47 祖父と孫
俺が小豆ジャージを恥ずかしそうに摘んで見ていると何やらリノアが一大決心をしたような表情をしながらその場から一歩前に出る。俺を含めて全員が何事かと視線をリノアへと注ぐ。
リノアは大きく息を吸い込むとそれを吐き出す勢いのままに声を張り上げる。
「おじいちゃん、わたしの事をいっぱいいっぱい考えてくれてありがとう!」
突然のことに場が沈黙に包まれる。
しかし、緊張しながらも言い終えたリノアの表情には満面の笑みが浮かばれておりその視線はマーロンへと向けられていた。
リノアはリノアなりに今までの話を聞きながら自分でしっかりと考えていたのだろう、責めるような表情を少しもする事なく本当に優しい娘である。
「リ、リノア…こんなワシをまだ祖父と…お爺ちゃんと呼んでくれるのか?」
そんなリノアの精一杯の感謝の気持ちはマーロンの表情に驚きと嬉しさの入り混じった複雑そうな表情を浮かび上がらせる。更にその瞳には目一杯涙を溜め込みそれでも〝ジッ〟とリノアを見つめて離さない。
そんな表情と言葉を受けたリノアは〝え?おじいちゃんだよね?わたし何か間違えた?〟みたいな顔をしながら俺とミアを交互に不安そうに見つめる。
俺はその表情を見て思わず〝クククッ〟と笑いを洩らして言った。
「いや、リノアは何も間違って無いよな?お前のじいちゃんはおかしな事を言うな?」
「うん。」
それだけ呟くとリノアは俺の側へとぱたぱたと足音を立てながら戻ってきた。
そんな様子をマーロンは涙を流しながら目を細め只々見つめていた。
ミアはマーロンの背中を摩りながらいつもよりも柔らかい笑みを見せていた。
不意にマーロンはリノアへ声をかける。
「リノア、今まで何もしてあげられなくて本当に悪かった。こんな…こんな私だがこれからもリノアに会いに来ても良いだろうか?」
マーロンはリノアを見つめ続け、真剣に想いを口にする。
そんなマーロンの言葉を受け、リノアは満面の笑みを洩らす。
「うん、一杯仲良くして下さい!」
「ありがとう。ありがとう。」
何度も謝罪を口にしながらマーロンは膝を折りリノアへと目線を合わせると力強くだけど優しく抱きしめる。
俺が笑っているとアルが近づいて来て、耳元で呟いて来た。
「しかし閣下もマーロン様同様によくリノアお嬢様のことで泣かれますよね。」
余計な事を口走るアルにイラッとした俺はこちらも負けじと耳打ちでお返しする事にした。
「そう言えばリノアさ、新しい護衛と執事ほしいって言ってたよ。」
それを聞いた瞬間、アルは顔色を青白くさせ、真相をリノアへと問い正しに向かった。
…バカめ。
「あらあら。うふふっ♪」
俺の悪い顔を見てミアは嬉しそうなニコニコ顔をこちらへと向けていた。
その後二人で話始めたリノアとマーロンの心の距離は直ぐに縮まりを見せていた。
自分の買ってきたお菓子を見せたり、変な栄養ドリンクのパズルで遊んだり、アルの事を話したりしているようだ。またマーロンもそんなリノアが可愛くて堪らないという感じが全身からこれでもかと言うほど溢れ出ており、俺はそんな二人の様子を見ながら「良かったな、リノア」とつい声を洩らしていた。
するといつの間にか横にいたミアが「ありがとう、あなた」と優しく微笑み返してきた。
だが俺は只々目の前のリノアが幸せそうな事が嬉しくてその事には気付いてすらいなかった。
どうやら俺の方も自分の気づかない内にグイグイと距離を縮められていると言うことを…。
その後もリノアは自分の服を見せたり、カフェオレを自慢してたり、その勢いは凄まじかった。それでもマーロンは嬉しそうにうんうんと聞いており、その姿は商人の姿ではなく一人の孫を可愛がる好々爺にしか見えなかった。
だがタブレットを紹介した時、目がこぼれ落ちそうな程驚いており、その勢いのまま俺へと詰め寄ってきた。
俺はその場の風景などを切り取って記憶として残せる魔道具だと必死に誤魔化しておいた。リノアはアルから「誰にでも見せてはいけませんよ」とすごく丁寧に注意を受けていた。
マーロンとリノアの触れ合いもひと段落して来たので、俺はマーロンに自分の口から砂糖の事をもう1度話して結果を聞くことにした。
「リノア、少しお前のじーちゃん借りていいか?」
「うん、大丈夫、おじいちゃんパパが呼んでるよ?」
リノアは俺をチラっと見てからすぐにマーロンを呼んでくれた。
「公爵閣下、孫とこうして会える日が来るとは思ってもいませんでした。本当に心からお礼申し上げます。」
マーロンは深々と頭を下げた。
「いや、それはいい、リノアが今まで頑張ってきたからであり、俺は何もしてないよ。」
俺は左手をヒラヒラとさせた。
「それでもあなた様がお父上に成られたからこそ、今があるのです、本当にありがとうございました。」
そう言うと又頭を下げた。
「はぁ〜分かったから、もうやめてよね。でもさ〜良い事ばかりでもないと思うけど?今は俺たちしかいないけどこれから先公式の場ではリノアの方が言い方は悪いけど立場をマーロンの上にしてしまった〝リノア〟と呼べない場合も出てくるかもしれないんだよ?ミアには話したんだけどさ、俺はリノアが孤児だと思っていたんだ。だから俺の子として接して来たし、マーロンやミアには本当に申し訳なく思っているんだよね。本当に悪かった。」
俺はソファーから立ち上がると深々と頭を下げた。
マーロンは俺が頭を下げると思っていなかったのか驚きで固まってしまい、それを見たアンヌがすかさず止めに入ってきた。
「閣下ダメです、自分よりも階級が下の者に頭を下げるなどお辞め下さい!」
「なんでよ?俺は敵には容赦しないし、結構横暴な振る舞いもするけど、自分が悪い、申し訳ないと思ったら例え誰であろうと頭を下げるぞ?当たり前だろう?」
「いえ…仰ることは分かりますし、閣下のそう言う所は私も尊敬しております、しかしそれでは…。」
何かを伝えようとしたアンヌが俺の顔を見てから深い溜息を吐き言うのを諦めた。
「アンヌ無理だぞ、閣下のあのお顔を見ろ、これは絶対に引いては下さらんぞ。」
アルは笑いながら、俺へと視線を送る。そんなアルをアンヌは睨みつける。
「アルキオス、貴方は自分が閣下の一番の理解者だと言いたいのですか?既に気が付いて私黙ってましたよね?ケンカなら買いますよ?」
アンヌの怒りを買ってしまい、アルの額からは多量の汗が流れ出ている。リノアは面白そうにアルへ近づくとカラム◯チョを手渡そうとしており、その顔からはとても悪い笑みを洩らしていた。俺は小さく息を吐くとアルとアンヌへ言葉をかける事でそのタイミングを潰すことにした。
「はぁ〜。二人とも聞いてくれ、俺はコレだけは例え貴族の矜持だろうが、何だろうが変えないから!もしコレが原因で他の貴族なんかがウチを舐めきってケンカを売って来るなら全部潰してしまえば良いとさえ俺は思っている。お前らもそうだぞ?俺が納得できる原因で絶対にお前らが悪くなく、引けない場面が来た場合引かなくて良いからな。家族の為なら俺が一緒に戦ってやる!」
俺はニコニコ顔で言い放つ。
「全く閣下は…。」
アンヌは口では諦めた様に言うが嬉しそうな顔で笑っていた。
「それに…当たり前のことが出来ないとカッコ悪いだろ?リノアも見てるんだぞ?」
急に名前を呼ばれたリノアは驚いて背中へとさっきのブツを素早く隠すとにこやかに微笑む。
「確かにカッコ悪いのは嫌ですね。」
「私もリノアお嬢様に嫌われることだけは避けたいですね。」
アルは更に笑いながら言う。
「だろ?と言うことで、マーロン済まなかった。」
俺はもう一度マーロンに頭を下げた。
「公爵閣下、謝罪は一応受け入れはしますが、始めから頭を下げて頂く必要も無かったのですよ?私はリノアが元気に生きてさえいてくれればそれで良いのです。ですが…あなた様がお父上で本当に良かった、此方こそありがとうございます。」
そう言って、俺とマーロンは笑顔で握手をした。
「そうだ、リノア。背中のそれ残念だったな。」
俺はとても悪い顔でリノアへと告げる。
「え?何の事?」
何事も無い様に返事をするリノアの顔にはしっかりと〝ギクリ〟という文字が刻み込まれていた。
その後当初の予定通りに砂糖の話をした、ハッキリ言って信じられない程の品質だと身振り手振りを駆使していかにこの砂糖が素晴らしいのかを熱く語っていた。
直ぐにでも数が欲しいと言うので、4、5日中には残り90kは下ろせると話しておいた、又一月に今のところは100kにしておきたいと言うこともしっかりと伝えておいた。
ちなみに100kで金貨50枚の値がついた。
砂糖1kgが銀貨10枚と言う破格である。
予定というか鑑定では6枚だったのだが、どうやら一般ルートではなく貴族に売り付ける予定のようだ。
それで、今まで貴族に売っていた、バーレリアの砂糖を一般に少しでも安く提供するつもりみたいだ。
それからコップについてもマーロンに見せてみた。
俺は考え無しに押し入れボックスからコップを取り出してしまい、失敗したかと思っていたのだが、どうやら収納の魔道具は珍しいが普通に存在している物らしく特に問題は無かった。俺はずっと考え無しに出し入れしていた事を思い出し、一瞬ゾッとした。これが完全に存在しないアイテムとかだったら大変なことになっていた筈だ。やはり色々と考えて動かないといけない。そう考えた俺はここでもう一度気を引き締め直す。
コップの方は思いの外反応はよくこれも貴族相手に商売ができると喜んでいた、折角なので今ある5つは見本品としてもらってもらい、売れそうなら声をかけてい欲しいとお願いしておいた。
そこで気になっていた事をこの際聞いて見る事にした。
「ねぇー少し聞いてもいい?」
「如何されました?」
マーロンはコップから視線を外し不思議そうな顔で俺へと視線をを向ける。
「いや、男爵の事なんだけどさ、マーロンは従業員達や商会全体の事を考えて動けなかったんだよね?それだけ貴族に伝手がありそうならどうにかなったんじゃないの?」
「あぁ、その事でございますか、正直貴族である公爵閣下には言いづらいのですが…」
「遠慮はしないで良いよ?」
「はい、それでは…正直に申し上げまして、私と男爵家が揉めた場合殆どの貴族は男爵家につくでしょう。言葉が悪いですが、貴族は仲間意識がとても強い、中流階級といいましても、私は貴族ではございません、閣下はその…大変に風変わりで御座いますので。」
マーロンは申し訳なさそうにだけど何処か嬉しそうに微笑んだ。
「なるほどねぇ〜要はあれだろ、ここの貴族はもう腐ってんだろ?」
肩を竦めながら言った。
「全員が全員とは申しませんが…ね。」
マーロンは苦笑いを浮かべた。
「言い辛い事を聞いて悪かったね。」
「いえ、滅相もございません、心配して頂きありがとう御座います。」
それからの時間は和やかに過ごし、マーロンが帰る時にはリノアが買って来た、ポテトチップス等のお菓子を大量にマーロンにあげていた。あれだけチョコレート一つ出すのを渋っていたのに余程祖父の存在が嬉しかったのか大盤振る舞いである。
お菓子を受け取ると中を見てその包装に驚いていたが、これはただのお菓子ではなくリノアの行為なのだとそちらに重点を置き、マーロンは包装やその素材の事については一切何も言わなかった。
ちなみに護衛も連れてきていた様で戦闘奴隷に落とされたあの男だった。
マーロンを送りに外に出た所、俺を見かけると同時に地面に伏せって震えていた…。
皆からは、一体あの人に何をしたのかと質問攻めにあっていたのだが、マーロンが説明してくれて助かった。
そんなこんなで時間は過ぎていき、俺はミアへと視線を向けると二人で話がしたい旨を伝えた。
ミアは静かに頷いてくれた。




