1 はじまりは裏切りから
公園のベンチに腰掛け俺は一人で缶コーヒーを飲んでいる。
今日は平日の火曜日………にも関わらず、何故か子供連れの夫婦、幸せそうな家族の姿が何組も俺の視界に飛び込んでくる。アレはフリスビーだろうか?犬なんかを連れてまるで絵に書いたような幸せそうな家族の姿。俺は思わず溜息を洩す。
「はぁ〜。俺は一体何をやっていたんだろうか…。」
社会に出てもう10年、大学を卒業して22歳で就職、一流の大学では無かったがそれなりの会社に運良く就職をする事はできた。そのお陰か今では俺も立派な社畜として育ってきた。
毎朝同じ時間に起床し、同じ時間の同じ電車に乗り、同じ職場へと向かう。
そう、毎日が何の変化もなくただ、流れていく、それだけ…。
俺はふと考える事がある。このままで良いのだろうかと…俺と同じくらいに入社した一つか二つくらいしか差の無い先輩や後輩達は八割方、皆、結婚して家族を、家庭を築いている。
それに比べて俺はどうだ?全く何もない。平日は仕事へ行って、休日はネトゲをしたり、ラノベを読んだり、よくよく考えてみると、学校に行ってるのか、会社に行っているのかの違いだけで、学生時代とやっている事にまるで変化がない。
(いや、俺これ冗談抜きに本気でまずくない?)
正直に言ってこんな予定では無かった、可愛い彼女を作って、順風満帆に結婚、子供も男の子、女の子1人ずつの幸せな家庭を築くはずだった。その予定だったのだ。
…それが何故!?
気付けば32歳独身、おまけに彼女すらいない、いや正確にはいたのだ、そう昨日までは・・・
昨日、本当なら俺は彼女(藤川愛子)とデートのはずだった。
だが、急な残業が入り行けなくなってしまったのだ。
うちの会社は新薬の研究や製造をしているのだが、学生時代からthe平凡王で名を馳せた俺がそんなに優秀な訳もなく研究員としてでは無くそこの営業マンとして働いている。
そもそも、今回の残業は俺が普段可愛がっている後輩の須藤が取引先との受注数等をミスしてしまった為である。普通なら手伝ったりはしないのだが彼は私生活で少しばかり大変な事があり、どうしても放っておく事が俺には出来なかった。
こういったドタキャンは社会人をやっていればお互いに良くある事であり、仕方の無い事である。俺はいつもの様に愛子に残業で行けなくなった事を伝える為、謝罪の連絡を入れる事にした。
自分のデスクで流石に彼女に電話を入れるのは気が引けたので俺は喫煙ブースへと足を伸ばす。
到着後すぐにスーツの内ポケットからスマホを取り出そうとするが、何やからかなり気が重い。
「はぁ〜。怒るだろうな…。」
しかし考えていても仕方がないと思い切ってスマホの通話ボタンをタップした。
数秒ほど呼び出し音を聴いていると愛子へと繋がった。
「もしもし、愛子?」
「はい?どうしたの有人?あ、まさか…。」
「あーそのさ。須藤の残業手伝う事になっちゃった。」
「はぁ〜。またぁー?」
「本当にごめん!絶対何か埋め合わせするから、今回も見逃して!」
「…わかった。要件はそれだけ?」
「うん、本当にごめんな?」
「…うん、それじゃまたね。」
ツーツーツー…。
電話越しでも明らかに愛子が不貞腐れているのが伝わって来た。
「あ〜。めちゃくちゃ機嫌悪くなってたな…。」
ボリボリと頭を掻きながら俺は仕方が無い、仕事も大切だと自分に言い聞かせて、課の方へ戻り始める。
課に戻ってみると自分のデスク上のPCを睨みつけるような勢いで残業に打ち込む須藤の姿が視界に飛び込んできた。俺はそのまま、課に設置してあるコーヒーサーバーへと向かい、紙コップにコーヒー二杯を注ぐと須藤のデスクへと向かった。
「ほれ、お疲れさん。」
声をかけながら俺は須藤へとコーヒーを手渡す。しかし、須藤はそれを受け取ると口を付けずにすぐにデスクへと置いた。
「あ、どうもっす。紺野先輩、本当にすみません、俺がうっかりしてしまった為に…。」
須藤はしょぼくれた顔をしながら申し訳なさそうに視線を足元へと向けるとそのまま深々と頭を下げた。
右手人差し指につけた指輪を摩ると視線を須藤へと向ける。
「いや、気にしないでいいよ〜?実際全然間に合うしさ?それより、須藤らしくないミスだったけど、その…もう大丈夫なのか?」
「いや…はい、もう大丈夫っすよ、俺も食ってかないといけないので。」
須藤は乾いたような笑みを貼り付け誤魔化すようにコーヒーに口を付ける。
実は彼は5ヶ月前に家族を全て失っているのだ。
家族で温泉旅行に行く途中で事故に遭い父、母、妹さんを失っている。
交差点で信号を待ってる中、居眠り運転のトラックが後ろから突っ込んできたらしい。
彼の立場を思うと幸いと言ってもいいのか複雑だが、彼だけは骨折で済んだのだ、事故当初は自分だけが生き残ってしまった事を責め続けていた。
病室のベッドの上で虚ろな目をしたまま、天井をじっと見つめていたのを今でも覚えている。
俺に出来ることなんかあるはずもなく、ただ彼が職場に復帰を果たしてからちょくちょく飲みに誘ったり、休日にお互いの趣味である釣りに出かけたりしたくらいだ。
しかし、彼は自分で前に進むことができたみたいだ。
(本当に強いなぁ〜)
「紺野先輩、どうしたんすか?」
「いや、何でもない、早く終わらせて帰ろうか。」
(いかんいかん、ちょっと感動して父親モドキの目をしていたらしい)
「了解っす。」
須藤は首を傾げながら視線をPCへと落としていく。
〜〜〜〜
深夜1時
「いやぁ〜終わったな。係長に嫌味言われずに済んで良かったな。」
俺は視線を須藤へと向けると悪人の様な笑みで微笑んだ。
「本当先輩のお陰っす。色々すいませんでした!」
俺とは対照的に須藤は重圧から解放されたお陰かまるで天使か何かでは無いかと見間違う程の笑みを洩らしている。
こんな光に当てられては俺が浄化されてしまいかねないのでさっさと家に帰宅する事にした。
帰り際もずっと須藤は聖なる微笑みを俺へと向けて来る、怨みでもあるのだろうか?
会社を出てからすぐ再度須藤が頭を下げて来たので俺は片手を挙げヒラヒラと振りながら気にしないように伝え駅へと足を向けた。
歩き出してすぐ〝グゥ〟という音と共に小腹が空いたのを思い出した俺は、駅へと向かう道の途中にあるコンビニへ寄ってから帰る事にした。
その際、愛子に連絡を入れていない事を思い出した俺はLINEで今終わった事と今日の謝罪をしておく事にした。ただもう遅いせいだろうか。既読がつく事は無かった。
愛子に限った事なのかどうかは分からないがこう言う細かい事を忘れると後で大変な目に合ってしまうのは経験則から間違いない。
連絡を入れた事に安堵し、ふと視線をスマホからコンビニへと移すその瞬間1組のカップルの姿が視界に飛び込んできた。
仲睦まじく腕を組んで微笑み合いながらちょうどコンビニから出てくる所だった。
買ったものを見るとアルコール類らしく、どうやら今から部屋に戻って一緒に仲良く飲む所なのだろう。
俺の方はその姿を見るや否や、頬が最初に引き攣った、次に激しい目眩に襲われ頭は割れる様に痛みだし、心拍数があがったせいだろう、心臓の音がドキドキと煩い、それなのに何故か周囲の音が何一つ聞こえて来ない。
そのカップルからは暗がりの為、幸か不幸か俺の姿は全く見えなかったみたいだ。
対照的にこちら側はハッキリとその姿を確認する事が出来た。
コンビニの明かりが照らしていたのは…既読の付かない俺の最愛の女性の姿だった。
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