59 リノアとアルと変な人
家に帰ると俺はテーブルに置かれたメモを見て頭が真っ白になった。
『パパ、暇なのでアルと一緒に遊んで来るね?夕飯前には帰るから安心してね♪』
「はぁー??どこ行ったんだよ?まさか森とか行ってねーだろうな!ちょっと探してくるか!!おい、ミア俺ちょっと行ってくるからな!!」
血の気が引くとはまさにこの事だろう。
それだけ言うと俺はすぐさま駆け出そうとする。
「閣下、お供いたします!」
アンヌもすぐに寄って来て俺と一緒に森へ行こうとした。
だが、すぐにミアに止められる事になる。
「あなた、アンヌも少しは落ち着いて?アルも一緒なんだし大丈夫よ?」
ミアはソファーに座るとアイスコーヒーを三つアンヌへとお願いしてからゆっくりと周囲を見渡し始めた。
ミアの落ち着き用に俺は少々の苛立ちを覚える。
「いやいや、森だとしたら危ないだろ?魔物もいるんだぞ?」
「それこそ、平気よぉ〜?アルが一緒なのよ?アルは強いわよ?それに…」
そんな俺の心情に気が付いてか、いつもよりも柔らかい笑みを俺へと向けてくる。
しかし、何かに更に気がついたのか一瞬眼を細めると顎を抑えながら少し首を傾げた。
「ミア何かあるのか?気づいたことがあるならすぐに教えてくれ!!」
俺はミアへと詰め寄ると肩を掴み必死に訴える。
ミアがあるものを指差しながら答えてくれた。
「う〜ん、あのねぇ〜あなたから預かった日本のお金が無いのよ?」
それは以前俺が小銭を貯める為に購入した金庫型の貯金箱で現在はミア達の日本での生活に必要なお金を入れて置く物となっていた。
ミアはニコニコしながらもその瞳は完全に怒りの炎を宿したものとなっていた。
(クッ…あのバカ、これ死んだぞ…お金勝手に持って行っちゃ駄目だろ、俺絶対助けてあげられないからな!)
「あの…ミアさん、お手柔らかにお願いします…。」
「駄目ねぇ、帰ってきたらお説教かしらねぇ〜❤︎」
更にニコニコしながらも眼が完全にゴブリンと対峙した時のように細められている。
ミアは怒れば怒るほどニコニコし始めるんですね。これ絶対俺じゃ無理な案件ですよ。
チラッとアンヌを見るも、サッと視線を逸らし巻き込まれたく無いのかアイスコーヒーを置くとすぐに自分の仕事に戻っていった。
「ア、アンヌは自分のアイスコーヒー持って来なかったのか?」
俺は絶対にアンヌをこの件に巻き込んでやろうと必死に声を掛けた。
「あ、は、はい!私は仕事が有りますのでお二人でごゆっくりどうぞ!それでは!」
一秒でも早くこの場を立ち去りたいのか、アンヌは捲し立てる様にそう告げるとそそくさとキッチンの方へと向かって走り去って行った。
(ズルイぞ、アンヌ!)
「あなた〜一体どうしたのぉ〜??」
ミアはアイスコーヒーを飲みながら俺の顔をジッと覗き込んでくるミアの瞳は全てを見透かすような不思議な色をしており吸い込まれそうな程とても綺麗だった。しかしそれは恐怖の視線でもあった絶対に逆らってはいけない、そんな強者のモノだった。
だから、俺は素直にこう答える。
「いえ、なんでもありません!!」
(俺は強い人には逆らわない人間なんですよ、すまん娘よ!)
〜〜〜〜〜
その頃のリノアとアルは日本を大満喫していた。
ちなみに今日はパパにこの間、新しく買ってもらったチェック柄のワンピースに『この上着だけで牛丼が40杯は食える!』と涙目で言っていたニットポンチョとか言うわたしが最初に着ていたものとは明らかにデザインも素材も異なる日本の女の子が着るという大きいセーターみたいなポンチョに袖を通してウキウキ気分で街を散策している。
「ねぇ〜アル、日本は魔物もいないしご飯美味しいし、凄く楽しいよ〜♪街も綺麗だし!」
わたしは踊るようにアルの前を回りながら歩き満面の笑み向ける。
「左様でございますな、リノアお嬢様。この国は絡んでくる者もバーレリアの子供以下でございますし、驚く事に剣すら携帯しておりませんから護衛もし易くて大変良い街だと思います。」
口ではそんな事を言って頷いてはいるがそれでもアルは一切周囲に気を許した素振りを見せない。
そんなアルはいつも通り執事服だ。ただ、ニット帽はやめた方がいいと思うんだけど…人狼族だから仕方ないのかな。
「アル、次何食べる?もうあれはわたし飽きたわよ?」
わたしがハンバーガーショップを指差しながら言うとアルは周囲を見渡し〝そうですね〜〟と少しだけ考え込む仕草をする。
「それでは彼方なんてどうでしょう?」
アルは上下に黄色と赤で分かれた看板を指さした。しかしその看板には見知らぬ文字だろうか?模様みたいなうねった白いモノが描かれていた。
「うーん、あれは何かしら?文字ならまだわたしには読めない文字ね?」
その看板を見てわたしは首を傾げた。
「リノアお嬢様でもまだあの文字は読む事が叶いませんでしたか?」
「えぇ、あれはまだ無理ね?どうしよう、中に入ってへんな物だったらわたし嫌よ?何か甘いとても良い匂いはするけど…」
わたしがどうしようか悩んでいると、すぐにアルが声をかけて来た。
「それではリノアお嬢様少々お待ち頂けますか?」
わたしが何か返事を返す前にアルは一礼すると直ぐに歩き始めた。
わたしが一体何をする気なのかと興味深くアルを観察していると、近くの人へと話しかけ始めた。
そう、実はアルは既に日常会話をマスターしているのだ。
ママやアンヌよりも全然早かったわね。そんなに最初のコンビニの時不安だったのかな?
勉強している時のアルは異常だった。パパの会社の栄養ドリンクとか言う小さいポーションのような物を1日に一箱開けたりしてパパに滅茶苦茶怒られていた。怒られた後ケチ臭いと小声で呟いていたのを聞いたんだけど、パパは身体の心配をして怒ったらしいよ?
わたしが物思いに耽っていると突然叫び声が上がった。
『きゃぁぁぁっ❤︎』
わたしはまさかアルが脅したり暴力を振るったのではないかと心配になり咄嗟に視線をアルへと向けた。
しかし、どうやらそれは杞憂だったみたいで、ホッと胸を撫で下ろした。
そのまま観察を続けていると寧ろ話しかけられた相手は頬を朱色に染め喜んでいるようにすら見える。
逆にアルの方は困っていると言うか、腰がひけていると言うか…なんだかとても情けない感じに見えた。きっとニット帽を脱がすとぺたんと耳が垂れ下がっているのだろう。少しだけ見てみたい。
取り敢えず大丈夫な事が分かり、わたしはもう少しだけ様子を見てみる事にした。
するとどんどん人がアルの元へと集まってき始めた。その人数に比例してアルの頬の引き攣り方が面白い事になってきた。
おまけにあれはいつもパパが持ってる〝スマホ〟と言うものかな?それを何故か皆アルへと向け始めたのだ。何事かと注意深く様子を伺っていると〝パシャパシャ〟と言う音が色々な所からし始める。この音はわたしのよく聴き慣れた音で写真を撮られているのだとすぐにピンと来た。
しかし、アルを撮って何が面白いのか全くわたしには分からなかった。パパを撮る方が後から何十倍も笑えて楽しい。
また物思いに耽ってしまい、一瞬目を離してしまった隙にアルが皆から揉みくちゃにされ始めたていた。次第に人混みに飲み込まれるようにしてその姿が見えなくなって行った。
流石にこれは放っておいたら不味い事になると思ったわたしは小さく息を吐いて助け出す事にした。
まるで雪崩れのような人垣をかき分けて行くとすぐにアルを見つける事ができた。
更にわたしはゆっくりとアルへと近づく、そして小さく子犬の様にその身を震わせるアルへと声をかけた。
「アル早く行こ?」
声を掛けられたアルは涙目でわたしを見つめると必死に声を掛けてきた。
「リ、リノアお嬢様!!た、助けてください!!」
かなり揉みくちゃにされたらしく、パパから買ってもらった執事服もボロボロになっていた。
「いや、あんなに自信満々に話しかけに行ったじゃない…本当に仕方ないなぁ〜。」
わたしはそう独り言のように小さく呟くとこれは早く助けてあげないと変なトラウマを抱えかねないと思い直ぐ様行動に移した。
居住まいを正し、何度もアルに教わりながら練習を重ねた周囲すらも凛とさせてしまう様なオーラを意識して作り出す。
そして一度深呼吸をしてから周囲の皆へと視線を向けると顔の表情を引き締めてから口を開く。
「皆様、大変申し訳ありません、わたくしの執事が何かご迷惑をおかけ致しましたでしょうか?」
わたしの声に反応を示し周囲の視線が一斉に集まってきた。
(うっ…なんか色々な意味で視線が怖いよ…)
少し気圧されそうになるが、負けないようにお腹の辺りに力を入れるとわたしはアルが教えてくれた貴族口調でしっかりと話し掛ける。
「もし皆様に何かご不快な思いをさせてしまったのなら誠に申し訳ありませんでした。」
わたしは直ぐに今の自分で行える最高のお辞儀を披露する。
これならアルを助けることもできるよね!と内心自分を誇らしく思ってアルに視線を向けてみるとわたしがちゃんと話せたのがものすごく嬉しかったのかアルは号泣していた。
「リ、リノアお嬢様、大変大変ご立派で御座いました!!閣下もきっとお喜びになられると思います!」
アルは左手で顔を覆い、涙していた。
いや、パパはきっと喜ぶよりも対抗心を燃やして悔しがると思うのだけど…アルが嬉しそうだし、いっか!
だが、反応はわたしが思っていたものとは違っていた。
どこからとも無く『え?お嬢様っぽい、というか貴族?え、嘘!執事とお嬢様?』
あれ?パパの話じゃ日本には貴族居ないって話だったのに居るのかな?
そんな思考を巡らせているとすぐに自己紹介をしていない自分に気がついた。
いけない、自己紹介しなきゃ!
「自己紹介が遅くなり申し訳ございませんでした。私リノア・フォン・コンノと申します、コンノ公爵の第一子にございます。」
わたしは何度も練習したカーテシーをやって見せる。流石にまだアンヌやママの様にはできないけどそれでも結構上手に出来たよね?
しかし、まだ反応がおかしい…いや、おかしいと言うか相手からの反応が何もないのだ、わたしはゆっくりと顔を上げて視線だけで周囲を確認してみた。
理由は分からないが何故だか誰もわたしから視線を逸らさない、それにこの辺り一帯が物凄く静まり返っている…。
アルを見てみるとまだ泣いていてその異様な雰囲気に気づいてすらいない…。
流石に少しカチンと来る…いい加減にして欲しい。
怒りの余り思わず睨みつけるが、アルは全く気付く素振りすら見せない…思わず溜息が洩れる。
わたしはその場の雰囲気に耐えられなくなり声を掛ける事にした。
「あ、あの?皆様どうかなさいましたか?」
わたしが不安げに皆に声を掛けると、静まり返っていたその場が一変。
『公爵令嬢キタァァァァァッ!!』という叫び声が轟音の様に響き渡った。
わたしは意味がわからず、しかも急な叫び声に驚いてしまい、今までの貴族の仮面が完全に剥がれ落ち令嬢にあるまじき情けない声を洩らしてしまう。
「ひぃっ!」
周囲の声は激しさを増して行きそれは留まる所を知らず『公爵令嬢と執事ヤバイ!』『萌える!』『執事の方お嬢様に一礼している所の写真をお願いしたいです!』等その声は多岐に渡り、更には凄まじい熱気を持ち周囲の大気を揺らしているのではないかと錯覚する程だった。
アルは写真を強要され、断り続けるもまた揉みくちゃにされるという攻撃?を受け被害が甚大の様だった、正直訳がわからず、放心状態になりわたしもアルも立ち尽くすことしか出来無かった。
それからわたしには永遠とも感じられる10分間が過ぎ去り、皆さん満足なされたのか『ありがとう御座いました、これからも応援しています!』という掛け声と共に去っていった。
わたしはそんな嵐の如き人々に呆然としてしまい「あ、はい…」としか返すことができなかった。
「お嬢ちゃん大丈夫ぴょん?辛かったんじゃ無いぴょん?」
「ひぃぃっ!!」
いきなり背後から声を掛けられわたしは先ほどの悪夢が蘇り、思わず奇声にも近い声が洩れてしまった。
「あはは、ごめんぴょん?心配だっただけだからそんなに怯えなくても大丈夫ぴょん?ほら、こっち見るぴょん怖くないぴょんよ〜?」
わたしとアルは恐る恐る怪しい声のした方を振り返るとピンク色をした大きなウサギが耳をぶらんぶらんさせながら何故か飛び跳ねていた。
わたしは一瞬でこれはダメな人だとすぐに分かり眼をくわっと見開き右手を開いた状態で突き出すと大きな声で宣言した。
「昼間からウサギの真似をしている変質者はお断りさせて頂きます!パパに怒られてしまうのでごめんなさい!」
アルはわたしの横へ来ると満足そうに頷き拍手をしてくれた。
きっとこれがパパがいつも言っている『変な人について行くなよ?』の変な人なのだろう。
そう宣言してからアルの拍手を受けたわたしはその場を去るようにして歩き始めた。
「えっ。ちょっと待って、待つぴょん違うぴょん!考えてるような人と違うぴょん!」
変な人は慌ててわたしたちの後を追ってきた、途中、何度か転んでいたのでわたしは大きな溜息を吐き仕方が無いので待ってあげる事にした。
ただ、アルはわたしの決断に凄く不服そうな顔をしていた。
「ハァハァ…ま、待ってくれてどうもぴょん。」
わたしとアルは変な人へとジト目を向ける、変な人は着ぐるみの上からでも苦笑いをしている事が伝わってきた。
「はぁー。それでどう言ったご用件でしょうか?」
「偶然見掛けて何か困ってたみたいだったぴょん。それで気になったぴょん。」
やはりこの着ぐるみの人は感情表現が豊かなのだろうか…明らかにしゅんとしている事が伝わってきた。
しかし、そう言う理由ならわたしの態度は些か礼を欠いたモノだったのかも知れない。
アルの方へ視線を向けるとアルも同じ気持ちなのか静かに頷いていた。わたしはそれに頷き返すと口を開いた。
「それは心配してくださったのに変な声を出し、剰え逃げる様な真似をしてしまい申し訳ありませんでした。」
わたしはすぐに失礼な態度を謝罪する。アルも同じように軽く会釈していた。
「リノアお嬢様を心配してくださり本当にありがとうございます。」
「いえ、気にしないでくださいぴょん!しかし、これは仕方がないぴょん♪」
変な人はウサギの形をした大きな頭でアルの事を頷き込む様にしながらマジマジと見て何かを納得していた。
わたしはつい警戒してしまい思わず声を掛ける。
「あ、あの?」
「あぁ、ごめんぴょん、違うぴょん?写真いっぱい撮られてたのも頷けるなーっと思ったぴょん。」
変な人は頭が外れないように両手で押し込みながら説明をしてくれた。
わたしはその説明に理解できず思わずきょとんとしていると、その変な人は〝あれ?〟と言う様に大きなウサギの頭を横にずらしまた落ちない様にすぐに押し込んでいた。もう脱げば良いのに…。
「あの、もしかして…コスプレイヤーの方じゃないぴょん?」
アルを見ながら不思議そうな顔をしている。
わたしはその言葉で更に首を傾げる。
「こすぷれいやー?」
するとその変な人は妙に納得しながら、大袈裟に両手を広げて驚いたポーズをして来た。
「あ〜それじゃ仕方がないぴょんね、しかしまさか本物の執事さんだったとは…君は凄いお金持ちの家のお嬢様なのかぴょん?えーっとこの場所はぴょんね…」
変な人の話によるとここはメイドさんや執事さん、他にもそう言う事が好きな人がいっぱい集まる場所だそうでメイドや執事を好きな人が日本で1番多い場所なんじゃないかと笑っていた。
わたしは首を傾げてしまい正直よく理解していなかった。
「何故って言わないでぴょんね?私にも分かんないぴょんよ?」
わたしの疑問に気付いた変な人は先手を打って苦笑いを浮かべる様に大きなウサギの頭を掻いた。
「「はぁ〜。」」
わたしとアルから同時に曖昧な返事が洩れる。
ただ、この場所はそういう〝特殊〟な人が多いと思っておくぴょんと強制的にそこの説明は終わらせられた。
それで、先ほどの人たちはその〝特殊〟な人達だったらしく、アルの執事服姿とその容姿に当てられて大興奮してしまったとの事だった。
わたしが〝結局はアルの責任なんじゃん〟というジト目を向けていると、その変な人は「君にも責任あるぴょん!」とわたしを指差してきた。
「え?何故ですか?」
「だって、貴族みたいな振る舞いするからそれに拍車がかかっちゃったぴょんよ。」
可笑しそうにコロコロと笑っていた。
わたしは少しだけ思案顔をしてから、質問をして見る事にした。
「あの、やっぱりパパがいうように日本には貴族はいないのでしょうか?」
「いないぴょんよ?君のパパはなんて言っていたぴょん?」
「日本には、庶民しかいないって言ってました。」
「また大雑把なお父さんぴょんね、まぁー間違ってはいないぴょん!」
何がそんなに可笑しかったのか、その変な人は楽しそうに笑い出した。
「あの…もう1ついいですか?私達が困ってそうなので声を掛けてくれた事は分かったのですが…そのどうして心配してくれたんですか?」」
わたしの質問に変な人は少し困った様に頬に手を当てようとしてウサギの頭である事を忘れていたのか自分の手で頭をもぎそうになり慌てて押さえつけていた。
「あー言わないと駄目ぴょん?隠してる訳じゃないぴょんけど…」
隠してる訳じゃないならわたしが聞きたいと強く主張すると「仕方ないぴょんね…」と押さえつける様に頭を押し込んでいた。きっと取れそうになったのだろう。
「君は…リノア・なんとか・コンノちゃんって言うぴょんよね?日本だとこんのリノアちゃん。」
わたしが頷くと変な人の空気が一瞬だけ明らかに陽気なものでは無くなっていた。
「…次会う事が合ったら教えるぴょん!ちなみに私はラビぴょんよろしくぴょん!」
ラビぴょんは何故かその場で跳ねていた、しっかりと頭は押さえたまま。
一瞬勿体付ける態度にイラッとしたが、もうラビぴょんはそれ以上言いそうにない、しかもそう言われて私は思い出してしまった。
(そうだった!日本では紺野リノアって名乗らないとダメだったんだ!)
「あ、紺野リノアです、よろしくお願いします!」
「私はお嬢様付き執事のアルキオスと申します。」
それから少しラビぴょんと話をした。
ラビぴょんはイベントの仕事でこの近くを宣伝を兼ねて散歩していたそうだ、その途中でわたしとアルが囲まれている所に出くわしたそうだ。最初は芸能人と言う人がいるのかと思ったと笑いながら言っていた。
だが何かを見た直後ラビぴょんはウサギの頭を押さえながら項垂れてしまった。
一体どうしたのだろうか?私が小首を傾げていると手を振り大丈夫だとアピールしながら話しかけて来た。
「所でリノアちゃんは、アルキオスさんと二人なのかぴょん?パパやママは何処にいるぴょん?」
ラビぴょんは周囲を見渡しながら、探すような素振りを見せる。
「パパとママは買い物に出てるので、アルと二人できました!」
わたしはアルを一度見てから軽く頷いてから答える。
「ふーん、あんまりお金持ちの世界は分からないぴょん。執事さんが一緒なら平気なのかぴょん?怒られたりしないぴょん?」
「アル、パパが私を怒ると思う?」
「いえ、100%有り得ませんね、心配して抱きついて来る事は有り得ますが…。」
アルは瞼を閉じ首を横に振る。
「あ〜ありそう、ありそう!」
わたしは簡単に想像出来てしまい、思わず口元が綻ぶ。
「へぇ〜溺愛されてるぴょんね♪」
愛子さんは可笑しそうに口元を押さえてから笑い出した。
「ふふっ♪パパは今日もわたしに冷たくされたと勘違いをして泣きました♪」
思い出したようにわたしは笑い出す。
「えーっ。泣いちゃったのかぴょん?じゃあ本当に面倒臭いなって感じなのかなぴょん?」
その質問にわたしはキョトンとしてしまう。
「リノアちゃん、どうかしたぴょん?」
不思議そうにラビぴょんが首を傾げながらわたしを見つめる。
「いえ、なんと言っていいのか分からないんですが、きっとラビぴょんが思っている面倒臭いって言うのとは違うと思いまして…。」
わたしが悩みながら答えると、更に不思議そうなラビぴょんが見つめて来る。
「えーっとですね、面倒臭いけど、嫌じゃ無いと言うか…。」
ラビぴょはポンと柏手を一度打つと申し訳なさそうに足元へと視線を落とした。
「あ、何と無く分かったぴょんよ。わたしの面倒臭いには嫌だな嫌いだなって言うニュアンスが確かに含まれちゃってぴょん。ごめんね?リノアちゃんはパパが大好きなんだぴょんね。」
「はい!世界で一番大好きです!」
パッと背景にキラキラの星が見えそうな程元気いっぱいに答えた。
「そっか、本当に素敵な人なんだね、リノアちゃんのパパは…本当に御免なさい。」
ラビぴょんは本気で悪いと思ったのかぴょんをつける事を忘れて謝ってきた。
「いえ、気にしないでください。」
わたしは笑顔で答える。
「ごめんね、リノアちゃんわたしお仕事行かないと、また何処かで会えるといいぴょんね!」
ラビぴょんはサムズアップをすると慌てて、その場を走り去ってしまった。
「余程時間が無かったんだね。」
わたしはアルへと視線を向ける。
「えぇ、閣下にこちらの住所をお聞きしておりませんでしたので、今回のお礼をする事もできませんでした、次に会ったときには必ず今回のお礼を致します。」
アルはとても残念そうな表情で項垂れていた。
「そうだね。アル、またきっと会えるよ!」
「はい、リノアお嬢様!」
ちなみにアルが聞きに行った看板はミス◯ードーナツ通称ミ◯ドと言われるリング状のパンのお店だった。
すぐにわたしはアルと店内に入って行く。
店内は明るく可愛い感じと甘い香りで満たされており、脳が蕩けそうな程幸せにしてくれた。
ちなみにわたしはポ◯デショコラという柔らかくてチョコレートのかかった物が美味しかった、アルはあまり甘いものが好きじゃなさそうだったので、ソーセージの挟んであるパイを美味しそうに食べていた。
お土産には小さくて丸いドーナツ?が詰め合わせになってるものにしておいた。
そして幸せに包まれてそろそろ帰ろうかとしている時に今更アルがこんな事を言い出した。
「あの、リノアお嬢様、今更なのですが勝手に出てきてしまって本当に宜しかったのでしょうか?」
アルが怯えたような視線をわたしへと向けてくる。
「本当に今更ね〜。でも大丈夫じゃないの?それに暇だったでしょう?」
怯えたようなアルの眼差しを受けてもわたしは何がそんなに不安なのか全然理解していなかった。
「いえ、出てきたことは…まぁ、あれですが…お金は不味かったのでは無いでしょうか?」
「そ、そりゃ、ちょっとは不味かったかなーってそこは思ってるわよ??でもお金がないと日本は何も出来ないじゃない?お土産も買えなかったのよ?アルもあのパイ美味しそうに食べてたじゃないの!?」
わたしは自分の悪事を誤魔化すようにアルへと矢継ぎ早に語りかけた。
「ま、まぁ。そうなのですが…閣下は大丈夫だと思いますが…しかし…」
アルは今にも泣き出しそうな表情をし耳は完全に垂れ下がっている。
「マ、ママよね?やっぱりバレたと思う?」
「はぁ〜100%ばれておりますな…」
「うっ…どうしよう…」
わたしとアルは二人揃って顔色を青ざめさせ今更ながら自分たちの仕出かしてしまった罪の大きさと最大級の重さに押し潰されそうになってしまった。
全く…アルがいきなり現実的な話をし始めるものだから幸せが急にどこかへと姿を消したわよ。
〜〜〜
家に帰り着いた私は即座にお土産をママへと渡した。
しかし、ママはそのお土産に見向きもせずに受け取るとすぐにアンヌへと渡してしまった。
お土産を渡せば何となると思っていた時期がわたしにもありました…
「それでリノアちゃん❤️お金は一体何処へ行ってしまったのかしらねぇ?❤️」
そう言って笑ったママの背景には大輪の真っ赤な薔薇が数百本は咲き誇っている様に見えた。わたしは思わず何度も目を擦り見直してしまった。アルも同じだったのか目を皿の様にまん丸にさせていた。
しかしその真っ赤な薔薇は次第に燃やされた後の真っ黒な炭の様に変化を遂げ最終的にはボロボロと崩れ落ちて言った。その直後黒いナニカがママの体を覆い始め、笑みはより一層深さを増していった。
わたしはもう泣くことしか出来ず只々、ごめんなさいを言い続けた。
アルなんて護衛官の癖に尻尾や耳を垂れ震えながらわたしの後ろへと隠れていた。
パパは一瞬助けようとしてくれたが「あなた?」と言うママの一言で静かにTVを見始めた。
信じてたのに信じてたのに!




