三角正弦改めサイン
まさか、詠唱が常微分方程式だとは露ほども思わなかった。
瞑想部屋で様々な周期関数を戦闘波に反映して遊んでた時、そもそも戦闘波の波形を変えることに何の意味があるんだろうと疑問に思ってはいた。
その時の有力な仮説の1つに「波形は戦闘波のエネルギーに属性を与える」というものがあった。どうやらその仮説は正しかったようだ。
1つ腑に落ちない点は、なぜ微分方程式の形で詠唱されるのかという点だ。解けないのならまだ理解のしようもあるが、さっきの詠唱内容ならラプラス変換で簡単に解けてしまうというのに。
だがまあ取り敢えず、この世界ではまだ微分積分の概念が確立してない以上、護衛たちが3人揃って「詠唱文句がどういう意味かはわからない。丸暗記してるだけだ。」と言っていたこととの辻褄は合う。
3人は皆同じ方程式を詠唱し、炎の球を放った。3人の炎の球は劣邪犬を瞬殺し、邪ゴリラにも重傷を追わせていた。大した敵ではなかったようだな。
3人が邪ゴリラを絶命させるべく再び詠唱を始めようとしたその時。俺はとある仮説を閃いた。そしてその仮説を検証するため、「ちょっと試したいことがあるんだ。」と声をかけ、3人には一旦詠唱を中断してもらった。
邪ゴリラに向け掌を向け、詠唱する。
「y=sin ax」
すると、俺の掌からエネルギー弾が飛んでいき、邪ゴリラに命中。邪ゴリラはそのまま絶命した。
「単純な正弦波を詠唱したら無属性のエネルギーの塊がそのまま飛んでいくんじゃないか」という安直な仮説は大当たりだった。
アイディXの面々の方を振り返ると、皆開いた口が塞がらないといった表情でこちらを見ていた。まあ、何の技も使えなかった奴がいきなり新種の技を創造するのを目の当たりにしたら当然そういう反応になるだろうな。
「詠唱を聞いて一発で分かった。詠唱文句は戦闘波をどういう波形にするかを決定する台詞なんだ。それで詠唱と技の属性が紐付けられるんだ。それに気づいたから、『もしかしたら最も単純な波形を詠唱したら無属性の技が撃てるのでは?」って考えたんだ。それを今試した。」
自分がやったことを簡単に解説した後、こう付け加えた。
「悪いけど、今僕がやったことは墓場まで持っていく秘密にしてくれ。僕が詠唱文句を解読できることが世間に知れたら面倒なことになりそうだからね。」
「・・・・分かったわ。マサツル、頭良いのね・・・」
それだけ言うので精一杯という表情でコウが返事をした。
・・・あ、重要なことを思い出した。
「俺、自分にピッタリな名前思いついた。これからは俺のことをサインって呼んでくれ。」
前世の俺の名前は(読みこそ違えど)正弦だし、今この瞬間俺は世界で唯一正弦波を詠唱できる人間になった。これ以上ピッタリな名前は無いだろう。
前話の後書きでも少し触れましたが、護衛たちの由来は恒等写像idxです。