第6話 暗躍
学園の高等部では、一般の高校とは異なり、「異能者育成に特化した授業」という科目がカリキュラムに組まれている。
一年の時は、日に一コマか二コマ。
学年が上がっていくと、その割合は増える。
その「異能者育成に特化した授業」の内容は、
異能の知識に関する事。
実際の異能の使い方。
それに「戦闘訓練」だ。
本日は、その「戦闘訓練」が行われる日である。
異能者とはいえ一介の高校生に過ぎない学園の生徒が、「戦闘訓練」なんて物騒な授業をするのにはちゃんとした理由がある。
というより、実は異能者として社会に出た際、一番役に立つのがこの「戦闘訓練」だったりする。
学園の卒業生の大半は、軍や警察、要人警護など、割と血生臭い仕事に就く。
異能者は戦闘力が高いので元々これらの職に適性があるというのもあるが、一番の理由は、異能犯罪者らの急増だ。
彼らに対抗できる異能者の存在は貴重であり、軍や警察関係からの需要は常に逼迫していると言ってもいいほどだ。
故に、在学中から「戦闘訓練」を行うのが必須になっているのである。
一方、学園卒業者の中には軍や警察関係以外の職に就く者もいるのだが、そんな彼らも身の危険に晒されるケースが多かったりする。
というのも、異能者が活躍する職場というのは、かなり特殊で限定的なのだ。ただし、これは決して異能者が普通の仕事に就けないという意味ではない。希少で強力な異能者のリソースを有効に活用しようとした結果、必然的にそういった特殊な職場になってしまうのだ。
具体的に言うと、新たな鉱山開発、深海の調査、新薬の開発……などだ。
これまで技術開発が成し得なかった分野、あるいは生身の人間では研究が進まなかった分野で、異能者達は異能の力でイノベーションを巻き起こしてきた。
一般的にはあまり報じられていないが、最先端の現場では、異能者は無二の力を持つ特権的な存在なのである。学園在学中から繰り広げられている高ランクの異能者獲得競争も、そういった背景で引き起こされている。
成功すれば一攫千金。その分野のパイオニアとして、甘い果実を独占できるわけだが、実はそう甘い話ばかりでもない。
そういった分野では各国や大企業の利害が衝突している場合がほとんどだ。しかも、動く金が桁違いなので、その衝突は生半可なものでは済まない。
妨害や買収、そんな話は尽きることはない。
そして時には、それに関わる異能者が危険な状態に陥る事もある。
例えば、とある新薬の開発で、開発の要となる異能者がいなくなればどうなるだろうか?
例えば、新たに見つかった鉱脈で、採掘の要となる異能者がいなくなればどうなるだろうか?
異能者は数々の分野でイノベーションを引き起こしてきたと言ったが、それは翻せば、異能者がいなければイノベーションが起きなかったという事でもある。
利害のぶつかるライバル国からすれば、相手のプロジェクトを破たんさせる一番簡単な方法が、要になっている異能者を排除する事なのである。
妨害の矛先が異能者個人に向けられる事は日常茶飯事だ。
結局、学園の生徒は、将来軍や警察に入らなくても、最低限の個人戦闘に長けている必要があるのだ。
「――うりゃ!」
亮平が拳を繰り出す。
狙いはヘッドギアで覆われている康太の側頭部だ。
まともに食らうとただでは済まないだろう。
康太は身体を捻り、何とかその攻撃を躱す。
そして、反撃に移ろうとした。
「まだだ!」
「なっ――!?」
康太が体勢を整えるより先に、亮平が追撃をかけてきた。
亮平のもつ異能――【加速】だ。
加速の効果は一時的に自分のスピードを速めるというもの。
亮平はEランクなのでその効力が長くは続かないが、このような対人戦だと大きな効果を発揮する。
「ぐあっ!」
康太の脇腹に亮平の蹴りがめり込む。
誰が見ても有効打だった。
「――それまで!」
審判役の香奈が、決着の判定を下す。
「痛~っ!」
悶絶して地面に転がる康太。
その康太に香奈が慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫、秦野くん? ちょっと亮平、もうちょっと加減しなさいよ! 中等部から戦闘訓練を受けている私達と違って秦野くんはこの訓練をはじめてまだ日が浅いんだから」
「うっ……。悪いな、康太。まともに入っちまった」
亮平がバツが悪そうにそう言った。
今は「戦闘訓練」の一環で、クラスメイトと組手を行っている最中だ。
グラウンドでは、生徒達が数人ずつのグループに分かれて、そこここで組手を行っていた。
「いや、亮平の動き凄かったよ。俺ももっと頑張らないと」
亮平から差し出された手を握って立ち上がると、康太は苦笑いを浮かべる。
「そう悲観することないぞ。秦野」
声を掛けてきたのは、康太と亮平の組手を観戦していた北野先生だった。
「中盤まで風の盾を使った防御はなかなかのものだった。レイターにしては異能を使いこなせている方だと思うぞ」
「ありがとうございます」
北野先生は康太のクラスの担任だ。
今年で三十四歳。
実家は軍関係で割と有名な家らしく、異能者として従軍経験もある。
生徒思いのいい先生だと思うのだが、女性関係ではなかなか良い縁に恵まれないらしく、いまだ独身だった。
「それにしても、やはり対人戦闘は慣れていないようだな」
「はい」
「まぁ、学園に来るまでは普通の中学生をやってたわけだから仕方がないだろう。まだ一年だ。二年からはもう少し「戦闘訓練」の授業も増えるわけだし、気長にやっていけばいい」
「はい、分かりました」
――――
康太のクラスの授業風景を、宇佐部舞は空き教室から見下ろしていた。
「どう思う?」
『普通の、パッとしない学生だわな。測定結果の通り、どっからどう見てもEランクだ』
舞の問いに答えたのは、使役精霊のらいらいだ。
彼(?)は、その可愛らしい容姿には似つかわしくない、まるで中年オッサンのような野太い声で喋った。
「そうよね。まぁ、わざわざ実力を隠して異能値測定を受けるような奴が、授業なんかでボロを出すわけないんだけど……。
あーもう、アイツは一体何者なのよ! 何で素性調査にも何も引っ掛からないの!?」
舞は激昂すると、康太の調査結果が記された紙を床に叩きつけた。
数日かけて行われた秦野康太の素性調査。
結果は、康太に不審な点は無く、ごく普通の一般人という事だった。
当人の戸籍や生い立ちには何らいかがわしい点は見られない。
両親は既に他界して天涯孤独という事だが、その両親の戸籍も特筆すべき点が見当たらなかった。
本来なら気にする必要のない存在。
だが、康太は自分の実力を隠していた―――。
異能値測定ではEランクということだったが、少なくとも彼はDランク、それも中位以上の実力の持ち主だ。
そのことは、舞が自分の目で直に確認したので間違いはない。
しかし問題は、なぜ康太が実力を隠し、ランクを低く見せているかだ。
急に実力が上がったから気付いていないだけ?
いや、それは考え辛い。
異能者は異能値ランクが高いほど評価される存在だ。
学園の誰もがランクをあげようと日々努力している。
EランクからDランク中位まで大幅に上昇したのなら、体感的にかなり変化を感じ取れる。気付かない人間はまずいないだろう。
学園の生徒なら、直ぐにでも異能値の再測定を願い出る所なのだが、康太はそれ行う気配は全く見せていなかった。
それに康太はレイタ―という話だ。
一般的に能力値が低いレイタ―で、Dランクに達した者など聞いたことがない。
それだけでも、康太の異常さに疑問を持つには十分だった。
何らかの方法で異能値測定を誤魔化した?
いや、そもそも異能値測定を誤魔化すことなど出来るのだろうか?
異能値測定機は公式のランク付けにも影響する為、偽装が出来ない様、最先端の技術が導入されている。そして、測定時には複数の人間が立ち会うことが義務付けられている。
そんな厳重な監視下で行われる測定試験を誤魔化せるはずがない。少なくとも、舞はその方法を知らない。
どこかの組織から密命を帯びているのか? なんてことも考えたが、正直その線は薄いだろう。
バレた時のリスクが大きすぎる。
こんなスパイを潜入させるような行為を露骨にやってしまうと、実行した組織はバレた時に他の組織から袋叩きにされてしまう。
結局、康太の本当の実力も、その実力を隠している意図も舞は分からなかった。
藁にもすがる思いで素性調査の結果に期待したのだが、康太の正体の片鱗すら掴むことは出来なかった。
「……こうなったら、少し強引な手段に出るしかないわね」
『いいのか、お嬢? あまり無茶すると本末転倒なんじゃねーのか?』
「仕方ないじゃない、時間がないのよ!」
『……』
らいらいはヤンワリと宥めようとしたのだが、舞の決意は揺るがなかった。
「らいらい、力を貸して」
『……ま、しゃーないか』
らいらいはそう言うと、ずんぐりした体を揺らした。
その日の放課後、康太は下駄箱で一通の手紙を見つけた。
『お前の正体を知っている。今晩八時に学園裏の旧時計台まで一人で来い』
手紙にはそう記されていた。
日本の軍といえば自衛隊になるのですが、そうなると話がややこしくなるので、この世界の日本は軍隊を持っている事にしました。