が効いたんだ!!
「は、はは……ざまぁみろ!! 孝之の癖に、調子に乗ってんじゃないわよ!」
もっと苦しめ、苦しんで消えてしまえ! さっさと地獄の堕ちろ!!
『ィィィィ……イイヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!! む~だだよ~……♪』
……。
孝之は、画面の中で嘲るような表情を浮かべ、わたしを嗤う。
……。
嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う。わたしも、嗤う。
一緒に、嗤う。幼かったあの頃のように、幼馴染と嗤う。
わたしは、孝之が子供の頃から好きだった。今も、愛している。
そうなのだ。わたしは、博に抱かれながらも孝之を確かに愛していた。だから、貶めた。孝之の尊厳を貶めるのが気持ち良かった、他の男に抱かれながら、孝之を罵るという行為が心地よかった。あの日、あの時、絶望に染まった孝之の表情を見た瞬間、わたしは確かに激しく絶頂を繰り返していた。何度も……。
恐らく、そんなわたしの歪みを同じように歪んでいた博は見抜いていたのだ。だから、わたしを口説き自分のモノとした。そして、孝之を罵ることで反応するわたしの身体を貪った。いや、貪りあった。
あぁ、あぁ……気付いた、気付いてしまった。だから、孝之が自殺してしまってから、気持ち良くなくなってしまったんだ。だって、孝之が居ないんだもの……わたしは、なんという事をしてしまったんだ……あぁ、どうしてあんなつまらない事で死んでしまったの、孝之。もっと、もっとあなたを……苦しめたかった……もっと、気持ち良くなりたかった……!!
この時、加奈は自分の中にあった欲求にはっきりと気が付いたのだ。それは、実に歪んだ唾棄すべきものであったが……加奈は、ずっと前から、すでに狂っていたのだーー。
……このクソ女、質が悪いにも程がない!?
加奈の様子を見ていたぼくは、その姿に戦慄をしていた。なんで、怨霊のぼくが怖がってんだよ……。
まぁ、いいか……ぼくの事を今でも愛しているんだろ? なら、受け入れてあげるよ……もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとぉ! ぼくを愛してくれればいいさ!!
その手伝いはちゃんとしてあげる。
さぁ、SAN値チェックの時間だ!! 先生、お願いします。あ、あとでちゃんと超本格的、本場のクトゥルフTRPGのセッションに付き合いますんで……幽霊でもSAN値削れるって評判の……。
髪を引っ張っていた手がわたしを離す。画面の中の孝之は、ただじっとわたしの顔を見て……そして、最後には笑顔を浮かべ、消えていった。あぁ、わかってくれたんだ、わたしの愛を、わかってくれたんだね、孝之!
「あ、あははははははは、孝之が受け入れてくれた、わたしの愛を受け入れてくれた、あはははははははは!」
これほど嬉しいことは無かった。
「そうだよ、博に抱かれて気持ちよくなってたのも、全部孝之を愛していたから! 孝之が居なくちゃ、気持ちよくなかったもの!! でも、もう違う。ここに、この携帯に孝之が居るんだもの、だったら、もっと愛してあげれる、もっと愛し合えるんだよ、わたし達!! あは、あは、あははあははははあはは! わたし、頑張るね、孝之……あはははあはははははあはははあははははあははははははあはははははははははは!!」
それからの加奈の人生は、まさにバラ色であった。
誰でも良かった、誰に抱かれても気持ちが良かった。だって、わたしには孝之が憑いているのだから……全部、全部が孝之への愛の形。あは、今日も見てくれてるんだね、わたし頑張るね。孝之を愛してあげるね! 他の男の人に抱かれて、孝之の事を罵って、貶めて、今日も見てくれるんだよね? 孝之のあの顔、見せてくれるよね? あはははははははあははははは、気持ちいい、気持ちいい、気持ちいいぃ!! もっと、もっと、もっと孝之の顔を見せて、悲しそうな顔を、絶望の顔を、傷ついて歪んだ顔をわたしに見せてぇ、気持ちいい、気持ちいいのぉ!! もう、それしか考えられない、それだけでいい。ずっと、ずーっと気持ちいい人生を二人で送ろうね♪
様々な淫行が学園にバレ、退学になろうとも、それまでの友人達からどれだけ冷たい目で見られようが、両親に絶縁されようが、妊娠してしまい、相手の男にむりやり堕胎させられようが、全て、全てが孝之の為♪
路地裏でぼくへの愛(暴言)を口にしつつ、ホームレス達に抱かれる加奈を見ながら、ぼくは満足していた。
「あぁーあ、加奈ってば完全に頭おかしくなってしまってるねぇ。それに、ぼくがあんな汚物塗れの女をいつも見ているとでも本気で思ってるのかな? もう、勝手な妄想の世界に生きてるね、あいつ」
「ありゃ、もう人として終わってんな……割と、好きなジャンルだけど……呪い殺さなくて良かったのかよ?」
隣で一緒に見学していた師匠が、加奈の様子を見ながら……なんか、ちょっと興奮していた。まぁ、性癖は人それぞれだと思う、うん。
「……加奈には、生きていて欲しいんです」
「お? お優しい……わきゃ無いか、おまえがあんな風にしちまったんだしな」
「イヒヒヒヒ……ずっと、ずっと加奈には生きてもらいますよ。自殺なんてさせない。絶対に、ぼくが助けてみせます。だって、加奈が死んでしまったら愉しくないじゃないですか……見て下さいよ、親の愛情も、友人も、人としての尊厳すらも失って、それでも楽しそうに生きる姿。たまらなく汚らしく滑稽じゃないですか、もう理性すら碌に残ってもいない、ただただぼくへの愛の為、ぼくだけの加奈になって、ぼくに……見下され、貶められる加奈……すばらしいじゃないですか。楽しみです。何時か、年老いた加奈がふと正気に戻り、自分の人生を振り返った時、何を思うのか……ふふ、今から愉しみで仕方がないんです!」
「……お前ら、実は似た物同士だったんじゃねぇの?」
そんな呆れたような師匠の声が曇天の空に流れていった。
正直、わたしではここまでが考えられる限界でした。
考え過ぎて頭痛を感じるとか、受験勉強とか以来でした(汗
パターンとしては、「ねぇ、知ってる」「聞いた聞いた、〇〇くん死んだんだってね」という、お決まり展開から始める話、普通に加奈がずるずるされる話、とあったんですが、作者的に、もし、現実でこれほど人を恨み憎むことがあったとしたら、と考えた結果「殺して、あるのかどうかわからない地獄に堕とす」より、「生きてこの世の地獄を味わって欲しい」と考えたので、こんな結末になりました。