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僕がヒーローになるために  作者: 秋葉夕雲
2/9

1話

「高津。このプリント配っといてくれないか?」

 声をかけてきたのは社会科の教師で担任の田口先生だった。去年も担任で僕が委員長だったため、何か雑用を押し付けるつもりなんじゃないかと思っていたけど予想は正しかった。

 多分僕が押しに弱いことも見抜かれている。


「わかりました」

「悪いな。ヒーローの卵にこんなことさせて」

「別に僕はヒーローの卵なんかじゃ……」

「謙遜するなって。この学校じゃPSYを持ってるのはお前だけだぞ? じゃ、プリントよろしくな」

 すたすたと先生は歩いて行ってしまった。

 無遠慮だけど屈託のない人だから嫌いにはなれない。一年くらい前もそう思ってたっけ。




 この中学校は嫌いじゃない。友達も人並み程度にはいるし勉強にもついていけてる。

 困るのはこういう質問をされた時だ。

「なあ頼むよ、たっつん。一回でいいからPSY見せてくれよ。俺ら今まで生で見たことねーんだよ」

 一人顔なじみの生徒と、今年クラスメイトになったばかりで名前を憶えていない男子生徒が二人。僕にあれを見せるようにせがんでいた。ちなみにたっつんとは僕の渾名だ。

 今までになくしつこいし、周りに人がいることからも断るのは難しそうだ。説明するだけで納得してくれればいいけど……。


「僕のPSYはすごく地味で弱いから見ても面白くないよ」

「いいってそれでも」

 周りの男子たちも期待した目で僕を見ている。その期待を裏切るのが一番嫌なんだけど……。

「わかった。じゃあ腕相撲しようか」

 一瞬面食らった表情をしたがその気になったことを察してすぐに机を突合せ始めた。


 名前を憶えていないクラスメイトが審判役を務めるようだ。

「それじゃ、レディーゴー!」

 お互いに組んだ腕に力を入れる。普通なら小柄で細身な僕より、体格で優る彼の勝利を疑わないだろう。

 しかし一瞬の均衡の後、彼の手の甲は机に押し付けられていた。僕の勝利だ。

「いっててて。あれか、パワー増強型って奴か。確かに地味だけどスゲーじゃん」

 彼は手をさすりながらも褒め称えてくる。隣の男子も興奮して僕に質問を浴びせてくる。

「そーだよ。見た目は地味だけどシンプルイズベストっていうじゃん。本気出せばどれくらいになんの? 車とか持ち上げられる?」

「いや、今のが全力」

「「「え?」」」

 全員が一斉にハモる。やっぱり僕が手加減していると思っていたらしい。さっきの腕相撲は肉体的にもPSY的にも全力だった。


「だからさっきので限界」

 三人が微妙な表情になる。まるで友達から自信満々で見せられた手品のタネを実は知っていたような気まずい表情だ。

「じゃ、じゃあな。たっつん。PSY見せてくれてありがとな」

 気まずい空気に耐えられなくなったのか三人はそそくさと教室を去っていった。


 そう。僕のPSYはかなり弱い。全力で発動してもスポーツテスト百人中九十位くらいの人間が十位になるくらいの力しか出ない。

 そんな奴をヒーローにするくらいなら元から身体能力が高い人がいればいい。とてもじゃないけどインベーダーとの戦いに耐えられるような能力じゃない。


 ふと何気なくスマホをチェックするとインベーダーの出現情報がすぐに表示された。

「今日近くに出たんだ」

 インベーダーはワープゲートとか、ゲート何て呼ばれる謎の球体から出現する。噂では異世界に通じているとか別の惑星に繋がっているなんて言われているが一方通行なせいでそれを確かめた人間はいない。

 ゲートに関しては今を以てどのような原理でインベーダーが移動するのかはわかっていない。それでも対処はできる。

 ワープゲートの位置はほぼ決まっており、インベーダーが出現するかどうかも天気予報程度の正確さで判断できる。なんでもゲートが発生する前兆として電磁波などが観測されるらしい。しかもどこでどれだけのインベーダーが出現したかは専用のサイトでチェックできるので僕のように知識のない素人でもすぐに確認できる。

 先ほど出現したインベーダーも無事に倒されたようだ。

 確認するだけで僕が戦うことなんて一生ないに違いない。どれだけヒーローになりたいと思っていたとしても。


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