3話
虫の知らせというものを聞いたことがあるだろうか。
あるいはそんなものが存在すると信じているだろか。
僕は信じない。今もこれからも。
「高津。進路希望調査まだなのか?」
田口先生はいつものように声をかけてくれる。
「すいません。明日中には提出します」
「そうか。確かにヒーロー志望だと、高校は慎重に選ばないといけないからな」
「僕はヒーローには……」
「何言ってんだ。俺はお前ならいいヒーローになれると思うぞ」
「…………」
その言葉に何も答えられない。僕はヒーローになりたい。でもなれるのか? そもそもなっていいのか?
疑問と疑心に心を重くしながら歩く帰り道は普段よりも色あせて見えた。
だからだろうか。赤く染まった空に銀色の球体が浮かび上がっているのを見てもそれを現実の光景だと認識できなかったのは。
「……え……」
多分僕以外の人間もあれを見つけていたはずだけど何かは理解できていなかった。
いや、理解したくなった。
呆けた頭を叩いたのは耳障りなサイレンと携帯から鳴り響いた緊急速報アラームだった。
『市内にワープゲートが発生しました。直ちに非難を開始してください』
アラームは同じ文言を繰り返していた。各所に設置されたスピーカーからも同じような言葉が吐き出されている。
そして、銀色の球体から昆虫の頭に熊の体を繋げたような地球には存在しないはずの生物がずるりと飛び出るのを見て人々はようやく我に返って――――叫びながら逃げ出した。
(なんっで! ゲートがこんなところに出てくるんだよぉぉぉぉ!!!)
誰もがそう思っていたはずだ。人通りはそれほど多くない場所だといっても複数人の人間がパニックに陥れば辺りは無茶苦茶になる。
(しかもゲートが一つじゃない!? イレギュラーゲートだとしても多すぎる!)
イレギュラーゲートとは本来出現するはずのない地域にゲートが出現することでここ十年は発生が確認されていなかったはずだ。
(逃、逃げないと。このままだとホントに死ぬ)
今は混乱してるけど、この国の治安維持機能は優秀だ。すぐに誰かが何とかしてくれるはずだ。
だからこのまま安全な方へ逃げるのは間違いじゃない。間違ってはいない。
十数m先で襲われそうになっている小学生がいてもそれは僕には関係ないことのはずだ。
数秒先にはその爪と牙で体がぐちゃぐちゃになっているかもしれないけど、それは僕には関係ない。
だけど、体は勝手に動いていた。
あの子を助けるために。




