四話
前の話から二か月くらい経ってて草
本当はこの続きもまとめて一つの区切りとして投稿する予定だったんだけど、だいぶ長くなっちゃったのでとりあえずここまで
こんなペースで書き終わるんすかね……
土曜日。朝。
布団の中、小池は目をこすりながら、けたたましく鳴るスマホのアラームを止めた。
「……あー」
時間を確認する。午前八時半。わかってはいたけれど、二度目のアラーム。すなわち起床予定時刻だった。
彼女はあまり寝つきの良いほうではない。その代わりというか、そのためというか、目が覚めた時のウトウト感を好む。
こうしてアラームに叩き起こされて布団の中でもぞもぞとする時間帯。この瞬間のために寝ているといっても過言ではない。
しかしそれは、「そのまま入眠できる」という条件付きの幸せ。
「………………めんど」
つまり、起きなければならないウトウトは、幸せでもなんでもない。ただの苦痛。
気まぐれに、何も考えずに香流の誘いを了承するから。
重たい頭で、先日の決断を後悔する。
人が死ぬ場所。香流はそれがどこなのかまでは、教えてくれなかった。「今から行くのはちょっとしんどいから、今度の土曜日にしようか」と予定を入れられ、それから彼女は屋上に来なくなった。
今日も、駅前に集合という話しか聞いていない。
眠い。
瞼が閉じかける。
もういいんじゃないだろうか。寝ブッチしても。
頭上で悪魔がささやく。
別に、屋上で二回会っただけの仲だ。友達でも何でもない。なのに、いきなり休日に二人きりでお出かけだなんて、そもそもが急すぎるのだ。陽キャの香流にとっては自然な速度感なのかもしれないが、陰キャがその世界のスピードについていくのはしんどい。
ドタキャンしたら、香流はどう反応するだろうか。怒るか悲しむか。あるいは、何か事情があったのだろうと勝手に察して、気を遣ってくるか。
例のリア充集団に小池の悪行をばらして、面倒なことをしてくるかもしれない。それは嫌だなと思うが、同時に、多分香流はそうはしないだろうと直感的に思った。嘘をついてまで屋上にサボりに来るくらいだし、多分、彼女には彼女なりの距離感があるのだろう。
まぁ、一番面倒がないのは適当に風邪をひいたとか嘘をついてごまかすことだろう。
一瞬考えるが、すぐにひっこめる。
それは、筋が違う。
そうやって自身の悪行の責任を他に求めることを、小池は良しとしない。
サボりたいという身勝手な欲求に負けるのであれば、そう伝えるべきだ。
嘘の言い訳で自身の罪を軽くするべきではない。他己評価を偽装してはいけない。
大した正義感も持たず、理由もなく授業をサボる小池だが、自分を偽ることには何故か抵抗があった。
、そんな融通の利かない真面目系クズっぷりが、ボッチになった原因の一つであると理解しているが、それでもそういう自分を曲げる気にはなれなかった。
眠気を覚ますために、スマホに手を伸ばす。
寝る前に画面を見ると眠れなくなるという。その応用で、スマホを触っていれば目が覚めるのではないか。そう考えてここ数か月実践しているが、今のところ効果はあまり感じられない。
今もまた、瞼が落ちてくる。
すやあ。知らぬ間に、眠りに落ちていた。
誰もいない教室。
自分の席についてぼんやりと頬杖をつく。
三人称のような、あるいは神視点みたいな夢。自分含めた登場人物を、何か別の場所から見る。小池は、たまに、そういう夢に遭遇することがあった。
別に、だからと言ってソレが夢であると気づけるかというとそれはまた別の話で、大体の場合は気づかぬ間に深い眠りに落ちて行くのだけれど。
街明かりが窓の外に見える。夜だった。いやに綺麗で、見慣れない街並みだった。こんなんだっけと少し違和感を覚えたけれど、こんなんだったかとすぐに納得する。
暇だ。足をぶらぶらさせる。外から声が聞こえる。体育の最中かもしれない。知らない。どうでもいい。
机に突っ伏す。別に眠くはない。教室では大体そうしているから、その動きが身体に染み付いてしまっているのかもしれない。
ぼんやりと、頭の中に靄がかかる。
この感覚を小池は、脳細胞の死滅する音と表現していた。
一人でいると落ち着く。何も考えなくてよい。自分の内にこもっていられる。それはとても楽で、でもそうやって使わなくなった脳の筋肉が、どんどんそぎ落とされて行ってしまう。
どんどん思考能力が落ちてゆく未来を想像して、少し死にたくなる。
「お前さあ。彼氏でも作ったら?」
佐川先生の声。
身体を起こして、隣の席へ目を向ける。
いつものスーツではない。小池と同じ、セーラー風を身にまとって机にお尻を乗っけている。
きっと、学生時代の先生はこんな感じだったのだろう。
「友達すらいない奴に何言ってんですか」
「それもそうか」
先生が口端を上げる。つられて小池も少し笑った。
「まぁでも、友情と恋愛はベクトルが違うからな。外国語を覚えるなら外人の恋人を作れって言うくらいだし、彼氏作ったらお前も必死になってコミュ力上げようとすんだろ」
「それは順序が違って、コミュ力がないから彼氏ができないんすよ」
「彼氏作るだけなら誰だってできるぞ。誰でもいいから、とりあえず告白すりゃいい。七割は成功する」
「私は残りの三割側ですよ」
「そういう意味の七割じゃねえよ」
先生の言いたいことはわかる。男は潜在的に女が好きだという。だから、告白された男は、あんまり好きじゃなくてもオーケーすることが多い。
逆に女は潜在的に男が嫌いだから、好きじゃない人から告白されても基本的に嬉しくないとのことで。
全く無縁の話だから、伝聞形でしかないのだけれど。
「そもそも好きな人なんていないし、今後誰かを好きになることだってないですよ」
小池は顎を手の甲に乗せて、再び机にぐでっと体重を預ける。頭が重い。人間という生物の、バランスの悪い進化に恨み言をぶつけたくなる。
「それに、もし仮に万が一私が誰かを好きになったとして、このクソ面倒くさがりな性分と天秤にかけて、交際を選ぶと思います?」
「どうかな」
意味ありげに笑んで、先生は机から降り、教室を出て行った。
一人残された小池。
ぐでっと顎を手の甲に預けたまま、黒板のほうをぼんやりと眺める。
「彼氏ねぇ……いやー、無理無理。誰も得しな…………おぉ、びっくりした」
目の前に、香流が立っていた。
いつのまに、と、面食らう。
短く折ったスカート。白くて細い足のラインが、まっすぐに床へ伸びる。
香流の顔に浮かぶ、いたずらっぽい笑み。驚かせることができて嬉しいのだろうか。
目が合って、しかし小池はすぐに視線をそらしてしまう。
彼女の胸元、程よい膨らみに自然と目が行く。
香流は机に腰掛けるでもなく、綺麗な姿勢で見下ろしてくる。
何かを言おうとしているのだろうか。
身構える小池だったが、香流は口元を結んだまま。
ただただ沈黙が流れる。気づけば、外から聞こえていたはずの声もなくなり、静寂が教室を支配する。
と、
「え」
思わず声が出た。
香流が、おもむろに制服を脱ぎだしたのだ。
布のこすれる生々しい音が妙に大きく響く。
セーラー服が、無造作に脱ぎ捨てられる。
戸惑う小池。
一方、香流の手は止まらない。
スカート。キャミソール。靴下。
表情を窺おうとするも、暗くてよく見えない。ただ、躊躇する気はないようで、彼女は淡々と脱いでゆく。
ブラ。パンツ。
彼女の身体を隠す、最後の砦が床に落ちる。
夜の闇が溶け込んだ教室。
街明かりを背に、一糸まとわぬ香流の姿が、小池の前に現れた。
ポキポキ、という音で目を覚まし、同時に自身が眠っていたことに気がつく。
うたた寝後特有の、舌が乾く感覚。
呼吸を意識する。少し苦しい。
少し考えて、先の映像が現実ではないことを理解する。変な夢だった。
同時に思い出す。昨日屋上で、佐川先生と「彼氏を作れ」「無理っす」という問答をしていた。だからこんな夢を見たのだろうか。
それにしても。
「なんで香流が出てくるんだよ」
しかも教室で脱ぎだすとか露出狂かよ、と、夢の中の彼女に呆れる。なんか全体的に暗くて、コナン君の犯人ばりによく見えなかったし。まぁ、実際に見たことのないものは夢でも見られないということなのだろうけれど。よく考えると彼女の脱いでた下着とか自分の奴だった。
ポキポキ、と、再度聞こえる。
スマホの画面を確認する。ラインが来ていた。
案の定、香流からの連絡だった。
「………………あー。きっつ」
いかにも陽キャ側な文面に、浄化されそうになる。草を生やさず、笑を文末にくっついた文章は、陰側の人間からしたら気持ち悪くて仕方ない。多分向こうからしたら草生やすほうがキモいわけだけど。
まぁ、とはいえ、うっかり既読もつけてしまったし、仕方ない。
小池はもっそりと身体を起こした。