45 お値段以上のあの場所へ
身内会議を終えた俺はやっとやるべき事を終えられ、ホッとしていたのだが買い物がある事を思いだすとすぐに家を後にした。
アルやアンヌの布団を買いに出かけようと思っていたのだ。アンヌは布団は有るが、あのカビ臭い布団なのだ、流石にずっとアレを使わせるわけにはいかない…そう言うわけでお値段以上のあの場所へ行く事にした。
お値段以上のお店は一駅先なのだが、電車に乗るより走った方が今の俺なら確実に早く着けるので走って行くことに決めた。
勿論走る速度はちゃんと抑えて走っている。バーレリアの移動の様に全力で走れば五分も掛からないだろうが確実に通報されてしまうか、夜にはYouTub◯にデビューを果たすことになってしまうだろう。
「しかし、この速度で走る方が面倒くさいなぁ〜。」
もうかれこれ10分くらい走り続けているが全く疲れを感じない。額から汗すら掻いていないのだ。
周囲から見ると全力疾走を続ける気持ちが悪い奴に見えているかも知れないが、実際は身体強化すら使わず器に魔力が満たされた状態の副産物のみで走る続けている。時折、周囲の子供などから「あのおっさん足はえぇ」って叫び声が聞こえてくる。
「はぁ〜。俺自分で言うのもなんだけどさ、ぶっちゃけ気持ちが悪いよなぁ…。」
ナイーブな俺は子供の罵声に傷付きながらもアルとアンヌの為、賢明に走り続けた。その甲斐あってかやっと目の前に目的の場所が見えてきた。ここまでの所要時間15分である。やはり電車に乗るよりも全然走った方が早かった。
店内に入ると二人には申し訳ないが、見た目よりも値段で選ばせて貰うことにした。他にも色々と買って帰ろうと思っているからだ。
ベッド売り場の方へ足を向けるとすぐに組み立て式でマットレスがセットになったものがSALE品として15,000円で売り出していた。
「これしか無いだろう。ラッキーだったな。」
俺はそう呟くとすぐに店員さんを呼んで3セットレジまで持って行ってもらった。その後掛け布団を4000円で四枚購入した。敷布団も5000円であったので一枚購入することにした。
それから適当に必要になりそうな物をカゴに詰めると組み立て式のタンスを一つ購入して会計へと向かう。結局支払いは又しても100000円を超えた。色々買ったしお世話になってるから仕方がない。
会計を終えるとレジの女性店員さんが話しかけて来た。
「あのお車でしょうか?」
店員さんが買った品数を見て流石に心配そうな顔をしている。
「はい、そうですよ?」
俺は何食わぬ顔で嘘をついた。
「ではお車までお運びします。」
そう言うと台車で運び出そうとしてくれたのだが勿論俺は車ではない、しかも走って来ているのだ、台車なんて持ってついて来られたら逆に困ってしまう。
「いえ、大丈夫ですので、それ一旦お借りしても良いでしょうか?」
そう言うと俺は嘘くさい笑顔を振り撒く。
「よろしいのですか?」
申し訳なさそうな表情で店員さんが聞き返す。
「はい、こんなでも一応俺は男なので女性に運ばせるわけにはいきませんよ。」
俺は更に嘘くさい笑顔を振り撒く、女性店員さんはポッと頬を朱色に染めると俯いてしまった。ありゃ?魅力値半端ない。世のイケメンは皆こんな感じなのだろうか。生まれてからずっとこんな感じで過ごせていたなんて羨ましすぎる。
「ではお願いします。」
そう言うとペコリと店員さんはお辞儀をした。
俺は調子に乗って微笑むとサッと誰もいない場所へと台車を進めて、周囲を確認してから押し入れボックスへと荷物を片付けた。
その後俺は台車を返却すると家へと向かい走り始めた。
お値段以上の店から少し離れた、アクセサリーショップで面白いカップルを発見した。須藤とさゆりんだ、二人は手を繋ぎ合いどうやらデート中らしい。指輪でもプレゼントしたのだろうか?揶揄ってやろうかとも考えたのだが、俺にはベッドを作る任務が待っていたのを思い出しすぐに家路へと着いた。
(しかし、うまくやっているようで何よりだな。)
自分のことではないが二人が仲良さ気にしている姿を見ると不思議と頬が緩む。
〜〜〜〜〜〜〜
家に帰ってからすぐに俺は組み立て作業に入る。まずはベッドを作り始める。意外と簡単であっという間に完成してしまった。しかもよく見ていなかったのだがこのベッド収納が二つ付いていた、正にお値段以上である。普段の服を入れておくには十分なスペースでありハッキリ言ってタンスが無駄になった。しっかり見ておけばよかった…。
少しガッカリした俺は気を取り直し同じようにベッドの残りを組み立て、押し入れボックスへと片付ける。更に無駄になってしまった棚やタンスも組み立て同じように押し入れボックスへと一旦しまっておく。うん、簡単である。ベッドの一つはミアの分なので寝室へと運び入れ、残りはアルとアンヌの分なので戻ってから一緒に部屋に行くことにした。
〜〜〜〜〜〜
全ての作業を終えた俺は気が抜けた様になってしまい今はフスマの部屋でソファーに座りビール片手にのんびりとしていた。何もせずにダラダラとアルコールを摂取する、おっさんにとってこれ以上の幸せは考えられないだろう。
ミアとアンヌはこの日本の砂糖を早く見せ自慢したいらしく、王都のマーロン商会へと二人で出向いている、家を出て行く際「こんなに上質な砂糖は絶対に驚く」とそれはそれは意気込んで出て行った、頑張ってくれるのは有り難いが…こんな時間に出向かなくても良いんじゃないかと伝えたのだが〝身体強化を使って走るから大丈夫〟だと言われた、余り無理はしない様に念を押しておいたが、あの感じだときっと伝わってはいないだろう。それにしても女性でこの勢いである、4番目、君は…。
ただ、一応初日は俺も一緒に行く事を提案したのだが、公爵家の当主である俺が態々出向くことでもないとアンヌに逆に窘められ、それならばと言う事で二人にお願いして、砂糖の件はもう全面的に任せておく事にした。
話を聞く限りミアはマーロンとは顔見知りの様だし、平気だろうとは考えている。
ちなみにリノアだが今は近くのコンビニへ初めてのお使いを実行中である。
日本語もマスターし更に日本がバーレリアと比べると圧倒的に安全であるという事を理解すれば今まで自分の意思と反してひきこもりを余儀無くさせられていたリノアが外に出たくて堪らなくなるのは仕方がない事だろう。ただし心配事が無いわけではない、正直不法滞在にあたると思うので心配なのは事故なんかより寧ろそっちの方である。しかし異世界人って扱いはどうなるのだろうか、勿論前例なんかもある筈がない訳だから、世間に広がると大混乱間違いなしだろう。
心配といえば護衛と言い張り一緒について行ったアルの事もとてつも無く心配である。
初めはアルが一緒について行く事に対してどうしようか悩んだのだが、日本がバーレリアに比べ、安全だとはいえ、誘拐や殺人等そういう事件が無いわけではない、背に腹はかえられずそういった危険性がある事を考慮してアルがついて行く事に許可を出した、アルは人狼族なので、俺のトレンチコートを羽織らせる事で尻尾を隠し、頭はハットを被らせたかったのだが俺が所持していなかった為、黒のニット帽を被らせて耳を隠してもらった。スーツ、トレンチコート、革靴、ニット帽というなんとも珍妙な出立に仕上がった。笑ってやろうと意気込んだのだが、アルは何気にイケメンなのだ…イケメンは何を着ようがどんな格好をしようがイケメンなのである。内心舌打ちをしてから俺は二人を見送った。何て俺は人間が小さいのだろうか。
しかし、アルやアンヌには本当に感謝している、二人が来てくれたお陰でこの家も賑やかになり、リノアもいつも楽しそうだ、俺が仕事に行ってる時も一人にすることもなくなりそういった面でも有り難い。
俺は赤ん坊の頃の何も出来ないリノアから成長を見続けて来た訳ではないので、ついつい留守番にしろ、何にしろ、大人目線で判断してしまう所があり〝そのくらい出来るだろう、問題ないだろう〟と物事を軽く考える節があるのでアルが常にリノアと一緒に行動してそういった俺の思い違いもフォローしてくれているので二重にありがたい、実際アルが来るまで留守番をさせる事に限っただけでも鍵や火の元にさえ注意しておけば平気だろうと考えていた、そこにリノアの一人でいる事への寂しさみたいな感情の部分は含まれていなかった様に思う、もちろん残業はしない様にしていたがそれだけでは全然足りていなかっただろう、反省しなければいけない。
それからアルは執事服を男爵に返してしまったので、コスプレ用ではあるがお礼やこれからのことも兼ねて中々にカッコ良い執事服をこれ又ネットで注文しておいた。
アンヌのメイド服はコスプレ用では短くて仕事には不向きっぽかったので王都でちゃんとした物を作ってくる様に言っておいた。
その代わりハンドクリームなどの詰め合わせを注文する事にした。
二人の給金に関して俺は話を聞いて、あの能力であり得ないほど給金が低かったので驚きを通り越して、男爵の金貨への意地汚さ、器の小ささに呆れ果ててしまった。
二人とも金貨1枚と銀貨15枚だったというのだ、日本円にして17万5千円、ハッキリ言って有り得ない。戦闘をさせてその値段はあんまりだろう。それにアンヌに至ってはそこから治療費として金貨は男爵に返していたという話であり、残りの銀貨だけでよく生活ができていたなと心配になってしまった。
そんな話を聞いた俺は二人には毎月金貨10枚を支払う事を告げると二人とも目が飛び出るんじゃないかと言うほど驚いていた。
まぁ、色々これかれからも助けて貰う予定だし、正直大変貴重な戦力を男爵家から引き抜けてラッキーとさえ思っているので、全く高いとは感じない。
だが二人ともこんなには受け取れないと丁重に固辞してきたので話し合いの末金貨5枚という話で落ち着いたのだ。本当に欲がない。そんな二人には衣食住に関しては絶対にお金を自分で支払わせる事がない様にしようと心に固く誓いを立てた。
俺は2本目のビールを取りに102号室へと向かうと何となく時計を確認した。
「まだ、19時30分をちょっと過ぎたくらいじゃんかー暇だなーというか、ここに来れる様になってこんなにのんびり過ごせるのは久しぶりな気もするが…」
それはそうとミアの事だ。プロポーズしたつもりは全然無いのだが、絶好の機会を得られた。一緒にいたいと思う女性である、ハッキリ言って好きだ。容姿も勿論好みでは有るのだが、リノアの母親として必死に守ろうとしていた姿は美しさを通り越して、尊いとさえ思ってしまった。だが俺は女性不信とまでは言わないが、それなりに心にひっかかりは感じている。
ただ、日本での事を話すかどうかは別にしてキッチリと二人で話す必要はあるだろう。
そんな事を考えていたら玄関が開く音がしてリノアが元気よく部屋へと入ってきた。
「ただいま〜パパ!コレみてみて!わたしが選んだの!」
出かけるときに持たせた子供用の黄色のバックはパンパンに膨らんでおり、その両手にはコンビニの買い物袋が一袋ずつ握られていた。
バックを開けてみると、コンビニ限定の100円で買えるポテトチップスやチョコレート等、全種類コンプリートしたのでは無いかと思う程のお菓子が詰まっていた。
両手の袋にはカフェオレやラーメン等も入ってはいるがやはり殆どが菓子類だった。
「えぇーお前コレ全部お菓子かよ!」
俺は呆れながらお菓子を見た。
「そうだよ!こんなにいっぱい凄い?ね、凄い?」
リノアはまるで財宝を掘り当てたように誇らしげな顔をしている。
「はぁ〜あー凄い凄い。」
俺の呆れた様な反応にリノアは不満気に唇を尖らせている。
「まぁーでもあれか買ってきたものはあれだが、初めての買い物はよくやったな、偉かったな。」
俺は優しげに微笑むとリノアの頭を撫でた。
「ん!」
短く返事だけをしたリノアは目を細め気持ち良さそうな顔をした。
「アルもお疲れ様、ベッド買っといたから後で一緒に部屋に持って行こう。それより初めてで大変だったんじゃない?」
「か、閣下、寝具の件どうもありがとうございます。」
アルはお礼だけ言うと〝ずうーん〟と言う音が聞こえて来そうな程暗い表情をしていた、余程大変だったらしく、リノアに迷惑をかけ通しで護衛失格だとブツブツ呟いていた。
するとリノアはそんな事は無いと言い、アルがいたから頑張れたんだと言い放っていた。
それを聞いてアルが涙するという場面を見ながら俺は…
(コンビニ行っただけだよね?何かと戦ってないよね?魔王とか出たんじゃ無いよね?)
内心突っ込みながらリノアとアルもちゃんと主従関係を超えた何かを築いてるんだなと感心もしながら眺めていた。
そしてやはりリノアの護衛はアルしかあり得なかったなと思いつつ買ってきたお菓子を1つ開けようとして滅茶苦茶リノアに怒られた。
俺はお菓子を諦め、風呂のお湯を貯める事にした。最近は魔法で火と水を混ぜながらお湯が出せる様になってきた。毎日の積み重ねの成果である。これで水道代とボイラーのガス代が大幅に安くなる。
それから数時間後、ミアとアンヌは帰って来た、話し合いは完璧だったと満面の笑みで答えていた、アンヌも祖父にもう一度顔だけ出して来たと嬉しそうに話してくれた、二人とも笑顔だが髪を振り乱しおまけに服にも葉っぱや枝を付け、鼻息は荒い…めちゃくちゃ疲れたんだね…ミアと話をするのはまたゆっくりした日にでも改めようと少し残念に思ったが明日は出勤だし仕方無いと自分に言い聞かせて、アンヌのベッドを設置しに部屋へと向かう。それから俺は大人しく眠る事にした。




