模擬戦
ケイ様に「今日は先客がいるから話はまた後日」と言って別れ、訓練場に向かう。ケイ様が付いてくる様子もない。
ミスディレクションとかを使われてなければ、の話だが。まあこれを言い出すとキリがないか。
とりあえず、目の前の闘いに集中だ。
今日突如として同級生になった超天災的な人物との会話の後だからかガウスゼット様の存在がとても小さく感じられてしまうが、冷静に考えてガウスゼット様は周波数の上では俺より格上の可能性が高い。俺を待っているのは、一瞬の気の迷いが致命傷を呼ぶ、魂の駆け引きだ。
◇
「待ってたよ。」
訓練場に着くと、ガウスゼット様がそこにいた。
「それじゃあ始めようか。」
闘う前に交わす言葉は少ない。この方となら、拳での方がコミュニケーションが弾むからな。
お互いに頷きあうのがゴングの代わりとなり、試合開始。
やはり、相手の方が周波数の上では格上という見立ては間違いではなかった。捌けない攻撃は無いものの、ジリジリとスタミナが削られる感覚になる。
そして、あと一撃で均衡が崩れるかというその刹那。ガウスゼット様が大きく距離を取って、水の球の微分方程式を詠唱し始めた。
これはチャンスだ。相手の水の球の詠唱の波形は特異解。こちらが一般解を詠唱すれば今までのダメージ差を埋めることができるだろう。
衝突する2つの戦闘波のエネルギー。その軍配は俺に上がった。水の球の場合炎と違って一般解と特異解に見た目の差はほぼ無いが、俺の水の球はガウスゼット様が放ったそれを蹴散らし、ガウスゼット様に直撃。
しかし、流石は膨大な稽古で対人戦慣れしている貴族。水の球に吹っ飛ばされながらも空中で回復の波形の微分方程式を詠唱し、ダメージを修繕してから綺麗な受け身を取る。
見た目にはまるで効いていないかのようにすら見える。
だが、闘っている当人らからすればその一撃のダメージの大きさは明白だった。たしかに回復技で肉体的なダメージは完全に消えているものの、ガウスゼット様の最大戦闘周波数が大きく下がっている。
このままじりじり追い詰めるか?いや、それは悪手ってやつだな。決定打と言えなくもないダメージを負わせたからといって、相手に反撃の隙をうかがわせていいことにはならない。
足に大部分の戦闘エネルギーを集中させ、詠唱。
「y=sin ax」
足から無属性のエネルギーの塊をジェット噴射し、ガウスゼット様に肉迫。そのまま、残りの戦闘波で身体強化をかけた肩からガウスゼット様に衝突する。
敢えてこの技に名をつけるとしたら。【ジェットタックル】なんてのはどうだろう。
ジェットタックル(暫定)をくらったガウスゼット様は、今度は回復技を詠唱する暇もなく気絶してしまったのか、ダウンしたまま動かなくなった。
どこから見ていたのか学校の保健医が駆けつけ、ガウスゼット様に回復技をかける。起き上がったガウスゼット様に、「参った。今回は君の勝ちだ」と言われた。
どうやら、保健医の介入は勝敗の決定を意味するらしい。セコンドがリング内にタオルを投げ入れるのと似たようなことなのかもしれないな。
ガウスゼット様は続ける。
「1か月後再戦しよう。俺は主席だから、座学前でもダンジョンに潜れる。短い期間だが、死にものぐるいでお前と同等の周波数に追いついてやる。楽しみにしててくれ。」
「それは楽しみだ。次は負けないぞ。」
そう言って、俺はガウスゼット様と別れた。
・・・実を言うと周波数だけなら現状でもガウスゼット様の方が上なんだがな。そこの種明かしは長い話になりそうなのでしないけれど。
それにしても、ガウスゼット様は座学前からダンジョンに潜れるのか。あ、そういえば明日の戦闘訓練コースの授業って何なんだろう。
時間割掲示板に目を遣る。
明日は迷宮学概論Ⅰとパーティー編成・同演習Aか。どちらも潜る気はしないな。ガウスゼット様なら午前中の迷宮学概論Ⅰは免除ってことなんだろうか。
まあ、そこはガウスゼット様が強くなってくれてさえいればどっちでもいい事か。
サインの頭からは、IQ300台の厄災のことなど疾うに消え去っていた。




