52 リノアのステータス
結婚指輪やロケットをプレゼントした事は俺が思った以上に二人を喜ばせることが出来た。
お金を使って使いすぎたと後悔するより良かったと言う充足感が勝ったのは生まれて初めての経験かもしれない。
これから先も俺の知らない体験や感情が色々待っているのかと考えるだけでついつい口元が綻ぶ。
俺がだらしなくニヤケているとリノアが近づいて来てタブレットで写真を撮り始めた。ロケットの写真を撮る時に一度だけ教えたのだがもうマスターしやがった。末恐ろしい。
俺はカメラマン気取りで部屋の中のモノを撮りまくっているリノアの頭を押さえつけ風呂場へと連行する事にした。最近はこうでもしないといつまで経っても風呂に入ろうとしない。
だが今日は理由は定かでは無いがリノアから妙な感じを受けた。俺はよく分からずに視線をリノアへと向け首を傾げる。するとタイミング良いのか悪いのか後ろからミアが当然のようにやって来た。ミアと結婚して以降考えてみると毎日一緒に風呂に入っている様な気がする。ありがたい事です。
エロイ事を考えているといつの間にかリノアへの違和感のことが何処かへと消えてしまっていた。
風呂から出た俺とリノアはいつもの様にリビングでマッタリとしていた。俺は缶ビール片手にサラミを頬張る、リノアはゲームをやりながら、アイスを貪る。
ミアは寝室に一度寄ってドライヤーで髪を乾かしてから毎回やって来る。大体いつもこんな感じである。
初めてドライヤーを見た時、ミアのリアクションは凄まじかった。最高の魔道具だとアンヌと一緒に部屋中を飛び跳ねて喜んでいた。因みにリノアは全く興味を示さなかった。
「もぉー!!また負けた!!」
リビングにリノアの怒りの声が響き渡る。俺は視線をリノアへと向けて見る。ソファーに置いてあるクッションをポカポカと叩きストレス発散に勤しんでいた。これは巻き込まれそうだと判断した俺はそっと視線を外す。
更にそれから15分後。
「パパ!パパ!これ見てよ!」
顔色を真っ赤に染め上げた小さな悪魔が俺をとうとう呼び始めた。
諦めた様に溜息を吐くとその差し出された物へと視線を向ける。
「はぁー。なんだよってお前これ…あはははは!」
大笑いする俺が勘に触ったのか、リノアは思い切り二の腕を抓ってきた。
「あははh…いてでぇてっ!!」
「ふん。笑いすぎ!」
リノアは腕を組み怒りの表情のままそっぽを向き顔を背ける。その口は窄まれており明らかにご機嫌斜めだ。
「いや、でもさ…ぷぷっ。ふ、普通前半だけで…。ぷっ。」
実は最近リノアはサッカーゲームにハマっており、よくネット対戦をやっているのだが、今回は何故かNPC相手にプレイしており、おまけに前半だけで15点も取られてやがったのだ。
頬を膨らませ唇を尖らすリノアへと向き直り俺はそのまま抱え上げて膝へと座らせた。
「リノア、なんでネット対戦やんないの?」
「いや。こっちに居るからだけど?」
リノアが訝しむ様な眼差しで俺を見る。
「え?こっち入ったらWiFi飛ばないの?」
「そうだけど…ネット使うときは日本のどこかの部屋でやってるんだよ?パパ知らなかったの?」
「うん、全然知らなかった…。」
やれやれとでも言う様にリノアが肩を竦ませる。俺は情けなくてリノアを直視していられなくなる。
「もうずーっとだよ?操作覚えた最初から!」
ジト目でリノアが睨んでくる、俺はそれをそっと避ける様に逸らしていく。
そんなやり取りをしている最中だった、急にリノアの異変の正体に気付く。俺は視線をリノアの瞳に固定しそのまま話しかける。
「なーリノアお前最近なにかやった?」
「ふぇ?パパいきなりどうしたの?」
リノアは質問しながらテーブルに置いてある籠からミカンを取り出すと俺へと渡して来る。剥けと言っているのだろう。
俺はそれを受け取り剥きながら話を続けていく。
「いやさ、お前魔力があがってるよな?」
「ふーん。そうなの?」
特に興味が無さそうにミカンを受け取るとリノアは俺に背中を預けながら美味しそうにミカンを食べ始める。
「パパ、今なんて言ったの?」
「いやだからさ、何か魔力増えてない?」
その時ミアが髪を乾かし終えリビングへと現れた。
リノアの頭に顎を乗せながらミアへと視線を向ける。
「あなた、イヤねぇ〜リノアは確かに可愛くて天才だけど魔力は無理なのよ〜?」
ミアはあり得ないとばかりに〝ナイナイ〟と手をヒラヒラと振っている。
「うーん、そうかな?俺は上がってると思うんだけど…そういえば鑑定もしてなかったな、ちょっと魔力見てみるか?」
リノアはあまり気乗りがしないのか腕を組みながら小首を傾げている。
「う〜ん、別にいいけど…」
「まーいいじゃん、念の為今回記録してまた数日後に見ればいいだけだって!」
「まぁ〜そういうなら…あ、じゃママも見て貰えば?」
「あーそうだな、やる?」
俺とリノアは視線をミアへと向ける。ミアは顎に人差し指を押し当てながら首を傾げる。
「いいけど、あなた見てなかったの?私見てると思ってたんだけど〜?」
意外そうな表情をしてから不思議そうに聞いてくる。
「あー何かさ、覗きみたいで必要なとき以外あんまり鑑定やってないんだよね?」
「へぇ〜じゃお願い♪」
ミアが〝面白いものを見つけた〟と頬を緩ませながら俺へと興味の視線を向けてくる。
「まぁ、いいけど何その視線…」
リノアの頭を撫でながらジト目をミアへと向けると軽く睨みつけた。
「べっつにー♪」
ミアが悪戯っ子のような表情で可笑しそうに笑う。
「パパー早くやって!」
リノアが俺の手を鬱陶しそうに払い退けながら抗議の声を上げた。
「あーハイハイ。」
「ハイは1回!!」
「すまんすまん、んじゃ見るぞ?」
こっそり緊張しているのかリノアが無言で〝コクン〟と頷く。
そんなリノアが可笑しくなり俺は必死に笑いを噛み殺しながら鑑定をかけた。
【名前】リノア・フォン・コンノ(8)
【Level】1
【性別】女
【種族】人族
【職業】公爵令嬢
【体力】15/15
【魔力】117/117
【力】9
【素早さ】10
【防御力】7
【魅力】75
【スキル】身体強化Lv1 神童LvMAX
(リノアさん、魔力なんかよりも驚きのスキル付いてるんですけど!!)
鑑定結果を見て、俺は大きく眼を見開く。
俺の驚きように流石のリノアも不安そうな瞳をしながら尋ねてきた。
「どうしたのパパ?」
「あ、いや…うん…お前はやっぱり天才児だったよ!なぁ!バーレリア語覚えるの別に俺が遅い訳じゃ無かったんだよ!」
俺はリノアを見つめると笑いかけながら直ぐに左腕に座らせる様な形で抱き抱える。
「ちょ、ちょっとパパ何!?」
「凄いぞ!リノア神童だってさ!」
「神童?なにそれ?」
流石のリノアでも、神童という言葉までは知らなかった様だ。
しかし俺自身がどう説明した物か考える様な言葉はバーレリア語に翻訳されないんだなと少し残念に思っていた。やはり意味を心で伝えていると言うのは正しい様だ。
そんな事考えている時だった、優しい声音だがどこか鋭いそんな不思議な声が俺の耳元へ届いた。
「あなた〜分かるように説明してね♪」
ミアはニコニコと微笑みながらも眼自体は全く笑っておらず、ドス黒いオーラみたいな物を体中から迸らせている様に俺の目には映った。
(えぇ、今のなに?怖っ!)
俺はよく分からずにきょとんしたリノアと謎の凄みをチラつかせるミアへ日本では〝神童〟と言う言葉は天才児を指す言葉だと言うことを説明をした。
「きゃぁぁぁ♪やっぱりリノアちゃん、凄いわぁ〜♪」
説明を聞き終えたミアの喜びようは尋常では無かった、まさに狂喜乱舞しながらリノアの頭を首がもげるのでは無いかと思う程撫でまくっていた。その姿はまるで幼女が初めて買ってもらったお人形を大事に大切にされど力強く愛でている姿を彷彿とさせ、最終的な結果がお人形と一緒の末路を辿らない事を祈るばかりだ。
「く、首…首が…!」
一瞬リノアが涙目で助けを求める様な視線を感じたが、サッと逸らしておく…今口を挟んでしまうときっとあの黒い何かがこちらを襲ってくるだろう。俺にそんな度胸はないです、御免なさい。
「流石です、お嬢様!」
「うぅぅっ…良かった、リノアお嬢様!」
アンヌやアルも先程からお茶を用意してくれたり、雑事をしながら、嬉しそうにリノアを見つめている、アルに至っては涙ぐんでさえいる。
アル気持ちは分かるが護衛官なら助けてあげなさいよ?
リノアが揉みくちゃにされているのを俺は被害を被らない様にジッと眺めて待つ事にした。強い者には逆らわない世の常である。
5分位で落ち着きを見せて来たので早速魔力の発表に移ろうとしたのだが、リノアは何故かリビングの方へと一旦移動するので待つ様に言ってきた。
待っていると1分程で戻ってきたリノアは手に白い四角い布を持っていた。
それを無言で俺に渡すと、襟を捲りうなじが見えやすいようにする。
あ、はい。湿布ですね…。
俺は小声で情けないお父さんでごめんなと呟くと優しく湿布を貼ってあげた。
リノアは貼り終えるのを待ってから無言で首を一度だけ横に振ると死ぬほど痛かったのか途轍も無くブサイクな顔を晒していた。
笑ってしまいそうなのを俺は咳払いで誤魔化しつつ話を進める事にした。
「え〜。おほんっ!!そ、それで肝心の魔力なんだけど117だった、これはLv1ではどうなの?よくわかんないんだけど。」
俺がリノアの魔力を発表すると何故かその場の空気が固まり、皆マネキンのようになってしまった。
「おーい?もしもーし?…あっダメな奴だコレ。」
俺は肩を竦めリノアへと視線を向けると、リノアも同じように肩を竦め、俺にメモ帳を手渡して来た。自分のステータスを書けと言う事らしい。
俺はメモ帳を受け取ると日本語でステータスを書きながら魔力量の事をリノアへと聞いてみた、残念ながらリノアも魔力量を測ったことが無いらしく俺と一緒でよく分かっていないようだった。
書き出したステータスをリノアへと渡すと、皆に見せるようにバーレリア文字に直していた…流石、神童スキル持ち!俺が駄目なわけじゃ無いよね?
「おーい?そろそろ動けよ〜?分かる人誰か教えてー!」
「あ、閣下これは失礼致しました。」
アンヌがマネキンから解放され、早速説明を始めてくれた。
「正直に申し上げますとLv1でそれはかなり異常な数値です。通常Lv1ですとどんなに優秀な者でも魔力量30台が妥当な所でそれ以降は個人差により数値の上がり幅が異なります。」
「ふむ、となるとリノアは優秀どころではないな、あ、神童って関係してんのかな?いや、そもそもリノアは昔から優秀だからよくミアに褒められたとか言ってたっけ?じゃ関係ないのか…」
俺が独り言をブツブツと呟いていると、アンヌが首を傾げながら、更に言葉を続けてくれた。
「あの、失礼を承知で伺わせて頂きます…リノア様はそんなに高い魔力をお持ちながら何故に零民に認定されたのでしょうか?」
アンヌは申し訳なさそうな表情をしながらその瞳には困惑の色を覗かせていた。
「えーっとわたしが光れなかったからだけど…。」
リノアが小声で囁く様に答える。俺はそんなリノアの頭に手を置きリノアの代わりに答えていく。
「あ、アンヌそれは多分違うぞ?リノアは最初から魔力が高かったわけじゃ無いはずだ。俺の予想では、リノアの魔力量が上がったのは、ここ最近の話だと思うよ。始め小さすぎて魔力そのものを感じ取るのに気づくのが遅れたくらいなんだからな〜。でも最初に気付いたのいつだったかな…今はハッキリとこれがリノアの魔力だってわかるもん、俺。」
俺がいつ魔力量に疑問を持ったのか思い出そうとしていると、アンヌが驚きの声を上げた。
「え?閣下それでは神童スキルの影響でしょうか?」
アンヌは親指で唇を摩りながら考え始めた。
「いや、それも違うと思うんだよねーミア、リノアって昔から頭良かったんだろ?」
俺がミアへ尋ねるとミアは大きな胸を張ってから、自分の事のように嬉しそうに答える。
で、でかい…思わずエロイ事へと思考が集中してしまう。すかさずリノアのジト目が飛んで来る。
俺は誤魔化す様に一度咳払いをすると視線をミアへと戻す。そんな俺を見て肩を竦めたリノアから思わず溜息が洩れた。
「もっちろん!昔から何でも直ぐに覚えてたわねぇ〜さすがリノアちゃん❤︎」
〝えへへへっ〟とハニカミながらリノアは照れ隠しなのか、俺の頭にしがみ付いて来た。うん、痛いから止めようね?
「しかし、閣下、それでは益々理由が分かりませんね。」
「うーん、逆にさ、レベルの概念が無かった時は…ってそうか…。」
「閣下?」
途中で話をやめた俺に対してアンヌは小首を傾げる。
俺は頭を掻きながら疑問に答えた。
「いや、レベルの概念が無いときはどうしたのかなって思ったんだけど概念が無いだけで上がってたんだよなって途中で気づいちゃってね。」
「あぁ、成る程。やはり今の段階ではよく分からない事が多過ぎますね。」
アンヌが残念そうに呟く。
俺は一旦リノアを下ろして背伸びをしながら考えていると一つだけ思い出した。
「あっ!思い出した。」
「閣下、何か分かったのですか?」
アンヌが期待を込めたような眼差しを向けて来た。
「あ、いや…魔力が増えた原因はサッパリわかんないね。」
俺の言葉を聞きアンヌは明らかに落胆の色を浮かべる。
(いや、逆にこの流れで分かったらすげーよ!)
「あのさ、リノア。」
「んー?」
リノアはミアと何やら魔法の練習スケジュールみたいなのを話し合っていた。
「いやいや、気が早いだろ!って今はいいや…あ〜何言うんだったっけ?」
「はぁ〜っ。わたしが知ってるわけないでしょ?」
リノアは〝こいつ大丈夫か〟と言うような視線を俺へと向ける。
(ぐぬぬぬっ!リノアめ覚えていろよ。)
「あっ!そうだ!リノアの魔力に違和を感覚えたのあの時だ、ゴブリンに腹パンした時。あの時さリノアの方がゴブリンより魔力高くない?って違和感が凄かったんだよなぁ。」
俺は思い出せた事によるスッキリ感で、少しだけテンションを上げる。
だが周囲のテンションは俺と相反して〝だから何?〟みたいな微妙なものだった。
あ〜うん、俺なんか所詮こんなモノですよ?
アンヌがハッとして俺のガラスのハートに傷が入った事に気付き色々ご機嫌を伺って来た。
その姿はまるで新人メイドの様にあたふたと慌てておりあまりに可笑しくて思わず〝プッ〟と吹き出してしまう。
それより先程から妙に大人しいアルが気になり、ふと視線を向けて見ると声を殺して只々涙を流していた。それにリノアも気がつき、近づいて行くとそっと自分のハンカチを手渡していた。
「アル、リノアの為にありがとうな?…と言うか」
ミアもアルに触発されたのか涙を流しリノアの頭を撫でながら抱きしめていた。
アンヌもそっとミアへとタオルを手渡していた。
きっとミアはリノアの魔力の事には此処にいる誰よりも心配をし、責任を感じていたのだろう。もっと早くに鑑定をしてあげるべきだった。
そんな事を考えながら此処にいる優しい皆は俺の家族なんだなと改めてその幸運を俺は噛みしめていた。




