38 オヘイリア男爵
書斎の扉をノックすると不快を通り越し殺意すら沸いてしまいそうな声が響いていた。
「チッ、生きていたのか、役立たずの二人か今更何の用だ?まぁいい、入れ。」
「失礼致します。」
アルは扉を開けるとすぐさま横にずれ先に入室を促すように俺に道を譲る。
「やーこんにちは。」
俺は挨拶をすると返事も待たずにさっさと中へと入って行く。その後ろをちょこんと俺の袖を握りながらリノアが続き、アル、アンヌの順番で入って来た。
するとすぐに俺へと何かが飛んできた、俺はそれを造作もなく掴み取ると手元に視線を向ける、飛んで来たものは〝本〟だった。
更にその飛んで来た方向へ視線を向けると書斎の椅子の背に凭れ掛かっているリノアに似た褐色肌でリノアに似た銀髪の目つきの鋭い気難しそうなイケメンがこちらを鬼の形相をしながら睨んできていた。
(イケメンだと…いや、落ち着け俺、実はカツラとかかもしれん。いや、無いな、リノアと同じ銀色じゃねーか、リノアと同じだと…。くそ、こいつはもう殺処分だ、そうしよう、今殺やろう!それしかない!)
内心余りにリノアと似すぎた髪色と肌の色に焦っていると、リノアが一瞬だけぎゅと手を握ってすぐに離した。
(リノアありがとな、お父さん少し嫉妬してたよ…)
リノアの優しさに救われ小さく溜息を洩らすと偉そうなイケメンから怒鳴り声が聞こえて来た。
「アルキオス、アンヌこれはどういうことだ!お前達は何故生きている?それに誰だそいつらは!!薄汚い輩をこの屋敷に入れるんじゃ無い!!」
顔色を真っ赤に染め上げて、書斎の机を叩きながら怒鳴りつけている。
その男爵の行動で一瞬リノアの体がビクっと震えた、俺は気にせずにリノアの頭を撫でるとそのままソファーの前まで連れて行き〝どかっ〟と音が聞こえそうな程偉そうにしながら座る。リノアは俺の右横にちょこんと座っている。その後ろにアルとアンヌが控えた。
座ってからすぐに本人確認を含め鑑定を行っておく事にした、ただ、アルやアンヌの様子を見る限り間違いなく本人だと思っている。
【名前】ヘンリー・フォン・オヘイリア(30)
【Level】21
【性別】男
【種族】人族
【職業】男爵家当主
【体力】201/201
【魔力】1088/1088
【力】31
【素早さ】33
【防御力】21
【魅力】78
【スキル】身体強化lv1 弓lv2 片手剣lv1
俺より年下で男爵家の当主である事に驚いたが、成人も十三歳だ考えると普通なのかもしれない。それにやはり貴族間での遺伝の影響なのだろうか、レベルに比べて明らかに魔力が高い感じがした。しかし、一番許せないのが魅力値である…78だと…。
「はぁ〜っ…ていうーかさ?あんた煩いよ?まずはアルとアンヌから話があるみたいだから聞きなよ?そうだろ?」
オヘイリア男爵に呆れたような視線を向けた後、アルとアンヌへと視線を移した。
「煩いだと!!き、きさま〜!!」
俺の言葉を聞きオヘイリア男爵は更に顔色を真っ赤に染め上げると机に置いてあった辞書のような本をまた此方へと投げつけてきたのだが俺はそれを今度は完全に無視をした。
するとアルが即座に俺の前方へと移動して来てそれを軽々と片手で受け止め俺に一礼してから、オヘイリア男爵へと視線を向け、話し始めようとした…が、オヘイリア男爵がそれを遮る。
「なっ!貴様!アルキオス、それにアンヌお前らどう言うつもりだ、大体ゴンゾは死んだと言っておったのだぞ!一体どうなってる!それに…それにこの目の前の馬鹿は一体誰だ!?」
オヘイリア男爵は今にも掴みかかって来そうな勢いで怒鳴り散らしている。
「全然話が進まん、その煩いのは放っておいても良いから話を進めたら?アル、アンヌ。」
俺が2人の名前を呼ぶと、両名とも「はっ!」と返事をしてから姿勢を正し、オヘイリア男爵の言葉を遮って話し始めた。
「この度、大変長らくお世話になりましたが、お暇を頂きたく参上致しました。」
アルが頭を下げるとそれに続くようにアンヌも話を始めた。
「私も同じで御座います、ただ、祖父の件では大変にお世話になりました、しかし、暗殺者として貴方に仕えるのはもう辞めにしたく思います。」
アンヌも両手を臍の少し下の方で組むと上体を45度だけ傾けてまるでお手本のようなお辞儀を見せた。
更にその後すぐにアルはテーブルの横へと静かに歩いて来るとそこに自分のバトラー服を畳んで置いた。
「貴様ら〜〜!この私を無視して勝手な話ばかりしおって!大体アンヌ、祖父の世話等した覚えはない!それにアルキオス少々腕に覚えがあるからと調子に乗りすぎたな?お前など既に我が男爵家に居場所等無いわ!ふん、貴様らの事などどうでもいい!薄汚い零民一人連れて来れぬ役立たずが!勝手に何処へでも行け!そんな事よりお前だ、お前!お前は何だ!!!先ほどから随分と偉そうにしおって貴様生きて帰れると思うなよ!!」
余程俺が腹立たしいのか、机の上に置いてある、ありとあらゆるモノを片っ端から投げ付けたり叩き付けたりし始めた。
アルとアンヌは男爵に対して、まるで親の仇でも見るような軽蔑しきった冷たい視線を向けていた。
「よし、二人とも用事は終わったな?」
俺はリノアの頭を撫でながらその男爵の怒鳴る声を無視して二人に聞いた。
「「はっ!」」
「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。」
アルが代表して俺に礼を述べると二人揃って頭を下げた。
その主従関係のような男爵からすればまるで意味のわからない光景を目の当たりにして更に俺に対する視線は鋭さを増しその瞳は完全に血走ったモノへと変わっていた。
「さてと、それじゃ次は俺からの質問な?アンヌの祖父の面倒を見た覚えがないと言うのはどう言う事?」
俺の質問に対してオヘイリア男爵はニタニタとまるで盗賊のような下卑た笑みを浮かべながら答えた。
「あぁ、その事か、あの老人はもう駄目だったからな?一度医者に見せただけで助からんのはわかっておった、そんな老いぼれに金を使うのは勿体無いだろ?適当に薬と偽り何か飲ませておけと医者へと命令を出しただけだ。何を飲ませていたか迄は知らんがな?それにアンヌ、お前はなかなか良い女だった…それなりに強くもあったからな?そんな女がタダ同然で働くのだ、使わない手はないだろ?頭は余り賢くは無かったみたいだけどな。くくくっ…」
いい終わると笑いが止まらないとばかりに下卑た笑みをこれでもかと言うほど此方へと向けてきた。
そんな表情にアルは先程よりも冷めた視線を向け、拳を握りしめていた。アンヌは今までの自分の行動が全て無駄だったことを知り只々その表情には絶望の色を深く刻んでいた。リノアはそんなアンヌを心配そうに見つめた後そっと近くに寄り添いアンヌの右手を両手で握りしめていた。
「お前さ〜クズなのは分かってたんだけどさ〜ホント良い加減にしろよ?今回は大目に見てやるけど次は無いぞ?アンタがそれをやった時はまだアンタの部下だった、でも今は違うからな?アルもアンヌも今はもう俺の家族の一員だからそれなりの覚悟をしておけ!」
ドカッ!!
そう言い切った瞬間俺から信じられないほどの殺気がオヘイリア男爵へと向け溢れ出しており、更に気づいた時にはもう目の前のテーブルを叩き割っていた。
俺が普段見せないあまりの激昂っぷりに三人共驚いた顔をするものの、それと同時に嬉しそうな顔も見せた。
「ひぃぃぃっ!な、何なのだお前は!一体ここに何をしにきた!」
男爵が叫び声をあげると同時に書斎のドアがノックされ、外から私兵の声が男爵に対してかけられた。
「男爵様、今の音は一体どうなされたのでしょうか?ご無事ですか?」
その声を聞くや否や男爵は焦ったように声をかけ中に入るように命令を下す、すぐさま3名の私兵が命令通りに部屋へとなだれ込んでくるが、アンヌが即座にその内の1名を背後から急襲し、首筋へ手刀を押し入れ意識を刈り取る。アルはそれを確認する前にすでにリノアを自分の背後へと隠し、きちんと護衛官の責務を全うする。
俺は押し入れボックスからガムテープを取り出すと左手でそれを持ち私兵へと近づくと右拳で腹パンを一発ずつ決め気絶させる、アンヌの分も含め意識を刈り取った計3名の私兵をぐるぐる巻きにして拘束した。普通はここで終わりだが今回は話の邪魔をされ少しイラッとしていたので腹いせに髪の毛の方まで巻き付けておいた。
その様子を見た男爵が一瞬驚愕した表情を見せるも、すぐに俺に対して鋭く血走った怒りに満ちた視線を向ける。
「きさま〜〜〜〜〜っ!貴族の…男爵家の屋敷でこのような事をしてタダで済むと思っているわけでは無いだろうな!」
憤怒の表情を隠そうともせず、頭の血管が切れてしまうのではないかと思わせるほど大声を張り上げた。
「あぁ、そう言うのは良いから良いから、男爵。次の話だ、単刀直入に言うリュノミアを連れてこい!」
俺は右手をヒラヒラとさせながら言った。
すると男爵は俺の目的が分かり少し落ち着いたのか馬鹿にしたような顔をしながら続けた。
「はん?何かと思えばそんな事か!貴様がアイツとどういう関係なのかは知らんが、お前のようなチンピラ風情が会える女では無いわ!」
「・・・・・・・・・」
(え、チンピラに見えてるの?俺的にちょっと無骨な貴族のイメージだったんだが……)
不安そうにアルへ視線を向けるとサッと何故だか視線を逸らされた、リノアも同じだった、アンヌだけは〝さすが閣下!〟とでも言うようないつもの熱い視線を俺へと向けてきていた。
俺が何とも言えないような気持ちで項垂れていると男爵がニタニタさせながら口を開いた。
「しかし、貴様…たかだか女一人の為に貴族であるこの私にここまでの事をしでかしたのだ、ただで済むとは思っていないのだろう?あいつに惚れてるのか?」
「・・・・・・・・・・」
俺が黙って聞いていると何を勘違いしたのか更に下卑た笑いをしながら続けて来た。
「安心しろ、お前達のことが片付いたらちゃんと貴様の代わりに私が可愛がってやる。」
(しかし、イケメンでもあの顔はないわ!)
俺がドン引きしながら周囲を見ているとアルとアンヌの眉間にもシワが寄っていた。
リノアに至っては不快を通り越して、鳥肌が立ち女の子がしちゃいけない顔をしていた。
「はぁ〜で?他に言いたいことは?というか気持ち悪いからその顔やめて?」
俺は溜息を吐くと、認証プレートへと魔力を通し男爵に見せるように目の前に突き出した。
【名前】アリヒト・フォン・コンノ(32)
【性別】男
【種族】人族
【階級】上流階級 貴族
【爵位】公爵
【職業】公爵家当主
「なんなのだ、今更貴様の身分になど興味ないわ、このチンピr………えっ。コ、コ、コ、コンノ家!!!」
(うん、こいつやっぱあれだ…そのニワトリみたいな言い方は余りに似過ぎて殺意わくぞ!)
今まで真っ赤に染まっていた男爵の顔色がサーッと音が聞こえそうな程の勢いで見る見るうちに青白くなっていくのが分かった。まさにこの世の終わりのような表情と顔色である。
「人間ってこんなに顔色悪くなるのな?」
俺はソファーに凭れ掛かり首だけで後ろを向いてアルに話しかけた。
「左様で御座いますな。」
アルの目が〝閣下が最初から身分証をお見せしなかったのはこれを見る為ですか?〟と訴えて来た。
俺は違うとも言い切れずにスーッと視線を逸らした。
後ろから小さな溜息と「やれやれ」という言葉が聞こえた気がした。
俺は気を取り直し〝おほんっ〟と咳払いをすると、それを誤魔化すように話し始めた。
「改めまして男爵、私はアリヒト・フォン・コンノ、公爵だ。別に覚えなくても構わん!」
いよいよ逆襲のチャンスがやって参りました!とでも言うような晴れやかな笑顔を見せた。
(いつの間にか理由も分からず公爵になってたんだけどね。)
オヘイリア男爵は額に多量の汗を掻きながら、挨拶を返そうとした。
「こ、これは失礼s「あぁ、君の名前はいいよ知っているし、興味もないからね。それよりも……」
俺は貴族をしかも公爵を意識した演技をしながら続けた。
「私の聞き間違いで無ければ、私をチンピラと罵倒していたよね?」
俺は今年最大級の笑顔を男爵に向けた。
「い、いえ、そ、そのような事はけっ決して…けっ決して…」
男爵の体はブルブルと震えており、声を発する事もできずまさに人力マナーモードを文字通り体を張って体現していた。
「あー他にも〝生きて帰れると思うなよ?〟だったかな?もしかして私はここで死んでしまうのかな?いやー殺害予告とは恐れ入ったよ!怖いなーどうやったら無事に帰れるかな?例えば男爵家そのものが無くなるというのはどうかな?それだと無事に帰れそうだと思わないかね?ちなみに男爵はどう思うかね?」
俺は更に笑みを深めた、その笑顔は完全に下卑た物へと成り下がっていた。
「ま、ま、ま、誠に誠にも、も申し訳ありませんでした!!!!」
オヘイリア男爵は震えながら完全に床に頭を擦り付け額には血が滲んでいた。
(俺にそんな力無いけどな、武力でなら可能っぽいけど…しかしこんなのでもリノアのアレ〝口が裂けても言いたく無い〟だしな、武力はできれば使いたく無い。公爵と言いながら名ばかりだし、こいつがバカでよかったよかった。)
「あーしかし、貴君はよく女1人の為に男爵家風情で公爵家に立てつこうとしたね?あ、もしかしてその女に惚れているのかね?」
俺は今までのストレスをこの一瞬で晴らすかのようなニヤニヤ顔を作り出し更にはドヤ顔を決めながら、土下座した男爵の頭を何度も何度もポンポンと叩いた。
周囲から〝うわぁ〜こいつマジかよ〟という視線を感じたが気にしない。ただ、アンヌからはいつも通り崇拝するような眼差しを向けられていた。アンヌはもう俺がやる事なら何でもいいらしい。
「それで、男爵、私はずっと待っているのだが、リュノミアはまだかな?」
俺が殺気を放ちながらそう言うとオヘイリア男爵はまるで居酒屋の店員のように間髪入れずに大声で叫んだ。
「は、はい!すぐに連れて参ります!!」
即座に男爵は立ち上がり、部屋を飛び出すと近くの使用人に向けて大声でリュノミアを連れてくる様に言っていた。
俺はアルとリノアの冷たい視線に耐えながら、やっとお宅訪問も終わりが来るなっと考えていた。
お読みいただきありがとうございます。
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