75 屋敷と新メンバー
俺は井戸の前に腰掛け、満面の笑みで目の前の建物を見つめていた。
そう!とうとう俺たちの屋敷が完成したのだ!
あのキングボアのBBQが功を奏したのか、あの後から大工の皆のやる気が跳ね上がり、建築作業が予定よりも大分早く終了したのである。やはり食べ物のパワーは侮れない。
そんな事を考えつつも俺の視線は目の前の屋敷に釘付けだった。
ただ、屋敷と言うよりは大きくてオシャレな平屋住宅と呼んだ方が良いかも知れない。
平屋なので開放感を損なわないために外壁は最小限に抑えて日本製の大きな窓をいくつも設置、また玄関側の外壁は全て大きな軒で包み込んだ。
外壁は日本からペンキを持ち込み色を着けようかとも考えたが、折角の天然木材なのでそれをそのまま利用する事にした。
「うん、完璧だ。まさに理想の俺の家!」
俺は家に向かい、両手を掲げながら大声で叫んだ。
「はぁ〜。パパまたやってるの?」
リビング側にあるウッドテラスの椅子に腰掛けながらリノアが呆れた様な視線を俺へと向けて来る。
「なんだよ〜。嬉しいんだから別に良いだろ〜。」
ニヤニヤと頬を緩ませながら俺は答えた。
家が建ってからずっと俺の口許はだらし無いと家族間で非常に有名である。
しかし、考えても見て欲しい。こんな家日本で建てよう物なら間違いなく数千万は吹っ飛ぶだろう。
そんな俺を見ながらリノアの対面に座ってコーヒーを飲んでいたミアが口を開く。
「でも、本当に嬉しいわよねぇ。」
ミアの問い掛けに応えるようにアルが頷く。
「全くもってその通りですね。こう言ってしまってはなんですが…あの小屋の建っていた森にこのように立派なお屋敷を建てる事が出来る日が来ようとは夢にも思っておりませんでした。」
感慨深そうにアルが目を細めながら屋敷を眺めているとミアの後ろに控えていたアルによく似た容姿を持った人狼族の女性が声を掛けてきた。
「でも本当に私まで一緒に住まわさせて頂いてよろしかったのでしょうか?」
その女性は狼の耳をピコピコと動かし、何処か申し訳なさそうな素振りで尻尾を淑やかに揺らしながら視線をアルへと向けている。
「閣下が良いと言って下さっているのだ。フィーレア甘えておきなさい。」
「はい、兄さん!」
フィーレアは嬉しそうに笑顔を洩らす。
実は彼女はアルの妹であり、この度、家も大きくなった事もあり、アルの実家から呼び寄せ、ミアの護衛官を引き受けてもらったのだ。
元々、村付近の魔物退治を生業にして来た彼女は戦闘能力もアル並みに高かった。
ちなみにこれが家に来た当初見せたもらった彼女のステータス値だ。
【名前】フィーレア(30)
【Level】34
【性別】女
【種族】亜人種 人狼族
【職業】護衛官
【体力】1229/1229
【魔力】611/611
【力】102
【素早さ】271
【防御力】163
【魅力】77
【スキル】格闘lv3 護衛術lv1 身体強化lv2 索敵lv2
相変わらず人狼族のステータス値は基本がめちゃくちゃ高い。
護衛と言う仕事自体は初めての事らしいのだが、この能力値を見るからに問題は無いだろうと考えている。
しかし、人狼族は皆こんな感じなのだろうか?
アルも含めて、年齢より十歳は若く見えるのだが…。
俺が羨ましそうな視線をアルとフィーレアへ向けているとミアがコーヒーを口にしながら愉しそうに口を開いた。
「そうよ、フィー。ぜーんぶあの人に任せておけば良いの!」
そう言うとミアは大袈裟に両手を広げながら俺へと視線を向けて来た。そんなミアに釣られるようにフィーレアも俺へと視線を向けてくる。
「はい、奥様!」
フィーレアは、その後誇らしげにアルと同じ執事服を正すとにこりと微笑んだ。
俺はそんな二人を見ながら苦笑いを浮かべていると、リノア専属のメイドでもあるユンナがリノアへとコソコソと耳打ちをしている姿が視界に入って来た。
俺が何を話しているのかと不思議そうな表情を向けているとリノアは黒い笑みを洩らすと大声で告げて来た。
「パパー。ユンナがパパの顔、凄く気持ちが悪いっていってるよぉぉ!」
「ブッ!」
誰よりも先にその言葉に反応を示し笑い声を上げたメイドが一人、アイリスだ。
うん、絶対お前だと思った。
その笑い声を皮切りに皆の笑い声が辺り一帯に響き渡る。
「ユンナ!うるさいぞ!言いたい事があるなら自分で言えっ!」
俺はそんな笑い声を打ち消すように大声を張り上げるがそんな俺の声を無視するかの如く更にユンナはリノアへと耳打ちをして、何かを伝えていた。
「声張り上げるの疲れるっていってるよぉぉ!」
「自分が疲れる事を人にやらせるんじゃないよ!」
俺の声を反応を示すように三度、ユンナがリノアへと耳打ちをする。
すると俺にはよく分からないが、リノアが何か抗議の声をユンナへと上げているようだった。
その姿は姉妹のようでありこんな会話の内容で無ければ微笑ましく眺めていられるのだが…。
「いい、パパ!これは私が言ってるんじゃ無いからね?ユンナの言葉だからね!」
「分かったよ!どうせ悪口だろうがぁ!」
俺がそう返事をするとリノアはどこか恥じらうような仕草を見せるともじもじと体をくねらせながら俺へと告げ始めた。
「あ、あのねぇ!パ、パパとこう言う話をしている時の私って物凄く元気だから大丈夫だってユンナが言ってるのぉ!」
リノアはそう告げると頬を真っ赤に蒸気させると自らの顔をパタパタと仰ぎ始めた。
そんなリノアを周囲の大人達は微笑ましそうに眺めていた。
一瞬俺もリノアの可愛らしい姿に惑わされそんな大人達に混じりそうになってしまったが、騙されてはいけない!
ウッドテラス周辺では暖かな笑い声に包まれたリノアが恥ずかしそうに言い訳じみた事を話している姿が俺の視界に飛び込んできていた。
だが俺は敢えて大人気なくそんな空気を大ボリュームの叫び声にも似た言葉を掛けることで一刀両断した。
「いや!全然騙されねぇ〜からぁぁっ!!それ俺を揶揄って楽しそうだって話だからなぁぁっ!!」
周囲の大人達は今気が付いたのかそれとも敢えてそこには触れなかったのか、俺に対して苦笑いを浮かべていたが、ユンナだけはコソコソとまた何かをリノアへと耳打ちしていた。
「はぁ〜っ。今度はなんだよぉ〜!!」
俺は大きく疲れたような溜息を洩らすと、リノアとユンナへ向けて言葉を掛ける。
二人は俺の方へ視線を向けるとニヤニヤと愉しそうにしながら〝きゃっきゃうふふっ♪〟と盛り上がりを見せていた。
そんな姿を周囲にいる大人達は本当に微笑ましそうに眺めているのだがミアだけは何処か腹黒そうな笑みをリノアとユンナへと向け次はどんな面白い事を言い出すのかと明らかに期待した表情で見守っていた。
「あのねぇ〜!ユンナがねぇ〜!パパは、私が可愛すぎて仕方が無いから絶対に気付かないと思ってたのに少し舐めてたって言ってるよぉぉ〜!」
「あ〜そうですかっ!」
俺がそう告げると再度リノア達の周囲に笑いが起きたが、ユンナはそんな事気にもかけずに一人黙々と目の前のクッキーに手を伸ばして満足そうな表情を見せていた。
そんな感じで皆で笑い合っているとダイニングの大きな窓が開き、中からメイドの少女が現れた。
メイドの少女はウッドテラスまで出てくると周囲をキョロキョロと見回し、俺を見つけると軽く微笑んでから元気に手を振りながら大声で声を掛けて来た。
「ご主人様〜昼食の準備が出来ましたぁぁ!」
俺もそれに応えるように手を振り返してから返事の言葉を口にした。
「分かったーファルネありがとう!俺は玄関から戻るよ!」
「はーい!」
俺はファルネへとそう大声で伝えると玄関へと向かって歩き始めた。
皆も昼食の為、ダイニングの方へと移動を始めていた。
これは日本人の俺にとっては残念な事なのだが玄関と言ってもこちらの屋敷では靴は脱がない。
元々バーレリア人自体が靴を脱いで生活する習慣がないため、靴を脱ぐのはフスマの部屋からにして欲しいとアルにお願いされてしまったのだ。
そう言われた時、俺はあからさまに嫌な表情をアルへと向けて拒否していたのだが、万が一これから先客人を迎え入れる事になった場合、絶対に不都合が出て来るからと力説されてしまい渋々だが俺が折れてアルの意見を採用した。
しかし新築の屋敷の中を靴で移動する事に始めは物凄く戸惑いがあったのだが人間とは慣れる生き物なのだろう、今は俺も普通に土足で動き回っている。
そんな事を考えながらリビングへ向かっているとリーザが自室から出てくる所だった。
「あ、ご主人様。昼食の準備整ってますよ。」
リーザは俺に気がつくと微笑みながらそう告げて来る。
「うんうん、さっきファルネが呼びに来てくれたよ。リーザは何か忘れ物?」
その質問に最初不思議そうな表情でこちらを見ていたリーザは自室から出て来た事を言っているのだと気が付くと、笑いながら首を横に振った。
「いえ、違いますよ。笑わないで下さいね?」
「うん、笑わないけど、どうしたの?」
俺が視線をリーザへと向けると、リーザは、はにかみながら口を開いた。
「じ、実は…自室という物を初めて頂いたのでつい嬉しくて時間があると見に来てしまっているんですよ。」
そう告げた瞬間ボンッと音を立てて頭から煙を噴いているかのように顔色を真っ赤に染め上げながら笑っていた。
「いや、俺も昔、初めて自分の部屋もらった時そうだった気がするよ。随分昔過ぎて完全には覚えてないけどな。」
俺がそう言って舌を出して戯けると、リーザは更に笑みを深めていた。
「しかし、以外だったかな〜。」
俺が軽く微笑みながらそう問い掛けるとキョトンとした表情をして、リーザが首を傾げていた。
「なんの話でしょうか?」
「あぁ、ごめんごめん。部屋割りの話だよ。まさかユンナとリーザが同室を希望するとは思っても無かったからさ。俺はてっきりリーザはアイリスとユンナとファルネが同室になるのかと思っていたよ。」
「あ〜っ。実はですね…時々、本当にずっとでは無いのですが…一瞬ユンナちゃんが私に怯えているんじゃ無いかなって思う時がありまして…。良い機会だから同室になってもっと仲良く慣れたら良いなって思ってるんですよ。」
リーザは何処か照れ臭そうにしながら視線を俺へと向けて来る。
そんなリーザの視線を受けながら俺は間違いなく原因はあの時のビンタだろうと思ったが、そこには一切触れずにダイニングへと向かった。
ただ、一言だけ「今よりももっと仲良く慣れるといいな。」と告げておいた。
そんな俺の言葉にリーザは嬉しそうに頷いていた。
俺がダイニングに到着すると既にミアとリノアは自分の席へと座っており俺の到着を確認すると苦笑いを浮かべていた。
新しいダイニングはなんと広さが30畳もある、特大サイズだ。
これも、誰か客人が来た時の為の配慮であり、軽い立食パーティーくらい出来るようにと、どうしてもアルが譲らなかった。
「しかし、この広さで俺達だけ食べるって言うのもなぁ。」
俺は周囲を見回した後、視線をアルへと向け口を開く。
「なぁ。もう何度も言ってるけど皆で食べない?」
アルは俺の言葉を聞くといつもと同じように首を横に振ってから話し始めた。
「はぁー。閣下何度も申し上げておりますが、貴族と平民が同じテーブルに付くのは普通ならば許される事では無いのですよ?今までが異常だったのです。」
「いや、もう異常でも何でも良いよ。テーブル余ってるんだし食べよう、リノアやミアもそう思うだろう?」
「そうだよ、アル。皆で食べようよ?」
リノアは寂しそうにアルを見つめ、その視線を受けたアルは見るからに狼狽えていた。
ユンナもリノアの言葉にピクッと反応を見せる。
うん、お前食事の時、毎回恨めしそうな視線を俺へと向けてくるもんなぁ〜。
「うぅ…しかし…。」
リノアの子犬にような潤んだ瞳を見つめてしまい、アルがいつもの様な勢いを失ってしまい思わず口籠る。
「そうねぇー。もう別にいいんじゃ無いかしら?ここにいる者は全員身内なんだから問題ないわよ?」
更にミアも賛成のようでニコニコとアルへと告げる。
「はぁ〜。分かりました。それでは…今この場にいるメンバーの時だけはご一緒すると言う事でよろしいですか?」
アルは何処か諦めた表情を浮かべながらも心なしか口許が緩んでいるように見えた。
「流石アルキオス様。私は信じてた。」
〝うんうん〟と何度もユンナが頷いており、既にリノアの隣へと座り始めていた。
リノアも嬉しそうに隣に座り始めたユンナを見つめていた。
アルの了承を訊きながらアイリス、リーザは歓喜の声を上げて喜んでいるが、フィーレアは困惑した表情でアルの事を見つめていた。
「兄さん、いいの?」
「はぁー。良いも悪いも閣下は言い出したら全く聞いて下さらない。」
アルはガシガシと自分の頭を掻きながら大きな溜息を洩らした。
そんなアルの姿を見ながらフィーレアは小さな笑いを洩らす。
「クスクス。」
「どうした?」
アルは急に笑い始めたフィーレアに軽くジト目を送った。
「あはは。だって兄さん困ってるって言うより凄く嬉しそうよ?」
「バ…バカ言うな!困ってるだけだ!」
アルがそう言った瞬間、フィーレアは笑いながらアルの尻尾を指差した。
その尻尾は左右に高速で揺れており、アル自身が喜んでいる事が一目瞭然だった。
そんな二人と喜びに溢れた尻尾を見ながら俺はアルへと話し掛けた。
「大体アルは頭が堅すぎるんだよねぇ。結局こうなるんだからさ。」
俺が肩を竦め、勝ち誇ったような顔で見ていると、アルは一瞬悔しそうな表情を見せ、どこか挑戦的な顔をしながら口を開いた。
「あぁ。確かにそうでした。閣下は言い出したら何も聞いて下さらないワガママな御方でしたね!」
更にその言葉の後、ニヤリと口角を上げ、挑発的な笑みを見せる。
「ははは…いやだなぁ〜。アルキオス君は何を言っちゃってるのかな?ちょっと自分の意見が通らなかったからって子供じゃ無いんだからさ。そう言うの止めなよ〜。はぁ〜。ヤダヤダ。」
俺はそう言いながら再度肩を竦めバカにしたような表情をしながら首を何度も横に振った。
アルは俺の顔を見るや否やこめかみをピクつかせていた。
「閣下〜。全く冗談はやめて欲しい物ですね、まさか閣下に子共等と言われてしまうとは…日本ではこう言うの何て言いましたっけ?えーっと。あ、そうでした!ブーメラン、ブーメランですよ閣下、ご自分に当たっちゃいますよ?あははは。」
アルは俺に指を指しながら態とらしく大笑いをし始めた。
「あっ!私はファルネに全員で食事出来る事になった事伝えて来ようかなーっと。」
フィーレアは俺とアルの険悪な空気を感じ取り逃げる様にしてその場から立ち去っていく。
シーンとした沈黙の後、俺はアルの方へとゆっくりと向き直ると静かに口を開いた。
「…猫野郎。」
俺の言葉がダイニング中にポツリと広がっていくと同時に、アルはフンッと鼻で笑った様な笑顔を見せた後こう呟いた。
「バ閣下。」
「ブッ!」
誰かの笑い声が静かなダイニングに響き渡る、おそらくあのメイドだろう…。
俺は一度瞳を閉じて深呼吸をするとアルへと向けて声を張り上げた。
「上等だこのクソ猫野郎!」
「御自分から挑発して来ておいて何キレてるんですかね!」
アルも顔色を真っ赤に染め上げ、反論する様に声を張り上げる。
俺とアルが胸ぐらを掴み合い、取っ組み合いのケンカを始めようとした瞬間、優しい筈なのに何処か底冷えする様な声がダイニングに響き渡った。
「あらあら。二人とも何やってるのかしら?」
ミアは満面の笑みで俺とアルを見つめてから更に言葉を続ける。
「まさか、食事の時間にケンカなんてしてないわよね?」
ミアはニッコリと微笑みながら有無を言わせない謎の圧力を俺とアルへと掛けてくる。
ゴクリ…。
俺とアルは同時に喉を鳴らすと同時に胸ぐらを掴んでいた手を離しどちらからともなく肩を組み合うとその体勢のまま声を揃えて返事をしていた。
「「全くケンカ等しておりません!」」
「そう、それなら良いのよ?」
ミアはニッコリと微笑みながらながらいつの間にか用意されていた、コーンスープを口へと運んでいた。
「はぁ〜。パパもアルも本当にどうしようもないよね?」
リノアは何処か呆れ顔をしながらサラダへとドレッシングをかけていた。
そんな様子にハッとして俺とアルは周囲を見回してみると、俺とアルを避けるかの如く微妙な距離が出来上がっており、既に皆食事を始めていた。
俺とアルはガックリと肩を落としながら、二人一緒に食事を取った。
「アル、悪かったな。」
「いえ、閣下。私もすみませんでした。」
そんな話をしていると、リノアがトコトコと近づいて来て、そっと俺とアルの前にコップを置くと、綺麗にビールを二等分にして自分の席へと戻っていった。
リノアの後ろ姿を見ながら俺とアルは苦笑いを浮かべると乾杯してからそれを一気に飲み干した。
その後は特にケンカも無く、ファルネが作ってくれた、オムライスやスープ等を飲み楽しく食事の時間を過ごした。
俺達二人の様子をリノアは嬉しそうに見ていたと後からミアが教えてくれた。
それから俺はまた森の方へ出て行くと何をする事もなく、近くの木に横になりながらボーッと空を見上げていた。
10分くらい空を見上げていると、馬の鳴き声と荷馬車の走る音が訊こえてきた。
俺はそれを聞き、頬が緩ませながら上体を起こし音のする方へと確認をする様な視線を向けた。
その荷馬車は明らかにウチに向かって進んで来ており、御者席には和装のメイド服に身を包んだ、目が離せなくなってしまう程艶やかな女性が座っており、荷台の方には、旅用のマントで全身を覆った、小柄で優しそうな高齢の男性の姿を確認することが出来た。
その姿を確認するや否や俺は、まるで覚醒機でも間に挟んだかの様な声を張り上げる。
「おぉーーい!!アンヌ!パム!」
すると御者席に座ったアンヌがキョロキョロと周囲を見渡し始める。
「あはは。アンヌ、上上!」
俺の声に反応したアンヌは即座に木の上に居る俺を探し出すと春の日差しの様な笑みを向けると、嬉しさを爆発させるように声のボリュームを上げる。
「閣下〜!!ただ今戻りましたぁぁっ!」
「おかえりー!」
俺はアンヌの声を聞いてからすぐに木から飛び降りると、すぐに荷馬車の方へと駆け寄って行った。
俺は移動する荷馬車の荷台へと飛び乗ると、すぐに視線をパムへと向ける。
「アンヌ、おかえり!パムも元気になってよかったね。」
俺はポンポンとパムの肩を叩くと満面の笑みでそう告げる。
告げられたパムの方は瞳を潤ませ、嬉しそうにしながら何度も頷いていた。
「公爵様!この度はなんとお礼を…。」
パムは恐縮しながら頭を下げようとするが俺がそれをやんわりと肩を掴む事で止めさせた。
「そう言うのは本当に大丈夫だから、美味しいご飯を期待してるからね!これからよろしく〜。」
「はい、公爵様よろしくお願いします。」
この数ヶ月の間に病気も完治し働けるようになったパムはいよいよ今日からウチの料理人として働いてもらう事になった。
「あ、パム。悪いんだけどさ、毎回の料理の量が増えちゃった…。」
俺がそう告げると、クスリと御者席から笑いが洩れる。
「閣下、大丈夫です、祖父には事前に恐らくそうなるだろう事は伝えております。」
「おー。」
俺は視線をアンヌへと向けながら、同時にパムの表情も窺う。
パムは嬉しそうに微笑みながら頷いていた。
「さすがアンヌ!」
「公爵様、料理はシッカリとお任せください!」
パムはグッと小さくガッツポーズを決めるとやる気に満ちた表情で告げる。
「あははは。あんまり無理しないようにね。ところでアンヌから色々聞いた?」
アンヌへと視線を向けるとアンヌは前を向いたまま、馬の手綱を握りしめ小さく頷く。
「はい。その…日本の事なども孫から…アンヌから聞き及んでおります。」
「んじゃ、問題ないね。改めてよろしくね。」
「こちらこそよろしくお願いします!」
パムに向け、俺が手を差し出すと、パムは嬉しそうにそれを握り返して来た。
アンヌは自分の祖父と俺のやり取りを嬉しそうに眺めていた。
屋敷の前に到着してからすぐに俺はアンヌが乗って帰って来た荷馬車へと視線を落とした。
「そう言えばさ。馬車これにしたんだね、荷馬車のような物で良かったの?」
実は家には移動手段の為の馬車が無かった為、パムを迎えに行った時に徒歩で王都からここまで出向くには病気の完治したばかりのパムには酷だろうと言う事で馬車を購入してから帰ってくるようにアンヌには言っておいたのだ。
「えぇ、使用人で使う分にはこれで問題は無いと考えて居ります。」
「ふーん。」
「閣下、如何いたしました?」
アンヌの話を聞きながら他の事へと思考を向けてしまった為、少しばかりアンヌに違和感を与えてしまったのか心無し心配そうな視線を俺へと向けて来ていた。パムも同様のようで、アンヌと視線を一度交じり合わせてから俺へとその眼差しを向けてくる。
「あぁ。違う違う!ちょっと他の事考えちゃってさ。」
俺はそんな心配そうな二人を安心させるように出来るだけ穏やかな口調でそう返した。
「閣下、別の事とはどの様な事でしょうか?」
流石に重度の信仰者であるアンヌは〝そうですか〟とは成らなかったようで食い入るように俺の返事を待っていた。
「うーん。そんな大した事じゃ無いんだけどさ。馬小屋無かったなぁ〜って!」
俺が誤魔化すような笑みをアンヌへと向けるとアンヌは穏やかに一度頷いてからすぐに口を開いた。
「成る程。確かにそうでしたね…。」
更にアンヌは一度考えたような素振りを見せると名案を閃きましたとでも言うようにキラキラとそに瞳を輝かせながら俺の事を見つめ返して来た。
「何か思いついたの?」
俺は何処となく嫌な予感が頭を過ぎりはしたが一応そのように問い返してみた。
「はい!すぐに解決出来る方法を思いつきました!」
アンヌは心無し顎をあげてから胸を張って自信満々にそう告げる。
「なんだろう?」
「アルキオスに作らせればいいのですよ!」
アンヌは自信満々にそう言い切るが結局こう言う時に犠牲になるのって大概アルだよな…俺は何処か同情するような視線を今側にいない筈のアルを思いながら家の方へと視線を向けた。
それから五分もしないうちに強制的にアンヌから連れてこられたアルは自分の連れて来られた理由を聞き、微妙な顔で俺を見つめていた。
いや、言い出したの俺じゃ無いからね?
俺は心の中でそう呟いてから何処か他人事のように説明を受けるアルを眺めていた。
説明を終えたアンヌはパムを引き連れ屋敷の方へとミアやリノアへと帰宅の知らせとパムの紹介をして参りますとさっさと行ってしまった。
アルと二人取り残された俺は、諦めたように大きな溜息を吐くアルを尻目に取り敢えず馬小屋について話合う事にした。
〜〜〜〜
それから数時間後…。
話し合いの末小さくてもいいので、厩舎を家の横にアルと急遽建てる事にしたのだが…俺にはそう言った建築知識や技術は無い、だからアルに言われた通りに伐採して、それを魔力任せに加工しただけだが、出来上がってみると馬二頭が暮らすには十分な大きさのものが出来上がっていた。
本当は馬が首だけ出すタイプの物が作りたかったのだが「一日でそんな物が作れると思いますか?」とアルに溜息混じりに言われてしまい、結果的には、木造作りの学校の駐輪場みたいな物になってしまった。今度時間がある時にでも作り直そうと思っている。
他の皆へも馬小屋が出来たことを伝えようと屋敷のリビングへと顔を出してみると、そこにはパム以外誰も居なかった。
「あれ?パム皆どこ行ったの?」
俺が不思議そうにパムへと尋ねるとパムは何故か嬉しそうに微笑みながら口を開いた。
「お嬢様の身体強化の訓練に皆さん、裏手の方へ向かわれましたよ。」
「そっか。んじゃちょっと行ってくるよ。」
リノアもお話が怖いのか、最近では修行と称してユンナを引き連れアンヌ、ミア監督の元身体強化の練習に励んでいるようだった。
裏手に着いて見ると確かにリノアの練習をする為にミアを含め、アンヌやフィーレアまでその様子を見に来ているようだった。
リノアは俺が見に来た事に気付くとパタパタと走り寄ってきて変な事を口にし始めた。
これは間違いなく数日前に家で見たアニメのDVDの影響だろう…。
オレンジ色の道着を着てカメの甲羅を背負いたいと言い出した…。
おまけに石に自分の名前を書いてご機嫌に持ってきた。
いや、それ投げないからね?森の中危ないしな。
俺が断るとつまらなそうに唇を突き出していたが「やる気無いの?」とミアが微笑むと一心不乱に身体強化の修行に打ち込み始めた。
俺はそんなリノアの姿を近いうちに何かやらかしてまたミアからお話しを受けるのだろうと確信めいた眼差しで見つめていた。




