出席
入学式から2日経って、今日は水曜日。最初は「この世界でも◯曜日って言うんだな〜」と驚いたものだが、よく考えてみれば翻訳機能が適切な概念の置き換えをやってくれているだけのことだろう。偶然にも「5日学校にきたら2日休む」というスケジュールで動いてるしな。
今日は、修行はオフだ。というのも、今日は授業に出ようと思うのだ。なぜなら、週一回はガロイズ先生と駄弁りに行くって決めたから。それ以上もそれ以下も無い。
特待生の部屋から教室までの距離は短く、「よく考えたら『それ以上もそれ以下も無い』って言葉、『それ以上かつそれ以下』って意味で使われてるよな。じゃねーと空集合になっちゃうし」とか考えている間に教室に着いてしまう。
教室の扉を開けると、そこには異様な光景が広がっていた。
教卓付近にクラスの1/3の生徒、つまり全女子が密集していて、教室の後半分には数人の男子生徒が点在しているだけ。授業というよりサイン会と言った方が適切なんじゃないかとさえ思えてくる。コレがキタガワ族の特質って事か。全く、畏れいるぜ。
・・・あれ、これってつまりガロイズ先生と話したければこの異常な人だかりをかいくぐらなければならないって事か?いくら何でもクラスメイト相手に実力行使って訳にはいかないし、これ詰みでは?
まあこの状態が一日中続くと決まった訳では無いし、しばらく様子見といくか。
◇
2時間後。人だかりが解消される気配は全く無い。
埒があかなさ過ぎて、さっきからスクリーンアウトの脳内シミュレーションしか頭に浮かばない。ガロイズ先生と話したかった内容すら飛んじゃったじゃないかチクショウ。
・・・と、その時だった。つい先刻まで一切散る気配の無かった人だかりが、ものの見事に解消されたのだ。
余りにも呆気ない出来事に、これはついに自分の頭の方が変になってしまったのではないかとさえ思ってしまう。だが何度目を擦ってみても、そこに映る光景は教卓で1人唖然としているガロイズ先生だけだ。
一瞬事態が飲み込めなかったものの、ガロイズ先生も驚いているということはこれは紛れも無い現実なのだろう。だとすればこのチャンスを逃す訳にはいかない。俺は教卓まで早足で歩いていき、ついにガロイズ先生の目の前までやって来た。とりあえず、何を話すか完全に飛んでしまったのでたわいもない話でもしながら思い出すとしよう。
「キタガワ族、話には聞いてましたけど実際に見ると本当にえげつないですね。まさか、文字通り『全ての女性を魅了』してしまうとは。」
「いや、そんなことはないよ。キタガワ族には決定的な弱点があってね、三親等以内の女性を魅了することはできないんだ。」
なんかカチンと来るな。そんなの、有界閉区間に有限個の微分不可能な点がある関数を指して「これ微分するの面倒くさーい」とか駄々をこねるようなもんではないか。それくらい納得しろよって話だ。
「ま、でも確かその顔が原因で戦闘訓練コースへの入学を拒否されてしまったんですよね。先生はどちらかと言えば頭より腕っ節に自信がある方だったのですか?」
「いや、どっちかが得意だったとかそういう話じゃないんだ。ただ、戦闘訓練コースだったら父さんからアドバイスをいろいろもらえる分有利かな、って思ったんだよね。」
「先生のお父さん、強いんですか?」
「ああ、かなり強い部類だと思うよ。従一品冒険者くらいの力はあったんじゃないかな。そして何より、とても子供思いの父さんだった。俺が地元の女達に辟易してるのを察して、本来キタガワ族にはあまり必要でない自立する力を付けさせようとしてくれたんだ。そして、毎日戦闘の稽古をつけてくれたんだ。」
そうか、強いのか。これはいつかお手合わせ願いたいものだな。
・・・ん、稽古?今稽古と言ったか?この世界では邪生物狩りで実力を伸ばすのが主流なんじゃなかったのか?
「稽古って、具体的に何をなさってたんですか?」
「ああ、稽古といってもまだ小さかった頃の話だし、大した内容じゃないよ。ただランニングと瞑想をしてたくらい、かな。」
・・・いたよ。この世には俺しかいないと思っていた修行派が。この学校を卒業したらガロイズ先生の地元で過ごすのが良いかもしれないな。修行派とは気が合いそうだし。
「そうですか。てっきり、みんな邪生物狩りで強くなるものと考えていて、修行を積んだら強くなると考えているのは僕だけかと思ってたので、、、地域によっては、鍛えて強くなるって概念がある所もあるんですね。貴重なお話を聞けて良かったです。」
「いや待て待て。修行で強くなったのは俺の父さんだけで、そんな方法は俺の地元で他に知っている人はいないよ。父さんは『殺生は嫌いだが長生きしたい』とかいう珍しい考えの人でね。試行錯誤の中たまたま『鍛えたら強くなれる』という事実を発見したらしいんだが、そんな需要が限られた情報、広まらずじまいだよ。」
殺生が嫌いなのは珍しいのか?いや、それはそうか。どっちかと言えば異常なのは、屠殺場などというものがあって限られた人しか生物の死を目の当たりにしない前世の方だろうな。
しかし残念だな。折角修行派と仲良くやっていけるかと思ったのに。
とはいえ、1人は同じ理念の持ち主を見つけたんだ。その人の実子という最強のパイプも目の前にある訳だし、どうにかして繋がりを持ちたいものだ。
そう思っていた所に、ガロイズが絶妙な提案を持ちかけてきた。
「ていうか今の話だと、キミも自分で鍛えて強くなろうとしてるってことか?良かったら一度、俺の父さんと会ってみないか?」
これは願ったり叶ったりだ。ここまで来たら、ついでにもう一つ頼んでしまうとするか。
「ありがとうございます、是非一度会ってみたいです。あと、、、事と次第によっては、先生のお父さんに稽古をつけてもらえたらな、とか思っているんですがどうでしょうか?」
「多分OKは出ると思うよ。実は父さんの修行内容の中には、理論を構築したものの本人には実行できなかったものがあるんだ。場合によっては、キミがその机上の空論を現実のものにできるかもと期待してくれるかもしれないね。」
「それは楽しみです。期待してもらえるよう尽力したいと思います。ところで、先生のお父さんってどんな名前なのですか?」
「レベスグェだよ。」
そこまで話した時──不意に、背後からものすごい気配を感じた。
振り返ると、さっきまで散っていたクラスの女子たちが、一斉にこちらに向かってきているではないか。
これではこれ以上の会話の継続は困難だろう。今日はここまでとするか。
「先生、今日のお話楽しかったです。また今度」
そう言い残し、俺は間一髪のところで人だかりに押しつぶされるのを回避した。
◇
人だかりを抜けた俺の目線の先には、今日は登校してないはずのある人物がいた。そして俺は全てを悟った。
「そうか、、、あの不自然な人だかりの解消は、人為的な現象だったってワケか、、、」
はい、恒例の名前の由来コーナーです。
レベスグェは、「Lebesgueって初見じゃルベーグとは読めないだろ」ってトコから決めました!




