29 リュノミア
私は昨日とても不思議な男性にであった。
冒険者として活動をしながら生計を立てている私は色々な街を転々としている事から、1つの街へ長期滞在をすることなどまず無い、そういう理由も関係してか、親しい人や、友人を作るチャンスが私には皆無と言ってもいい。
いや、そうじゃないかな…ある特別な理由から作っている場合ではないと言うべきかもしれない。
でも私は別にそれに対して特に何かを思っているわけでもない、そんなモノとは比べ物にならないほど大切な物が私にはあるから今は立ち止まっている場合ではないと考えている。
しかし、昨日は少しだけいつもの日常とは違っていた。
私はその日、別の街から王都へと来たばかりでいつもの様に何か目ぼしい報酬の良い仕事がないかを確認する為に冒険者ギルドへと顔を出していた。
こういう依頼が誰かの手に渡ってしまう前にちょくちょく顔を出す事こそが、良い依頼に巡り合える最大の秘訣でもある。
私はB級の冒険者という事もあり、討伐系や危険な任務につく事も多く、また成功率もそれなりな為、結構歓迎ムードで受け入れて貰える事が多い、しかし、今回は少し違っていた、さすが王都レリテアの冒険者ギルド、優秀な冒険者が多い為なのか、報酬の良い仕事処か、ちょっとした討伐の依頼すら殆ど残っていなかった、私の大切な物の為にどうしても纏まったお金が必要なのに、その手段すらここには無い、自分でも分かるほど滅茶苦茶落ち込み、かなり焦っていた。
そして私は何かお金になりそうな事が少しでもないか、それを探し出す為に冒険者ギルドがダメなら商人ギルドへと顔を出して見る事にした。
王都へは何度も来ているし、あまり良い思い出はないが実は昔住んでもいた場所でもあるので大体の場所は把握していた、だから私は少しでも早く商人ギルドへと到着できるように地元の人間しか使わないような裏道なども駆使し、一秒でも早く良い仕事にありつける様に賢明に祈りながら商人ギルドを目指していた、そんな折り、商人ギルドのすぐ裏の路地へ差し掛かった辺りで、不意に私の視線が1人の黒髪の男性へと釘付けにされ足を止める事となった。
ここバーレリアでは黒に近い茶色の人は結構いるが、純粋な黒髪の人は殆どいない。
実際に私もあんなに漆黒の様な艶やかな黒髪の人をこの目にしたのは初めての事である、そんな事情も手伝って、私はついつい興味本位でその人を眺めていた。
(へぇ〜あんなに艶やかな漆黒を纏ったような黒髪の人は本当にめずらしいわぁ、綺麗♪)
今思えばこの時既に彼の黒髪に私は心を奪われていたのかもしれない。
しかし、見続けていると何やらその黒髪の彼の様子は少し…いや、誰が見てもわかる程におかしく不自然だった。
私はどうしても彼が何故あんなに不自然なのか、気になって気になって仕方がなくなり、もう少しだけ近づいてみる事にした。
しかし、ここは路地裏であり余り近づきすぎても見つかってしまうだろう、私は少しだけ考えると周囲を見渡した、するとちょうど良さそうな場所に空になった酒樽が積んであるのが目に止まった。使えると判断した私はゆっくりとその酒樽へと近づき身を潜めた。
すると直ぐに彼はなにやら不審な行動を取り始めた自分の身分認証プレートに何度も魔力を通しては起動を繰り返し、更に何事かをブツブツと呟き始めたのだ。
普段の私なら絶対に危険人物認定を下し見なかった事にしてしまい関わり合いにならない様に視線も合わせずに通り過ぎる所なのだが、その時の私は何故なのか自分でもよく理由は分からないが物凄く何を言っているのか興味を惹かれてしまっていた。
だがここで、自分が気になるからという理由だけで流石に盗み聞きをするのも黒髪の彼に申し訳なく思い、立ち去ろうとその場を後にしようとした、その矢先に他の言葉はよく聞こえなかったのだけれど私の心臓をドキリとさせたあの言葉が聞こえてきた。
「………俺…巻き込んだ………俺が…あの子を守らなきゃ……」
一体何の事だかはわからなかったけれど、〝あの子を守らなきゃ〟と言う言葉が耳から離れなかった。そしてこれは絶対に放って置いてはいけないと、そう私の直感が告げていた。
私は一度周囲を見渡すと大きく深呼吸をしてから覚悟を決めて彼に近づき声をかけてみる事にした。
今まで黒髪ばかりに目が向いていたが、会話できそうな距離まで近づいて見ると着ているものもかなり上質な物であることにすぐに気がついた。
(しかし、彼随分上質な上着を着てるわねぇ〜?お貴族様って事は無いと思うのだけれど、だってこれ……どう見てもゴブリンの槍よねぇ〜?)
あまりのちぐはぐさに不思議に思いはしたが、それよりも先に私を認識して欲しいとそう思った。
「あのーあのー………?」
だがいざ声をかけてみても全く彼は反応を示さなかった、それに何かを深く考え込んでいるように見えた。
「あのーどうかされましたか?困ったわー…」
(何かずっと思い詰めて考えてるわねぇ〜大丈夫かしら?)
「聞こえてますかー?あらあら?いらっしゃいますかー?」
その後何度声を掛けても私の呼びかけに応じない彼に対して段々と悔しさが込み上げてくるのが自分でもハッキリと分かった。そしてとうとう我慢できなくなった私は実力行使をすることにした。
「もしもーし!…………よーし!こうなったら仕方ないわよねぇ…?」
(しかし今でも最初の反応は笑っちゃうわ、彼可愛かったわね♪)
私が彼の両頬に両手で挟む様に触れた瞬間『ひゃい!』って返事をして思わず笑っちゃいそうになったのを良く覚えている。
それにその後もわたしが大丈夫か尋ねると「だ、だいじょぶでしゅ!!」って頬だけでなく顔全体を真っ赤に染め上げてた。
「ふふふっ♪」
しかし、そんなに恥ずかしかったのかしら?あの時悪いと思ったんだけど、どうしても我慢しきれずに声に出して笑っちゃったわ♪
でもその後の彼は本当にとても紳士的だった。
彼の悩みを聞いた時も何故かすぐに彼の力になりたいと本気で思った。
(でも、彼の瞳を見つめたのはやり過ぎだったかしら?最初は少しだけ見て何となく悩みの深さみたいなものが分からないかって思っただけだったのに、私の方が完全に視線を離せなくなってた。髪だけでなくあんなに真っ黒で吸い込まれてしまいそうな瞳は初めてだった…名乗ったのも私の方からだったし、ちょっと端ないって思われてないかしら?はぁ〜ホント何やってるのかしら、わたし…でもそ漆黒を纏った様な真っ黒な瞳は真っ直ぐでそれで優しくて力強い本当に魅力的な瞳だった❤️)
それでもその瞳を覗いた時にハッキリと彼が真剣に悩んでいる事は伝わってきた。
だから、わたしは気づけば強引に彼の手を取り噴水広場ま連れ出していた。
それからそこで私は彼の悩みを少しだけ聞いた、そしてあの言葉が彼の口から出た。
『俺のこの問題は俺の大切なモノを既に巻き込んでいる。俺だけなら逃げることも出来た。でも………もう今更逃げるわけには行かない。』
この言葉を聞いた時、まず彼が言った『大切なモノ』が女性なのかどうかが凄く気になったのを覚えている。
そしてもし、女性なら彼にここまで想われて素直に羨ましいと思った。
でもそれより、この人は私と同じなんだと思った。
私も家族、たった1人の愛する娘リノアの為ならどんな事でもやる覚悟がある。
だから私はこのもう1人の自分の様な彼と友人になりたいと思った。
別れる時、ミアと呼んでくれなんて事も自分から言うくらいに既に彼を気に入っていた。
自分勝手に親近感を持たれ、彼からしたら迷惑かもしれないけれど、彼の決断を聞いていくうちに私はまた娘のために何が何でもお金を稼いで帰ろうと誓った。
「うふふっ、リノア、ママはがんばりますよ〜♪」
それから3日後にわたしはこの世界で最も会いたく無い人物に出会うことになるのだが、今の私はそんな事は全く知る由も無かった。
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