6 不用意な侵入
んーしかし困ったぞ…全く会話にならない…
途方に暮れ幼女の方に視線を向けると木箱の様なものに座って足をブラブラさせていた。
その姿は誰もが惹きつけられ視線を外すことが出来なくなるほどとても愛らしいモノだった、しかし、先程揺さぶってしまった為、全くこちらに近づいて来なくなってしまったのだ、しかし不思議空間に自ら足を踏み入れ幼女に近づいて行くのは流石に戸惑われた。
(うん、可愛いらしい!)
それでも友好的な接触が必要と考えた俺は、友好的にいくならコレでしょと自信満々に自己紹介を提案した。
「よし、仲良くなる為にとりあえず自己紹介くらいしようか!」
「君の名前も教えてもらってもいいかな?」
「俺は有人、紺野有人だ。わかるかな?あ・り・ひ・と!」
自分を指差しながら名前を言ってみた。
「な・ま・え!」
「あ・り・ひ・と!」
ゆっくりとした口調でしゃべりながら同時に自分を指差した。
「君は?」
次は同じように幼女の方へ指先を向けた。
「ふふふっ…@#¥%※€」
何がお気に召したのか、幼女は口許をおさえてクスクスと笑い出してご機嫌に足をまたプラプラとさせはじめた、その表情からは何一つ伝わっていないように思われた。ただ、愛らしさだけは健在だった。
(うん、全然伝わってないけど非常に可愛いからよし!)
それは一瞬の出来事だった、足をプラプラさせ過ぎた幼女が勢い余って木箱から落ちそうになる。
「危ない!!」
それを見ていた俺は大声をあげると同時に自身のことなど顧みず、不用意にもその不思議空間へと無我夢中で駆け出していた。
しかし足を踏み入れた瞬間目の前が真っ白になり体の中に急激な勢いで何かが入って来た様な気がして俺は意識を手放した。
意識を手放す直前幼女の方へと視線を向けると何とか踏み留まった幼女が心配そうに俺の方へとかけて来る姿があった。
「おじさん、おじさん」
「ねぇーおじさん、大丈夫?」
目を覚ました俺が一番最初に目にしたのは今にも泣き出しそうな表情のまま繰り返し俺のことを呼び続ける幼女の姿だった。
しかし、俺はまだ自分の事をおじさんとは認めておらず、心だけはお兄さんのままだった、なので少し意地悪をして見る事にした、幼女が〝お兄ちゃん〟と呼び掛けるまで絶対に目を開けてやるものかと。まさに子供の発想である。
「ねぇーおじさんってば、どっか打った?頭とか痛くない?平気?」
「嘘、どうしよう‥全然反応がないよ…ふぇぇぇぇん!」
「おじさん、おじさん、しっかりして!ヒック…ヒック…」
「せ、せっかく…一…ヒック…きりじゃ無く…ヒック…おもったのに…やだよぉぉ!」
泣き声がし始めたので俺はこっそりと薄目を開けて声の主を確認してみた、するとそこにはここまで人間は泣けるものかと思わせる程の大粒の涙をポロポロと大量に流す幼女の姿だった、さすがに俺はこの状況に居た堪れなくなり、額からは多量の冷や汗が流れっぱなしだった。
(よし、タイミングを見計らって今起きた風を装おう!そうしよう!それしかない!)
「あ、そうだ!」
何やら幼女はいい事を思いついたらしく、俺の側へと近づくとその鼓動を確かめるように自身の右手を俺の心臓付近へと押し当てて来た。
「よ、よかった…おじさん、いきてるよ…ヒック…」
俺の鼓動が健在である事を確認すると幼女は安堵の息を漏らし必死に自身の目蓋を擦り涙を止めようとしている様だった。
「ヒック…ヒック…た、叩いたりしたら…ヒック…起きるかな…」
(いやいやいや、俺起きてるからね?叩かなくても後一回声かけるだけで起きるからね?)
「あ、これなら…」
叩いちゃおう発言をすると幼女は周囲をキョロキョロとし始め何か見つけるとその場所まで小走りで駆けて行った。
声のした方をチラリと薄目で見てみると、幼女が手にしている物はさっき俺が持ってきたバールだった。
(え、なに?叩くって手とかでじゃ無くて?え、ちょっとそれはやめよ…?せっかく生きてるのにおじさん死んじゃうからね?そんなので叩いちゃったらこの辺り一帯真っ赤に染まっちゃう可能性があるからね?)
俺は自分自身に居た堪れなくなり先ほどとは違う意味で大量の汗が流れはじめていた。
「ちょ、ちょっと軽く叩けば痛くなくて目だけが覚めるよね…」
(えぇ〜何その自分ルール…絶対それはやめとこうな?逆だから!むしろその一撃でおじさん目が覚めなくなる可能性大だから!)
幼女は俺に近づいてくると両手で持ったバールを頭上よりも更に上に振り被り…
(ぎゃぁぁぁ!本当にやめてぇぇぇぇ!!)
そのまま思いっきり振り下ろした!!
その瞬間幼女とは逆方向へゴロゴロと転げ、何とかそれを回避!そしてさも今起きた様な演技で誤魔化そうとしたが…
「ンーナンカ、ヨクネタナー」チラチラッ
「それでおじさん、寝たフリ楽しかった?」
うん、全く無理でした。
幼女が手に持ったバールを肩に担ぎ、キッと俺を睨みつけてくる。
「あぁ、何か本当にごめんなさい!悪気はないんです、ただ起きるタイミングをなくしていたと言いますか…。」
「はぁ〜本当におじさんはしょうがない人だよね?女の子が泣いてるのを盗み見るのはいい趣味とは言えないよ?」
眉を少しだけ下げて呆れ顔でこっちを見てきた。
「いや、本当ごめんな、それと心配してくれてありがとな?」
心配してくれた幼女の優しさが嬉しかった俺は幼女の頭へと手を置いてわしわしとその嬉しさを幼女の頭を撫でると言う行為で表してみた。
「ふんっ」
どうやらその行動は正解だったらしく顔を背けてはいるが頬を赤く染め満更でもなさそうだった。
(うん、可愛らしい!)
「・・・っていうか、あれ?ねぇーえっと…あのさ…俺の言ってる事わかってるよね?」
「はぁ?おじさん急にどうしたの?またおかしな事言わないでよ〜?やっとイジワルせずに話してくれる様になったのに!!」
どう言うわけか幼女は俺の言葉を理解しており、俺も幼女の言葉が理解できるようになっていた、ただ、物凄くジト目で睨みつけて来ているが…意地悪を俺が幼女へ行ったと言うことだけはイマイチ理解出来なかったので素直に質問して見る事にした。
「あのさ、変なこと聞いてもいいか?さっきのイジワルってどういう事?」
「だっておじさんの質問にわたしちゃんと答えてるのに『困ったぞ、全然伝わらねぇー!』っていうんだもん!」
(どういう事だ?俺の言ってたことはちゃんと伝わっていて、俺だけが言葉を理解できていなかったという事だろうか?でも何故だ、仮にそうだったとして、何故俺は今幼女の言うことが理解できる様になってるんだ?ここに入った時に倒れた事が原因なんだろうか?そう言えば何かが体の中に入ってきた様な気がしたんだが…駄目だ、考えてもサッパリわかんねぇー・・・それに、もし俺の言葉が伝わっていたのだとしたら、幼女は俺の名前をわかっているという事だよな?ちょっと試してみるか。)
「おじさん、何だか怖い顔してるよ、どうかした?」
幼女は心配そうにこっちをみていた。
「あぁ、ごめん、ちょっと考え事してて。あのさ、俺が自己紹介した時いったい、どの辺りが楽しかったのかなーってな」
「な〜んだ、そんな事?あのね、おじさんの自己紹介の仕方だよ。『ア・リ・ヒ・ト』なんて、あんなに真剣にゆっくり自分を指しながら言う人なんて普通いないよ?わたしはじめて会ったもん、そんな自己紹介の仕方する人!それで可笑しくて笑っちゃってたの♪ごめんね♪」
思い出したのか幼女の肩がぷるぷるし始めた。
「いや、謝る必要は無いんだが…そんなに俺マヌケだったか?」
(やっぱり、俺の名前は伝わっていたのか。)
「マヌケって言うか珍しかったかな?ふふっ♪」
「まぁ、楽しめたならそれは何より♪」
俺はそう言うと姿勢を正し両手の汚れを落とす様にパンパンッと叩いた。
「それじゃ改めて、俺は有人、紺野有人だ。よろしく。」
「わたしはリノア、よろしくね、おじさん♪」
俺は満面に笑みで右手を突き出した、リノアも釣られるように満面の笑みを浮かべるとその手を握り返してくれた。
やっと自己紹介が出来たことに俺は心底安堵した。