72 冒険者ギルドその2
ミアから説明を受けたラッタはその表情にはこの世の終わりの様な絶望の色を浮かべていた。
そんなラッタの表情に俺が苦笑いを浮かべていると、アンヌも大分気持ちが持ち直して来たのか、ラッタに対する視線が先程よりは幾分か和らいでいる様に見えた。
それはアルも同様でそんな二人の姿にリノアも大層嬉しそうな笑みを浮かべていた。
更には自分のせいで俺の関係者全員を不快にさせてしまったと一人一人に対して謝罪をして回っているラッタの姿を見てやはりこの人は根は良い人なのだと認識を改める事ができた。
皆もその謝罪を受け入れており、ラッタはホッと胸を撫で下ろすとリノアへと満面の笑みを向けていた。
その笑顔は自らの今の心情を表しているかのように見えた。
しかしこれでやっと俺たちは冒険者ギルドへと足を踏み入れることが出来る。
どっと疲れが押し寄せ、思わず表情に出てしまっていたのだろう。
ミアが笑いながら俺に近づいて来ると「お疲れ様」と言いながら肩を揉んでくれた。
冒険者ギルド…ラノベやアニメの中では嫌になる程見てきた場所、そんな場所がこのドアを一枚挟んだ向こう側にある。俺は周囲にその興奮がバレないように念入りに心を落ち着かせながら冒険者ギルドのドアノブへと手を掛けた。
冒険者ギルドの中は外観の印象通り、とても綺麗で頑丈そうだった。
中にも掲示板があり、俺がそれを不思議そうに眺めておると、外に建てられている掲示板とは仕事の危険度が全然違うとミアが教えてくれた。
外に置いてある掲示板は基本街の中だけで達成できる店番や引っ越しの手伝いなどが殆どのようだが、中に置いてある掲示板は魔物退治や護衛の依頼が多いそうだ。
「なるほど、新人や力の無い人でも外の掲示板にある依頼なら命の危険が極端に下がると言うわけか。」
俺が頷きながらそう呟いていると、ラッタが更に依頼についての説明を付け加えてくれた。
「確かに、そう言う側面もございますが、そもそも依頼はギルドランクによって受けられる物とそうで無い物が確りと分けられておりますので、無理して下のランクの者が上の依頼を受けると言うことは出来ないようになってるんですよ。」
「へぇー。なるほどねぇ。」
俺が感心して頷いていると、アンヌが少しムッとした表情をさせながら話に加わって来る。
「閣下!それに外の依頼はボランティアのような側面も強いんですよ。」
「ボランティア?」
俺がそう問い掛けると、その質問待ってました!とでも言うように胸を張りながらアンヌが口を開いた。
「はい、要は住民の依頼を特に役に立たない新人や、弱者に外の掲示板で受けさせて置いて、冒険者ギルドのイメージを上げてしまおうと…そう言う話ですよ。住民を敵に回すのは得策では無いですからね。」
アンヌは自信満々に言い切るが何と言うか…色々台無しである。
ガックリと項垂れながら周囲を見回して見る、するとそこには冒険者とはこうあるべしと言う風景が広がっていた。
ギルド内にある掲示板にも依頼と思われる用紙が所狭しと貼られておりそんな掲示板を冒険者の皆が囲みながら吟味する。そんな姿を目の当たりにしてこれはイメージ通りだと思わず瞳を輝かせながら興奮を露わにしているとミアが俺のそんな子供の様な態度が可笑しかったのかいきなり近付いて来て俺の頭を撫で回していた。
恥ずかしかったが、特に止める様なこともせず好きにさせていたのだが、すぐに軽率な行動だったと気付き周囲を確認して見た。
しかし俺の思った様な反応は見られなかった。
俺のイメージではテンプレ通りに見るからに粗野で乱暴な冒険者が嫉妬に狂って絡んでくるモノだとばかり思っていたのだが、特にそう言ったことは無く遠巻きにニヤニヤした顔で見られているだけだった。
そこはイメージと少し違っており安堵した。
ギルド内には酒場とまではいかないが飲食スペースの様なモノもあった。
まだ日が暮れていないせいか、数人の冒険者しか利用していなかったが興味をそそるとても美味しそうな匂いが広がっていた。
俺が鼻をひくつかせながら匂いの確認をしていると不意にリノアが視界に入って来た。
リノアは俺と同じようにくんくんと鼻を犬のようにひくつかせながら俺と似たような行動をとっており早速、その匂いの元へと行きたそうな顔でコチラを見つめていた。
どうやらユンナもその匂いに反応を見せ冒険者の人が食べているホットドッグのような物を指差しながらジッとその料理を見つめていた。
しかし、指を指された冒険者の彼女は最初何か分からずにキョトンとユンナを見つめ返すと、ユンナの視線の先に気が付き、自分のホットドッグを指差して首を傾げていた。
それを見たユンナはゆっくりと頷きジッとそれを見つめていた。
冒険者の彼女は苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうにして食べていた。
お食事中になんか家の子がすみません。
「いや、リノアは別に行っても構わないけど、ユンナはダメだろう?身分認証やりに行くんだぞ?」
俺が肩を竦めながらそう告げると、ユンナはホットドッグと身分認証を天秤に掛けている様な表情をしてから、ゆっくりと口を開いた。
「それなら仕方が無い。」
コクンと頷くと、リノアがユンナの肩にポンと手を置いた。
「ユンナ、安心していいからね。ちゃんとアレは買って来るわ!」
リノアは先程ユンナが食べたそうにしていたホットドッグを指差しながらそう告げる。
今度はいきなりしかも違う子に指を指されてしまった冒険者の彼女は飲んでいたコーヒーが入ってはいけない場所に入ってしまったのだろう。女性が出してはいけない様な声を出して酷い顔をしている。
「なぁー。アル、リノアに付いててあげてよ、後あの冒険者の彼女にお詫びとして何か奢ってあげて。」
「分かりました。それではリノアお嬢様、参りましょう。」
「りょうかーい!」
リノアはご機嫌にアルの後へと付いて行き俺はその姿を見ながら大きな溜息を吐く。
「はぁー。さっきあれだけ食べてまだ食べるのかよ。」
「あれは別腹。」
ユンナはさっきのホットドッグを食べる様な仕草をしながらそう答えた。
「いや、あれを別腹と言うには無理があり過ぎるだろう。肉とかビッシリ詰まってたぞ。」
俺はユンナへとジト目を向けているとアイリスが口を開く。
「でも、本当によく食べられますよねぇ。私はスープのボリュームが凄過ぎて今は何も食べられないですよ〜。」
アイリスはそう話しながら自分のお腹を両手でポンポンと叩いた。
それを見てファルネも同意する様に頷く。
するとリーザが呆れ顔をしながら、二人へと視線を向けていた。
「なにー?」
「どうしたの?」
アイリスとファルネは何事かとキョトンとした視線をリーザへと向ける。
「いえ、二人がお腹一杯なのはお好み焼きも食べたからじゃないの?」
リーザがそう告げた瞬間〝ぷっ〟と笑い声が何処からともなく聞こえて来た。
俺がミアかと思い視線を向けると、笑いながら首を横に振っていた。
するとすぐに、笑いを洩らした張本人が声を掛けてきた。
「あぁ。公爵様、申し訳ありません。私です。」
声のした方へと視線を向けるとバツが悪そうにラッタが小さく手を挙げていた。
「いや、謝る必要なんて無いんだけど、どうかした?」
俺が笑顔でそう問い返すとラッタも自然と笑みを浮かべながら答えてきた。
「いえ、本当に皆さん仲がおよろしいのだと思いまして、つい笑みが洩れてしまいました。」
「なるほどね。俺はてっきりアイリスとファルネの大食漢の事を笑ってるのだとばかり思ってたよ。」
俺が巫山戯てそう答えると、ラッタは再度笑みを洩らしたが、アイリスとファルネは猛反発を見せていた。
それから一頻り笑い合った後依頼を出しに行く事にした。
メイド達四人もアンヌが引き連れ、身分認証プレートを作成しにカウンターの方へと向かって行った。
俺が何処へ向かうべきなのか周囲を見渡しながら考えていると、ミアが俺の手を引き嬉しそうに連れ立ってくれた、ラッタも依頼を受ける本人なので一緒に来てくれるみたいだ。
案内されるままにミアについて行くと普段冒険者が依頼を受ける通常のカウンターより少し奥の方に見え辛いが小さめのカウンターがあった。そこには少し年配の眼鏡を掛けた日本で言えばスラックスにYシャツ、グレーのベスト姿の知的そうな男性のギルド職員の人が座っており、何やら書類を整理している最中の様だった。
俺たち三人がカウンター越しにその男性職員の対面まで行くとすぐに気付いた様で、作業の手を止め柔らかい笑みで声を掛けてきた。
「こんにちは、今日はご依頼で宜しいでしょうか?」
「あ、はい、そうです!依頼です!」
俺は冒険者ギルドで依頼を出すという、日本では完全に体験出来ない事に胸を躍らせ、声色も心なしか上ずっているのを自分でも感じた。
ミアにも分かった様で先程の子供の様に瞳を輝かせていた俺を思い出したのか、話し合いの邪魔にならない様にと口元を押さえながら必死に笑いを堪えていた。
「どういったご依頼か伺っても宜しいでしょうか?」
書類整理で手が汚れていたのだろう指先のインクをタオルで拭き取りながら俺たちへと視線を向けてきた。
「あ、はい。実はですね…」
それから依頼の内容とそれが指名依頼である事、もう本人にも承諾を取っている事等を告げた。するとギルド員の男性は少し渋い顔で考え込んでしまった。
「何か問題有りましたか?」
「うーん、問題というか…あの森は確かに誰の所有地としても登録はされていないのですが、家を建て、森を切り崩すという事は所有地としてご登録なされると言う事ですよね?」
正直これは初耳だった、確かに誰も管理していないし、魔物のせいで管理出来ない土地だとアルからは聞いてはいたが…それじゃ、道等を作り他の町などに繋げていけば、所有地として認められるという事だろうか。
「はい、そうなると思いますが、登録などはどこで行えば良いのでしょうか?」
「あ、登録自体はここで問題ありませんよ?」
「あの、でしたら一体何が問題になって来るのでしょうか?」
俺の純粋な質問に対して、男性職員は弱りきった表情をし、愛想笑いを浮かべながら話し始めた。
「その大変にご説明し難いのですが…貴方だけじゃ無いのですが、平民がそう言った自領を持つ事をお貴族様がその…余りよろしい顔をなさらないのでは無いかと思いまして、実際以前にも貴方のように魔獣の森を切り崩そうとした冒険者が居たのですが、その際お貴族様からその…お分かりになりますよね?」
男性職員の額には汗が滲んでおり、貴族の悪口にも当たりかねない俺の質問に対して答える事も厳しいと言わんばかりに困った顔のまま只々愛想笑いを浮かべていた。
「あぁ、そういう事ね、んじゃーはいこれ。」
余り男性職員を困らせるのも悪いと思い、俺はすぐさま、身分認証プレートを握りしめると魔力を通した、すると何も無い空間に文字が浮かび上がる。
その文字を見た瞬間、男性職員は完全に表情のコントロールを失ってしまったのか、呆然とし口を半開きにしたまま、只々その目の前にある文字を読み続けていた。
そんな様子を俺が困ったように見つめていると不意にミアが俺の腕を〝ちょんちょん〟と自分の指先で突っついて来た。
俺はそれに反応するようにミアの方へ視線を向けるとミアは無言で唇を突き出す様に少し顎を上げる動作をすると俺の視線先を更に誘導して来た。その誘導された先にはラッタがおり、俺の身分を知っていた筈のラッタも男性職員と同じような反応を見せていた。
ラッタ、お前もか!
その後いつものように俺の身分を知った男性職員が過度な謝罪をしたり、それを俺が必死に止めたり、ミアが〝あらあら、うふふっ〟したりと色々あったが話し合いは順調に進み、しっかりとラッタが依頼を受けてくれる事になった。
ちなみに依頼料は何人集めようが金貨20枚を人数で割るという話で落ち着いた。
正直金貨20枚が多いのか少ないのかよくわからないが、ゴブリン退治の依頼が1匹銅貨10枚で魔石が1個銅貨5枚だと考えればそれなりに高いのかもしれない。
土地に関しては屋敷が建ち周辺を整備した後に自領として登録すると言う事で話が付いた。
依頼料の支払いは、うちのメイド長が新人メイドの身分証を作りに行っているので戻り次第支払いに行かせると男性職員に伝えると問題ないと言う了承を得た。
「あ、そうだ!魔石売りたいんだけどどうすれば良いかな?」
「はい、魔石でございますね、どの魔石をお売り頂けるのでしょうか?」
実は俺が敬語で話すとこの男性職員は〝勘弁して下さい〟と言いながらハンカチを取り出し自分の目元を拭うので流石に話が進まず面倒くさい事になったので敬語はやめる事にした。
「ここに出しても大丈夫なの?」
「本来は買取カウンターへ行って頂くのですが、勿論こちらでも問題ありませんよ?」
男性職員は説明をしながらその買取カウンターの方を右手で指し示した、俺はそれならば買取カウンターの方へ行くべきだろうとそちらへ視線を向けると何人かの冒険者が順番待ちをしており、少し列が出来ているようだった…並ぶのは構わないのだがあの男臭そうな集団の中に入って行く度胸が俺には全く無く申し訳ないが、ここで売らせて貰う事にした。
「こ、ここに出しちゃおうかな。」
「あらあら、うふふっ♪」
笑い声から完全に俺の思考がバレている事を感じ取った俺は、恥ずかしさからミアの生温い視線に捕まらないよう必死に視線を男性職員へと固定しミアの視線から避け続ける事に全力を尽くした。
何とか心の平穏を取り戻した俺は押し入れボックスから大量に魔石の入った土嚢袋を取り出すと〝どかっ〟と音を響かせ無造作に男性職員の前へと置いた。
「流石、公爵様ですね、収納アイテムをお持ちでございましたか。それでは魔石の確認をさせて頂きます。もし確認後にキャンセルする魔石がございましたら遠慮無くお申し付け下さい。」
俺はどうやって魔石を確認するのかを興味津々で見ていると、男性職員は土囊袋ごと抱えあげ、買取カウンターの方へとその袋を持って行き、少し小さめの精米機のような物の中へと土囊袋の中の魔石を流し入れて行った。
「おぉ、ああやって選別するのかな?」
俺の呟きが聞こえたのか、ラッタが買取の事を教えてくれた、何でもあそこに魔石を入れるだけで魔物の種類や単価、個数、合計金額が全て分かるのだと言う、どういう仕組みなのか詳しく聞いてみたが、そこは良く分かっていないみたいだった、因みにミアにも聞いてみたがやはり仕組みまではよく分かっていなかった。しばらく待っていると顔色を青ざめた男性職員が明らかにパニックを起こしながら駆け寄って来た。
「こ、公爵様!!あ、あのこれは一体何処で手に入れられたのでしょうか?」
男性職員の額には多量の汗が流れており、俺に見せつけるように突き出した手は小刻みに震えていた。その手元を見てみると何やら魔石が握られており、それは俺が倒したオークキングの魔石だった。
「あーそれ?魔獣の森で襲って来たから倒したんだけど、それ売れないの?」
「は?倒した?このオークキングを?オークキングを倒した〜!?」
男性職員は大声で叫ぶと金魚のように口をパクパクとさせながら瞳を大きく見開いていた。俺は柿ピーを探したが残念ながら押し入れボックスには入っていなかったのでその金魚のような口を見ながら俺は肩を落とすと小さく息を吐いた。
その叫び声が聞こえた周囲の冒険者や職員も俺へと奇異の目を向ける。
「あなた、だからあんな危険な魔物と戦っちゃダメだって言ったでしょ?」
「え、嘘、マジかよ…あの人オークキング倒したのかよ!うぉすげええ!!!」
いつものニコニコ顔でミアが言うと、周囲も本当に俺が倒した事を認識したのか、ゆっくりと部屋中が熱を帯びていき、誰かが発した叫び声を合図に周囲にもそれが伝染しそれは更に地鳴りにも似た衝撃を生み出し部屋中を揺らしている様にさえ感じた。
俺は一体何が起こったのか分からず只々耳を押さえながら呟いた。
「…うるせぇ。」
騒ぎがひと段落して来ると、男性職員も冷静さを取り戻し自分が一体何をやってしまったのかを理解した。個人情報とまでは言わないが冒険者にとって実力こそが自分のアイデンティティであり、その情報を討伐対象を大声でバラすと言う形で周囲に知らせてしまったのだギルド員として絶対にやってはいけない行動である。
冒険者は嫉妬や妬みを買いやすい、どんな小さな事でもそれに繋がらないとは言い切れない、今回は確かに冒険者の情報ではない、しかし…今回偶々冒険者ではなかったと言うだけであり、彼のやった事に変わりはないだろう、寧ろハッキリ言ってしまえば冒険者よりも更に相手が悪いと言えるかも知れない。
自分で言うのもアレだが、俺は一応貴族である、しかも公爵なのだ。
彼もしっかりと自覚してしまったのだろう、男性職員は完全に足が震えており立っていられなくなっていた、更には吐き気や目眩まで誘発し、傍目から見ても今にも倒れてしまいそうである。
俺はどうしたもんかと考えたが全然突破口を見つける事ができなかった。ミアやラッタも同じようで、どうしてやることも出来ず、ただ見ているだけの存在になり果てていた。
そんな時、和装メイド服の集団が視界に入ってきた。それは周囲にいる者全てを惹きつけるように皆の視線を一身に浴びながら悠然と雅やかにこちらへと近づいて来る。
その中でも先頭を歩いている者は別格で、俺を見て微笑むその笑顔は周りの有象無象を一瞬にして虜にしていた。
うん、アンヌだ、ハッキリ言って綺麗だから仕方ない。
「アンヌ終わったの?」
「はい、閣下お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。」
アンヌはそう言うと軽く会釈をするとユンナ達四人へと視線を向けた。
「「「ご主人様!ありがとうございました!」」」
「ご主人様。ありがとう。」
四人とも嬉しそうに身分認証のプレートを俺へと見せて来る。
「全然気にしないでよ。無事にできた様で何より。」
俺は右手をヒラヒラと振りながら少し困った様な笑みをアンヌへと向けた。
「閣下、何かありましたでしょうか?」
アンヌは不思議そうな視線を俺へと向けながら小首を傾げていた。
「うーん。実はさ少し困った事になっててねぇ…。」
「どうかなされたのですか?」
「いや…実はさ…」
俺は今起こった出来事と、魔石を売ったが、男性職員が自責の念にかられてお金が支払われず困っている事を伝えた。
話を聞き終えたアンヌは開口一番、視線を鋭くさせ目の前の男性職員を睨みつけながら言い放った。
「全く、閣下のお時間を何だと思っているのでしょうか、このブタは。」
「…………ちょ、ちょっとアンヌさん?」
「あらあら、アンヌは相変わらずあなた以外には本当に手厳しいわね❤️」
「ひぃぃぃぃっ!」
ミアはいつも通り楽しそうだが、ラッタに至っては先程死にかけた事を思い出したのか、体を丸め生まれたての小鹿のようにぶるぶると震えていた。
「閣下、少々お待ちください、あのブタを調教して参ります。」
「あ、はい。」
そう、俺は怖そうな人には逆らわない主義なのだ。
「あなたのそういう所も大好きよ❤️」
ミアはそういうと俺の腕にしがみ付いて来た。色々ありがとう。
「そこのブタ、早く正気に戻りなさい!」
アンヌはまるで道端のゴミを見るような目つきで男性職員をみると一瞬ピクッと頬を痙攣らせた。
「誰かと思えばリッシュモンじゃないですか、アナタまだ生きていたのですね、死ねばいいのに。」
リッシュモンと呼ばれたギルド員の男はアンヌの姿を見るや否や今までの様子がまるで嘘のように血色の良い顔色へと戻っていき、いきなりアンヌへと飛び掛かり抱きしめようとして来た。
アンヌはそれを気絶しない程度のボディブローで防ぎ切り、悶絶するリッシュモンの頭を上から踏みつけるとさっさと魔石の代金を支払うように要求していた。
さすがにやり過ぎだと止めようとしたのだが、まるで何かの幼虫のよう体をくねらせ涎を垂らしながらハァハァとその息は荒く至福に塗れたようなリッシュモンの表情を見ているとそんな気持ちも消え失せてしまい、取り敢えずこの危険人物を鑑定しておく事にした。
ちなみに、ミアや、ラッタもリッシュモンのそんな姿をまるで悍しいモノでも見てしまったかのように、その全身には鳥肌を立たせ、自分自身を抱え込むようにしてブルブルと身を震わせていた。
【名前】リッシュモン(50)
【Level】51
【性別】男
【種族】人族
【状態】良好
【職業】冒険者ギルト長
【体力】988/988
【魔力】955/955
【力】101
【素早さ】69
【防御力】82
【魅力】60
【スキル】両手斧lv5 身体強化lv4 土魔法lv2
「え、なにコイツ…ギルドマスターなのかよ…。」
余りの驚きについ声が洩れてしまう。
俺の声を聞いた、アンヌが大きな溜息を吐き、こめかみを押さえた。
「はい、実はそうなんですよ…しかもコイツは何故か昔から私にこんな調子で絡んできまして…。」
「えぇー!この人がギルドマスター!?」
ラッタが驚きの声を上げる。
「うん、そうらしいけど…あっ。そう言えばラッタ何で知らなかったのよ?」
ラッタは驚きのあまり、鑑定のことには全く気付いていないようで、ただ、リッシュモンみたいな変態がギルドマスターという現実に打ち拉がれていた。
「はい、公爵様。私達は殆ど王都のギルドで仕事は致しませんので…。今回も依頼が無ければ王都を出てダンジョンにでも籠る所でした。」
「な、何!ダ、ダンジョン籠ってるの!?」
俺が食い気味に聞き返すと、ラッタは顔を痙攣らせ後ずさった。
「あらあら、あなたそんな瞳をキラキラさせちゃって…。まさかオークキングの次はダンジョンですか?」
ミアが無言の圧力かけて来る。今度は俺がそれを受け後ずさる。
「ま、まさか。全然そんな気ないよ?」
俺の黒目が高速でうろうろとし始め、額には多量の汗が流れる。
もう駄目だ。そう思った時だった。
「も、もう一回踏んでください!!!お、お願いしますハァハァ…。」
「うわぁ〜。」
俺の変な声を合図に皆視線が一斉に変態へと向かう。
リッシュモンはアンヌの調教?の真っ最中だった。もうね、こいつヤダ…。
皆、俺と同じ感情なのだろう、汚物でも見る様な視線を向けており、それが彼を更に燃え上がらせていた。
気持ちが悪いので、ペットボトルのお茶などを二人に配り、調教が終わるまで完全に視線を外しておいた。ただなんとも言えない奇声だけがどうして耳に届いていたが…。
それから数分して俺は魔石の代金をもらう事ができた、その際レシートのような伝票らしき者を貰ったのだが、俺はまだ完全に字が読めるわけでは無いので、ミアに読んでもらった。
そこには魔物の名前、魔石単価、合計金額が書かれていた。ちなみに振り分けはゴブリンの魔石が37個、単価銅貨5枚、ワイルドボアの魔石11個、単価銅貨21枚、シャドーウルフの魔石18個、単価銅貨9枚、ワイルドベアの魔石9個、単価銀貨3枚、オークの魔石34個、単価銀貨10枚、オークキングの魔石1個、単価金貨70枚。オークキングが金貨70枚もする事に驚きはしたが、街が滅びるような可能性があった話を聞いた後では微妙ではあった。
俺がそんな表情をしていたからだろうか、ラッタがその疑問に答えてくれた。
「あ、あのオークキングの金額にご不満でしょうか?」
ラッタは本当にギルド前であった時とは違い物凄く俺に対して萎縮している様に見える。正直少し寂しい、ミアやリノアの友人なら俺も仲良くしたかった…。
「あらあら♪ラッタ、もう少し肩の力を抜いて?あの人寂しそうだから❤️」
「いや、でもミア、アンタの旦那様、公爵様だしそんな訳にはいかないよ…。」
「うーん、別にウチの人はそんな事じゃ怒らないわよ?」
それでも頑にラッタは首を縦には振らなかった、そんな様子を見て、ミアは小さく息を吐くと肩を竦め〝諦めなさい〟と言う視線を俺へと向けて来た。
俺はそれを確認すると仕方がないかと思い直しラッタへと視線を向け先程の質問に答える。
「いや、金額に不満はないんだけどさ、アレ一匹で街が全滅する可能性があると聞いてたからかな?思ったより少ない感じがしちゃってね。」
「あぁ、それはきっとまだ街が襲われてないから討伐指定されていなかったからですよ。」
詳しく話を聞いてみると、どうやら街が襲われ被害が出ていれば金貨の額がその被害に応じて跳ね上がっていたと言うのだ、そう考えると何も被害がない状況で討伐できたことは金貨よりもずっと価値があったのだろう、俺はそれを聞くと完全に満足顔で頷いていた。
色々とあったが合計金額、金貨88枚銀貨19枚銅貨28枚をアンヌに受け取らせて、早速依頼料をそこから払い終えた。
やっとこの濃い空間から離れられると、安堵の息を吐いているとリッシュモンから声が掛けられた。
俺は振り返りたく無い衝動を必死に押さえつけ、無理やりに笑顔を作るとリッシュモンの声に耳を傾けた。
「公爵様、是非オークキング討伐の話をお聞かせ頂きたいのですが!」
リッシュモンは少年のように瞳を輝かせ前のめりになり俺へと迫って来た、そんな様子にアンヌ以外の女性陣の腰が引け、その口からは女性が出してはいけない様な声が洩れていた。
アンヌの眼つきは完全に彼を敵として見定めており、その体からは僅かに殺気が溢れ出ていた。このままではリッシュモンが死んでしまうと思い、アンヌの頭を撫でつけるとアンヌは耳まで真っ赤に染め上げ、とろんとした表情で俺を見上げると、リッシュモンに対して言葉を発した。
「そこのブタ、閣下はお疲れです、話はまた今度にしなさい、それに閣下は冒険者では無い!お前に話を聞かせる理由もましてや義務も無い勘違いするな。」
「そ、それは…。」
悔しそうに口籠るリッシュモンだったがその瞳はまだ諦めておらず何かを口にしようとしたタイミングで先に俺が口を開いた。
「まぁ、そういう事だから?後次に一方的にお互いの了承もなくアンヌに抱き着こうとしたら分かってるよね?彼女はコンノ家の人間だから。」
その言葉を聞くや否やリッシュモンは顔色を青ざめ何度も頷いていた、少し脅しが過ぎたかと思ったが、奴は犯罪者予備軍の匂いがぷんぷんとするから仕方がない。
そんな俺をアンヌは恍惚とした表情でうっとりと眺めていた。ミアは面白くなかったのかずっと俺の腕に自分の腕を回しながらも抓っていた。
それからすぐに冒険者ギルドを出るとラッタとはそこで別れた。
彼女は依頼遂行の為に仲間を集うと物凄く張り切って早速仲間を集めに行ってしまった。
「相変わらずねぇ〜。」
そう言いながら一瞬だけミアは優しい顔に戻ったが、今はとある理由から真っ黒いモノを周囲に振り撒きまくっている。
「はぁー。」
俺は心身共に疲れ果ててしまい、元凶の二人へと視線を送った。
俺の視線を感じた元凶二人は顔色を青白くさせ、今にもその場に倒れ込みそうになっていた。
「アル、お前ってリノア並みにアレだったんだなぁー。」
急に立ち止まった俺へと一斉に皆の視線が集まる。
「閣下どうなさいました?」
「いやさ、俺大事な事忘れてたみたいなんだよね…。アレなアルキオス君ちょっといいかな?」
アンヌを含めメイド達は仕切りに不思議そうに首を傾げる。
俺の呼びかけを聞くや、アルはそんな蔑む?様な言葉にも関わらずにピンッと耳を立たせ尻尾を大きく振りながら、瞳を輝かせまるで子犬がじゃれついてくる様な勢いで側へと駆け寄って来た。
(そんなに辛かったのかよ…)
そんなアルの様子をリノアはまるで裏切り者を見る魔王の様な瞳で威圧的に睨みつけていた。
実は俺たちが話し合いを終え二人を迎えに冒険者ギルド内の飲食スペースへ向かうと二人は周囲の冒険者を巻き込み何かの打ち上げのような勢いで空になった皿や酒瓶を山のように積み上げどんちゃん騒ぎをしていたのだ。
勿論、アル自体は酒を呑んだり迄は行っていなかったが、結局止めなかったとして同罪とされ先程からずっとミアから笑顔でお話しをされていたのだ。
支払額は金貨二枚にも及び、主犯であるリノアに理由を問いただした所、皆集まって来て楽しかった。テンションが上がってしまったと言う事だった。
当然俺は最初からこの最終形態のようなミアへ逆らう気等微塵も起きず、静かに見守っていたのだが「そんな物分かりの良いアナタも大好きよ❤️」と頬へと容疑者二人の前でキスを受けた際には、それを目の当たりにした容疑者二人は誰も助けてくれないと言う事を悟りこの世の終わりのような絶望の色を浮かべ項垂れていた。
そしてこの護衛官の男は今や完全に俺の執事へと鞍替えしており、ニコニコと俺の側へ控えていた。そんな男へ護衛対象である、お嬢様が何か言葉を掛けようとするが、そんな言葉はこの辺り一帯まで巻き込んで凍らせてしまいそうな「聞いてるの?」という絶対零度の問いかけによってかき消される事になった。
「それで閣下、何かご用でしょうか?」
ずっと尻尾を振り続けているアルに何とも言えない気持ちになるが、質問を優先させてもらう。
すまん、リノア。
「あーうん…いいんだけどさ、大工の件だよ、前に知り合いがいるって言ってたよね?」
アルは納得する様に頷きすぐに口を開いた。
「その件で御座いましたらある程度話は進めております、冒険者の方々がお集まり次第作業に入る事は可能で御座います。」
「え、そうなの?一体いつの間にやってくれたのよ?」
「は、出過ぎた真似かと思いましたが、閣下が会社へとお勤めなされている間に少しづつ根回しを含め話を纏めておりました。」
アルの手際の良さに俺は驚きを露わにした、リノアの護衛もある筈なのに本当によくやってくれている。喜びの余り俺はアルの肩をバンバンッと叩くと、ミアへと視線を向け、アルを擁護した。
「ミア、アルは滅茶苦茶頑張ってくれてるから今回は多めに見てやってよ!俺本気で助かっちゃったよ!」
ミアは俺の言葉を受けると少し考えるような仕草を見せた。そんな様子をアルは期待の籠もった眼差しで見つめ続け逆にリノアはそんなアルへ恨みの篭った眼差しを向ける。
「そうねぇーアルは確かに頑張ってくれてるし、アナタも嬉しそうだから今回はイイわよ?」
「うぅぅっ…うわぁぁぁっ!閣下!閣下!ありがとうございます、ありがとうございます!」
アルはお許しを得た事がそこまで嬉しかったのか、周囲が引くほど咽び泣いていた。アルにお許しが出た事で、リノアにもチャンスが訪れたとでも思ったのか、その瞳は先程とは違い純粋な色を帯びており期待の籠もった眼差しをミアへと向ける。
「あ、リノアはダメですからね?」
一瞬にしてリノアの瞳の色が濁るどころか消えてしまい、それ以後はアルを睨み付けることすらなかった。
リノアは可哀想だったが強く生きてほしいと願う事しか俺にはできる事がなかった。
本当にすまん、こんな情けないお父さんを許しておくれ…。
ちなみに約束通りに、ホットドッグはお持ち帰りされており、それを貪る様にユンナは食べていた。
そんなユンナの幸せそうな姿を見ながら四人の普段着や、生活用品を買いにそれぞれの店へと回り、帰宅の途に着いた。
その間ずっとリノアは鼻水を垂らしながらわんわんと泣いていた。




