私が異世界転移ってどんだけ~
私は西園寺幸雄。
みんなからはコウ姉って呼ばれてるわ。
好きなものは猫。好きな食べ物はお肉と生姜ね。
好きなタイプは……そうね、頑張って生きてる人かしら。
──なぜ自己紹介を始めたかって?
混乱してるからよ。
だっておかしいじゃない。
私、ついさっきまで都内のマンションにいたのよ?
お肌が気になるお年頃だからパックして、お友達とくだらないことで話し合ってて……そろそろ寝ようかしら、なんて思って、急に玄関の鍵締めたかしらって気になって目を開けたら、これよ。
大草原。
見渡す限りの緑。草。遠くに山。富士山より大きいんじゃないの?
明らかに日本じゃないのよね。
もちろん最初は夢を疑ったわ。自分の頬を殴ってみたり、シックスパックを殴打してみたりしたわ。でも全然ダメ。すごく痛い。さすが私。
はぁ……やっぱり夢じゃないみたい。
服はパジャマのままっていうのがまたいやらしいわ。
裸足でこんなところに放り出されて、びっくりドンキーコングよ。
んー、それにしても本当に困ったわ。
たぶんこれって異世界転移ってやつよね。
前にバーで隣になった若いお兄さんが目を輝かせて話してたっけ。
まあ、百歩譲って転移したのは良いとしても、よ。
せめてオシャレしたかったわ。外行き用の服が良かった。
神様にお願いしたらちょっと戻れないかしら…………ダメね。
そういえば一生のお願いなんて小学校三年生のときに使い切っちゃったんだった。
とかなんとか、バカなことをしてたら遠くから何か聞こえてきたわ。
んー、距離はちょっとあるけど視力5・0(参考記録)、地獄目のコウをナメるんじゃないわよ。
「……え? 嘘でしょ、なにあれ変なの」
目を凝らすと、まず人が見えた。三人ぐらいね。
近くに馬車があって(珍しい!)、その回りに緑色をした、小学校低学年ぐらいの背丈の奴らが十匹ぐらい群がってる。
昔友達にやらせてもらったゲームの敵に似てる。
あれ、ゴブリンってやつよね。もしかして襲われてる?
もちろん迷うわ。
私はヒーローじゃない。普通の人間よ。
でも、困ってる人を見捨てることは出来ない。
まあ、あとは打算よ。
何も手がかりがない状態より、人と出会って情報を聞き出した方が有益でしょ?
というわけで、私は駆けだしたわ。
百メートル十秒フラットの自慢の脚力であっという間にたどり着いてやったわ。
すると、さっきの場所で見ていたものとは違う光景が見えてきた。
三人は、女の子だった。それも高校生や小学生ぐらいの。
ゴブリン(仮定)は十数匹に膨れあがり、じわじわと女の子たちを追いつめていっている最中だった。
さらに私を嫌な気分にさせたのは、馬車と女の子たちが鎖で繋がれていること。さぞかし大事なものを詰んでいるのだろうけれど、こういうのは不快だわ。たとえ彼女たちが望んでいたとしても。
傷だらけの少女たちは身体の至るところに傷を負っていて、油断すればすぐにゴブリンたちに襲われて息絶えてしまうかもしれない。
ゴブリンたちにも事情があるのかもしれない。
人を襲い、食べないと死んじゃうっていうのも分かる。
でも、あの下卑た笑顔が嫌。
これはもう、生理的嫌悪だからどうしようもないわね。
だから私は、とりあえずこっちに背を向けてる一体を蹴り飛ばした。
「ごぶぅあああッ」
飛んでったゴブリンの悲鳴に、女の子たち含め場にいる全員がこちらを見た。そして全員が頭に「?」を浮かべる。
「……だ、だれ?」
女の子のうち、高校生ぐらいの子が言う。
私は出来るだけ警戒されないように、笑顔を向ける。
小学生ぐらいの子がビクッとした。失礼しちゃうわ。
「通りすがりのオネェよ。お節介だったらごめんなさいね」
私は女の子たち、そしてざわめいているゴブリンたちを見て言った。
「助けは必要かしら?」
女の子たちは顔を見合わせる。
まあ無理もないわね。いきなりスキンヘッドのオネェが話しかけたらびっくりするわよね。
……いやオネェじゃなくてもびっくりするわね。
「あいたッ」
突然お尻の左側に刺すような痛みが走って飛び上がる。
犯人はゴブリンの一体だった。槍を持ってる。
私はその槍を掴んで、引っこ抜く。そして拳骨を喰らわせると「ゴビュッ」と変な声を出してゴブリンは消滅した。
その身体から小さな光の玉がいくつも出て来て、私の身体に吸い込まれていく。
「え? やだやだ、なに今の? え、え、変な病気になったりするやつ? やだー」
「あ、あの……大丈夫だと、思うのじゃ」
私が身体をさすってぴょんぴょんしてると、小学生ぐらいの子が話しかけてきた。他の二人もこちらを見ている。やだ、恥ずかしいところ見られちゃった。
「だ、大丈夫ってどういうこと?」
「それは経験値と言って、モンスターを倒すと手に入るものなのじゃ。一定数貯まると、レベルが上がるのじゃ」
「……身体に害はないってこと?」
「そういうことなのじゃ」
私はふーっと息を吐く。
「良かったー。呪いだったらどうしようかと思ったわ。教えてくれてありがとう、のじゃ子ちゃん」
「の、のじゃ子? あ、ど、どういたしまして……なのじゃ」
照れてるー。可愛いー。ハグしてチューしたい。
でもダメね。そんなことしたら案件よ案件。
「それで、私の助けはいる? まあいらないって言っても、無理やりでも助けるけど。一応ね、聞いておこうかなって」
のじゃ子ちゃんと高校生ぐらいの二人は顔を見合わせ、頷く。
「お願いしたいのじゃ、旅の戦士様ッ」
必死に懇願するのじゃ子ちゃんたち。でも、私は肩をすくめる。
だって、そんなときめかない言葉じゃ嫌だもの。
「ねえ、のじゃ子ちゃんたち。私は旅の戦士じゃない。ただのオネェよ。ほら、それをふまえてもう一度お願いしてみて」
「へ? あ……えっと、た、助けてくださいオネェ様!」
「上出来よ。最高。あとでハグさせて」
危ない。あまりの可愛さに鼻血噴いちゃうとこだった。
私が可愛い生き物たちにグッジョブを送ると、いい加減痺れを切らしたゴブリンたちが一斉に襲いかかってくる。
でも残念。私はもう「構えてる」。
地元の輩たちを“のした”「コウ姉アサルトスタイル」。
両拳を握り、顔の近くまで上げる。
私の頭の中で「ガチンッ」と装填された音が聞こえる。
「私のジャブは、ストレートより重いわよ」
「ゴブァッ」「ギャヒィ」「ブブベェッ」「バボボォッ」
奇妙な叫び声を上げながらゴブリンたちが吹っ飛んで経験値になる。
私に向かってくる者たちを殴り倒していく。
そしてあらかた片付いたところで、全速力で駆ける。
「ゴブァアッ」
「きゃあああッ」
私の戦いに見とれていた女の子たちに襲いかかるゲスなゴブリン。
しかしそれを想定していた私がゴブリンの前に出る方が速い。
「残念でした。生まれ変わったら、良い男になりなさい」
飛び込んできたゴブリンはもう止まれない。
私は拳を肩まで引き、射出した。
ドパンッ、と音がして、ゴブリンが弾け飛ぶ。
私は渾身のストレートを放った体勢のまま、経験値を受け入れる。
「もう大丈夫よ」
振り返り、のじゃ子ちゃんたちに笑顔を向ける。
すると三人はその場にへたり込み、大声で泣き始めた。
「うぇえええ……怖かったよぉお」
「もう、もうダメがど思っだ~」
「のじゃ~」
張り詰めた糸が切れたのだ。
三人のあまりの泣きっぷりに、思わず笑っちゃう。
そして三人の前に膝をつき、抱きしめてあげる。
「よしよし、よく頑張ったわ三人とも。もう大丈夫よ。大丈夫」
のじゃ子ちゃんたちは私を怖がらず、ひしっと抱きついてくる。
本当に怖かったのね、可哀相に。
私はこの子たちの気持ちが痛いほどよく分かる。
だから今は、泣き止むまで強く抱きしめてやった。
「オネェ様~」
「はいはい、好きなだけ泣きなさい。落ち着くまでこうしててあげるから」
とまあ、こんな感じで……私の異世界生活が始まったのでした。
読んでいただき、ありがとうございます。
ここで一つだけ注意を。
※あくまでもキャラとしての「オネェ」ですので、実際のオネェ様方とは何の関係もございません。
次回もよろしくお願いいたします。