求婚に辟易する者たち
今度こそ見つけたぞ、薬学専攻コースのA組の教室を。
扉を開けると、余るはずのない教科書の余りを手に担任の先生と思しき人が教室中に問いかけていた。
「教科書もらい忘れている人はいませんかー?」
・・・え、あれが先生?
何というか、あまりにも前世の自担そっくりなのだ。普段テレビの中でしか見れなかった、そして生で見ることができるのは地元でコンサートツアーが開かれる時だけだったあの方(の、そっくりさんに過ぎないのだろうが)が目の前にいて、しかもこれから4年間至近距離で授業を受けられる。
徳が足りなくて天国行きを選べなかったことに感謝だな。ここは天国以上に天国だ。
とりあえず、今俺には「教科書を受け取る」という、この自担のドッペルゲンガーに話しかける大義名分がある。
「あ、俺です。」
俺としたことが、声が震えてしまっている。
「あ、君ね。アレか、入学早々遅刻してくる事でラスボス感を演出してやろう、的な?そういうの嫌いじゃないよ。」
とんだ勘違いだが、折角このポジティブ教師に気に入られたのだからそのまま誤解しておいてもらおう。ということで、俺は特に否定はせず淡々と教科書を受け取った。俺が席に着くと担任が続ける。
「それじゃあ教科書も配り終えた事だし、自己紹介を始めてもらおうか」
なんだ、こっちは自己紹介まだだったのか。教科書配布の分遅れているといった所だろうな。こちらとしてはさっきのトラウマが抜けきっていないので今日中にもう一度自己紹介は勘弁してほしいのだが。
主席と思われる女の子が壇上に立ち、自己紹介を始める。
「ケイ・フィールド。体爵の三女。ここに来た理由はそこのキタガワ族と同じ。よろしく。」
フィールドってことは体爵、最高位の貴族か。確かに何でここにいるのかは疑問だな。最高位の貴族令嬢ともなれば三女とはいえ都内の学園に通いそうなものだが。
いや、それより、だ。今、キタガワ族と聞こえた気がしたが?えーと確か俺の自担のアイドルグループの所属事務所の社長の苗字と関連があるような、、、一体全体どういう偶然なのやら。
「キタガワ族」と呼ばれた担任に、クラスの残りの1/3の視線が向かう。(クラスの2/3の女子たちははじめから担任に目が釘付けになっていた)
「・・・うーん、先生の自己紹介は最後にするつもりだったんだがなあ。ああ言われちゃあ今自己紹介せざるを得ないじゃないか。まあ、仕方がない。」
そう言って先生の自己紹介が始まった。
「俺はガロイズ。去年助手を卒業し、今年からここで正式に先生として任命された。」
自担のそっくりさん、改めガロイズは続ける。
「俺がここで働こうと思った理由。それは、『自分の力で生きていくため』だ。さっきケイ様が口にした通り、俺はキタガワ族。幼い頃から、村じゅうの女性たちから『私が養ってあげる!』だの『私と結婚しましょう!』だのと言われ続けてきた。それで、俺は自分が生まれ育ってきた村が大嫌いになった。少なくとも、あんな奴らのヒモになるなんて俺のプライドが許さない。」
キタガワ族というのは美形の一族かなんかだろうか?後でアゾさんでも訪ねて訊いてみようか。
「だから俺は国のはずれにあるここ、迷宮附属林間学校に入学した。まあ、一回落ちたんだけどな。戦闘訓練コースに入学しようとしたら『キタガワ族の貴重なご尊顔が傷つく恐れがあるため入学させられない」だとさ。ふざけた話だ。仕方なく、薬学専攻コースに入学した。そして薬学専攻コースを卒業した後、当時の担任に頼み込んで助手にしてもらって教職への道を歩んだのさ。」
ガロイズはここで一呼吸おき、ケイ様に目をやる。
「ケイ様が『ここに来た理由はそこのキタガワ族と同じ』と言ったのはおそらく、俺と同じく顔立ちの良さ故に来る数多の求婚に辟易してのことだろう。キタガワ族は男しかいないからケイ様はキタガワ族ではないがな。ちょっと前にケイ様に求婚した貴族の一部が変死したという話も聞いたことだ。この世界随一の知性を持つフィールド家の御令嬢ともあればそれこそ証拠を残さずに、、、いややっぱりケイ様の潔白は俺が保証する」
ケイ様の視線にガロイズの顔が真っ青になる。それでも、依然としてガロイズは溢れんばかりの色気を放っている。流石は自担級の顔面の持ち主、事前知識なしでもキタガワ族の凄さが分かるってもんだ。
「と、とにかくだ。ケイ様は『未解決問題の解決者に非ずんばフィールド家に非ず」を家訓とするあのフィールド家の中でもずば抜けた頭脳の持ち主だ。そのIQは歴代フィールド家当主より200は高いと言われている。くれぐれも敵に回すんじゃないぞ。」
・・・あのー、ガロイズ先生。ケイ様の身の潔白証明する気ゼロとお見受けしますが?
ていうか、先生も貴族の生徒相手には様付けなんだな。身分制恐るべし。
こうしてケイ様、ガロイズ先生の自己紹介が終わった。次は俺か。
今回は宣戦布告をする相手もいないので特に何事もなく自己紹介が終わる。後に続く一般生徒たちの自己紹介も特筆するようなことはなかった。
「最後に、ここでの教育方針について語っておく。まず1週間のスケジュールだが、月曜〜木曜は座学、金曜は実習となる。座学は反転授業で行うので、しっかり予習してくること。予習で分からなかった部分だけを授業内でみんなで話し合ったりして理解していくことになる。逆に、予習で全て理解できた人は座学には来なくて良い。成績は実習の実績と試験──人によっては救済レポートもだが──によってのみ決まるからな。」
それはありがたい。できる限り独学で教科書を理解して月曜〜木曜は修行メインで過ごしたいものだ。
いや、キタガワ族の担任目当てで週1回くらいは座学に出るのもアリか。
「今日は以上だ。解散!」
そう言われ、教室を出ようとしたその時。ある男子生徒が、ケイ様に話しかけていた。
「あの、、、放課後空いてますか?」
先生の自己紹介の行間を読めないバカがそこにいた。「デートに誘う≒敵に回す」ということはコンテクストから明らかだったろうに。
それとも、「ケイ様に殺されるなら本望」とか考えてるタイプのバカか?自己紹介の時はまだ気が動転していて気づかなかったが、確かにケイ様は自担と釣り合うレベルの美少女ではある。
そして、ケイ様の返事。
「まず放課後の定義から聞いてもいいかしら?」
思いっきり斜め上を行く答えだった。こいつ、初めから座学全部切る気か。まあ他人のことは言えないが。
まあ良い。とりあえず訓練場に向かおう。突如として発生した今日のメインイベント、ガウスゼット様との手合わせ。強いやつとの勝負で胸が高鳴るのは前世から変わらないみたいだな。
──しかし、、、
「サイン、と言ったわね?今日この後お話できるかしら?」
・・・ガウスゼット様に宣戦布告しておいて助かった!
あろうことか、ケイ様に目をつけられてしまった。断る正当な理由が無ければ、事と次第によっては今日中に某タッチパネルのもとへ帰還するところだったぜ。
名前の由来コーナー
ガロイズ・・・ガロア(「5次以上の方程式に代数的な解法無し」の人)→Galois→ガロイズ
ケイ・フィールド・・・体は太字のKで表記する場合が多いことから。体は英語でfield。




