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ぽてっち  作者: しーえー
5/5

五話

お久しぶりでございます。

この話まで書いて投稿できずにずっと放置してました。

短編書いてたらちょっとモチベ上がってきたので投稿しました。

経験値が欲しいのでなんとか完結にこぎつけられるよう頑張ります。

 三十分ほどで何とか準備を終え、家を出た。化粧なんていう手間のかかることをできるならば、こうまで面倒くさがりな怠慢人間をやっていない。

 歩いて待ち合わせの駅へ向かう。集合時間の三分前に到着。

 はて。きょろきょろとポニーテールを探す。

「だーれだ」

 目に少しひんやりする何かが押し当てられる感触とともに、視界が暗くなった。一瞬遅れて、目をふさがれたのだと理解する。

 顔を覚えれられない人間が声を判別できるわけがない。が、そもそもこんな事をしそうな人間の心当たりは一人しかいない。

「えっと、なんだっけ。か、か、かー……かなる?」

「せいかーい」

 問題は名前を言い当てられるかという部分だったが、どうやら正解だったらしい。目が解放される。

 ライン交換しておいてよかった。安堵する。今朝ラインで名前を見ていなかったら多分出てこなかった。

「良かったねえ正解して。間違ってたらあのまま目が潰れるところだったよ」

 微かに茶色に染めたポニーテールが、明るい調子で視界に現れる。

 当然ながら、私服だ。黒を基調とした、全体的に落ち着いた色の大人っぽいコーデ。きっと小池が来たらただの地味な服になるのだろうが、香流はスタイルの良さ故か、造形の良い顔立ちのおかげか、見事に着こなしていた。

 しかし今の小池にはそんなことに凹む余裕などなく、ただ少し、ほっとしていた。制服でなくてよかった、と。

 よかった……?

 胸をなでおろした自分に、戸惑う。

 彼女が制服で来たとして、何が問題なのか。まさか脱ぎださないか心配とでも言いだすのか。バカバカしい。

「今日、夢に香流出てきた」

「へー、どんな?」

「なんか、教室でいきなり全裸になってた」

「えーちょっと、わたしの事なんだと思ってるのよそれ~」

 けらけらと笑う香流。全くその通りで、自分でも正気を疑う。彼女のことをどんな人間だと思っているのかと。

「それより小池ちゃん、行こっか」

「ん。どこ行くの」

「それは着いてからのお楽しみ」

 言って、勇み足で改札へと向かう。小池も後ろからついて行く。

 電車に十数分。ガタゴトと揺られ、たどり着いたのは、

「海だーーーーーーーーーーーってやつやる?」

 海水浴場だった。

 秋の、閑散とした砂浜。シーズンが終われば用なしとばかりに、ペットボトルや缶のゴミが放置されていて、もともと高くもなかった小池のテンションがさらに下がる。 

「人が死ぬとこじゃなかったの」

 香流の提案を無視して尋ねる。思ったよりも棘のある声に、自分で驚いた。

「海だって人は死ぬよ? 海水浴で溺れる人が毎年何万人いるのかと」

「海水浴客いないけどな」

「サーフィンでも溺れ死ぬよ?」

「散歩してる老人くらいしかいないんだけど」

 周囲を見回すまでもなく、人の死に目には出会えないとわかる。街中を歩いているほうがまだ可能性があるだろう。

 そう思ってじとーっと白い目を向けると、

「いやー、いろいろ考えたんだけど、人が死ぬところってなかなか思いつかなかったのよねえ」

 あっけらかんと、悪びれる様子もなく真相を明かしてきた。

「えぇ……私を誘った時点でどこ行くか決めてたわけじゃないのか……」

「うん。小池ちゃんと遊んでみたくって」

「そっすか……」

 微妙に反応に困る。照れるとかそういうのではなく。単純に彼女の真意がわからなくて、どういう反応が一番無難かわからない。

 嫌がらせとか、そういうのでなければ良いのだけれど。

「人が死ぬとこっていうからてっきり病院にでも行くのかと思ってた」

「病院はねー、少し違うっていうか。そういう方向性じゃないのよね」

「方向性ってなんだよ。じゃあ葬儀場とか」

「それはもう死んだ後だねえ。死ぬところには出くわせないじゃない」

「たしかに」

 女子高生二人が全然知らない人の葬儀場にお邪魔したら、ちょっとだけ面白いかもしれないなと思った。

「まぁ、そもそも人が死ぬとこなんてそう都合良くは見れないか」

「ね。もし東京に住んでたなら、通勤ラッシュの駅で何日か粘れば見れそうなのにね」

「それは方向性合ってんの?」

「んー、それなりに」

「ふぅん」

 よくわからなかったけれど、別にわざわざ突っ込んで訊こうと思うほど興味もわかなかった。

「そんで、これからどうすんの。なんもないなら帰るけど」

「えー、小池ちゃんってすぐそういうこと言うよね」

「んまぁ、はい」

 不満そうな香流に、お前は私の何を知っているんだと思ったけれど、あながち間違いでもないから反論ができない。強いて難癖をつけるならば、そもそもそういうことを言う相手がいない点くらいか。

「んで、季節外れの誰もいない海に来て何が始まるの」

「よぅし、ビーチバレーしよう」

「え、嫌だけど」

「こんなこともあろうかと」

 香流がポーチからしわくちゃのビニールを取り出し、息を吹き込む。スレンダーな見た目のわりに肺活量がしっかりしているようで、あっという間に膨らむ。

「なんで持ってきてんだよ……」

 完全に遊ぶ気満々じゃないか。人が死ぬところを見るんじゃなかったのか。

「それじゃあ小池ちゃんそこね!」

 言って、香流がポニーテールをふりふりと揺らしながら数歩離れる。そのまま帰っていけば良いのにと思ったが、残念ながら彼女はすぐに立ち止まってこちらを向いた。

 瞬間。ドクリと心臓が跳ねた。

 きらりと、香流の周辺が光ったような錯覚。

 水着でもないのに。海を背景にして、ビーチボールを手にした彼女に、一瞬見惚れてしまった。

 もちろんこれは、恋とか愛とかそういうのではない。綺麗な風景や名画を眺めるときと同じ感覚。美しいものに出会った時の、ある種の感動だ。

「行くよー」

 やたらと海の似合う女が、そういう自分を自覚しているのかいないのか、無邪気に言ってアンダーハンドで打ち上げる。ポーンと宙に投げ出されたボールは、風にあおられ、左のほうへ飛ぶ。

 慌てて追いかけるが、当然とれるはずもなく、ぽすりと砂浜に落ちてからボールを手にする。

「いやこれ無理でしょ」

 体育館でやっても全然うまくいかないのだ。風吹く砂浜でこんな軽いものを打ち上げてラリーが続くわけがない。

「へいへーい小池ちゃーん」

 小池の呟きが聞こえるはずもなく、香流は両手を挙げてボールを要求する。

 幸い、小池はダボっとした服を着てきたので、身体を動かすことに支障はない。そもそも運動が苦手なのでどうしようもないのだけれど。

 アンダーハンドで打とうとするが、ボールを腕の芯に当てることなどできない。打ち上げようとしたボールは、腕にかすっただけで足元に落ちた。

 拾ってもう一度試すと、今度は斜め前に飛んだ。漫画みたいにうまくはいかないなぁと思う。

「おっ、飛んだ飛んだ」

 香流は嬉しそうに言って、見当違いな方向に着地したボールを取りに行く。

「それじゃあ行くよー」

 その場所からぽーんと打ち上げる。

 今度は砂浜に落ちる前に追いついたが、当然まともに打ち返せるはずもない。ぽすりと砂浜に落ちる。今度こそとチャレンジすると、三回目で何とか前に飛んだ。

 それから、二人でぐるぐると場所を移動しながらボールを打ち合った。ボールの滞空時間より、落ちたボールを取りに行く時間のほうが長い気がする。

 十分くらい経っただろうか。ボールを手に、香流が寄ってきた。

「いやー、小池ちゃん下手だねー」

 爽やかな顔で言われた。若干イラっとしたけれど、「ん、まあ」否定できることでもなかったから、曖昧に肯定する。きっと陽キャなら小突いたりするのだろうが、そういうのを自分がやったら変な空気になるのは目に見えている。

 そんな小池の反応に、香流は一瞬面食らったような顔をした。が、すぐに先までの爽やかな表情に戻って、提案してきた。

「ごはんでも食べに行こっか」

「あ、うん」

「小池ちゃん、何か食べたいものある?」

「別に。でもあんま高いのは」

 安上りなのが良い、と思いつつ、露骨にそう言うのは少し憚られた。

「じゃー叙々苑とか」

「……えー」

 よく知らないけれど、高い焼き肉屋という事はなんとなく知っている。

「冗談冗談。マックでいい?」

「ん、そこで」

 お昼時のためか、かなり混雑していた。注文を済ませ、なんとか二人そろって座れる席を見つける。

「小池ちゃんそれだけで足りる?」

「あんま金ないから」

 セットメニューを頼む香流とは対照的に、ハンバーガーとコーヒーだけという省エネスタイルの小池。

 香流はポテトをトレーに解放し、「食べていいよ」シェアしてくる。

「小池ちゃん、プールのバイトは?」

「? ………………ああ、そんな話もあったか」

 屋上で、留年だなんだと嘘つかれたときに、そういう話をした。すっかり忘れていた。

 パッとそういう話題を出せるあたり、彼女とのコミュ力の違いはそういうところにあるのかもしれないなと思った。

「香流はバイトしてんの?」

「うん。土日だけだけどね」

「へぇ、すご」

 えらいなぁと少しだけ感心する。働いている自分とか想像もつかない。家に引きこもったところで有意義な時間の使い方をできているわけではないけれど、そういう問題ではなく単純に働きたくない。

「小池ちゃんもバイトしないの?」

「え、しないよ。だるくない? 突っ立ってるだけで金が入ってくるバイトならやるんだけど」

「おっ、うちのバイト先とかいいんじゃない?」

「どこ」

「喫茶店だよ。学校近くの」

「それ普通に接客するやつじゃん。無理無理」

「楽だよ? あんまりお客さん来ないし」

「いやいやいや。私にコミュニケーションの仕事は荷が重すぎる」

「そうかなあ」

 と、そんな会話をしていると、

「あ、小池ちゃんタンマ」

 急に潜めた声で、香流が会話を打ち切ってきた。同時に、そのほっそりとした身体をテーブルの下に潜り込ませる。

「どうしたの」

「しっ! わたしはいない体でふるまって」

 テーブルの下を器用にくぐって、小池の足元から真剣な顔をのぞかせる。

 周囲から奇異な目で見られているが、本人はそれどころではないらしい。

「え、あ、はい」

 状況はさっぱり理解できないが、とりあえず周囲をキョロキョロとかはしないほうがいいようだ。

 一人で過ごしている風を装えば良いとのことなので、ポケットからスマホを取り出す。目の前のポテトをつまみながら、適当にツイッターをいじる。ボッチ行動は平常運転なので、もはや装うまでもない。

 そうして小池が自分の世界に入り切った頃。

「ふ~」

 香流がのそのそと机の下から這い出てきた。周囲からまた奇異の目で見られている。

「いやーごめんごめん。晴香がいてさ」

「ハルカ?」

「あ、山吉のことね」

「やまよし」

 オウム返しする小池。

「……もしかして覚えてない? 一応クラスメイトなんだけど」

「残念ながら」

「小池ちゃん、大物だねえ」

 呆れたような口調。褒められていないことだけはわかった。

「今日、晴香に遊びに誘われてたんだけど、バイトだって言って断ってたのよ。だからこんなところで見つかるとまずいのよねえ」

「えぇ……それはそっち優先しろよ……」

「またまた~そんなこと言って。小池ちゃんも今日を楽しみにしてたくせに」

「人が死ぬところを見るのをな」

「ねー。わたしも見たかったわ」

 さりげなく被害者を気取るな。ツッコミを入れるのも面倒になって、コーヒーをすする。

「とりあえず晴香いなくなったけど、多分まだ店内にいるだろうし、見つからない内に出よっか」

「え、あ、うん」

 すっと立ち上がる香流。トレーにはまだ半分くらいポテトが残っているが、彼女は気にした様子もなくゴミ箱に捨てる。フライドポテトなんて、食べたら食べるほど身体に悪いものだから、むしろ捨てるほうが得とすら言えるかもしれない。そうはわかっていても、勿体ないなあと思ってしまう。

 小池は半分くらい残ってるコーヒーを飲み干し、彼女のあとを追うように立ち上がる。

 そうして店を出ようとしたところで、

「あら、ヨシカズじゃない」

 軽い、しかし温度の低い声が後ろからかかった。

 びくん、と香流の肩が跳ねる。

「バイトじゃなかったの?」

 小池が振り向き、問い主を確認する。見覚えはなかったけれど、多分、この人がハルカなのだろうと納得する。

 香流はというと、固まったのも一瞬で、すぐに肩の力を抜いて振り向き、自然な笑みを浮かべた。

「いやー、昨晩急遽バイトがお休みになって、暇になったのよ」

「へぇ? それなら私に連絡してくれてもよかったのに」

「ごめんごめん。もう晴香は他の予定入れちゃったかなって思って」

 ニコニコと柔和な笑みを浮かべる二人。香流がその仮面の裏に後ろめたい思いを隠しているならば、ハルカは何を潜めているのだろうか。名前すら知らなかった小池にわかるはずもなく、ただただこのいたたまれない空間から逃げたいだけだった。

「それにしても、なんだか意外ね。小池さんと一緒だなんて」

「たまたま。たまたまここで会ったのよ。ね、小池ちゃん」

「え、あ、うん。はい」

 急に振られて戸惑いつつ、なんとか肯定する。

「へぇーーー?」

 目を細めて、品定めするように言う。その目にうつるは、少しの失望。

 彼女が香流の言葉を嘘と見ぬいていることが、小池にすら理解できた。香流が気づいていないわけがない。

 気まずい空気。ちらりと横目に香流の様子を確認する。

「なによぉその顔~」

 平常通りだ。もっと焦った感じとか、冷や汗をだらだらかいているとか、そういうギャップを見せてほしかった。

 ……いや、違う。

 少しだけ、顔色が悪い感じがする。

 気のせいだろうか。

 海で見た時とは環境が違う。違って当然だ。考えすぎだ。

「……私から誘った」

 声が、勝手に出た。

「服を買おうと思ったけど、オシャレとか全然わからなくて、訊きたかったんだ。悪かった。小池に先約がいたなんて知らなくて」

 思ってもいないデタラメがスラスラと出てくる。服なんて興味ない。オシャレはわからないけど、訊きたくもない。

「……そう。珍しいこともあるものね」

 面白くなさそうに言って、肩をすくめる。山吉は「邪魔して悪かったわね」と言って、先に店を出て行った。

「いやー、ごめんね小池ちゃん。ちょっと面倒なことに巻き込んじゃって」

「別に。いい」

 ちょっとどころではないと思ったが、口にはしない。

「それじゃショッピング行こっか」

「え、いきなり」

「服、買うんでしょ?」

 茶目っ気のある顔で言う。

「ああ、そっか。そうだな。そうか」

 口から出まかせを本気にされてもと一瞬思ったが、なるほど、そうして本当に服を買いに行ったという体裁を作っておいたほうが都合がよいのは自明だ。また今日中にハルカと会わないとも限らない。

「さっきのお詫びに、一着くらいなら奢るよ」

「そういうのはちょっと」

 香流の扇動の元、小池は服屋へ向かうのだった。


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