第二話 こんな可愛い子たちが奴隷で迫害されてる? やばすぎ~
私は西園寺幸雄。
みんなからはコウ姉って呼ばれてるわ。
私は今、異世界に来てるの。
それでね、目の前にすごく可愛い女の子たちがいるのよ。
そう、のじゃ子ちゃんたちよ。
「私は西園寺……やっぱり今のなし、コウよ。気軽にコウ姉って呼んで」
私が言うと、先に自己紹介を終えていたレナ、ミナ姉妹とアイシャ(のじゃ子ちゃん)は私に笑顔を向ける。可愛いわね。食べちゃいたい。
……もちろん冗談よ?
「それで、コウ姉はどうしてこんな場所に? 私たちが言うのもなんじゃが、ここには何もないのじゃ」
物怖じせず話しかけてくるのはアイシャだ。銀色の髪を前髪パッツンにしていて可愛い。
「私が訊きたいぐらいよ。あなたたち、日本って知ってる?」
アイシャは首を傾げ、緑髪のレナ、青髪のミナ姉妹も顔を合わせて頭に「?」を浮かべている。
まあ、想定内ね。
「知らないならいいの。ま、とにかく私はその日本ってところから急に飛ばされてきたってわけ。深く考える必要はなーし」
私はそこまで言って、身を乗り出す。
さすがに警戒心を解いてくれた三人も、わずかに身を引く。
……まあ、想定内よ。ホント。
「動かないで。やっぱりそれ、気になっちゃうわ」
「あッ……えッ……」
アイシャの首元に填められた首輪を掴む。
鉄製だが、まあなんとかなるだろう。
フライパンを片手で丸められる私の握力ナメんじゃないわよ。
「これ、取ったら爆発するとかアイシャに危害が及ぶとか……ないわよね?」
「そ、それは大丈夫じゃと思うのじゃが、さすがに素手では……」
「ふんはッ!!」
力を込めたらバキンッと割れた。
「「ええぇ……」」
レナ、ミナ姉妹が引いている。
なに引いてるのよ。
「す、すごいのじゃ……オネェという人々はみんなこうなのじゃ?」
レナミナの首輪も引きちぎると、三人が惚けた目で見てくる。
ちょっと良い気分♪
「さすがに例外よ。自惚れるわけじゃないけど、みんな私みたいなのばっかりだったら街が壊滅しちゃう」
「それもそうだ」「うんうん」
「うるさいわよレナミナ」
注意したのにレナミナは嬉しそうに笑う。
さっきはあれだけ号泣してたのに、わかんない子たちね。
「さて、鬱陶しい枷もなくなったことだし、この世界のことについて知ってる限りでいいから教えてくれない。私、ホントになにも知らないのよ」
「わ、わかったのじゃ。コウ姉は命の恩人じゃから、知ってることは何でも」
「ありがとう。助かるわ」
──それからしばらく、説明を受けた私は大まかにこの世界のことを知った。
今いるここがエノメネア大陸。人族が一番栄えている大陸らしい。
そしてここはポログと呼ばれる街から五十キロ離れた、大陸の西端ということだ。魔物も魔法も王国もドラゴンもあり。
ファンタジーね。
「じゃあ、この近くには村があって、そこの教会にいけばひとまず寝泊まりは可能ということね」
「は、はい……」
「ん? どうしたの? 私、なにか聞き間違ってた?」
村の話をした途端、急に顔を曇らせるアイシャ。レナミナも同様だ。
「あ、いえ……違うのじゃ。せっかく命を救ってもらったのに、私たちはその村に送ることも出来ないから……」
「……え? どうして? 一緒に来ればいいじゃない。むしろその都度この世界のこととか教えてくれたらなーって……もちろん、迷惑じゃなければよ?」
「迷惑なんてとんでもない!」「そうだそうだ!」
レナミナがいきなり大声を出す。
びっくりするし耳元だったから、耳キーンってなったわよコンチクショウ。
「耳元で叫ばない。いいわね?」
「はい」「ほい」
しゅんとしてる。なんか可愛いわ。
「で、どうして迷惑じゃないなら一緒に来てくれないの?」
レナミナと顔を見合わせて、小さく頷くアイシャ。
そして私を上目遣いに見てくる。
「……き、嫌わないでほしいのじゃ」
え? え? なにこの空気、なんでいきなりドンヨリドヨ介になってるの?
ちょっとはしゃぎ始めていたレナミナも俯いて、上目遣いでこちらを窺っている。叱られる前の子供みたいだ。
アイシャはキレイな銀髪の中、側頭部より少し上辺りを触って、一度動きを止める。そしてギュッと目をつむり、手を離した。
その瞬間、ピョコンとキツネ色の獣耳が飛び出した。
「わ、私たちは獣人なのじゃ……それも、一度奴隷に堕とされた獣人。こ、コウ姉の言いたいことは分かるのじゃ、そんな身分の奴らを助けるんじゃなかったとか、も、もしかしたらしゃべることすら嫌かも知れぬ。で、でも感謝だけは伝えたくて」
「コウ姉に抱きしめられたとき、アタシ嬉しかった」「アタシも」
うなだれているレナミナの頭にも、耳が生えていた。
髪に隠れて人の耳を持っていないことに気づかなかったのだ。
「だから、コウ姉が望むなら村の近くまでは案内するのじゃ、でも……奴隷獣人は迫害されてしまうから、村の中に入ったりするのは、許して欲しいのじゃッ。それでも、どうしても気がおさまらんと言うなら、私が何でもするのじゃ。だからせめてレナとミナだけは」
「なに言ってるのアイシャッ!」「そうだそうだッ!」
目の前で三人が言い争いを始めようとする。
しかし私はそれどころではなかった。惚けていた。
だって、だって……。
「……かッ」
三人が一斉に私を見る。
信じらんない。なにその……その……。
「かんわいいぃぃぃぃぃぃぃッ↑」
私、思わず叫んじゃった。
声にすっごいビブラートかけて叫んじゃった。
だって、もう……はぁ?
可愛いの何乗よこれ。
え? うそ、この可愛さで迫害?
この世界の見る目どうなってんの?
信じらんないッ! どちゃくそ可愛いじゃない!
「ねえ、ねえアイシャ、レナミナ……ホントは?」
「え? え? ほ、ホント……とは?」
困惑する三人に私は詰め寄る。
「あなたたちが迫害されるって話。嘘でしょ? 信じられない。こんなゲロマブ(可愛い)な子たち迫害とかどんだけぇ~よ」
「えと、言うてる意味はちと分からんが……本当じゃよ? 奴隷獣人は特に人族から嫌われて……」
「いやんッ」
「え?」「なに?」
急に私が身体をくねっとしならせたからレナミナが引く。
だから引かないで♡
「この世界の人達って、美意識壊滅~! そもそもこんな女の子たちを奴隷って時点でどん引き~なのに……そうだ、その村の連中、私がぶっ飛ばしてあげるわ。案内して。行くわよあんたたち」
「ちょッ、ちょちょちょッ、待つのじゃコウ姉……と、止まらない。レナミナも手伝うのじゃッ!」
私は怒りで真っ赤になっていた。
真っ赤っかよ。茹でダコよ。
許せない。インフェルノよインフェルノ。
「なぜそんなに怒ってるのか分からんが、話を聞いて欲しいのじゃコウ姉。とりあえず止まって欲しいのじゃッ」
必死に訴えてくるアイシャに、さすがの私も足を止める。
女の子三人、腰にぶら下げて歩くスキンヘッドって、この構図がヤバイということにようやく気づいたの。反省しなきゃ。
「どうして止めるのアイシャ? 自分に酷いことをした連中を、見返してやりたいとは思わないの?」
「……見返すなんて、考えたことないのじゃ。それに獣人としては、捕まってしまうほうが悪くて……だから……悪いのは私たちのほうで……」
アイシャが服の端をギュッと握る。
ああ、この子は──本当にそう思ってるんだ。
自分が悪いと。迫害されるのは当然だと。
レナミナも後ろで気まずそうに俯いている。
私は理解したわ。この世界のこと。
もちろん、ほんの少しだけど。
だから、クソ食らえって思うのよ。
迫害されて当然?
そんな常識、当たり前にするんじゃないわよ。
「……アイシャ、顔を上げなさい。レナとミナも」
私は、怯えた表情の三人を見つめる。
彼女らは、昔の私だ。だからムカつくのだ。
助けてもらえなかったことを、助けを求めるということすら考えつかなかったことを、思い出すから。
「私は、この世界に来たばかりの新参者よ。だからこれから言うことはすごく偉そうことになる。でも、聞いて欲しいの」
アイシャたちが頷くのを待って、話を続ける。
「あなたたちは、迫害されて当然じゃない。この世界の常識がどうだろうと、あなたたちが苦しむことが当然なんて、はっきり言って間違ってる。だから私はあなたたちに問いたい。本当にこのままでいいの? これから先、自分のことを好きになれる?」
三人は固まった。突きつけられた言葉の意味を理解するまでに、少し時間がかかるのだ。
最初はミナだった。次にレナ。
最後にアイシャ。
三人が、同じように涙をこぼす。
悔しそうに顔を歪めて、ボロボロと涙をこぼした。
「いや……なのじゃ……好きになんか……なれないのじゃ……」
アイシャが呟く。しゃくり上げながら、言葉を紡ぐ。
「私たちは、幸せだったのじゃ。獣人の里で、みんな平和に暮らしてて、でも……里が襲われて、みんなバラバラになって……私たちも奴隷にされて……ずっと、もうずっとこんな生活なんだと……諦めるしかなくて……」
レナとミナもすすり泣く。
はしゃいでるときに、本心を押し潰していることは多い。
考えないようにしていることを、見ないですむように。
「それで、さっきゴブリンの群れが襲ってきたとき、鎖をしたまま奴隷商人が逃げて……ようやく死ねると思ったのじゃ……でも、いざ死を目の前にすると、怖くて……怖くて……死にたくなかったのじゃ。もっと、生きたかったのじゃ」
私はアイシャとレナミナを抱き寄せる。
三人はまた私の胸で泣く。
そうしてしばらくして、私は三人に再び顔を上げさせる。
「自分の心に従う。これは私の常識、ルール、マナー。あなたたちに強要するつもりはない。それでも、あなたたちが自分の生き方を変えたいと思うのなら、私が手伝ってあげる」
三人は顔を見合わせ、そして私を見て、同時に勢いよく頭を下げる。
「お願いします、なのじゃ……コウ姉」
「私たちを」「助けて」
私は微笑み、三人の頭を順に撫でる。
「当然でしょ。どんな事態になっても、コウ姉に任せなさい」
三人が笑顔になるのを待って、私は逆にお願いをしてみる。
「ところで、その耳……触らせてもらえないかしら?」
「み、耳なのじゃ? ど、どうぞなのじゃ」
アイシャが頭を傾けて耳を差し出してくる。
私は両手で耳をソッと掴み、その感触に口元を緩める。
いやもう自然に緩んじゃう。
「もふもふー!」
テンションバカ上がり。可愛い×可愛い×気持ちいい!
最高オブ最高ね!
その後、微妙に違いが出る耳の感触を三人分楽しませてもらい、満足する。
「獣人の耳を触りたがるなんて、変な人なのじゃ」
呆れたような顔をしつつも、アイシャが微笑む。
そう、その顔が良い。
常にその顔でいろなんて言わない。その顔が出せる精神状態にあるのが最高なのよ。
さて、それじゃあ実態を確かめなくちゃ。
話し合えば意外と簡単に解決する、なんてことも少しは期待している。
そしてそれ以上に、無理だろうな。とも思っている。
まあとにかく、私の可愛い三人娘が実際に傷つけられたら私が出る。
アイシャたちが傷つけられるのは嫌だから、そうならないことを願うけどね。
こうして、私の異世界での目的が決まった。