37 お宅訪問その2
オヘイリア男爵の屋敷は門から更に20分程歩いた貴族街にあった。
貴族街に並ぶ屋敷の数々は今まで目にして来たような建築物とは明らかにその重厚感、華やかさが全く別物であり、敷地内に飾られた彫刻も思わず足を止めて見惚れる程だった。街灯ひとつ取ってみても明らかに平民街にあったそれとは全く違っており、装飾などが施され、明かりと言う意味だけで無く貴族街を輝かせていた。
道の端には花壇なども設置され、至る所に色とりどりの綺麗な花々が咲き乱れていた。その花々からは甘い香りが広がっており、まるで優しく包まれているようだった。それも相まって貴族街はとても美しく煌びやかな街並みであり、最早完全に別の国とすら感じる程だった。
俺はその煌びやかな建物が立ち並ぶ貴族街を歩きながら周囲をぼんやり眺めているとある事が頭を過った。
(何かどこかで見たことあるかと思ったら…オラン◯村みたいだなぁ)
そんな感想を抱きつつ更に歩みを進めていると俺はふとリノアの事が気に掛かりそちらへと視線を向けた、リノアはこの綺麗な街並みをとても嬉しそうに瞳をキラキラと輝かせながら楽しそうに眺めていた。
生まれてから、いきなり零民認定をされ、更に普通ならこの辺りで裕福になんの不自由もなく生活出来たはずなのに、母親と二人きりでこことは比べられない程小さな村で生活する事になり、しかも実の父親に7歳で命を狙われ、それを回避する為に森に移り住めば今度は前回とは違う理由でまた命を狙われる。一体リノアが何をしたって言うんだろう?考えただけで怒りが沸々と湧き上がって来ていた。
必死に怒りを抑えながら貴族街の奥へと進む…その時不意に一瞬リノアの顔が曇った、やはり笑顔を向けてくれてはいるがママの事が心配で堪らないのだろう。俺以外にもアルやアンヌもその表情に気がつくと、少しだけ眉間にシワを寄せ険しい表情になった。その表情を見てお互いに口には出さないがリノア以外の三人の気持ちが男爵を邪魔だと感じ、一つに纏まっている事が何と無くではあるがお互いの雰囲気から伝わってきた。
それからすぐにオヘイリア男爵の屋敷の前へと到着した、目的の屋敷は貴族街の中ではそれ程大きい方では無いらしく、周囲に見えている屋敷の方が明らかに立派な佇まいを見せていた。ただ、今までリノアが生活していた家に比べるとその豪華さは比較対象にすらならず、一瞬だがこのまま吹き飛ばしてしまおうとさえ思ってしまった。
屋敷の前にはオヘイリア男爵の私兵らしき姿が1人確認できた、長身の赤い坊主頭の十代後半から二十代前半の男だ。
俺はリノアの事が心配になり、気負ってはいないか、無理はしないようにと注意を込める意味含めて声をかけておく事にした。
「リノア大丈夫か?無理はするなよ?アルの側を絶対に離れるな?」
リノアは力強く頷いた後、力こぶを作って笑顔で言った。
「ママを悪い貴族から助けないとね!!」
俺は不謹慎ながらも、リノアがオヘイリア男爵を全く父親と認識していない事に安堵し、嬉しくもなった。
「おう、頑張ろうな!」
「うん!」
そんな俺たちをアルとアンヌが微笑ましいものを見る様に見つめていた。
(そんじゃ、堂々と真正面からいきますか!)
俺が槍を構え、突撃してしまおうとしたその矢先、アルが声をかけて来た。
「閣下ここは私とアンヌへ任せては頂けませんか?」
アンヌもアルと同じ気持ちなのか真剣な表情でこちらを見ていた。
俺はただ一言だけ「わかった」と言って頷いた。
アルは頷いてからすぐに行動を開始した。
「ありがとう御座います、ではアンヌ行きますよ。」
「行くのは了承しますが…私に命令していいのは閣下だけです、次はないですよ?」
まるで主人のように振る舞ったアルが気に入らなかったのか、アンヌは一瞬だが殺気を放つ、アルはそれを受け、口笛を吹くマネをしながら額からは多量の汗を流していた。
任せて大丈夫だろうか…。
「ジャズ君、門番お疲れ様です。」
どうやら声をかけられた私兵の名前はジャズと言うらしい。
ジャズと言う男は幽霊でもみたような驚いた顔をすると声をかけて来た人物を見て口を半開きにしていた。
「ア、アルキオスさん!ご、ご、ご無事だったのですか!?任務中にアンヌさんと二人、亡くなったとゴンゾさんから聞いて、それで、それで俺…!!」
(そのゴンゾという奴はアンヌが襲撃してきた時に逃げた残りかな?あーそうか、そう言えば私兵が全滅してるのこいつら知らねーんだな。)
「私も生きておりますよ、ジャズ君酷いなー。」
アンヌは笑いながら軽く睨む演技をする。
「おおおおっ!ア、アンヌさんまでご無事でしたか、本当に良かった!」
そのジャズと呼ばれた赤坊主の男はその瞳に大粒の涙を溜め込み必死にこぼれ落ちないように不器用な笑みを浮かべていた、だがすぐにその表情に影が差した。
「どうかしたんですか?」
「いや〜…実に言い辛いのですが…オヘイリア男爵様がお許しになるのかが気になりまして…」
二人の表情を確認するような視線を向けると頭を掻きながらジャズが申し訳なさそうな表情を見せた。
「あぁ、その事でしたら私とアンヌで男爵様に直接事情をお話ししてみますよ。」
「心配してくれてありがとう御座います。」
アルはジャズの意図を感じ取ると朗らかな笑みを見せアンヌもそれと同時に微笑む。
「それよりもジャズさん、少しいいですか?男爵様へ是非お会いして頂きたい人がいるのですが…」
アルが無表情を演じながら俺へと視線を向けるとジャズもそれに釣られるようにして同じく視線を向けて来た。
「……後ろの方ですか?」
「えぇ、その男爵様が私に極秘で探せと命じられた人物でして、身元は私が保証しますので、通して頂きたいのですが?」
ジャズは呆れ顔を晒すと俺の身なりを確認してからすぐに同情を含んだような表情へと変わった。
「あぁ、またいつものアレ…ですか?アルキオスさんも大変ですね〜。しかし、今度はこんな子供も巻き込んで…」
ジャズは何故か俺に哀れみの視線を向けその声のトーンは先程より僅かばかり低いような気がした。
「えぇ、実はそうなんですよ…ですので、よろしいですか?」
「わかりました、お連れの方もどうぞ。」
ジャズはアルの言葉に何かを納得するように頷くとすぐに門を開けた。
(え、何?こんな直ぐ通しちゃうの?それちょっと駄目じゃね?俺武器持ったままなんだけど?)
俺はそう思いながら門を抜けようとしたが、すぐに足を止め、ジャズへと向き直った。
そんな俺へとジャズは怪訝な眼差しを向けて来る。
「お客人どうされました?」
他の三人も一体何事かと足を止めて俺に注目していた。
「ジャズ君と言ったかね?」
「はぁーそうですけど?」
ジャズは首を傾げた。
「君、仕事はちゃんとしないとダメだろ!」
「え?仕事だから通したんですけど、いきなりなんですか?」
いきなり叱られるとは思ってすらいなかったジャズは驚きで眼を見開く。
アルとアンヌも呆気に取られ口をあんぐりと開けている。
リノアはいつもの俺に慣れてるので〝今度は何?〟とでも言いた気なジト目を向けて来る。
「俺は通した事を言っているのではないぞ!俺をよく見て見ろ?」
俺は両手両足を開くと大の字のようなポーズを取ってみせる、ジャズは〝こいつマジでなんだよ?〟という表情をしながら一応仕事なので真面目に確認をする。
「どうだ?気づいたか?」
俺は〝分かったよな?〟という顔で聞く。
「え。何がでしょう?」
ジャズは全く分かっていなかった。
「かぁーっ!駄目だ君門番の才能無いわ!」
俺は片手で顔を押さえた。
「な、なんでそんな事あんたに言われなきゃいけないんだよ!」
ジャズは俺が客人だと言う事すら忘れて顔色を真っ赤に染め上げながら一度右足を叩きつけるように地面を踏みつけると大声で怒鳴った。
「いいかい?ジャズ君、俺武器持ったままだよ?これ剣みたいに鞘ついてないよ?危ないよ?」
俺は槍を指差した。
「はぁ?ここは王宮では無いし別に問題は……」
ジャズは意味がわからないことを言われ狼狽た。
アルは笑い出しアンヌはまたもや呆気に取られ、リノアはこめかみを抑えた。
「じゃ、そういうことで、はいコレ。」
俺は槍をジャズへと有無を言わさずに預けジャズはその槍を渋々ながら受け取るしかなかった。
「え、ちょ‥本当に?」
「あ、ジャズ君、その槍、見た目ゴブリンの槍だけど、石突きのとこみてみ?魔道具ついてるでしょ?その魔道具金貨200枚くらいするから無くさないように!」
「えぇぇぇぇっ!ちょっとそんなの預けないでくれよ〜!!」
〝うんうん〟と頷きながら俺は慌てるジャズ君に背を向けるとさっさと歩みを進めた。
「あー面白かった!」
「か、閣下、本当にそんな高額な魔道具がついていたのですか?」
アンヌがあたふたしながら大慌てで聞いて来た。
「ん〜どーでしょ?」
俺はニヤニヤしながら返す。
「アンヌ騙されちゃ駄目よ!あの顔見てあの顔!」
リノアは俺を指差してくる。その声に反応するようにアンヌが俺を覗き込む。
「それで閣下、本当はあの槍についていた袋はなんだったのですか?」
アルが微笑みながら聞いた。
「あぁーあれな〝健康祈願〟っていう日本の御守りで、特にこれと言って効果はない。神頼み的なものかな?銅貨1枚か2枚ってとこだったと思う。」
笑いながら俺は答えた。
「やれやれ、全く閣下もお人が悪い、ジャズ君もお可哀想に。」
何だかんだ言ってアルも楽しそうに笑っている。
「全くほんとにパパは子供なんだから!!」
リノアは肩を竦めている。
「まぁー面白かったしいいんじゃね?」
「でも閣下本当によろしかったのですか?」
アルが先ほどとは違い少し渋い顔をしながら聞いて来た。
「ん?何が?」
「いえ、ここは今いわば敵陣の真っ只中ですよ?武器を手放されて本当によろしかったのかなと。」
「アル、貴方前回の閣下を見ていないからその様な心配をするのですよ?閣下であれば何の問題もありません。」
アンヌが誇らしげに胸を張りながらそう言い切った。
「パパちょっと反則的におかしいもんね♪ゴブリンなんかこう…お腹にパンチ一発だもん♪」
リノアがケタケタと笑いながら何も無い空間へと向けパンチを放つ仕草を見せるとアンヌはそれを見て満足気に何度も頷いていた。
「閣下は人間では有りません(私の唯一の神なので)!」
〝ねーっ♪〟とリノアはアンヌに向かって同意を求め「全くもってお嬢様のおっしゃられる通りです。」と即答していた。
「んーそれに別に大丈夫でしょ?お前らもいるし?」
(自分でもおかしいとは思うけど…人間だからね?)
「閣下が宜しかったのなら私としても吝かではないのですが。」
アルは二人がそこまで言うならと納得はしている様だった。
「大丈夫、大丈夫、それよりそこの扉?」
俺は目の前の今までとは違う、少し豪華な扉を見ながら聞いた。
「えぇ、ここの書斎に男爵が居るはずです。」
そう言うとアルは徐にバトラー服の上着を脱ぎ書斎をノックした。
「アルキオスです、ご挨拶に参りました。それからアンヌも一緒です。」
数秒程待っていると扉の先から声が聞こえて来た、ただそれは自分の部下を優しく迎え入れるものでは無く、明かに蔑むような不快極まりない声だった。
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