36 お宅訪問
次の日は早朝からかなり慌ただしい感じで始まった。なんと昨日出発した筈の4番目がもう報告に帰ってきたからだ。
4番目の話によると、昨日の夕方、オヘイリア男爵は何故かリノアが手中収まったと勝手に思い込み、その事を盾にミアを市場で脅迫して自分の屋敷に連れ込んだと言うのだ、その現場を目撃した4番目は直ぐにここへとんぼ返りしたという話だった。4番目はすでにフラフラで倒れそうになっていた、荷馬車の馬くらい渡してあげるべきだったか。
「そうか、本当に助かった。」
俺はそういうと4番目に直ぐにミスリルの剣を返した、一瞬4番目はもっと弄られると思っていた様だが今はそんな状況では無い、正直機嫌が悪いのだ。そんな俺の機嫌の悪さを感じ取ったのか4番目は頭を下げるとすぐにその場を後にした。
ただ、その直後『やったぁ〜愛してるぜ俺のミスリルちゃん!』と言う悲鳴にも似た4番目の叫び声が森中に響いていた。
「うーん」と難しい顔をして腕を組みながら俺はアルを呼びつけ、事情を説明した。
「しかし、こんな朝から動くなよな!ホント男爵邪魔だな!」
俺はかなり不機嫌な顔で言った。
「全くで御座います。」
アルも眉尻が明らかに下がっており、深い溜息を吐いた、アンヌもくしゃっとその綺麗な顔を歪ませている。
「はぁ〜俺ちょっと男爵のお宅訪問してくるわ。悪いんだけどさ…アンヌ大変かもしれないけど道案内頼める?」
「はい、畏まりました。」
一礼したアンヌはその体中か明らかに殺気を放ち始めた。
「私は如何いたしましょう?」
「アルは悪いんだけど、リノアの護衛を続行していてくれない、やっぱり危ないし連れていく訳にもいかないでしょ?あ、冷蔵庫の物好きに使っていいからね?アルも何か食っとけよ?あとリノアの昼飯も間に合いそうになかったらそれもお願いな?」
「畏まりました、全て私にお任せください。」
俺を安心させるように優しく微笑むと静かに頷いてくれた。
「おう、よろしくな!」
その後すぐに自分の服装を確認するように視線を足元へと落とすとスウェットを引っ張りながら呟くように言った。
「んじゃ、まずは着替えかな…」
俺が着替えてから寝室から出てくると皆口々に褒め称えてくれた。
『お似合いです』や『ずいぶんと上等なお召し物ですね』など、正直かなり恥ずかしくて悶え死にしそうだったが貴族の世界ではこういう褒めると言う行為も当たり前の事らしい。
アンヌやアルは「慣れてください」と二人揃って言って来たが絶対に慣れる事が出来そうも無くて不安である。
ちなみに着替えた服は大事な商談用に無理して購入しておいたグレーのベスト付きのスーツである。有名ブランドの物で、十ん万円もした…ネクタイは通常のものではこの世界では少し浮いてしまいそうなのでループタイにしておいた。髪型はオールバック、ちょっと張り切りすぎた。
出かける前にリノアの寝顔を見に一度寝室へと足を向けた、少しだけ見て出てくるつもりだったのだが、あまりにも気持ち良さそうに眠っていたので、悪戯心が出てしまいついつい鼻を五秒ほど摘んでみた。するとまるで金魚のように口をぱくぱくとさせ始めた。そんなリノアの姿を見る事ができ、つい笑みを溢すと俺は満足そうに頷いてから寝室を後にした。
玄関を出てすぐにまだ緑よりも白さの方が目立つ空気に触れながらふと時間が気になってしまい腕時計を確認する…時刻は午前5時48分だった。
俺は一瞬にして表情が抜け落ち、ハッキリ言って変な顔になった。そんな顔のまま周囲を見渡すと皆すぐに気持ちを理解し同じ顔をしていた。
俺はその顔のまま「いってきます…」と言った。
アルも気持ちが重かったのかそのままの顔で〝いってらっしゃいませ〟と言いそうになったが一瞬で表情を切り替えた。さすがプロで有る。
しかし俺は内心ちょっとだけ舌打ちをする事になった、だって凄く面白そうだったのに。
そんな俺の心情を無視するかのように、アルが言葉をかけて来た。
「閣下はお強いですから問題無いと思いますが呉々もお気をつけください。」
俺はそんなアルの言葉に少し疑問を抱く。
「あれ?アルって俺の事強いと思ってたの?」
「あれだけの私兵相手に無傷で帰還を果たし、更にはアンヌをあんなに簡単に行動不能にする人間が弱いわけないでしょ?」
そう言ったアルの表情は完全に呆れ顔を通り越して残念な子供を見るような顔つきになっていた。
俺がアンヌを見ると、アンヌは少し照れながらもじもじとしていた。
「私これでもAランク冒険者の資格を持ってるんですよ?」
その言葉を聞き、やはり俺はチート野郎なのだと完全に理解すると共にアンヌがくノ一みたいな動きをした事を思い出し、もう一度見たいと何故か全く関係ない事を考えていた。
「おーじゃ安心してお宅訪問できるな!(忍者もいるし)」
少年のように瞳をキラキラと輝かせながら俺が言うとアンヌも満面の笑みを向けながら力強く頷いていた。ただ、この時アルだけが俺に対し疑念に満ちた眼差しを向けて来ていたのだが、悟られないように俺は華麗にスルーを決め込み一切その事には触れないでおいた。
「「それじゃあ、いってきます!」」
「はい、お帰りをお待ち申し上げております。」
そのまま俺とアンヌはアルに見送られながら森の家を後にした。
その際周囲を確認すると、戦闘の跡など全く残っておらず、1番、2番、3番の姿も何故か何処にも見当たらなかった、掃除が終わったら褒めようと思っていたのに黙って逃げたらしい。やり過ぎたか…。
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道中、特に何事もなく俺たちはすぐに王都まで到着する事ができた、ゴブリン一匹すら遭遇する事がなかったのである。
その幸運に感謝しながら門の前まで歩いていくとすぐに男の門番が近づいて来た、よく顔を見てみるとその男は以前マーロンを護衛して王都へと来たときにも門番をしていた男だった。
「王都レリテアへようこそ。」
歓迎の言葉を発しながら門番の男は確認するような視線を俺とアンヌへ向けて来る。
「あれ?貴方は…何処かでお会いしましたでしょうか?」
服装などから彼は俺を貴族だと判断したのだろうか、丁寧な口調で話しかけて来た。
「あぁ、マーロンの馬車で通った時に以前一緒にいたがその時かな?」
すると門番の男は、片方の手を軽く握りしめると納得するようにもう片方の掌を〝ポンッ〟と叩いて音を鳴らした。
「あ〜あの時の人か〜でもそんな服着てるからお貴族様かと思っちまったよ!よく見たらそんな槍持ったお貴族様なんかいないか!あははは!それに駄目だぞー?マーロンさんは中流階級の大商人様なんだから呼び捨てになんかしてちゃ、罰せられてしまうぞ?」
門番の男は一頻り笑い声をあげた後、今度は俺を心配するような口調で苦言を呈して来た。
念の為にここまで槍を出したまま向かっていたのだが、直し忘れていたようだ、しかもこの門番の男にはゴブリンの槍を握り締めた貴族なんか居ないと結論付けさせてしまったらしい。全くその通りだと俺も思う。
(ふーん、平民相手だとフランクなんだな、この人。)
ふとアンヌを見てみると自分の主人に対して無礼な態度をする門番に対して鬼の形相を向けプルプルと怒りで肩を震わせていた。
(うわぁ、折角の美人が台無しだよ!ちょっと落ち着こうな!)
俺の視線に気づいたのか、アンヌはなんとか冷静さを取り戻したが、その視線の鋭さは全く緩む事がなかった。
その間も門番はマーロンに対しての注意から始まり、馬車に括り付けたイノシシはどうしたのか等と世間話に花を咲かせてきた。
俺は早く中に入りたかったと言う事もあり、いい加減に注意しようとした…その時。
「パ〜パ〜!」
後ろから俺を呼ぶ愛らしい声が聞こえて来た。
思わず振り返りその姿を確認した瞬間、俺は驚きから思わず固まってしまった…リノアがアルにおんぶされたまま猛スピードでこちらへと近づいて来ていたのだ。
ちなみに、完全に余談だが人狼族は純粋な人族に比べて魔力を抜いた基本スペックからして足の速さが違うらしい。これに魔力を纏うと段違いに速いとの事だったのだが本当に驚くべきスピードだった。
「パパ〜何でわたしを置いてっちゃうかなー?」
アルの背中の上でプクーッと頬を膨らませ手足をバタつかせながらリノアは抗議の声を上げていた。
「いや、今回のお宅訪問はあぶないし…」
言い淀みながらアルを軽く睨む。
「閣下申し訳ございません、いくら私がご説明致しましてもうどうしてもと聞き入れて頂けませんでしたので…」
申し訳なさそうにアルが頭を下げた。
「はぁ〜。」
俺は両手を腰に当てると視線を足元へと向けた。
何かを期待するような、それでいて少し怒っている様な複雑な視線をリノアが向けて来た。
(確かにリノアにとっても無関係じゃないんだけどなー。どうしたもんかなー。)
俺が悩んでいるとアルが横にやって来て耳打ちをして来た。
「閣下正直に申し上げますと、ここでリノア様だけをご帰宅となさいますと後が大変に御座います。」
(勿論わかっているよ!でも危ないんだぞ!)
「はぁ〜仕方ない、リノア、絶対にアルのそばを離れるな、あと待っててやるから身嗜みを整えろ。今日はちゃんとした身分で会いに行くからな!」
「ありがとう!!パパ!」
リノアが満面の笑みを浮かべるとすぐにアンヌがリノア側へと駆け寄り髪の毛や服装の乱れを直し始めた。
リノアは今ユニク◯で買ったスカートとセーターにダウンジャケットという出立である、はっきり言ってバーレリアの平民の服に比べると明らかにいいものを着ているのは分かるのだが、貴族令嬢には間違いなく見えない。
俺が仕方ないかと考えながらふとアルに視線を向けると何故か寂しそうにしていた。
(いや、おっさんのお前に服装の乱れは直させないよ?俺もおっさんだけどな!)
「なんだ、二人ともアンタの知り合いか?」
急に賑やかになった俺たちを待っててくれたのか頃合いを見計らいながら門番が声をかけて来た。
俺が返事を返そうとした瞬間先にアルが動いた。
「これはご挨拶が送れました、私コンノ家執事のアルキオスと申します。」
自己紹介の後、すぐに身分証を提示した、次にアンヌが提示して門番の男は納得すると二人に対して頷きで返していた。
なるほど、素早くやれば世間話に巻き込まれなくていいのか…。
そんな事を考えていると門番の男は〝次はお前たちだぞ〟と言う視線を俺とリノアへと向けて来ていた。
「あー悪いけど叫んだり、土下座したりしないでくれよ?先に言っとく全部許す。」
「はぁ〜?あんたもコンノ家の執事か護衛だろ?」
門番は怪訝な表情をしながら、俺を睨み付けていた。
ただ、アンヌだけが〝ぷっ〟と吹き出した。
その様子からアルも状況を理解したのか嫌らしい笑みを浮かべている。
リノアは自分の自己紹介に緊張しているのか聞いていないようだ。
「んじゃ、はいこれ。」
【名前】アリヒト・フォン・コンノ(32)
【性別】男
【種族】人族
【階級】上流階級 貴族
【爵位】公爵
【職業】公爵家当主
「・・・・・・・・・・」
やはり固まったのでショックを和らげる為にすぐに第二弾を発動することにした。
「次この子ね。」
俺がそう言うとリノアは肩に力を入れながら身分証を提示した。
【名前】リノア・フォン・コンノ(8)
【性別】女
【種族】人族
【階級】上流階級 貴族
【爵位】
【職業】公爵令嬢
「リ、リノア・フォン・コ、コンノです!よろしくお願いします!」
リノアは緊張しながら頬を痙攣らせ思い切りお辞儀をしていた。
「・・・・・・・・・・・・」
(うん、リノア頑張った!それに比べて…おい門番リノア頑張ってんだぞ。固まってないでちゃんと見ろよ!!何かリノアすげー寂しそうになってんじゃねーか!!)
緊張しながら挨拶をしたリノアに対して、全く無反応な門番。
そんな姿をリノアが寂しそうに眺め、アルに視線を向けると、アルは即座にリノアに近づき「大変ご立派なご挨拶で御座いました」と褒めた後「よろしくお願いします」はこの様な場では要らなかったもしれないですね、後はお辞儀も…と優しく諭していた。
うん、さすが教育係である。
(しかし、この門番、お前はダメだ、全然ダメだ!)
アンヌもかなり苛立ったのか、門番に対していい加減に元に戻れと施した後〝リノアお嬢様の挨拶無視してんじゃねーぞ!コラッ!〟という殺意に満ちた視線を向けていた。
俺も同じく、正気に戻った門番が叫び出しそうになったのを確認すると瞬時に近づき口を押せえつけアンヌと同じ様な視線を向けておいた。
まさに理不尽である。
その後はペコペコする門番を背に俺たちは四人で男爵家訪問を目指した。
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