後編前
「どうしたんだろ、博……」
彼女は、加奈は教室の窓から、彼の席を眺めながらそう呟いた。
加奈が博と出会ったのは、まだ孝之と付き合っていた頃。クラブ活動で出会い、よく会話をするようになっていた。博は孝之とは違い、積極的に迫って来るタイプであった。最初の頃はなんとも思っていなかった……しかし、話をしている内に気を許し、触れ合い、唇を合わせてしまい……そこからは、早かった。すぐに身体まで許し、心は孝之から博へと移って行った。
最初は罪悪感もあった。しかし、博と付き合っていく中で、その心までも博と同じく歪んでいった加奈は、直に孝之の事を悪く言い出すようになる。そして、気付いたのだ……博に抱かれている時に、孝之のことを悪く言うと酷く興奮する自分に……。
もう、罪悪感など欠片も無かった。ある日である。博からある提案をされた……それは、孝之に自分達の行為を見せつけてやろうという話であった。
加奈は、その提案にすぐに乗った……その瞬間の孝之の表情といったら……思い出すだけで、身体が高ぶりさらに博を求めた。
そのあくる日、加奈は両親から孝之が自殺してしまった事を告げられた。顔には出さなかったが、ほっとした。昨日の事を両親に告げ口されたらと考えていたからだ。だが、死んでしまったのならその可能性は無い。両親は加奈と孝之が付き合っていた事を知っていた為、あれこれと聞かれた。だが、何も知らない、そう言い通して、泣く演技までする羽目になった。
その日の晩、孝之の家でお通夜が行われた。
飛び降りだったらしい。納棺された棺桶の蓋は閉じられ、中が見えないようになっていた。見せれるような状態ではないのだろう。なんとあっけない。情けない孝之にはお似合いの最後だと思った。
それからは、博と加奈は毎日のように交じり合った。
毎日、毎日だ。もう、孝之の相手をする必要もない。けれども、周囲は加奈と孝之が付き合っていた事を知っていた。まだ、まだ博との付き合いを知られる訳にはいかない。だから、ひっそりと、しかし毎日交じり合った。
それから、何十日かした頃だった。
両親から孝之の49日の事を聞かされたが、加奈には何の興味も無かった為、その日もまた博と会っていた。しかし、その日は何時もと違った……。
ホテルの電気が消え、テレビが雑音を発し、そして、そしてそこには……孝之の姿があった。
幼馴染であったのだ、間違えるはずが無い。そんな、勝手な自信が加奈にはあった……恨めしそうな顔、そして声……ぞっとした。
これ程までに、自分達を憎み死んだのだと、嫌でも思い知らされた。
それはすぐに収まった。
加奈は、博にお祓いを提案した。それで、どうにかなるのかは解らない。だが、孝之は絶対にわたし達を許さない。何かしなければ、絶対に消える事はない。そんな、確信が加奈にはあったのだ。
どうやら、博はあの姿が誰であったかは解らなかったようだ。それはそうだろう。彼は孝之のことをクソ雑魚と呼んで、興味すら無かったのだから……加奈もまた、博に変な心配をさせないように黙っている事を選んだ。お祓いをしてもらえれば、孝之なんて根性無しの雑魚男なんだから、すぐに消えるはず。そう勝手に思い込んでいた。
ホテルから出たその足で、近くにあるお寺に向かった加奈達は、そこに居た住職さんに訳を話しお祓いをしてもらった。もちろん、ホテルなどの事はボカシて伝えた。お祓いの後、住職さんは二枚のお札を加奈達に手渡した。
とても強いお札らしい。すでに何かが憑いているような感じはないが、もしもの時はこのお札に頼りなさい。そう言っていた。まぁ、ただの自称ではあったが……。
そして、二人はそこで別れた。お互いに、少しでも早く家へと帰りたかったからだ。
お祓いが効いたのか、それからは何事もない日々が続いた。やはり、所詮は孝之だったということだろうと、加奈は安堵していた。霊になったところで、やはり情けない男だとも考えた。
しばらくして、また加奈と博はお互いを求め合うようになった。しかし、なんだろうか……前程は良くは無かった……孝之はもう居ない。悪口を言っても、もう居ないのだと思うと、何か盛り上がりに欠けた。
そして、博に抱かれた後に敢えて孝之に会い、その顔を見て嘲りに浸ることも出来なくなった。
何かが変わってしまった……加奈はそう思った。
それから、幾日が立ったある日……。
加奈の携帯は鳴った、相手は博である。
「もしもし、博?こんな時間にどうしたの?」
電話に出ると、加奈は媚びたような声色で電話越しに博に問いかけた。
「…………ザ……」
僅かなノイズ音。しかし、それ以外は何の返答もない。
「ちょっと、博。冗談は止めて?趣味悪いわよ!?」
加奈は慌ててそう文句を言った。だが、電話から博の声は……いや、僅かに聞こえる。よくよく聞けば、何かが聞こえるのだ……それが、くちゃくちゃというガムを噛むような音、そして博の物らしい悲鳴……。
「ひっ!!」
思わず電話を耳から離し、通話を切る。得体の知らない何かに、胸がドキドキと激しく鼓動を繰り返す。まさか、と思いお札を手に取り警戒する。
しかし、それ以上は何も起こらなかった。博の電話に掛け直してみるも、電波が届かない場所に居るか……といった旨の返答があるだけで、電話は繋がらなかった。
「ひ、博の悪戯よね……」
何も起こらない。
そうである以上、加奈にはそう結論付けるしかなかったのだ。
ただ、寝る前に入ったお風呂……髪を洗っている最中、ふと何かの視線を感じたような気がした。しかし、それは何か不安な気持ちがある時には良くある事だと考えたーー。
次の日、学校に向った加奈は、昨日の電話の事で博に文句を言ってやろうと思っていた。しかし、学校に博の姿は無かった……予鈴が鳴る頃になっても、博が登校することは無かった。
その次の日も、次の日もだ……相変わらず、電話も繋がらない。
どうしたのだとうと、流石に心配になる。授業が終わったら、博の家に行ってみようと考えていた。
学校が終わり、加奈は早速博の住むマンションに向かった。マンションの入口で、予め博から聞いていた玄関の自動ドアの暗唱番号を入力。中に入るとエレベーターのボタンを押し、博の家がある階へと移動。そして、エレベーターのあるホールを出て博の家に向った。しかし、そこにあったのは、立ち入り禁止と書かれた黄色いテープ。
「え?何なの、これ?」
訳が分からない……この黄色いテープは何なんだろうか?どうして、立ち入り禁止なのだろうか?
茫然と立ち尽くす加奈。そこに、一人の男性から声が掛かかった。
「この家に、何か用かな?君は、この家の男の子のお友達かい?」
声のした方を見ると、そこには制服姿の警官が立っていた。
「え?あ、はい……その、同じクラス……です」
加奈は警官の質問に答える。そうか、と警官は呟くと、真剣な目で加奈を見て言った。
「今は、少しでも情報が欲しいんだ。どうか、驚かないで聞いて欲しい……実は、博くんが行方不明なんだ」
「……え?」
「部屋には、血痕もあった。我々は、事件性があるという事で現在捜査中なんだ……もし、何か気付いたことがあったのなら、落ち着いてからいい。ここに連絡をしてくれ」
そう言って、警官は電話番号を書いた紙を加奈に手渡した。
気が付いたら、加奈は家に帰っていた。頭が上手く働かない。何か、全てに現実味がない……。
「博……」
もう一度、もう一度と携帯に電話を掛けてみる。しかし、相変わらず繋がることはなかった。
イヒヒ……。
一人きりの部屋、何も考えられない頭……そんな加奈の耳に、笑い声が聞こえた、そんな気がした。
ホラーとかに良くある、前日談?
これから何かが狂っていく。あ、元から狂ってるか!
誤字報告ありがとうございました。勢いで書いてたもので、孝之と孝弘の勘違いが酷かったですね(汗
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ラブコメ作品も、よければお願いします。色々とはっちゃけさせてもらってる話です。
素人作なのは変わりませんが(汗