33 メイドゲットだぜ
アルキオスを家臣に迎え入れた俺はある人物に視線を向けた。
そう、先程捕縛してガムテープでぐるぐる巻きにした人物である。
「さてと、アンタはどーするの?アンヌさん」
俺がそう声をかけると皆一斉にそちらへと視線を向けた。
俺は縛られて横たえているアンヌの頭付近へ移動すると中腰になり問いかけた。
「起きてるよね?俺たちが貴族だと分かった時震えてたのバレてるよ?」
するとアンヌは起き上がり、軽く身体を震わせ青ざめながら口を開いた。
「気付いていらっしゃったのですね?先程は本当に申し訳ありませんでした。リノア様にも大変怖い思いをさせてしまい本当にすみませんでした。」
アンヌはぐるぐる巻きにされた身体を必死に動かしながら、床についてしまうのではないかと思うほど深々と頭を下げた。
リノアは俺の背に隠れながら様子を伺うように、只々無言でジッと観察するような視線をアンヌへと向けている。
「うーん、このままじゃ話しづらいな…アンヌ、もう襲わないって誓うか?次は命は無い。」
俺は殺気を解放して鋭い視線をアンヌへと向けた。
「…はい、誓ってその様なことは致しません。」
アンヌは一瞬震えてから俯いて瞳を閉じた。
「んじゃーその前に一応身分証見せてくれないか?あ、そういやアルの分も見てないや、忘れてた。」
「そう言えば、閣下何故私たちの名前がお分かりになったのですか?」
アルが不思議そうに聞いてきた。
アンヌもその声に賛同するように興味津々な視線を俺へと向ける。
「あーそれな、俺は鑑定が使えるからな。」
「鑑定ですか?」
「そう、鑑定知らない?」
「少なくとも私は初めて聞きました。」
アルがアンヌへと視線を落とすがアンヌも首を横に振っている。
「ふむ、じゃ鑑定の説明からかな。」
そう言って俺は大まかな鑑定の説明をした。
名前や年齢、種族、ステータスや魔力量、レベルやスキルの取得状況がわかる事それに物の名前や価値、値段等が分かる事も話した、説明を続けていくうちに段々と二人の目が見開かれて、最後には驚きで口まで開けっ放しになっていた。
「あれ?どうした?」
「いえ、閣下あの、魔力量が見るだけでお分かりになられるのですか?」
「分かるけど?あれ説明したよな?」
「いえ、普通は分からないものなのですが、それにレベルやステータスと言うのは?」
「え?もしかしてレベルやステータスの概念無いのか?魔物倒した時にレベルアップとか声が聞こえた事は?」
「いえ、ありませんが…」
「ふむ、この話は後にしよう、取り敢えず二人とも身分証な。」
俺がそう言うと二人はしっかりと頷いて了承してくれた。
「あ、では私からお見せします。」
【名前】アルキオス(47)
【性別】男
【種族】亜人種 人狼族
【階級】平民
【職業】護衛官
「次は私が…」
【名前】アンヌ(27)
【性別】女
【種族】人族
【階級】平民
【職業】メイド
「はい、確かに。じゃアルよろしく。」
アルに言ってアンヌのガムテープを解こうとしたのだが余りにも俺がグルグル巻きにし過ぎてしまい、アルは解くのにかなり苦労していた。俺はそんな様子を見ながら全くアルは貧弱だなと軽く馬鹿にした様な視線を向けていたのだが、よく見てみるとガムテームでは無く布テープでした…アル、ごめんなさい、粘着力が凄かったんだね…。
やっとの思いで布テープを外し、ソファーに座るように伝えると初めは座る事を頑なに固辞していたが、諦めたのか恐縮しながらも座ってくれた。
座ってからすぐアンヌはメイドをやりながら暗殺者として男爵家で働いていた事を自ら暴露した、何故自分から話したのか聞いてみると一つは俺の鑑定能力、もう一つは自分を信じ拘束を解いてくれた俺に嘘はつきたく無いという話だった。
ちなみにアルはアンヌが暗殺者という事を知ってからリノアの横を一切離れようとしない、どうやらまだ警戒している様である。
仲間なのにアンヌの素性を知らなかった事を不思議に思い尋ねてみると、相当な実力者で有るという事以外、男爵家の人間に興味も無く知る必要も無かったと実に割り切った答えを頂いた。
だが俺はそんなアルの姿を見て、これなら安心してリノアを任せられると心底安堵した。
「さて、アンヌ、ハッキリと言っておくな、君はアルとは全く違う。どんな事情が有ったにせよ、君は俺に手を出した。まぁ〜リノアに手を出さなかったのはせめてのも救いだったな?もし手を出していれば今確実に喋ってなかったぞ?」
俺が話し終えると、アルが視線を俺へと向けて来た。
「僭越ながら閣下、少々よろしいでしょうか?」
(うん、アルなんか俺が貴族って分かってから態度とか微妙に変えてきたよね?)
「いいよ?どうしたの?」
アルは軽くお辞儀をしてから意見を述べ始めた。
「はっ!閣下はそう仰いますが、心情的にはそうでも法的には全くの逆で御座います。リノアお嬢様は公爵令嬢、しかし、閣下は公爵そのものに御座います。アンヌの死罪は免れないモノと愚考致します。」
言い終わるとアルはアンヌに同情めいた視線を向けた。
「だ、そうだけど、アンヌはどうしたい?」
ゆっくりとではあるが、でもハッキリとアンヌは自分の意思を伝えてきた。
「私は…わ、私はどの様な処罰も受け入れます、ただ……ただ一つだけ、一つだけお許し願えるならばお願いがございます。」
俺はアンヌのその願いを聞く為、即答した。
「うん、別にいいよ、何?」
アンヌはまさか俺が意見を聞いてくれるとは思っていなかったのか驚きで目を見開いた。
「えっ!閣下よろしいのですか?私は貴族であるあなた様のお命を狙ったのですよ?」
「俺は生きているし、別に問題ないんじゃない?」
アルは俺の物言いに何か言いた気な視線を向けては来るが、一切口は開かなかった。
アンヌは両手で顔を覆い阿吽を漏らし涙を流し始めた。
それから少し落ち着き始めるとゆっくりとではあるがそれでもしっかりと理由を語り始めた。
アンヌの祖父が病気であり、その治療費をオヘイリア男爵が支払っておりその代わりにメイドをやりながら元々魔力が高かく冒険者でもあった為、暗殺業を強制させられていたと、だがそれでも祖父の容体は現状維持が精一杯であり、もしそれを断ると治療費を止められて祖父が死んでしまう事等をアンヌは涙ながらに語っていた。
「う…ううっ…ほ、本当に、本当にごめんなさい!ごめんなさい!」
(理由はわかった、わかったが、俺からすればリノアを拐おうとした事はまた別の話なんだよなー)
『うーん』と唸っていると「閣下」と言いながらアルが耳打ちをして来た。
俺はその提案に乗る事にした。
「アンヌ事情は分かったんだけど、それでもリノアを狙った事はそう簡単に許せることでは無いのは分かるよね?でも…同情の余地が無い訳でも無い。それに俺が一番許せないのは男爵の方であって別にアンヌじゃない。」
「はい、分かります、お嬢様を狙った事は事実です、本当に申し訳ありませんでした。」
アンヌはリノアへ向き直ると額を地面に擦り付ける勢いで謝罪をし始めた。
「わたしはもう大丈夫だからパパ許してあげよう?」
リノアは必死に俺の腕を掴みながらお願いはしてくるが、自分でもこれが正しいのか迷っているようなそんな印象を受けた。
俺はリノアの頭をひと撫でするとアンヌへと視線を戻す。
「あはは、分かってるって。さてアンヌあのさ例えここで許されても、もう男爵のもとへは帰れないんじゃないの?」
「…はい」
アンヌは何かを諦めたように視線を下げると力無く頷いた。
「ふむ、ならお前も俺に仕えろ!それで不問とする!」
これがアルが俺に提案して来た事だった、リノアが怪我を負ったのなら話は別だが、ハッキリ言ってアンヌには何の恨みも無い、寧ろ祖父の事に俺はきっと同情してしまったのだろう、俺も祖母が大好きだったので何と無くだが提案に乗ることが一番いい選択だと思ってしまった。
「え、い、いいのですか?、ほ…本当に、わた、私を許していただけるのですか?うぅっ…うわぁぁぁっ!ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
俺の宣言を聞くとアンヌは震え出し、咽び泣きながら何度も何度も御礼と謝罪を口にしていた。
俺たちはそんなアンヌを見ながら全員が自然と笑顔を浮かべていた。
「あ、そうそう、仕えるっていっても暗殺者としてじゃないぞ?メイドとしてだからな?あ!あとアルもだけど、アンヌも男爵家での給金を悪いが教えてくれ。あーもう1つ、アンヌお前のじーちゃん、まだ断言はできないが多分治るぞ?」
俺がそう軽口を叩くとアンヌは一瞬で泣き止み目を大きく見開いた。
「な、治るのでございますか?」
「あぁ、さっき症状聞いててさ、ちょっと一つ心当たりが有るんだよね。」
アンヌは驚きで固まっているがそんなアンヌを無視してアルは軽く頭を振りながらこめかみを押さえた。
「閣下、最初に出会った時には閣下が公爵様だと思わなかったので何も言いませんでしたが、閣下は公爵様なのです、もう少し貴族としてのお振舞いをお考えください!そのようなお言葉遣いは必ず直して頂きます!宜しいですね!」
「はいはい、それはまた今度な!」
ヒラヒラと片手を振りながら答えた。
「閣下!」
アルは眉間にシワを寄せながら少しだけ声を張り上げた。
「それより、今はアンヌのじーちゃんの話な!」
「じ、じーちゃんですか?」
アンヌは少し驚く程度だが、アルは眉間のシワを伸ばすように右手の人差し指と親指で揉み解しながら深い溜息をついている。
ちなみにリノアが静かだと思い横を向くとコクリコクリと眠たそうにしていた。
「あ、リノア寝るか?」
「ん。」
限界だったらしく、それしか返事をしなかった。
俺がフスマを開けてからリノアを抱きあげ寝室へと連れて行こうとした時、二人が驚いている姿が視界に入って来たのだがリノアを優先させてもらう事にした。
そう俺はいつでもリノア最優先なのである。
リノアを寝かし付けた帰り俺は無性に喉の渇きを感じ、明日は会社も休みで我慢する必要性も感じず缶ビールを飲む事に決めた、自分だけ飲むのも気が引けたので缶ビールを3本と大好きな柿ピーを持って行く事にした。
戻ってみると二人が何か聞きたそうにしている事はすぐに分かったが「後でな」とだけ言うと俺はアンヌのじーちゃんの話に戻る事にした。
二人は「わかりました。」と頷きながら返事をした。
だが、その前に1本ずつ二人にもビールを進めると最初は恐縮していたが主人から出されたものを何度も固辞するのは失礼だと思ったのか、最終的には飲んでくれた。
最初は恐る恐る飲んでいたアルだったが、美味しい飲み物だと判明するとゴクゴクと喉を鳴らしながら凄い勢いで飲み始めた。
飲み終えるとアルは物凄く瞳を輝かせて、これは何なのかとしつこく聞いて来た。
うん、アルコール好きなら勧めた時にすぐ飲みなよ?そう思ったが口には出さないでおいてあげた。
アンヌも美味しかったのか、勿体なさそうにゆっくり飲んでいた、ただ、アンヌは柿ピーの方が美味しかったのかハムスターの様にカリカリポリポリと食べていた、柿ピー美味しいよね?
いや、普通に欲しければビールも柿ピーもこれからもあげるからね?これは素直に伝えておいたのだが、何故かアルの方が反応が早かった…うん、お前はもうアル中のアルだって言いそうになったが咄嗟に我慢した。
喉の渇きを潤した俺は、今度こそ予想している病の話しを始める事にした。
「まず、アンヌのじーちゃんの症状なんだけどさ、皮膚が爛れて顔の左右に発疹があり、嘔吐と下痢にご飯が食べれない程喉が腫れ上がってるであってるよね?」
「えぇ、そうです、前に同じ症状の人を見たことがあるお医者様がこのままでは亡くなるだろうと…。」
「ふむ、じーちゃんトウモロコシばっかり食べてない?」
「た、食べてました!うちの実家の村は主食がトウモロコシですので。」
アンヌは驚いた顔をした。
「やっぱりねー。」
俺が思案顔で〝うむうむ〟いっているとアルが目を見開き驚いていた。
「これは…閣下は医学にもお詳しいのですか?」
「んー仕事柄ねー。前に資料でだけど読んだんだよねー。」
アルは不思議そうな顔をして俺に視線を送って来る。
「結論から言うよ、それはペラグラという病気でナイアシンなんて言っても伝わらないと思うから…簡単に言うとトウモロコシばっかり食べてると起きやすい病気なんだけど1つだけ気になることがあって、時期なんだよねーこれは冬場ではなく夏に起こりやすいんだけど今の時期は冬じゃない?」
「いえ、閣下、祖父が調子を崩したのは確かに夏からでした。」
アンヌは時期まで言い当てた俺に尊敬する様な視線を向けて来た。
「そっか、でもそれじゃ辛いだろうし急いだ方がいいね、少しだけ待っててくれない?」
そう言うと俺は急いでフスマの部屋を出て、104号室へと向かい鍵を開けた。ちなみに俺やばーちゃんは部屋番号の縁起には拘らない。
すぐに戻った俺はお菓子が1ダース入っていそうな片手で持てる、厚紙で出来た長方形の箱をアンヌへと手渡した。
「閣下これは?」
アンヌは不思議そうに箱を眺めている。
「あぁ、それペラグラの薬な。最初は1日1粒、少しずつ3粒くらいまで量を増やしていくといいと思うよ?もしそれで改善されなかったらもう一つ上の治療法があるから遠慮なく言えよ?」
だがアンヌの表情は一向に優れなかった。
俺が何故だか分からず考え込んでいるとアルが助け舟を出した。
「アンヌは治療費の事を考えているのですよ、閣下。」
「あぁ、なんだそんな事?そんなものは別に要らないけど?部下から金を貰おうとは思ってないぞ?」
日本でのサラリーマンの先輩としての感覚で答えた。
しかも渡した箱は会社の試供品のサプリメントなのだから尚更お金など貰えない。
だが、そんな事を知らない2人は尊敬を通り越して崇拝する様な目を向けて来た。
妙に居心地の悪くなった俺は…「早く良くなるといいな。」とだけ言ってさっさと話を切り上げた。
そんな姿を見てアンヌは例え祖父がどんな結果になったとしても、一生この方にお仕えしようと自分自身に誓いを立てた。
お読み頂きありがとうございます。
面白い、続きが気になるそう感じましたらブクマ&評価の方よろしくお願いします。




