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緑色の敵(三十と一夜の短篇第27回)

作者: 錫 蒔隆
掲載日:2018/06/27

それを森と呼ぶのは不適切である。もともと一個の個体であって、それがほかの動植物を吸収して肥大化した。現在直径三〇キロメートル。それが徐々に徐々に日々、大きくなってゆく。もともとは試験管のなかの、〇.五ミリメートルの小さな小さな植物性プランクトンだった。

光合成をおこなうこの単細胞生物は、雑食である。植物性プランクトンも動物性プランクトンも、隔てなく喰らう。特異であるのは、食べたものを吸収して肥大化してゆくところ。取りこんだ体積をそのまま、自己の体積として倍増させる。体積の倍増に伴って、捕食対象も変化する。

単細胞生物でありながら、分裂をしない。捕食をしなくても、光合成によって体積を膨張させてゆく。人造の光でも光合成をなす。光を断っても死なない。試験管に収まりきらなくなり、水槽で飼われるようになる。膨張八〇センチメートル。それはついに自力で、水槽を抜けだす。研究員ひとりを喰らって、研究所からも抜けだした。

研究所とはなにか。陸軍の開発課とも、帝大の実験室とも噂される。憶測の域を出ない。出所は秘匿される。巷間で語られるそれの由来については、真偽があやふやである。人造であるか天然であるか、定説であるか仮説であるか。ただ事実として、それがそこにある。脅威として、そこに存在している。そこにある以上、対処していかなければならない。

それが動くことはない。そこから動くことはないが、その体積を膨らませていっている。獰猛に、そして狡猾に。町ひとつと一市の半分が、それに喰われている。そこの住民は安否不明。それに捕食されたものと思われる。

私は車を飛ばし、それのもとへ向かった。都市を侵蝕した、不気味な森。樹齢を重ねた大木の幹のような野太い茎が、幾重にも折りかさなって森のように見える。茎の隙間を縫うように、無数の蔓が伸びている。私は思わず、声をあげる。

「京子......」

愛しい女の姿が、そこにある。それに呑みこまれたはずの、私の恋人。噂はほんとうだった。それのまえに立てば、それに喰われた人にあえる。

「来てくれたのね、うれしい......」

まぎれもない京子の声だ。その体を抱きよせるが、私にはわかっている。これは京子ではなく、ただの「疑似餌」だと。体内に取りこんだ京子を、体外で再構築しただけの肉。土中に根が繋がっているはずだ。それは狡猾きわまりない。人間というものを深く理解し、「疑似餌」を用いる。記憶と人格を擬態した肉で、おびきよせる。まんまとおびきよせられた私は、それの餌食となるのだ。

私は眼を閉じた。私を喰らうために、京子の体が花ひらくさまを見たくはなかった。私は喰われる。だが、ただで死ぬつもりはない。効くかどうかわからないが、除草剤の瓶を大量に身につけている。こんな微量でどうにかできるものでないことはわかっている。けれど少しでも、痛苦をあたえることができるのではないだろうか。

瞼の裏の闇のなかで、それの悲鳴が聞こえたような気がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  海水を汲み上げて、盛大にぶっかけるくらいしないと萎れそうにないような気がします。しかし、塩害にあった田畑でも生えてくる草がありますから、退治するにも塩、薬、火と段階が必要かも知れませんね…
[一言] 巨大化する単細胞生物……妄想が膨らみます。 でも単細胞ということは核がひとつだけなので、そこをピンポイントに攻撃したら退治できそうな気がします。 もっとも、核を見つけるまでが大変そうですけ…
[一言] 狡猾なみどり君が使う「疑似餌」いいですね!  取り込まれるのも好きです。異物に取り込まれるワクワク感!! 不気味な要素の二点ですが、わたしは大好物でした。
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