41 ジャズその2
俺は昨日のお二人が亡くなったという報告に明かに気落ちしていつもより守衛の仕事に身が入っていなかった。
だからだろうか?俺は目の前の人物が声をかけてくるまで自分のすぐ近くに誰かがいる事自体に気付いていなかった。
門番失格である、そして声をかけて来た人物を見て、一瞬息が止まり自分の目を疑った。
「ジャズ君、門番お疲れ様です。」
俺はすぐに目の前の人物の足元へと視線を送る。足がちゃんとついている事を確認するとゆっくりとそのまま顔の方へと視線を移動させた。
やはり声の主はアルキオスさんだった、彼は生きていた。
生きていたと気付いた瞬間、俺は溢れ出しそうな涙をグッと堪えるように必死に空を見上げた。
そして俺はゴンゾさんから聞いた話をそのままアルキオスさんに早口で捲し立てるように言っていたと思う。
嬉しかったから仕方がないとは言えちょっと自重すべきだったと自分でも少しだけ反省した。
そうしていると更にもう一つ驚きの声が聞こえて来た。
「私も生きておりますよ、ジャズ君酷いなー。」
俺はもう内心テンションが上がりまくりだった、実際声にも表れていただろうと自分でも思う。
それにこの時アンヌさんに冗談のように睨まれちょっと可愛い姿が見られて正直なところラッキーだった。
鼻の下が伸びてなければいいのだが……
だが、俺はすぐにオヘイリアの事が気に掛かった、ハッキリいってあの人は二人のことを気にも止めていない事が今朝、女を屋敷に連れ込んだ事でも明かだったからだ。
だからそれが顔に出ていたのだろう。
「どうかしたんですか?」
アンヌさんに少し心配をされてしまった。
これは隠しきれないと一瞬焦ったのだが、別に隠す事でもないと思い直し素直に俺は自分の思いを口にすることにした。
「いや〜…実に言い辛いのですが…オヘイリア…男爵様がお許しになるのかが気になりまして…」
俺は思い切って告げてみた、だが何故だか二人ともそれほど気にしてはいない様だった、それにアルキオスさんは表立った変化はそんなには無いがアンヌさんは明かに表情が明るくなった様に感じた。
その時の俺は単純にアンヌさんがいつもより綺麗だという事しか頭に無かったと思う。
今思い返すと俺は何て浅はかなのであろう。
アンヌさんについつい見惚れていると直ぐにアルキオスさんから声を掛けられた。
「それよりもジャズ君、少しいいですか?男爵様へ是非お会いして頂きたい人がいるのですが…」
その言葉を聞いて直ぐに俺はアルキオスさんとアンヌさんの後ろにいる男性に視線が向いた。
その男は見るからに平民ではなかった、それに加えてアルキオスさんの話ではオヘイリアに極秘で探す様に命じられた人物であると言う話だった。
俺は、何とも言えない気持ちになり又いつもの被害者の商人かと考え、今しがたまで暖かかった心に少しだけ影が差すのを感じた。
そしてふと視線を下げると5歳くらいの女の子も一緒だった、あの商人の男の関係者なんだとすぐに思ったと同時に、こんな子も巻き込むのかとオヘイリアに激しい怒りにも似た何かを感じていた。
そう考えてしまうと今までの商人たちよりももっと…哀れみとも言えばいいのか、そんな視線を男に向けていた様に思う。
しかし、俺は結局は今までと何も変わらずいつもの様に門を通すことしか出来ることは無いと諦め、門を通すことにした。
「わかりました、お連れの方もどうぞ。」
そう、いつもと同じ、何も変わらない、門を通し、絶望に塗れた表情を帰りに見るだけ…そういつも通りに。
ただ、出来る事ならあの小さな女の子のそんな顔は見たくない。
その時だった…いつもとは違う事が起きた。
男は一瞬立ち止まり俺へと向き直るとすぐに近づいて来た。それから俺の名前を確認するといきなりこう言い出した。
「君、仕事はちゃんとしないとダメだろ!」
ハッキリ言おう全く意味がわからなかった。
(えぇ?仕事今俺したよね?門を通したよね?)
内心大パニックだった。
「え?仕事だから通したんですけど、いきなりなんですか?」
そう返すだけで俺には精一杯だった、だがその男はまた更に訳の分からない事を言い出した。
「俺は通した事を言っているのではないぞ!俺をよく見てみろ?」
目の前の男は自分を見てみろと言い出したのだ、本気で意味がわからなかった、
そして失礼な話だが頭がおかしいのでは無いかと少し疑ってしまった。
それでも俺はまだ何かがある可能性も捨てきれず一応その客人を観察してみた、だが、別に変なポーズ以外特におかしなところは何も無い、なのにその客人は〝どうだ?わかっただろ?〟とでも言いたげな表情で俺を見てくる。
何度見直しても結局俺には分からなかった、だから正直に俺は言ったんだ。
「え。何がでしょう?」
本音を言えば俺はふざけるな、さっさと通れと言ってやりたかったのだ、だがそれでもアルキオスさんが連れてきたお客人で有り、今後の展開を考えるとやはり同情をしてしまい、俺は優しくそう言ったんだ、なのに…なのにあの男は俺にこう言いやがった!!
「かぁーっ!駄目だ君門番の才能無いわ!」
「な、なんでそんな事あんたに言われなきゃいけないんだよ!」
俺は気がつけば客人だと言う事も忘れて思わず怒鳴り返していた。
(大体門番の才能って何だよ?こいつ本当頭おかしいわ。)
俺がそう結論付けていると、男は徐に槍を指差しながら言い出したのだ。
「いいかい?ジャズ君、俺武器持ったままだよ?これ剣みたいに鞘ついてないよ?危ないよ?」
なんだ、コイツは武器を持ち込んでいることに引け目を感じていただけなのか、ただ単に確認がしたかっただけなのか。
(だったら最初かそう言えよ!!)
内心悪態をつきながらそれでもやはりお客人なので丁寧に対応をしようと「はぁ?ここは王宮では無いし別に問題は……」と言い掛けたその時、更に予想外の事が起こる。
「じゃ、そういうことで、はいコレ。」
目の前の男は本当に槍を預けてきやがった、しかも最後には特大の爆弾のおまけ付きで…。
「あ、ジャズ君、その槍、見た目ゴブリンの槍だけど、石突きのとこみてみ?魔道具ついてるでしょ?その魔道具金貨200枚くらいするから無くさないように!」
(金貨200枚!?お前そんなの預けていくなよ!!ふざけんなよ!)
俺は思わず大声を上げるがその男は俺の話を全く聞く気がないのか頷きながら屋敷の方へと向かって行ってしまった。
そこからが大変だった、俺はすぐに担がれたのかなと思い直し、ゴブリンの槍を見てみた。
やはりなんの変哲もないゴブリンの槍で〝あぁーやられた〟と思っていたのだが、槍の柄の最後尾に何か袋の様なものが付いていた。
(ふーん、ここが石突きっていうのか。)
軽い気持ちでその石突き部分の袋を手にとってみてみるとおかしい…何だか読めないが神秘的な文字なのか記号なのか、とにかくそう言うものが縫い付けられていた、更によく見てみると途轍も無く上等な布でその袋は作られており、刺繍も見た事がないほど綺麗だった、おまけに所々に金色の糸が使われており〝あぁーこれやばいやつだ〟とすぐ認識した。
そしてそんな、ヤバい物を俺が預けられたのだと理解するのに時間は掛からなかった。
心臓の鼓動が速さを増し〝ドキドキ〟と脈打ち始め、額だけで無く全身から多量の汗が吹き出し始めた。
あの商人の男はワケのわからない奴だがそれでも…絶望しながら戻って来るだろう、守らなくてはこの魔道具だけは何がなんでもあの小さな女の子の為にも。
そう決意をすると行き交う人全てが敵に見え始めた。油断してはいけない、俺の手には今金貨200枚相当の魔道具がある。
緊張からか喉がカラカラに渇いて来る、俺は周囲に聞こえそうな程ゴクリ喉を鳴らすと預かったゴブリンの槍をギュッと握りしめる。
それから俺はあらゆる不審人物を見逃さない様に周囲を警戒し鋭い視線を送り続けた。
そこに屋敷のメイドの1人が声をかけてきた。
「あの、ジャズさん、大丈夫ですか?何だか汗が凄い事になってますけど…?」
メイドの女は俺を心配そうな眼差しで見つめて来る。
「あぁ、大丈夫、心配してくれてありがとう。」
油断する訳にはいかない俺は無難な返答をしておく。
だが、俺が無難に返したにも関わらず彼女はなぜかモジモジとしはじめると顔を少しだけ蒸気させて続け様に言ってきた。
「あ、良かったらこれどうぞ。」
しかし、これは…本当に仕事でいつも使っているモノなのだろうか?それにしては綺麗すぎる…。
メイドの女はまるで新品の様なハンドタオルを手渡してきた。
「…ありがとう。」
俺は警戒しながらもそれを受け取ろうとした。
と、その時…
「良かったら、その槍預かりますよ?」
彼女は更に上目遣いで顔を赤らめながら言った。
俺はドキンッと心臓が跳ねるのを感じた。
「…いや、結構お気持ちだけで。」
そう言って俺はタオルも使わずに返しておいた。
何か薬が盛られている可能性も否定できないからな油断は禁物だ。やはり何かの策だったか…。可愛らしい顔に騙される所だった。
彼女は帰り際「調子が悪そうだったらいつでも、呼んでくださいね?」と少し残念そうにタオルを見ながら帰っていった。
(はぁー危なかった、商人殿との魔道具の話を聞かれていたのかもしれんな…)
俺は瞼を一度閉じると再度槍を握りしめ気を引き締め直した。
その後も色々とあった。
誰かに使役されているの、猫がお守りに飛びかかってきたり、借金に困った同僚が槍の訓練をするから貸してくれと明かに怪しい素振りで話しかけてきたり、別のメイドも洗濯物が木にひかかった等と嘘くさい理由をつけては槍を借りに来ていた。
俺はその計画を何とかあらゆる手段を用いて潰すことに成功した。
帰り際、皆首を捻って次の策を考えている様であったがどんな手を使って来ようが俺が守り切って見せる!
そう考えていると屋敷の方から待ちに待った商人殿の姿が見えた。
俺は守り切った自分が誇らしくなり、まるで家臣の様に商人殿の元へと走り出していた。
(商人殿、俺は守った、守り切ったぞ!)
「商人殿、お預かりしてた、槍と魔道具、しっかりと守り通しておきました!!」
「商人殿?お〜ジャズ君、任務ご苦労様!」
やっと、やっと無事に返せる、そう思って俺は報告をした、商人殿からも労いの言葉を頂けた。
危うく〝勿体なきお言葉です、主殿〟と言い跪く所だった。
そこで俺はあまりに浮かれ過ぎていることに気付いた、そして絶対に聞いておかないといけない事があることにも…。
そう、それはオヘイリアとの話し合いの結果についてだ。
俺は聞く事が恐ろしかったが、どうしてもこれは聞いておかないといけない事だと自分を言い聞かせ祈る様な気持ちで聞いてみた。
しかし結果は全くもってこちらの予想外だった。
「いやージャズ君、心配させちゃって悪かったね!でも逆にお金貰って帰ってきちゃったから大丈夫だよ?」
は?この人は何を言っているのだろう?逆にもらった?どうやって?というか何を?俺が混乱をしていると更に続けてこう言った。
「あ、そうそうジャズ君、その槍あげるよ?あと大変申し訳ないんだけど、それ、魔道具じゃないんだよねー。あ、でもそれこっちじゃ絶対に手に入らない代物だから?ただ、銅貨1、2枚なんだけど良かったら大事にしてよ〜。俺は男爵にお小遣い貰っちゃったからさー新しいの買っちゃおうかなって思ってるから全然心配しなくていいからねー?」
「・・・・・・・・・・」
目の前のこの男が何を言っているのか全く理解できなかった。
ただ、俺の頭が真っ白になっていたのだけはわかった。
思考が戻った時既に彼らはいなかった。
俺は男爵邸の門の前で大声で叫んだ。
「ふっざっけっんっなっ!!クソヤローお前やっぱ頭おかしいわ!!」
後から皆に教えてもらった事なのだが、アルキオスさんもアンヌさんも男爵家を止めてあの男の元へと行ったそうだ。
屋敷の中で何があったのか、それは誰も教えてくれないが、今になって考えてみると何となく分かった。
最初から全てがいつもの商人とあの男は違っていた。
アルキオスさんも、アンヌさんも俺には楽しそうに見えた。
そして帰り際も笑っていた商人はたった1人あの男だけだった。
あいつはクソヤローだったが、本当に、本当にクソヤローだったが…。
あの小さな女の子が泣かなくてそれだけは心から良かった。
あいつは本当にクソヤローだけどな!!!
それから俺はオヘイリア男爵の元を去ることになる、次はどんな仕事をしようかな?
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