40 ジャズ
俺の名前はジャズ、現在20歳、孤児院育ちのしがない平民である。
両親の事は顔も分からない、兄弟が居るのかすらも知らない、だが俺のような人間はこの国には腐るほど存在している。
ただ、俺はそんな孤児の中では運が良い方だった、この世界で生き抜くためには力が必要になる、その力は権力、財力、暴力、力と名の付くものであればある程度は生き抜くための糧に出来る、そんな俺にも生まれながらに力と付くものを一つだけ持っていた。そして俺の持っていた力は魔力だった。
そんな俺が13歳の成人を迎えてすぐの頃、とある冒険者と出会う事になる。
出会いは特に複雑な事でも何でも無く極々平凡なモノだった。
俺が王都の酒場の前を歩いている時、急に叫びながら酒場から出て来たおっさんが酔って絡んできたのだ、そのおっさんは何が気に食わなかったのか、いきなり俺の胸ぐらを掴んで、投げ飛ばそうとしてきたのだが、俺はそのおっさんを逆に投げ飛ばした。
その姿をある冒険者の人に見られていた、理由は分からないが何故だか俺の事をすごく気に入ってくれてその日は酒場でメシまで奢ってくれた。後から聞いた話によるとその冒険者の彼も孤児院育ちだったらしく、どうやらそれが理由で俺の事を気に入ってくれたようだった。
理由はもうーつある、実は俺が投げ飛ばしたおっさんも冒険者でFランクだったらしい、このおっさんを投げ飛ばせた事こそが俺の持って生まれた魔力という力のおかげであり、メシを奢ってくれた冒険者の彼に気に入られた一番の理由だった。
その日から時間ができれば俺は冒険者の彼に会うようになっていた、会った日は必ずメシも奢ってくれた、俺は段々と彼に心を許しているのを自分でも感じていた。冒険者の彼は俺に会う度に俺には戦闘の才能があると言ってくれた、人に何かの才能が有るなどと言われた事は生まれて初めての体験であり正直凄く嬉しかった。いつからだろうか…暇さえ有れば剣術や魔力操作のコツ等を教えてくれるようにもなっていた、そんな彼はBランクの冒険者だった。
それからの俺は色々な訓練にのめり込んでいった、剣を振るう事一つにしても色々な型があり、面白いと感じた、俺はどんどん夢中になっていった。それから半年後、俺も彼と同じ冒険者になっていた。
冒険者になったその日に孤児院も出て行くことに決めた。
それからの日々は緊張と驚きの連続だった。命の危険を感じた事も一度や二度では効かないだろう。ランクもすぐに初心者のHランクからEランクにまで上げた。
通常ここまで上げるのに普通なら1年は必要らしいのだが、俺は半年で上げる事が出来た。
そんな生活を4年ほど経て、俺は気付いてしまった、普通の人より優秀ではあるが、別に天才では無かった。
いつまで経っても俺はCランクのままだったのだ。実際自分でも最近の活動に限界を感じてきていた。
俺に色々教えてくれた冒険者の彼にはもう3年以上会っていない、もしかしたら死んでしまったのかもしれない、冒険者をやっているとそれこそ、こんな事は日常茶飯事だ。
そんな事もあってか、俺は冒険者家業に嫌気がさしていた、それから暫くして俺はオヘイリア男爵の私兵の入団テストを受けることになる。
18歳になった俺は、テストにも合格しオヘイリア男爵の私兵団の一員になっていた。
最初はオヘイリア領の護衛の任務からだった、オヘイリア領は田舎であり、はっきりと言って退屈な日々だった、俺は今すぐにでも王都へと戻りたかった、だが冒険者には戻りたく無かった、だからどんな任務も必死でそれこそ死に物狂いで取り組んだ。
そんな俺も商隊を襲うと言う任務とも言えない命令だけは遂行する事がどうしても出来なかった、俺は別に盗賊の入団試験を受けた訳では無い。
だがどういう訳か20歳になってすぐの春、俺に王都のオヘイリア男爵邸の門番の任務が与えられた、俺はこのチャンスにすぐに飛びついた。
門番になった俺はそこそこに楽しんでいた、勿論オヘイリア領に比べるとこの王都は雲泥の差ではある。夜は自由に飲みに行き、メシも王都の方が各段にうまい、それに給金も上がった、上がったと言ってもオヘイリア男爵様の私兵の仕事はあまり待遇は良く無く、月に金貨1枚と銀貨10枚だ。
まぁ、命の危険は殆どないから俺はそれで満足とは言わないが納得はしている。
ただ、一つだけうちの団の団長だけには不満がある、あれはダメだ、人間が腐っている。いつかあの気持ちが悪い長髪を毟り取ってやろうと思っている。
その他の屋敷内で一緒に働く皆はとても良くしてくれた、特に人狼族のアルキオスさんは時々メシを奢ってくれる、とてもいい人だ、しかしあの人は絶対に怒らせてはいけない、俺の冒険者時代の勘がそう告げているあの人は絶対に強くて危険だと。
夏になって少し経った頃、アンヌさんというメイドが屋敷から頻繁に出かける様になった。
俺は何か特殊任務を与えられているのだろうとすぐに気がついたが聞く事はしなかった、此処では知らない方が幸せなことの方が多すぎる。
アンヌさんは黒っぽい茶色がかった髪をアップにし襟足を見せるように後頭部で束ねた、少し目つきのキツイクール系美女だ。正直事情を聞いてお近づきになりたいと思った事がないわけでは無い。
だが、美人だからと言ってこの人にも軽口を叩いてはいけない、アルキオスさんと同じ匂いがするのだ、間違いなく俺よりも強いだろう。
それから暫く門番を続けているとアルキオスさんが時々中流階級の商人を連れて来ていることに気がついた。
ただアルキオスさんは商人を連れてくる日は一貫して無表情を装っていた。
連れて来られた商人たちも皆一様に表情のパターンが決まっていた。
行きは楽しそうとまでは言わないが何かチャンスを掴もうと意気込んでいる、そんな表情をしているのだが、何故なのか帰りは皆絶望の色を浮かべているのだ。
俺はそれがどうしても気になりある日、屋敷のメイドにそれと無く話題として挙げてみた。
どうやらウチの男爵様は貴族と繋がりのない中流階級の商人を繋がりが出来そうだと匂わせて招き、権力を使って脅しているみたいだった。
こんな俺でもそのことに憤りを感じはした…したのだが所詮俺は孤児院上がりの平民である、俺に何か出来る事があるはずも無く唯一出来る事と言えば、ただ黙っていつも通り門を潜らせるだけなのだ。
やはりこの屋敷では知らない方が幸せな事が多すぎる。
きっとアルキオスさんも悔しいのだ、だから無表情を貫いているのだろう。
そんな日々を淡々と過ごしていたある日、俺は夜警の担当者と任務の引き継ぎをしていた。
すると、アルキオスさんとアンヌさん、ゴンゾさんが三人揃って神妙な面持ちで出掛けて行く所だった。
アルキオスさんに至っては絶望の色を窺わせてすらいた。
俺はその姿を見て明日は少し早めに来た方がいいかも知れないと何と無くだが思っていた。
翌朝、俺は普段より30分程早めに門番の任務へと着くことにした、するとゴンゾさんからアルキオスさんとアンヌさんが任務中に命を落としたという知らせを受けた。
俺は信じられず、あまりにショックで一瞬呆けてしまった。
あんな化け物みたいに強そうな感じがする二人が死んだ?もし戦闘等で命を落としたと言うのであれば戦った相手はあり得ないくらいの化け物中の化け物という事になる。
俺はそんな相手が仮に攻めてきたりすれば間違いなく何も出来ずに門を通られてしまうだろうと思った。
変な想像をしてしまい少し青い顔色をしていた俺よりも更に疲れきった青白い顔色をしたゴンゾさんが「取り敢えず2、3日は休む」とだけ告げると自宅がある方へとフラフラと戻っていった。
どうやら、ゴンゾさんはその任務の後も徹夜で屋敷へと詰めていたようだ、しかし、ゴンゾさんもお二人には劣ると思われるが、亜人種であり犬人族の相当な実力者の筈だ、そんな彼があんなにフラフラになってしまう事態って…そう考え俺は一瞬身震いをした。
その後同僚と少し話していたのだが、団長殿も今は居ないらしいゴンゾさんが深夜に戻ったときに入れ替わりに部下を引き連れ出ていったそうだ。不謹慎ながらお二人の代わりにあの気持ち悪い長髪野郎が消えればよかったのにと思わずには居られなかった。
その日は二人の事が頭から全く離れる事が無かった、俺は自分で思っていたよりもずっと、お二人を慕っていたみたいだ。もうニ度と会えなくなってから俺はその事に気がついた…余りにもマヌケ過ぎて涙が止まらなかった。
夜、同僚の私兵のメンバーが女性を一人連れて帰って来た、話を聞くと男爵様の命令らしい、俺はこんな時に男爵様は何をやっているのだと正直呆れ果てて言葉が出なかった。
お二人の命をなんだと思っているのだろうか男爵様は?…俺はこの時男爵様をいや…オヘイリアを心の底から軽蔑した。
そしてお二人がもう何処を探しても居なくなったのだと…冒険者時代には感じなかった寂しさの様なモノを感じた。
しかしその想いは完全に覆されることになる。あの頭のおかしな男と共に。
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