7話
あの後警察から事情聴取された僕はすぐに解放された。
法律上PSYを持った人間がインベーダーと戦うことは問題にならないらしい。かつてヒーローがヒーローだったころ、そういう法律を作ったようだ。
でも両親にはまだ聞くべきことがあったらしく、二人はまだ警察署にいる。
家の扉を開けるなんてことはない日常の光景。無力な僕は無力なままで。何一つ変わっていない。
それとも本当のヒーローなら被害がなくて良かったと、そう喜ぶべきなんだろうか。
「正史、帰ったか」
いつものようにじいちゃんは僕に声をかける。その言葉はほとんど毎日変わらない。
「正史、正義の味方はな「いい加減にしてよ」どんな時にも諦めず――――」
「その話何回聞いたと思ってんだ! いい加減覚えろよ! 僕の名前は正史じゃない! 辰夫だ! 正史はあんたの息子の名前だ!」
僕の叫びを一切無視してじいちゃんは話続ける。オルゴールのように同じ言葉を言い続けて、そのうちねじが切れたように黙り込む。
こんな状態がずっと続いている。
じいちゃんはかつてヒーローで、名古屋の惨劇が起こった当時その現場に居合わせた。
そして手も足も出ずに瀕死の重傷を負ったらしい。当たり前だ。じいちゃんのPSYもまともに戦える力が無かったから。
じいちゃんのPSYは傷の再生だ。それも一瞬で傷が治るほど強力じゃない。擦り傷が数十分で治ったり、骨折が数日で治るくらいだ。
現実的に考えればそれでも凄いけど、戦闘にはたいして役に立たない。
仲間が数多く殺されて、守るはずの市民に守られて、遂にはヒーローでさえなくなった。冷遇されたかと言われればそうでもない。ヒーローがヒーローでなくなった後でも人々は感謝の念を忘れず、引退したヒーローの生活の保障を行い、寄付金なども集まり続けたらしい。
その優しさがヒーローたちにどう映ったかはわからない。その時代の移り変わりを見て何を思ったのかはわからない。
ただこんな世界になっても損をした人はいない。表面上は。
じいちゃんのPSYは弱い再生だったけど、予想外の効果もあった。普通の人間よりも長生きになったらしい。なんでもテロメアを再生することができるとか。
そのおかげで自分の息子や、奥さんよりもよっぽど長生きできている。
一度科学的にじいちゃんの能力を研究させてほしいと連絡があったけど、断ったようだ。何故かは一度も語っていないらしい。
しかし老いには勝てず、痴呆のような症状が出てしまい、かつての昔話を繰り返すようになってしまった。僕を、というか家に帰ってきた人を全て正史と呼ぶようになったのはそれからだ。
「じゃから正史。お前も正義の味方になれ。誰かを守るために戦え」
「守る必要なんてないよ。だって他の誰かがやってくれるから。銃で武装した普通の人の方が僕のPSYよりずっと強いよ」
いつの間にか涙を流していた。無力な自分に対して? それとも僕を活躍させてくれない世の中に対して? もし後者なら僕にはヒーローの資格なんてない。
「こんな力持ってたって意味なんかない! ヒーローになんかなれっこない! 誰も必要としてない! ううっ、うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
泣きじゃくる僕と、変わらない話を続ける老人。
二人と、世界の間にはあまりにも大きな溝が広がっていた。




