錯イオンと試験突破の希望
炎の球の詠唱文句である微分方程式の一般解の詠唱。その詠唱から放たれた、普通の炎の球とは温度が桁違いの「蒼い炎の球」。その差異から見出された、通常の炎の球は微分方程式の特異解であるという仮説。これらは、試験勉強の進捗を0に巻き戻すのに十分過ぎるファクターだ。
確かに、技を形作る戦闘波の波形が微分方程式の特異解として表されるものならば、詠唱が微分方程式になるのも合点が行く。微分方程式の特異解は初等関数で表せないものも多いからな。
しかし、そうだとすると、いやそうかもしれないという時点で逆位相の関数を考案するのは諦めざるを得なくなる。技の正体が特異解か否かの検証をするには1週間という時間は圧倒的に少なすぎるのだ。
デモ前日に「時間が無い」と書き残したガロアの心象が、少し理解できた気がした。
◇
「フッ、こんなことなら、一走りして戦闘訓練コースの願書でも取りに行くべきだったかもしれないな・・・」
試験まであと3日となったある日の昼下がり。そこはかとなく転がっている石を蹴り飛ばしながら、アテもなく辺りを散歩していた。
戦闘訓練コースなら、例の「蒼い炎の球」をブチかますだけで特待生合格も叶ったかもしれない。だが、「蒼い炎の球」についてレポートを書いたところで特待生合格ができるかどうか。まあ、ただの合格くらいなら可能だろうが、、、目的が目的なのでそれではダメなのだ。
往復1000kmを走って戦闘訓練コースの願書を取りに行くのももう間に合わない。かと言って、何か打開策が見つかる訳でもない。うーん、紛れもなく修羅場だな、これ。
「あーらよっと!!」
俺はもう一度道端に転がっていた石を蹴飛ばし、、、たつもりだったが、俺が「石だと思ったもの」はぷよんぷよんと飛び跳ねていった。どう見積もってもあれは石の反発係数じゃない。
近づいて見てみると、石だと思った「それ」がスライムだと分かった。スライムか、、、こいつが変異すると超臨界流体スライムになってオリハルコンの錯体を作れるようになるんだっけな。
・・・あれ?ほかの所謂「ファンタジー金属」の錯イオンって作られたことあるのかな?
まあこの世界にオリハルコンがあるからといってミスリルやアダマンタイトもあるという保証はどこにも無いのだが、もしあるとすればこれは前代未聞の大発見のチャンスかもしれないぞ。
この時点ではまだ不確定要素だらけの仮説だが、一縷の光に心を踊らせるのを止めることはできなかった。
◇
「アゾさん、ヘキサシアニドミスリルイオンって聞いたことありますか?」
「何だいそれは一体。」
「ありませんか、、、じゃあ、ジヒドロキシドアダマンタイト酸イオンは?」
「急に何だって言うんだい?急にテトラアンミンオリハルコンイオンみたいな名前のものを並べ立てて。ミスリルやアダマンタイトがあれみたいな液体になるって話は一切聞いたことがないよ。」
「ありがとうございます!これで希望が見えてきました!じゃあまた!」
「何で聞いたことが無いって行ってるのに嬉しそうなのかねえ、、、まああんたが嬉しそうなのはいい事だけどねえ、、、」
適当にありそうな錯イオンを考えついて挙げてみたが、どれも反応が微妙だな。
今の一連の会話の中で、懸念していたことは全て解消した。まず、そもそもミスリルやアダマンタイトと言う金属があるのかという点。あの話ぶりだと、その点は愚問だったようだ。
そして、ミスリルやアダマンタイトに錯体が存在するのかという点。これも、アゾさんは「テトラアンミンオリハルコンイオン以外には無い」と言い切った。これは、俺が新種の錯イオンを発明できる可能性を示唆する。
そもそもこの世界の文明レベルは「1000年代前半程度」。スライムを使う例を別として、まともに化学反応を起こして錯体を形成する手段など見出されてはいないのだろう。
オリハルコンと違い単純に熱だけで精錬できるミスリルやアダマンタイトをわざわざ貴重な変異スライムで錯体にする物好きもいなかったんだろう。
そうと決まれば実験だ。俺は一旦部屋へお金を取りに戻り、ミスリルとアダマンタイト、そして入手しうる限りの酸化剤と還元剤を入手するため買い出しに出かけた。