67 新人メイドの準備
風呂から出た俺は一旦リビングへと向かった。ミアはいつもの様にドライヤーで髪を乾かしに戻った。
アンヌや新人さん達はまだリビングの方で説明を受けている最中だった、皆これからの新生活に期待を込めているのがその眼差しからは十分に伝わって来た。
アルはもうやることが無いのか、暇そうにしていたのでビールを持たせて今日はもう自室へと戻ってもいいと伝えると大層嬉しそうに耳や尻尾を振りながら戻って行った。
因みにリノアは、風呂から出てみると既に眠っており、寝室へと強制送還された後だった。
「閣下、給与の面等のお話はお済みだと伺ったのですが金貨一枚でお間違えありませんか?」
俺がソファーでだらけているとアンヌが声を掛けてきた。
「うん、そうだよ。それで大丈夫。あとの昇給等の判断はアンヌにお願いしてもいいかな?」
「はい、お任せ下さい!コンノ家に相応しい一人前のメイドに育て上げて見せます。」
アンヌは右手でガッツポーズを作りながら、鼻息荒く物凄い意気込みを見せる。
そんな姿を目の当たりにして新人メイドさん達はブルリと肩を震わせた。
「あ、そうだ。メイド服、買いに行かないとまずいよね?」
「あ、あの閣下…こ、これを…。」
アンヌはメイド服の事には何も触れずにモジモジとしながらメモ用紙を渡して来る。
渡されたメモ用紙に目を通すしてみると『もうメイド服は注文しておいたから大丈夫!』そう書かれており、明らかにリノアの文字だった。
「あ、もう決めちゃったの?」
「は、はい。それで閣下、これを見てもらってもよろしいですか?」
更にアンヌはもう一枚メモ用紙を手渡して来る。
俺は内心纏めて渡せばいいのにと思いながらもそれに目を通していく。
『選んだメイド服はスクショ撮っておいたから、あとアンヌに分けて渡す様に言ったの私だから!どうせ纏めて渡せばいいのにって思ったんでしょ?それじゃおやすみなさい♪』
俺はそれを読み終えると思わず溜息を洩らす。
「はぁー。ねぇアンヌ、俺ってそんなに分かり易い?」
「えっ?何がでしょうか?」
俺の口から思わず洩れ出た言葉にアンヌはきょとんとした顔で聞き返して来る。
「いや、何でもない。ごめん。」
「そうですか?」
不思議そうな顔のアンヌを他所に俺は苦笑いを浮かべると早速メイド服の画像を確認する為、周囲を見回した。
「ねぇ、アンヌ。タブレットどこかな?」
「えーっと。お嬢様が眠るまでお持ちでしたけど…。」
するとユンナが声を掛けてくる。
「あの板みたいな奴?」
「あーそうそう。あれ何処にあるか知らない?」
「アンヌ様が言う様にリノアお嬢様がずっと持ってた。」
俺は腕を組むと考える仕草を見せる。何故か横でユンナが同じような仕草で考え始めた。
そんな様子を見てアンヌから溜息が洩れる。
「ユンナ、閣下には敬語を使うように言いましたよね?」
「あっ。そうだった…です。ごめんなさい…です。」
「あはは。まぁ個人的にはどっちでもいいとは思うんだけど、口煩い貴族とかいっぱいいるから慣れといた方が良いかもね。」
「口煩い?」
ユンナはジーっとアンヌを見つめていた。
「な、なんですか?」
アンヌは居心地が悪そうに身を小さくする素振りを見せた。
俺は膝を折ると、ユンナへと視線を合わせるようにして覗き込み、ユンナへ対して一度首を横に振ると口を開いた。
「ユンナ、それは違う。皆も聞いて欲しい。」
ゆっくりと視線を他のメイドの皆へと合わせて行く。
「俺が口煩いと言ったのは馬鹿にしたり、罵って来たりする、そんな連中の事であって決してアンヌの事じゃない。アンヌやアルはミアやリノアと一緒で俺の家族なんだよ。」
「家族?」
ユンナが俺から視線を外さずに聞き返してくる。
「そう、家族だ。勿論お前らもそうなるんだぞ?」
「えっ?」
そこでファルネから驚きの声が上がる。
「なんでそんな驚く様な声出すのよ?」
「だ、だって、その…。」
ファルネは俺の質問に対して思わず口籠る。
それを助ける様に横からアイリスが口を開いた。
「その…私たちは本当の家族からも…その疎まれ続けて育って来ましたので…。」
「うん、確かにアイリスを起こした時にそんな話をしてくれたよね。だから家族に対してあまり良い思い入れがない者もこの中にはいるかも知れない。それでも、俺はここで生活する以上は皆の事もその様に扱っていきたいと思ってるんだけど、駄目かな?」
俺はゆっくりと新メイドの皆を見回す。
するとユンナがジッと俺を見つめて来る。
「うん、ご主人様は違う。平気。」
するとまたユンナの周囲に小さな花がポンポンと飛び出して来る様に見え、ユンナは幸せそうに口許を緩める。
「あの、ご主人様。質問してもよろしいでしょうか?」
声のした方向へと視線を向けるとリーザが遠慮しながら小さく手を挙げていた。
「勿論。こうなったら何でも聞いてよ。」
俺の言葉を聞き終えるとリーザが軽く頷いてから話し始めた。
「ご主人様が言って下さることはとても心地よく、私達には有難い事です。正直に申しまして、家族と言うのは私が欲しくて仕方が無かった唯一切望したものです。でも何故ご主人様はそこまで家族に拘られるのでしょうか?私達から見るとご主人様は、地位も名誉も家族も全て持って居られると思うのですが…。」
「そう見える?」
「失礼ながら、そう見えます。」
リーザは真剣に頷く。
そこでふとフスマの方へと視線を向ける。ガタガタッとフスマが一瞬だが確かに揺れた。
俺はそれを見て思わず、口元が緩む。
「リーザ、俺が少し前まで全く何も持っていなかったって言えば信じるかな?」
「いえ、それは…。」
俺は視線をアンヌへと向ける。アンヌは首をゆっくりと横に振っていた。
どうやら異世界の話はまだしていない様だ。
「それじゃ皆でちょっと奥の部屋へ行こうか。」
俺は皆に笑顔を向けながらフスマ方を指差した。
「えっ?」
リーザが驚きの声を上げる。
「どうしたの?もう皆気付いてたんでしょ?奥に部屋があるの。」
「はい、それは勿論、気付いておりましたが…。」
「気付いてはいるが、今の話の流れで何故奥の部屋への移動になるのかが分からないって顔だね。」
「…はい。」
申し訳なさそうにリーザが俯きながら答える、俺はそれを確認してから視線をアンヌへと向けて口を開く。
「アンヌ、ここからは 俺が自分で説明するよ。」
「畏まりました。」
アンヌは軽く微笑むと会釈をしてからダイニングの方へと向かい何やら準備を始めた。
それと同時にバタバタと言う何かから逃げる様なけたたましい足音がダイニングから聞こえて来ており再度俺の口許が緩んだ。
「それじゃ移動しようか?」
俺の声に頷きながら皆心配そうに俺の後へと続いた。
ダイニングに入ってすぐ、皆は見た事も無い家具や家電に目を奪われていた。
「あ、あのご主人様、このお部屋は一体?」
リーザが周囲を見渡しながら驚きで目を見開く。
アイリスとファルネは只々口をあんぐりと開けながらTVの方を眺めていた。どうやら分かりやすくする為にアンヌが付けておいたのだろう。
ユンナはちょんちょんと俺の腕を突っつくとアンヌが準備中のテーブルの上の飲み物を指差す。
うん、コイツだけは全くブレない奴である。
「ご、ご主人様。こ、これは一体?」
リーザが視線を俺へと向け声を掛けてくる。
「うん、これはと言うかここはね、バーレリアじゃ無いんだよ。」
「「「はぁ?」」」
三人は驚きからか思わず間抜けな声を洩らす、ユンナは真剣に俺の目を見ながら話を聞いていた。
「あの、では一体何処だと言うのでしょうか?」
リーザが訝しむ様な視線を俺へと向けてくるとその言葉に頷きながらアイリス、ファルネも同様の視線を俺へと向けてくる。
しかし、ユンナは先ほどのままずっと俺の瞳を見つめ続け言葉の続きを待っていた。
俺はそんなユンナの頭を一度撫でつけると話を続ける。
「うん、そう言う反応になるよね?でもここにある物見た事ないでしょ?」
俺はそう言いながら、窓の方へ歩き出す。全員の視線が俺の歩行に釣られる様に追いかけて来る。
「まぁー確かに見た事は有りませんが_____」
皆の意見を代表する様にアイリスが俺の移動に合わせて言葉を続ける。
俺は窓へと到着するとガバッと勢い良くその窓を開け放つ。
「ここはね、地球にある日本って言う場所で…バーレリアとは違う、異世界だよ。」
窓の外には街灯の光や車のライト、他所の家の明かりが煌めきバーレリア人にとってはまるで宝石の様に輝いておりその光景を見た瞬間、四人が驚きで固まってしまう。
「閣下、ここからは私が説明致します。」
「えっ?そう?じゃお願いしちゃおうかな。驚かせるのは成功したし、なんか美味しいところだけ貰っちゃって悪いな。」
俺が笑いながらそう告げるとアンヌは微笑みながら首を横へと振っていた。
それから俺をテーブルへと案内すると四人の方へと歩いて行った。
〜〜〜〜〜
俺はアンヌの準備してくれた、コーヒーを飲みタバコを吸いながら説明が終えるのを待つ事にした。
四人は皆一様に真剣な表情をしており、しっかりと理解しようと俺の目には一生懸命に写っていた。
腕時計を確認してみると四人に話を始めて20分くらいしか時間は経って居らず、短時間で流石に刺激が強すぎたかとも考えたが、其処はもう受け入れてもらうしか無いと諦めた。
そんな事を考えていると四人がアンヌからの説明を終え俺の方へと近づいて来た。
「あ、あのご主人様。申し訳ございませんでした。」
思い詰めた顔をしながらゆっくりと歩いて来たリーザが俺の前まで来ると頭を下げて来た。
「えっ?リーザどうしたの?」
きょとんとした顔で俺が聞き返すと、アンヌが側へとやって来て俺の耳元で囁いた。
「何も持っていなかったと言う話を信じられなかった事では無いでしょうか?」
すると声が聞こえていたのかリーザの肩が小さく跳ねた。
「リーザ、そうなの?その件で謝ってるの?」
俺がそう問いかけるとリーザは申し訳無さそうに頷いた。
「あはは。いいよいいよ。普通信じないって!」
俺は笑いながら目の前でヒラヒラと手を左右に振る。
「し、しかし!」
リーザはそれでも疑ってしまった事を食い入る様な瞳で俺を見つめる。
「うーん。それじゃ都合もいいしその話からしようか。」
それから俺は日本での生活の事などを四人へと話して行った。勿論、愛子の話なんかはしてはいないが、ずっと家族が欲しかった想いの丈なんかを打ち明けた。四人は真剣に話を聞いてくれており、何度も頷いてくれた。
アンヌにもそう言えばこの話はしていなかった事を思い出し、ふとその様子を見てみると優しい眼差しで見つめられていた。えっ、何この羞恥プレイ。
「まぁ、俺の理由はこんな所だよ。恥ずかしいからこれで勘弁して貰えるかな。」
俺が苦笑い気味に口を開くと四人とも笑いながら頷いてくれた。
それから四人、特にユンナを見つめながら話しかける。
「色々遠回りの説明になっちゃったけどさ、こう言う理由でアンヌも憎くて厳しく接している訳じゃ無いと言う話を俺はしたかったんだよ。四人の事を家族だと思っての行動だからちゃんとそれだけは分かっていてね?」
「「「はい!」」」
「わかった…です。アンヌ様ごめんなさい…です。」
視線をアンヌへと向けぺこりとユンナは頭を下げた。
「いいえ、ユンナ謝罪は結構ですよ。」
アンヌは笑顔でそう伝えると、更に口を開く。
「それに閣下は少しだけ勘違いをされておられる様で私の全ては閣下の_____」
あ、これ話させたら駄目な奴だ、折角いい感じで纏まってたのに台無しになる奴だ。そう思った時だった。
寝室から物凄い勢いでミアが現れたと思うとすぐにアンヌの口を押さえつけ、そのまま身体を引き摺りながら寝室へと姿を消した。
あ、うん。やっぱりあの足音や、フスマから覗いていたのはミアだったか…。
変な沈黙が場を支配し、アイリス、リーザ、ファルネが唖然とする中、ユンナはコーヒーに砂糖を山盛りに入れていた。
「あ、俺、何探してたんだっけ?」
「リノアお嬢様の板。」
それだけ呟くとユンナはその砂糖山盛りコーヒーを美味しそうに飲んでいた。




