コンサルティングで日銭稼ぎ
転生の扉を開いた先は街のど真ん中だった。
閻魔大王の説明の通り、俺は親族無しの10才の子供になったようだ。着ている服以外持ち物は一切無く、お金も1円たりとも持っていない。今日の晩飯すら手に入るか分からないほどのギリギリの状況だ。さて、どうしたものか。
・・・こうして考えたら保護者のいない10才児としての転生ってあり得ないほどの悪条件だな。閻魔大王の説明では「転生後は冒険者になるのがおススメ」との事だったが、あれ「転生後はせいぜい冒険者になるくらいしか生きる術はありません」の間違いじゃなかろうか。
まあ、冒険者になるのがセオリーと判明した以上、意地でも冒険者以外の生き方にこだわるのが俺のやり方だ。少なくとも、冒険者になる以外の方法で生活基盤を安定させた上で冒険者という生き方に魅力を感じるまでは。
閻魔大王の説明では「文明レベルは前世でいうところの1000年代前半くらい」らしいから、微分積分の概念でも広めたら数学者として生きていけるかもしれないな。
と思ったけどダメだこれ。今夜屋根の下で寝れるかすら分からない状況で、論文が通るのを悠長に待っている暇などない。今求められるのは「何とか即金を手に入れる方法」なのだ。
何か良い方法はないものか。そう考えていると、不意に声がかかった。
「どうしたんだねキミ、浮かない顔をして。もしかして、日銭が必要なのかい?」
顔を上げると、そこには裕福そうな商人が立っていた。にしてもこの人、どうして俺の状況を言い当てれたのだろう。
「なあに、これが商売人の勘さ。よかったら、ウチで下働きでもしないかい?」
それを聞いた俺は、顔がニヤつくのを抑えることができなくなっていた。別に、下働きできるのが嬉しいってわけじゃないし、そんなことをするつもりもない。ただ、前世の知識を応用したお金稼ぎの手段を思いついたというだけだ。
「下働きをするつもりはありませんが、僕はとある方法であなたの手助けをすることができます。よかったら商館までついて行かせてもらってもいいですか?」
「ほう、そんなことをいう子は初めてだ。キミに賭けてみるのも良いだろう。」
商人の反応は良好だった。商館に到着するまで、作戦の構想でも練っておくとしよう。
途中で3人組の盗賊が襲ってきたが、全員鳩尾に1発入れるだけで撃退できた。どうやら瞑想部屋で培った戦闘波の周波数74Hzの恩恵はバッチリのようだ。
それを見た商人からは「キミは冒険者になるべきだ」と言われたが、前述の理由から当然却下だ。
◇
俺の作戦はこうだ。まず、商人にダイレクトレスポンスマーケティングのノウハウを教える。
ダイレクトレスポンスマーケティングとは集客、リストの教育(集客した新規顧客やリピーターになりそうな顧客に向けて情報発信し、顧客の信頼を得ること)、販売を体系化したマーケティング手法で、前世では最も効率的なマーケティング手法と言われていた物だ。
この情報を伝えたところでノウハウの対価の交渉に入る。「実はこの世界の商法は前世以上に高度化していて、こんなノウハウは常識」といった状況でもない限り、商人はこの方法に大きな価値を感じ、それなりの金額を支払ってくれるだろう。
ちなみに、ここで値切られる心配は無い。俺はもう一つ切り札を持っている。それが「商人の商品のセールスレターを書くサービス」だ。
前世で俺は情報商材アフィリエイターとして最大で月7桁くらい稼いだこともある。その時培った力でセールスレターを書くというわけだ。
余りに酷く値切られるようなら、ダイレクトレスポンスマーケティングの知識だけでなくセールスレターさえも同業者に買い取ってもらうぞ、とカマかけるまでだ。これなら商人だって値切るに値切れないだろう。
ちなみにセールスレターの代金は書く前に「売り上げの3%をマージンとして頂く」という契約をするつもりだ。権利所得万歳。
貨幣単位についても、「この世界の貨幣単位はアウルムで、1アウルムの価値は約10円」との情報を得た。俺に死角は無いぞ。
◇
結論から言うと、交渉は非常に円滑に進んだ。
値切られた時の対策もあれこれ考えていたが、全て杞憂に終わった。ダイレクトレスポンスマーケティングのノウハウ代として8万アウルムを手にすることができた。
商人の主力商品は武器だったので、LF8のうちの一つ、「生命の安全の欲求」をモロに突ける効果的なコピーが書けた。もしかしたら、もうこれだけで生活基盤は盤石のものになってしまったかもしれない。
さらに、今日は商人直営の宿に食事付きで泊めてくれるそうだ。今日1番の憂い事もこれで解決したというものだ。
交渉の後のティータイムで、この世界に関する有益な情報もいくつか得られたので明日からの身の振り方はそれをもとに考えるとしよう。
実は、主人公は盛大な勘違いをしています。閻魔大王のところで着ていて転生後に引き継がれた彼の衣類はとても上質なもので、売ると全部で5万アウルムになるのです。本来、そこで資金を得て生活基盤を安定させていきます。
ちなみに作中に出てくる「LF8」は現実に存在するコピーライティングの基本です。詳しくはダイレクト出版の「現代広告の心理技術101」という本に載ってます。