62 囚われの少女たち
やはりこの場所は集落だと思われるような作りになっていた。ベッド等そういう類の物は存在していないが、木で住居のような物が建てられ、草や大きめの葉等を恐らく屋根の代わりにしていたのだろう。周辺にはあちこちにワイルドボアの死骸等も散乱しており、途轍もない悪臭を撒き散らしていた。
俺はタオルとファブリー◯を取り出し、一旦タオルへと振り掛ける。
その後、それを強盗の様に口許へと巻き付け、探索を続ける事にした。
「しかし、なんだ…本当にすげー臭いな。」
俺は顔を歪め、タオルの上から鼻を押さ更に周囲を見渡した。すると一軒の小屋の様な牢屋の様なそんな建物が視界へと止まる。
近づいてみると中には成人女性が4名ほど逃げられない様に手足をツタの様な物でグルグル巻きにされていた。更に扉は施錠されており、どうやら女性たちはその状態のまま気絶して居る様だった。
俺は一瞬嫌なことが頭を過りその女性たちを確認してみるが、特にその様な目に合ったと思われる跡は無かった。その事に安堵はしたが、さすがに放っておくわけにもいかず、また檻の中に入り叫ばれるのも面倒臭そうに感じてしまい、取り敢えず状況を確認する為にも声を掛けて起こす事にした。
「おい、大丈夫か?生きてるか?」
一度そう声をかけてから待ってみるが反応が全く無かった。驚かせるのもアレだなと思いはしたがラチが明かず、仕方がないので俺はその牢屋を施錠している物を壊し中に入る事に決めた。
「はぁーっ。頼むから叫んだりしないでくれよな。」
施錠と言っても女性に巻き付けているツタを同じように鉄格子状の扉にぐるぐる巻きに巻き付けているだけなのだが、女性の力では絶対に開けることは不可能だろうと思われた。
俺は押し入れボックスからいつも使っている解体用のナイフを取り出し、魔力を纏わせてからそのツタを切り裂いた。
〝スパンッスパンッ〟と小気味良い音を立てながら何度か複雑に絡み合うツタを切っていく。
扉に巻き付かせ鍵として使っていたツタを全て外すと、鉄格子の扉を自分の側へと引いていく。すると〝ギギギィーッ〟と錆びて鉄同士の擦れ合う様な音を鳴らしながら扉がゆっくりと開き始めた。
俺はすぐ様中に入り、まず一人ずつ鑑定をかけ、話ができそうな相手がいるのかを確認する事にした。
【名前】アイリス(17)
【Level】1
【性別】女
【種族】人族
【状態】空腹
【職業】
【体力】19/19
【魔力】12/12
【力】7
【素早さ】9
【防御力】7
【魅力】51
【スキル】身体強化Lv1 料理Lv2 裁縫Lv2
比較的にマシだと思われる人物がこの少し短めのストレートへアで金髪がかった茶色い髪が綺麗なアイリスという少女だった。他の女性は体力が減っていたり少し危険な状況だと思われた。ただ、ステータスは全員似た様な物で身体強化以外のスキルを所持していたのもこの少女のみだった。ちなみに名前はリーザ(21)、ユンナ(13)、ファルネ(14)という名前だった。
俺は早速このアイリスと言う名の少女を軽く揺さぶりながら、声をかけて起こしてみる事にした。
「大丈夫か?もうオークはいないぞ?」
俺が何度か声をかけるとアイリスの口から「ううっ…」と言う声が漏れ出てきた。
叫ばれては堪らないので俺は口許のタオルを外しながら声を掛け続ける。
「おい、しっかりしろ!もう助かったんだぞ?」
「ううっ…あ、あれ?あ、あなたは…?」
ぼんやりとした視線をアイリスは向けてきた。
「俺か?んーその前に取り敢えず先に現状説明をしてもいいか?」
自己紹介等して貴族でしかも公爵だと告げれば必ず話が進まなくなる、間違いなく面倒臭い事になると思い先に今の状況を説明すべきだと判断した。
「は、はいお願いします。」
力なくアイリスが頷く。
それから俺は偶々ここを見つけ、自分の糧とする為オークを五匹倒した事等を伝えたが、レベルなどの話はボカしておいた。
俺の説明を聞きながら、オークを五匹倒したという事を初めは怪しんでいる節を見せていたが、魔石を見せながらどういう風に戦ったのかも事細かく説明すると最後には納得してくれた、段々と自分が助かった実感を持てる様になってきたのか、俺が話を終える頃には只々、涙を流すばかりとなっていた。
こちらの話を終えたところで次はアイリス達から話を聞く事にした。
「さて、次は君たちの話かな?君は何故ここに居たの?」
俺がそう質問をするとアイリスは青白い顔色をし、俯くと〝ぎゅっ〟と下唇を噛んだ。しかし、このままでいるのは失礼だと感じたのか、アイリスは諦めた様な表情をするとその重そうな口をゆっくりと開いた。
「私は…いえ、ここに居る者全員零民なんです。」
彼女は只々、悔しそうに俯いた。
その場を重い沈黙が包んでいく。
俺は一体どんな理由が有るのだろうかと身構えた。
しかし、それ以降彼女は一切口を開かない。
「…え?」
「はい?」
急に声をあげた俺に不思議そうな視線を彼女が送る。
「もしかして話終わり?」
キョトンとした顔で俺が聞く。
「え、えぇ…そうですけど?」
更に困惑した表情をアイリスが見せる。
「いやいやいや、零民だからってここに居る理由は分かんないからね?」
自分の顔の前で右手をヒラヒラとさせながら矢継ぎ早に告げる。
「え?零民のそれも成人してる、私の話を…理由を知りたいのですか?」
瞳を大きく見開きこちらを凝視してきた。
「は?普通に知りたいでしょ?ここにいる理由何もわかんないじゃん?」
俺の視線が明らかに〝ちょっとこの娘大丈夫?〟って感じで見ているとアイリスは見開いていた瞳を更にもう一段階大きくしてからすぐに可笑しそうに笑い出した。
「あはは、本当におかしな人ですね?…えーっとお名前をお伺いしていませんでした。」
「ああ、悪い、俺はアリヒトだ。」
「私はアイリスです、助けていただいて本当にありがとうございました。」
彼女は嬉しそうに可笑しそうにコロコロと笑いながら、俺へと視線を向けてきた。
「いや、それは気にしないでよ?それよりなんでここに居たのかな?」
「えーっと、はい、そうですね…その余りアリヒトさんには気分の良い話では無いかも知れませんが構いませんか?」
アイリスは何故か心配そうに俺へと視線を向けた。
俺が安心させるように力強く頷くと彼女は心の中を整理する様に一度瞼を閉じてから、もう一度瞼を開くとそれと同時に話を始めた。
「私は以前、父や母それに兄妹たちと一緒に王都の貧民街で暮らしていました、子供の頃はまだ幸せでした、両親も私のその…零民から抜け出させようと教会に寄付する為、必死になってお金を集めようとしてくれていました。兄も成人を迎えてからは僅かですが金銭的に協力してくれました。妹はまだ私よりも幼い為、応援という形ですがいっぱい励ましてくれました。私も大人になって一緒に頑張って働いていこうと家族でよく話をしていたんです。」
(何処かリノアを思い出させるな。)
「しかし、成人してからも私は仕事に就くことが全くできなかったんです。魔力も低い為冒険者にもなれず、零民である私を雇おうとする奇特な人なんて誰もいなかった。すると結局私が何の役にも立たないと両親も気がつき日を追う毎に段々と態度が変化していきました。やはり貧しい家庭で金貨100枚というのは物凄いストレスをずっと家族に与えていたらしくあんなに優しかった両親も私に…それだけに留まらず兄妹までも私を避ける様になり、最終的には今までのお金を返せと言われました。」
アイリスは悲しそうに目を伏せ思い出す様に話を続けた。
「そんな時でした、20名程の騎士の方がこの魔獣の森へ定期的に行われている魔物の間引きに出発するという知らせが貧民街にも、もたらされたのです。
その時の食事の用意や夜伽の相手などの募集も同時に掛けられました。私は応募等したくは有りませんでしたが、零民の私には選択肢は有りませんでした。
すぐにいって来いと両親や兄妹から言われました…私はそれに嫌々ながら応募せざるを得ない状況に陥り参加する事になりました。
それから数日の間は、ゴブリンやシャドーウルフの討伐等凄く順調に進んでいました。
騎士団の隊長の方も食事の用意はさせるが夜伽を命令する事はまだ駄目だと騎士の規律の乱れの方に注意しておられて、私たちも無事でした。
しかし、それから数日後、先ずは巨大なシャドーウルフのような魔物に襲われたのです、それで隊はほぼ全滅、戦える力の無い私たちは逃げ出しました、それからすぐにオークの集団に襲われここに捕らえられていたのです、今ここにいる私を含めた4名はその時の討伐隊に応募した者たちです。」
(まじかよ…零民の人の家族って最終的にそんな事になるのかよ…ミアお前は本当に凄いよ。しかし、シャドーウルフみたいな巨大なオオカミねぇ。)
「それで、騎士は全滅したのか?」
アイリスは力なく頷くと更に口を開いた。
「あの感じでしたら恐らく…それに騎士の方だけではなく、私たちよりも前に捕らえられていた女性たちが10名以上居たのですが…オークの苗床にされ、気が狂い自殺したものやオーク達に殺された者など多数居ました。もう女は此処にいるものしか残っていなかったらしく、今晩あたり私たちの順番でした、だからもう諦めていたのですが…本当にありがとうございました。」
涙を流しながらアイリスがお礼を言ってきた。
「いや、それは良いんだけどさ、アイリス他の皆にも起こして説明してくれない?俺が此処にいるとパニックになる人もいると思うんだよねぇ〜。」
俺は他の女性に視線を向けた後アイリスへと視線を戻す。
するとアイリスもハッとした表情になり、俺と同じ様に他の女性に確認する様な視線を送った後、笑顔で頷いてくれた。
「はい、分かりました。」
俺はそれを見て満足気に頷くとすぐ様他の女性から距離を取る様にその場から離れ、説明が終わったらまずアイリス一人だけで俺の所へ来るようにと伝えた。
アイリスは了承するとすぐに他の女性たちを起こしにかかった。
「とりあえず、何か食べ物と体も拭きたいだろうからお湯を沸かして人数分タオルでも用意しとけばいいかな?あとお茶もだな。」
俺は一瞬だけ考えたが、諦めた様な表情になると、実験の為に持って来ておいたやかんへと魔法でお湯をなみなみと注ぎ込んだ。
「飲み水じゃ無いから、おっさんが出したお湯で我慢して頂戴ね…。」
そう呟くとレジャーシートを取り出しその場へと敷いた。
その後清潔なタオルを人数分揃えると紙コップへとこれも人数分ペットボトルのお茶を注いでから、その横にカ◯リーメイトを添えて置いた。
準備をしているとアイリスがやってきた。
「あのアリヒトさん皆に説明を終えたのですが…」
アイリスが俺の準備していた物に視線を向けながら言った。
「あ、ナイスタイミング。お湯準備したからさ、これ持って行ってよ、タオルもね。体拭きたいでしょ?俺此処にいるから終わったら全員連れて来てくれない?桶とか用意してなくてさ、そこは何とかうまくやってよ。あ、そうだ。これも忘れてた。」
俺は、押し入れボックスから体力回復ポーションを散り出すと、それもタオル等と一緒に手渡しておいた。
「あ、ありがとうございます、すぐ行ってきますね!」
アイリスはとても嬉しそうに駆け出していった。
「うん、そりゃ体拭きたいよね、わかるわかる。」
それから15分くらいぼーっとしながら待っているとアイリスが3人を引き連れやってきた。
俺がアイリスに歓迎するように軽く手を振ると、やってきたアイリスを含めた三人がいきなり頭を深々と下げてきた。
因みに一人、小柄で華奢なユンナと言う少女だけは他のメンバーと反応が違いちょこんと会釈だけをするとその日本人形の様なロングヘアーを揺らしていた。その後すぐに指を咥えながらカロリーメ◯トを眺めている。
「え?ちょっと何事?」
不思議そうにアイリスへと視線を向けそのまま質問をした。
「あ、あのアリヒトさんは、お、お、おお、…」
戻って来たアイリスは急に変な人へと変貌を遂げていた。
「アイリス良くわかんないんだけどさ、とりあえず落ち着こうか?」
「は、はい、失礼しました、アリヒトさんは…お、お貴族様なのでしょうか?」
大きく深呼吸をしてから意を決したようにアイリスが問いかけてきた。
「おや?何故そう思ったの?」
不思議そうに問いかけるとリーザという二つ結びのオレンジ色の髪をした女性が答えた。
「ア、アリヒト様、この度は助けていただきまして誠にありがとうございます、私はリーザと申します。それでご質問の件ですが…タオルを貸していただき、こんな良いものを平民が持っているはずが無いという結論に至りました。」
「あーなるほど、これは失敗しちゃったなー。俺は偉そうにするつもりは無いからお願いだから頭をあげてよ?」
俺がそうお願いすると3人は恐縮しながらも頭を上げてくれた。
「うん、ありがとう、それでは改めまして自己紹介するね。俺の名前はアリヒト・フォン・コンノ。こんな感じでも公爵なんかやってます♪」
一斉に三人が固まった。
やっぱりユンナだけは一人ぼーっとカロリ◯メイトを見続ける。
「「「「……………」」」」
「おーい?三人とも戻ってこーい!」
それから5分後ようやく話を出来る状態を取り戻すとアイリスが仕切りに謝罪を述べてきた。
「いや、ホント問題ないからね?俺全然気にして無いから?」
「ですが…」
アイリスはこの世の終わりの様な表情をする。
どうやらアリヒトさんと気軽に呼んだこと等を気にかけている様だ。
「うーん、取り敢えず、リーザ以外の二人は名前聞いても良いかな?」
アイリスとリーザ以外の二人の女性に視線を話せて聞いた。
ユンナは視線をお茶とカロリーメ◯トへと固定させたまま口を開く。
「私はユンナ。」
「ちょ、ちょっとユンナ!失礼だよ?」
「公爵様申し訳ありませんでした。」
ユンナの物言いを慌てたアイリスが咎め、リーザが代わりに謝罪をして来るが当の本人のユンナは視線を食べ物から俺の瞳へと移し、ジッと見つめて来る。
「この人は大丈夫。」
それだけ告げるとまた食べ物へと視線を向ける。
「あははははは!お前面白いな。」
俺はユンナへと笑いかける。
「そう?」
ユンナは気にした様子もなく、カロリーメイ◯を見続ける。
俺とユンナのやり取りにアイリスとリーザは驚くも俺が何も言わないのでユンナを咎めるのはやめたみたいだ。
「あぁ、ごめん。続きよろしくね。」
俺は視線をファルネへと向ける。ファルネは綺麗な金髪をリボンで片側だけ束ねた可愛らしい少女だ。
「は、はい!わ、わたしはファルネと申します。」
ファルネは今にも倒れてしまうのではないかと思うほど過呼吸気味に話しかけて来た。
「だ、大丈夫か?」
俺は慌てて声を掛ける。
「はい、緊張してしまって…すみません。」
ショボーンとしてファルネは肩を落とす。
「まぁー取り敢えず二人ともよろしくね?あ、ユンナお待ちかねのそれ食べて食べてお茶もどうぞ。皆も食べてね。」
俺が目の前にあるお茶やカロリーメイトを右手で差しながら進めると三人とも「食べてよろしいのですか?」と確認を取ってきた。俺が「どうぞどうぞ」と許可を出すとすぐに物凄い勢いで食べ始めた。「甘い」「おいしい」等思いの外好評だった。
ユンナだけは許可を出した瞬間に貪りついていた。ヤバイこいつ面白い。
ちなみにお茶を飲んだ瞬間全員が驚きで目を見開いていた。生◯を入れて置いたのだが、俺もお茶はコレが最高だと思っているので共感を得られてそれだけで大満足である。
その後3人が此処にいる理由を聞いたのだが全員がアイリスと似たような理由であった。
俺はやるせ無い気持ちになりそれを隠す様にタバコを取り出すと、指先から出した炎で火をつけた。
「ふーむ、それで4人とも行く当てと言うか帰りたいのかな?」
タバコを一服しながら全員を見渡して行く。
「帰りたくないし、帰る場所もない。」
膝を抱えながら何処か諦めた様なそんな瞳をしながらユンナが答える。
「わ、私も正直もう帰るのは嫌です。」
次にリーザが答える。すると2人共口々に帰りたく無いと言ってきた。
覚悟はしていたがまさか全員が即答した事に驚き思わず唸る。
俺が考え込んでいるとアイリスが真剣な顔で俺に懇願してきた。
「あ、あの公爵様、お願いが御座います。」
「まぁーなんとなく予想つくけど…雇ってくれって話かな?」
アイリスはお願いしたいことが予想され驚きで瞳を見開き、ファルネはアイリスのまさかのお願いにびっくりして口をあんぐりと開け驚いている。
しかし最年長のリーザは違った。
「アイリス、貴方自分が何を言っているのか理解しているの?お貴族様にそれも公爵様になんてご無礼を!公爵様、責任は全てこの私に有ります、アイリスを罰する代わりに私の命でお許し願えないでしょうか?」
リーザは震えながら頭を下げ許しを乞うてきた。
そんなリーザを見てハッとした顔で前に出てくるとリーザを俺から庇う様にして只々頭を下げている。
何もしていないのにこの悪の親玉の様な扱いに思わず溜息を吐く。
「はぁ〜っ。」
そんな事を考えているとユンナ以外の全員が勘違いしたのかお許しくださいモードへと突入していた。
「あーあのさ?何でそんな事くらいで命かけてんの?もっと命は大切にしなよ?そもそも『雇ってください』って言っただけでしょ?何でそれで俺が怒んのよ?」
先程からずっとユンナだけは見定める様な観察する様な視線を俺へと向けて来ている。だがそれは不愉快なモノでは無く何処か期待の色々を帯びていた。
〝全く持って意味がわからん〟そんな顔をしながら全員を見回している、するとその瞬間空気が震えた。
「お前ら、俺から絶対離れるな!離れたら恐らく死ぬぞ!!」




