78 グラウンド工事
アルがアンヌからボコボコにされた日の夜、アルがどうしても鍛錬する場所が欲しいと泣きついて来た。
その言葉を受け森の中でやるのはダメなのか?と聞いてみたのだが、もっと伸び伸びと魔法が使える広い場所が欲しいとガチ泣きしたテンションのまま我儘をぶっ込んで来た。
はぁー。アルのこう言う所本当面倒くさいんだよなぁ…。
俺はあからさまに面倒臭くなってしまい、その感情のままに睨み付けて見たのだがアルは全く引く気がないのか、まるでどこかの政治家の様に声高々に広い場所がある事のメリットを説明し始めてしまった。
やれ、こう言う魔法の練習ができます!だの。
近接戦闘の訓練ももっと大掛かりな物が出来る様になりますだの。
……それはもう力強く力説していた。
しかし、俺はそんな事に全く魅力を感じずに渋面で説明を受けていたのだが、このままでは不味いとでも思ったのか、態とらしくさも今思い出したかの様にこんな事を言い始めた。
「あぁ、そう言えば…さっかーでしたかな?それからきゃっちぼーる?なる地球の遊戯も遊ぶ事が出来そうですなぁー。」
それを聞いた瞬間、俺は最速でリノアの様子を確認した。
その際、勝ち誇っと様にニヤニヤと口許を緩めたアルの姿を今でもハッキリと覚えている。
世界で一番汚らしい面である…。
「あぁ!それは面白そう!パパ作ろうよぉー!」
案の定と言うか思った通り、満面の笑みで俺へと近寄って来たリノアの右手には某野球マンガが握られていた…。
うん。今のお前なら絶対そうなるよねぇ…。
〜〜〜〜〜〜〜
そんな理由で俺は今、風魔法を駆使して家の周囲の木々の伐採に勤しんでいる。
両腕から放たれた風魔法は正にカマイタチの如くスパンスパンといとも簡単に木々を切り倒して行く。
その様子を感心した様な表情で見ていたアルが感慨の声をあげた。
「いやぁ〜流石閣下!こんなに簡単に木を切り倒してしまわれるとは!」
そういうアルの瞳には純粋に俺を尊敬する色が現れていたが、俺は単純にその事に苛立った。
だってそうでしょ?
コイツのせいで俺がこんな面倒くさい事をする羽目になったんだから…。
「こんな簡単な事も出来ないからボコボコにされちゃうんじゃねーの?」
チラリと横目でアルを見ながらそう大声で告げてやった。
「なっ!!!」
こっちは褒めてるのに心外だとでも言いたげな表情で俺を見つめるアル。全くこいつは何を勘違いしているのだろうか。
その苛立ちからか、作業速度が何故か大幅にアップしてしまい、それから三時間後更に土魔法を駆使したウチの周囲に綺麗なグラウンド出来上がっていた。
「へぇーあなた。これ結構頑張ったんじゃない?」
周囲の木々を切り倒し日光を遮る物が無い為眩しいのか、手で光を遮断しながらそんな事をミアが呟く。
ミアと完成したグラウンドを見ながら話しているとアルがニコニコとしながら近づいて来た。
「閣下。お疲れ様でした。これで訓練に励む事が出来そうです。」
なんだろうこの苛つきは、アルの笑顔を見ていると苛立ちが再燃しはじめた俺は訓練と称して、取り敢えず何度かボコっておいた。
全力で何度か投げ飛ばし気絶させた事で大分スッキリした俺はついでに森の外への道も綺麗に舗装する事に決める。
アルについては少しばかり最近調子に乗っていた節があるのでいい薬だろう。
それから更に三時間後。
グラウンドと同じ要領でサクサクと道を作って行くことが出来たので気が付くとちゃんとした道が存在していなかった森にかなり立派な道が出来上がった。
「うーん。やり過ぎたか…。」
木の上から出来上がった道を見て俺が呟いていると、森の道の入り口に一台の馬車が停止していた。気になった俺は取り敢えず馬車の近くへと近付いて見ることに決めた。
俺が近づいて行くと何故だか分からないが満面の笑みで男性が一人近寄って来た。
「いやぁ。あなたは!お久しぶりです!お元気でしたか?その節はどうもお世話になりました!」
彼はそう言うや否や物凄い勢いで握手を迫って来ており、全く心当たりのない俺は取り敢えず笑顔で握手を交わす事に決めた。
「しかし、こんな場所に道なんてありましたかね?」
男は俺が今さっき作ったばかりの道を見ながら自分の記憶を辿るよう考え始めた。
ーーうん。今さっき出来た道なので記憶には間違いなく無いと思いますよ。
「あーそのなんと言いますか…俺が作りました。三時間ほど前に。」
男は一瞬目をまん丸にするとすぐにニヤっとした笑みを浮かべバシバシと俺の肩を叩く。
「あははは!ご冗談を、いやはや笑わせて頂きました。」
ーーあぁ。うん。普通信じられませんよね。
そんな風に笑われていると馬車から更に女性が二名程降りて来た。
一人は少しぽっちゃりした女性で、もう一人は三つ編みのそばかすっ娘だった。
ーーおや?見たことがあるぞ。
やはり女性の方とも知り合いらしく男性の方と同じようにお礼を言われてしまった。
ーーあぁ!鑑定すればいいのか!
俺はすぐさま3人へと鑑定を掛ける。
男性はロイスさん。女性はやはり奥さんでメリサさん。そばかすっ娘はフニルちゃんと言う名前だった。
しかし、鑑定して名前を見ただけではやはり思い出せずにいた俺はその後も適当に話を合わせていたのだが、そばかすっ娘のフニルちゃんが全然会話に参加しない事に違和感を覚える。
ーーこの子全く会話に参加しないけどコミュ障か?あぁ!!
「ロイスさん!!!盗賊に襲われてたロイスさんだ!!」
「「「………。」」」
俺は思い出せた事があまりにも嬉しくなりつい大声を出してしまう。そのせいで三人から〝今まで話してたのに忘れていたのかよ?″と言う微妙な視線を受け続ける事となった。
悲惨な状況を笑って誤魔化しておいた俺は三人のその後についての話を聞いた。
カルフール村に住んでいた三人はやはり村の前に門番もいない状況に不安を感じ、王都へ移住しようと考えていたそうだ、しかしある理由から、王都に住む事が出来ず諦めてカルフール村へ戻るしか無いと考えているところでこの道を見つけて見ていたところだと言う。
「ふーん。カルフール村ってそんなに危険なの?リズなんとかさんが面倒見てるんじゃ無かったっけ?」
「はい。リズベラート様は素晴らしい方なのですが…元々カルフール村を取り仕切っているのはナキシン様と言う別の方なのですよ。」
その話に俺はクエスチョンマークを浮かべた。
「あれ?でも最初リベラートとか言う人が納めてるとか言ってなかった?零民の街を作るとか娘がお世話になってる人だし羊羹持って行こうとか考えたの何気に覚えてるんだけど…。」
「…娘?あ、いや、はい。確かにカルフール村のある場所は領主代行である、リズベラート様がお納めになられているんですが、そのカルフール村を任されている人がナキシン様なのですよ。」
「なるほどね〜。というかリズベラートさんだっけ?その人も正式な領主じゃないんだね。」
「はい。あの辺りはコンノ領になりまして、元々はリカヤノール・フォン・コンノ様がお納めになられていたのですが、リカヤノール様が行方不明に成られたとかで…その妹君のリズベラート様が代行を務めていらっしゃいます。」
「………。」
ーーコンノ領って俺関係有るよな…。リカヤノールってリ華夜ノール…じゃ無いよね…。
「あ、あの大丈夫ですか?お顔の色があまりよろしく無いようですけど…。」
明らかに面倒ごとの匂いがしてしまい、思わず俺は顔を痙攣らせる。
「あー。うーん。ロイスさん。改めて自己紹介やっとく?」
「は?」
キョトンとする三人対して俺はどこか諦めた表情をして身分証プレートを見せるのだった。
〜〜〜〜〜
それから落ち着かせたり、これまでの話を掻い摘んで話したりに30分程の時間を要した。
勿論異世界の話などはしていない。
驚いた事に以前リノアが話していた会いたい友人と言うのはなんとフニルちゃんの事だと判明した。
取り敢えず話し合いの末、ロイスさん一家三人には森の家へと来てもらうことにした。
〜〜〜〜〜
森の入り口から家まで馬車の速度に合わせていると20分程の時間を要した。
俺が公爵だと言う事がわかり仕切りに緊張を見せる三人にリノアを驚かせたいから少しだけ待っててもらうようにお願いすると物凄い勢いで何度も何度も頷いていた。
ーーいや、もっと普通にしてもらって一向に構わないのだが…。
取り敢えず、家に入って待ってもらおうと、玄関先まで移動する。するとリーザが掃除をしている所だった。俺はその姿を見て、アイリスやユンナ、ファルネじゃ無い事に心底安堵した。
ーー何だろうこの安心感。
俺は余計な事を考えそうな頭を何度も振って、思考を強制的に中断させ、リーザへと声を掛ける。
「おーい。リーザ!」
リーザは俺の声に反応して庭を掃いていた手を止めると笑顔でこちらへと振り返った。
「あ、ご主人様お帰りなさいませ。道は出来ましたか?」
「うん、それは大丈夫出来たよ。それよりお客さんが居るんだけど、後リノアどこかな?」
「お客様ですね、畏まりました。お嬢様なら先程からお庭できゃっちぼーる?なる物をなされておいでですよ。」
リーザは俺の後ろを確認しながらそう告げる。
「了解。それじゃ少しだけお願いね。」
「お任せくださいませ。」
リーザはそう言うと軽く頭を下げてからロイスさん達三人を連れ、家の中へと入って行った。
〜〜〜〜
キャッチボールの風景が気になり、こっそり物陰から見ているとどうやらキャッチボールでは無く普通に野球をしているようだった。
リノアがピッチャー。アンヌがキャッチャー。バッターがミア。守備にアルとフィーレア。ユンナは何をしているのかと探してみるとつまらなそうにしてミカンをもしゃもしゃと口に入れていた。
だがその理由はすぐに判明した。
リノアが投げ放ったボールは何故か炎を纏っており、物凄い勢いでアンヌのミット目掛けて飛んでいく。そのままミットに収まるかと思いきや、ミアはミアでバットに炎を纏わせてそのままジャストミートさせていた。
しかし、ボールはどこにも飛んで行く事なくそのままバンッと大きな音を立てながら破裂…。
「あらあら。ボールが弱すぎるのかしら?」
「うーん。そうかも知れませんね。お嬢様が投げた時点で壊れそうでしたからね。」
「ママ、ママ!バット!バット溶けてる!」
「あらあら。本当ね。うふふふっ。」
「今度、お嬢様の漫画を参考にミスリル辺りで作らせますか?」
「そうするしか無いかも知れないわねー。」
ーーいや、これ野球じゃねーから!ミスリルでバットとか作らせねーよ!?ミア、リノアいつそんな芸当覚えたんだよ!!
のほほんとそんな事を話し合う三人を見ながら俺は出来うる限り心の中で総ツッコミを入れた。
今目の前で起きた現実をなんとか受け入れた俺は深呼吸をして外野以外の四人へと声をかける事にした。
「おーい。ちょっといいか?」
「あ、パパ!おかえり!グラウンドありがとう!」
リノアはパタパタと嬉しそうに掛けてくると俺へと抱きついて来た。
俺はそれを抱き抱えると、肩車をしてミアやアンヌの方へと歩き出す。
「あら。あなた道はもう出来たの?」
握りの部分以外、ドロドロに溶けたバットを左手に握り締めたまま笑顔でミアが問い掛けてきた。
俺は咄嗟にバットから視線を外すと「うん。」とだけ告げる。
「閣下。お帰りなさいませ。」
アンヌのミットもよく見ると所々焦げたり溶けたりしている部分が見られ、なんとも言えない妙な気持ちになった。
だから俺は「ただいま」とだけ小さく呟く。
ーーってそうじゃ無い!
俺は再度深呼吸をする。
「いや、実はさ…ミアとリノアにお客さんが来てるんだよ。今リーザがもてなしてくれてるから。」
「それでは私は先に失礼致します。」
まさかの客人の来訪にアンヌは慌てて家へと駆けていく。
「誰?」
リノアはバタバタと足をバタつかせ俺の頭上から顔を覗き込んで来た。
ミアは不思議そうにしながら頬に手を添えた。
「まぁ。行けばわかるよ。」
「ユンナ。悪いんだけどあの二人呼んでから家に戻ってくれない?」
「ん。」
小さく呟いたユンナはビシッと親指を立ててから駆け出して行った。
〜〜〜〜
リノアを肩車しながらミアと一緒に家へと戻った俺へすぐにアイリスが声を掛けてきた。
「ご主人様、お客様は応接室の方にお通ししておきました。」
そう告げるアイリスはドヤ顔で胸を張りふふんと満足そうに微笑んでいた。
ーーあー。コイツ絶対今メイドっぽいとか思っているなぁ。
「アイリスどうしたの?その喋り方似合って無いよ?」
「本当ね。無理しちゃ駄目よ?」
「アイリス普段通りでいいんだよ?」
俺の悪ふざけに乗ってきたミア、真剣に心配するリノア。
そんな三人に攻撃を受けたアイリスは顔色をリンゴのように真っ赤にしながら「ムリなんかしてないのにぃ〜!」と叫びながら走り去って行った。
それでこそアイリスだと俺とミアは走り去るアイリスへと向けグッと親指を立てた。リノアはキョトンとした顔で走り去るアイリスを眺めていた。
〜〜〜〜
応接室へ入ると、すぐにロイスさん達は立ち上がり、三人とも頭を下げていた。
俺はそんな三人を見ながら思わず苦笑いを浮かべる。
ーーこれが階級制度なんだろうけど、少しでも顔見知りだとキツイなー。
気持ちを切り替えそんな三人へと声を掛ける。
「あぁ〜。大丈夫だから顔をあげて。」
恐る恐る顔をあげる三人。
三人の顔を見た瞬間ミアとリノアが歓喜の声を上げた。
「フ、フ、フ、フ、フ、フニルちゃ〜〜〜ん!!!」
「リノアちゃん!元気だった!?」
「うんうん!」
二人は再会が余程嬉しいのか抱き合いながらながらピョンピョンとその場で飛び跳ねていた。
ーーうんうん。友達はこうで無いとな。
そんな微笑ましい姿に思わず俺の頬が緩んで行く。
「フニルちゃんは元気だった!?」
「わ、私はお母さんと一緒にもう少しで盗賊に強姦される所だったよ!」
ブフ〜〜〜〜ッ!!
二人で抱き合いながら飛び跳ねる姿に油断しきっていた俺の口から紅茶が宙を舞う。
それをアンヌが途轍も無い速さで片付けて行き、特に被害が出る事はなかった。
その後、ロイスさん達との出会いの話などをリノアとミアへと聞かせて、ミアやリノアは俺との出会いや結婚の事などをロイスさん達へと話していた。
「しかし、愕きました。まさかリュノミアさんが、失礼しました。リュノミア様が公爵様とご結婚されるとは思ってもいませんでした。リノア様も…本当に良かったですね。」
メリサさんの言葉にミアもリノアも苦笑いを浮かべるが特に何も言う事はなかった。先程の俺に似た、いや知り合ってからが長い分俺よりも複雑な感情なのだろう。
「それで今日はどうして家にいらしたの?」
ミアが話題を買えるように話を振っていく。
「実はさ…。」
そこで俺は先程の王都に住もうとしていた経緯などをコンノ領の話も含めてミアへと伝えて行った。
「なるほどね。」
ミアはその話に納得した様に何度も頷く。
俺も王都に住めない事情は把握しているフニルちゃんからは魔力が感じられない。鑑定結果でも7しか魔力を持っていなかった。零民なのだろう。
自分でも勿論原因は理解しているのだろう。フニルの顔が僅かに歪む。
応接室一帯に何とも言えない微妙な空気が流れる。
何と無く誰も言葉を発しない。
その時、空気を無視しながらパリパリと言う音が響き渡る。
「王都なんて住まなくていいよ。遊びに行くところだよあそこは。」
ポテトチップスをパリパリと頬張りながらリノアがそんな事を囁く。
その発言にミアの視線に鋭さが増していく。
「リノア。フニルちゃん達は今住む場所を考えているのよ?」
更にいつも纏う黒い物を出さずに真剣にリノアを咎め始めた。
それに一瞬リノアは臆したのかビクッと肩を震わせる。
ーー分かる。分かるぞ。今のは怖かったな。
ミアはジッとリノアを見つめ続けていた。リノアはその視線に飲まれない様に大きく息を吸い込み、それを吐き出す様に声をあげた。
「だ、だから!!住む場所はここかグラウンドの部分に家を建てればいいでしょう!!!」
フゥーフゥーと肩で息をするリノアの表情は戦いで全てを出し切ったまさに戦士の顔をしていた。




