瞑想部屋と解析学
──『転生前に、徳を消費して瞑想部屋を使用しますか?』
何のことだろう。そもそも瞑想をして何になるというんだ。まあ、転生先の世界に行くのはまだちょっぴり怖いので、先延ばしにできるのならそれに越したことは無いが。
『瞑想部屋を使えば、瞑想トレーニングによって戦闘波の鍛錬を行うことができます。期間は、徳40につき1年間。まあ要は、転生後の戦闘能力のアドバンテージを獲得できるものと思ってください。消費しなかった分の徳は、1/5に圧縮されて来世に引き継ぐことになります。』
なるほど。約1年半の鍛錬を積んで転生するか、12の徳を積んだ状態で転生するか選べ、ってことか。
あんな可もなく不可もなくといった感じの人生で62もの徳を積めたなら、上手く生きれば引き継ぎボーナス無しでも次は天国に行けるだろうし、瞑想を選択するのが懸命だろうな。
『本当によろしいですか?何も無いところでひたすら瞑想というのはなかなかに苦痛ですよ?それに、飽きて途中退室しても消費しなかった分の徳が返ってくることはありません。』
知るか。こちとら転生にビビってんだ。ファイナルアンサー。
『瞑想部屋が解放されました。』
この音声とともにタッチパネル「閻魔大王」は巨大な扉を映し出し、その扉も次第に実体化した。扉を開けると、そこにはただただだだっ広い空間が広がっていた。
そうして、途方もなく暇な1年半の瞑想を開始した。
◇
瞑想を始めてからしばらくは特にこれといったことは無かった。変化を感じたのは6か月が過ぎた頃のこと。
たゆまぬ努力により、漸く戦闘波の波形を把握できるようになってきたのだ。
ちらっと閻魔大王に目をやると、部屋に入った当初は10Hzだった戦闘波が18Hzまで増えていた。
今まではただ無心になって瞑想を続けるしかなかったが、波形を確認できるようになると途端に楽しくなってきた。というのも、頭の中に数式を思い浮かべると戦闘波の波形としてその式を再現できるのだ。
来る日も来る日も数式と波形で遊ぶ中、いくつかのことが判明した。
周期関数しか再現できないこと。
逆に、周期関数でさえあればなんでも再現できること。
周期関数をマクローリン展開した式を思い浮かべても再現できること。
周期関数どころか連続関数ですら無いのに、なぜかディリクレ関数が再現できることetc・・・
この遊びのお陰で、俺の瞑想の残りの期間は苦痛どころか最高に楽しい時間となった。
そして期限の1年半が経った時、俺は閻魔大王を見て自分の戦闘波の周波数の高さに口をあんぐりと開けることになるのだった。