16 ホームセンター
俺は気を取り直して今後の事について話し始めた。
「この指輪の事もばあちゃんの事も俺には何もわからん!でも、このアパートと指輪はばあちゃんから譲り受けたものなんだ。そしてこの指輪はコンノ家当主の証らしい。だから、さっきの光や紋章にも無関係とは俺は思ってない。」
俺は一拍置いてリノアに問いかけた。
「リノア俺は、気持ち的には貴族ではない、日本の庶民だ。ただ、この指輪の通りならばあちゃんはこの指輪の前の持ち主だった、つまりコンノ家の当主ということになる。なぁーリノア、バーレリアにはコンノ家というものがそもそも存在しているのか?」
リノアは一瞬思案顔を浮かべて申し訳なさそうに項垂れて言った。
「うーん、ごめんなさい貴族の名前は全然わかんない。」
俺はそんなリノアの項垂れた姿を見て少し申し訳なく思った。
きっとこの質問をした時の俺は『リノア大先生様なら勿論知っておられますよね?』と言う様な顔をしていたに違いない…。
(正直何でもかんでもリノアが知ってるから聞けばわかると勘違いしていたな…)
「あ、いや、俺とかもっと全然わかってないからな!自分の事すら分からなくて、夜眠るときベッドで将来の不安に押し潰されて、泣いちゃうこともあるからな!」
俺がそう力説するとリノアは『え?こいつ色々やべーな』という視線を向けてきた。
そんなリノアの視線に耐えきれなくなった俺は視線をサッと逸らして『ごほんっ』と咳払いを一つしてから話を続ける事にした。
「う、うーん、そうだな。結局今考えても何も解決しないしな、ただリノアはもう俺の娘だって事だけが今わかる真実だな!ただ、もし、もしだぞ?俺がその万が一貴族だったらお前はどうしたい?」
俺は正直この答えを聞く事が恐ろしくなり、質問をした直後に一瞬だが視線が左上へと泳いでしまった。
「どうしたいって言うのは??わたしがパパから離れたいかって事?」
逆にそんな情けない俺とは違いリノアはしっかりとした視線を俺へと向けてきていた。
「そ、そう言う事も考えられるのかな…」
そう言いながら俺は完全に視線を下げた。
どれくらい時間が経過しただろうか、1時間か2時間か、もしかしたらもっとかも知れない、でも実際はほんの数秒ほどの沈黙、だが俺にはとてつも無く長く感じられる沈黙。
……喉が渇き、どうしよう、どう切り出そうかと考える俺を尻目にリノアがそんな沈黙を軽々と破る。
「…はぁ〜本当にパパはどうしようもないよね?」
呆れた様な声が場を和ませる。
「あのね?貴族とか、平民とか関係ないから?まぁ、私みたいな零民は正直問題あるけど…今はまぁ…いいわ。あのね、わたしはパパから離れないよ?なんか一緒にいると楽しいし?それにわたしが居なくなると何もできないでしょ?パパ死んじゃいそうだし?」
そういうとコロコロと笑い声を上げた。
俺は自分が情けないと思いながらもリノアの一緒にいるという宣言に安堵していた。
「そっか…そっか…」
それしか俺が言えずにいると、リノアはハニカミながら、俺の背中を叩いた。
バシンッ!
「痛てぇっ!」
「ホント子供みたいなんだから!しっかりしてよね!」
「すまん、頑張ります!」
そう言って2人で笑いあった。
(え?子供に子供って言われてるって?今の俺はハッピーだから全く問題ない!実際情けなかったしな!)
その後俺たちは少し遅めの昼食を食べることにした。
昼食はコンビニの五目おにぎりをいくつか解してお茶漬けにした。
食べながら俺はずっと思ってたことをリノアに聞いてみた。
「しかし、リノアは魔法の事といい、ホント詳しいよな?俺が知らなすぎるだけで、バーレリア人にとっては常識なのか?」
「んーみんながどうだか分かんないけど、ぜーんぶママが教えてくれたんだよ??」
リノアは食べる手を止めて嬉しそうに答えてくれた。
「へぇーリノアのママ凄いんだな!」
俺は出来るだけ優しい声音で言った。
(そうだ、慎重にここは間違っちゃいけない!)
「うん、ホントにママは凄いんだよ!!美人だし優しいし昔お貴族様のお屋敷で働いてたんだって!」
全身を大きく使って身振り手振りで嬉しそうに語った。
(よし成功か!リノアから母親の話を聞くのは初めてだな。)
「あ、そういえば文字なんかもママから教わったのか?」
「うん、そだよ?読み書きが出来ないと立派な大人に成れないんだって!」
そういうと、モグモグとお茶漬けを食べ始めた。
「リノア、俺バーレリアの文字読めないんだけど…」
遠い目をしながら俺は言った。
「ママの言う通りだったね、立派な大人になれる様にわたしはがんばろーっと!」
そう言うや否やリノアは勝ち誇った様な笑顔を浮かべる。
俺が一瞬ポカンとしてから意味を理解して悔しそうな顔で唸ると『嘘嘘』と笑いながら提案をしてきた。
「パパ…モグモグモグ……わたしが教えて…モグモグあげようか?」
「おーマジか!ぜひお願いするわ!」
ごくりと飲み込んでお茶碗のお米を綺麗にスプーンで集めながらリノアが言った。
「わたしもお願いがあるの!」
「ん?なんだ?」
「わたしにも日本の文字と言葉を教えて!!」
スプーンを動かしていた手を止めてリノアが真剣な目をしながら言った。
「何だ、そんな事か、もちろんいいぞ?というか、覚えてもらった方が俺も助かるわ。」
「ホント?やったー!!一緒に頑張ろうね♪」
リノアは嬉しそうにまた食事を再開した。
俺はそんなリノアを見ながら買い出しメモに
・ひらがなドリル
を追加した。
食事を終えた俺とリノアは、ベッドや雑貨を買うために近くのホームセンターに行くことにした。
最初、服が届いてないからダメだと断ったが絶対に行くと言って譲らないので俺が折れる形で了承した。
外に出てすぐに車を見た時の反応は爆笑だった。
魔物だと思って叫びながら逃げ始めたのだ、馬車の様な物だと教えたら何とか落ち着いてくれたのだが、今度は『それじゃ、一体馬はどこだ』と、しつこく問いただして来た。
ガソリンの説明が難しかったが、燃える水はバーレリアにも有るらしくそれが燃料で動いていると伝えると分かった様な分からない様な微妙な顔をしていた。
質問の嵐が治まったので良しとしておこう。
ホームセンターまで徒歩で向かっていたのだが子供には少し辛かったのか、途中喉が渇いて自動販売機でジュースを買った。
自販機の音声に何か反応をするかと思っていたのだが、残念特に何も反応が無かった。
俺はこの時リノアが確かに反応して不思議そうな顔をした事を見落としていたのだが後でその理由を知る事になる。
そうこうしているうちに目的のホームセンターへと着いた。
正直どこにでもありふれたホームセンターなのだが、強いて挙げるとすれば駐車スペースが広い事くらいしか思いつか無い。
しかし、初めて見るリノアはちがった様でその様子を見てちょっとだけ俺は調子に乗って見た。
「リノアついたぞーここがホームセンターだ」
俺は胸を張りホームセンターを指差しながらドヤ顔で言った。
「うわぁー大きい、コレ一体いくつの商会が参加してるの?」
リノアは目を見開き口をぽかんと開けたままその建物を眺めていた。
(商会というのはこっちでいう会社の事かな?)
「何人の商人の代表が集まってやってるのかって、質問であってる?」
思案顔をしながら俺は問い返した。
「うん、大体そんな感じ。」
「ふむ、そういう事なら答えは1つの商会だけだ!ここはデパートでは無いからな!テナントは入ってない!」
キリッとしたドヤ顔で答えた
「エェーーー!!こんなに大きいのに…大商人様だ……」
リノアは最初驚いていたが次第に段々とジト目に変わって行った。
「確かにここの商人様は凄いけど……パパが凄い訳じゃ無いでしょ?その顔何か嫌いだからやめて!」
リノアは眉を下げ眉間にシワを作りながら唇を尖らした。
「……はい、おっしゃる通りです。」
項垂れながら俺はホームセンターを見ているととても素晴らしい事を思いつき少しだけ仕返しをする事にした。
(なんか今日ずっとやられっぱなしだから少しはいいだろ。)
「あ、そうそう、腐った死体、ゾンビって言うんだけど夜中に何かお墓や土の中から出てくる事があるみたいだぞ?もしそれに遭遇して襲われたらすぐにここに逃込むんだぞ!噛まれたら大変だからな!」
俺はニヤニヤしながら言った。
ゾンビと言えばホームセンターは定番である。
「えーっ!日本にもゾンビいるのぉ〜!分かった!絶対忘れない!」
リノアは顔色を真っ青にしながら固く誓っていた。
(え、嘘、バーレリアにはそんな直ぐに納得出来るほど普通にゾンビいるんだ………)
俺は、違う意味で顔色を真っ青にしながら買い物に向かった。
ホームセンター内では商品に驚く事はあったがスムーズに買い物を終える事ができた。
ただ、買い物カートにリノアが乗りたそうにしていたのは意外だった、やっぱまだ8歳なんだなと思って見ているとイラッとしたのか『わたしパパみたいにヘタレじゃないから!』と大声で言われた。
周囲のお客さんが笑っているのが目に入り。『見て見てあそこにヘタレがいるわよ!』と笑らわれている被害妄想に取り憑かれながら俺は買い物をする羽目になった。
実際は外国人の子供が何か叫んでいる感じにしか伝わらないはずなので完全に被害妄想なのだが…。
目は口程に物をいうという諺が終始頭の中から出て行かず、リノアを見るときは気をつけようと心に固く誓った。
ついでに帰りに、本屋に寄って見ると『ひらがなドリル』と『聴きながら見て覚える日本語』という、本とCDがセットになってるモノが売ってたので、購入して帰った。




