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ハーフエルフですが何か?  作者: はるきんぐ
第1章 学園入学
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第5話 部活

 康太が学園に入学して十日ほど経った。

 これまでのところ生活は概ね順調だ。


 まだ新学期という事もあり、授業に関して大きな問題は生じていない。日に一コマから二コマ行われる異能者特有の授業も、力を隠して無難に乗り切ることが出来ている。


 私生活の方も同様だ。康太にとって生まれて初めての一人暮らしになるのだが、病弱だった母に代わって家事は一通りこなしてきたので、特に困ることはなかった。もっとも、学生寮は格安のクリーニング屋や栄養満点の学食など設備が充実している。例え康太が家事力ゼロでも困るような事はなかったかもしれないが。


 一方で、康太はこの学園特有の"勧誘"にはいまだ馴染めないでいた。


 先日、氷川先輩がこの教室を訪れ、二宮あかりを自陣営に勧誘した。

 どうやら、学園ではいくつもの"派閥"が形成されているらしく、力のある能力者の獲得競争は熾烈を極めているようだ。


 学園に入学するまで普通の中学生として生きてきた康太にとって、こんな露骨な派閥争いを目撃するなど生まれて初めてのことだった。亮平の話では、異能値測定によって新たなランクに更新された新学期――つまり今が、最も勧誘が活発になる時期らしい。


 先日もそうだ。

 ある日の昼休み、穏やかに昼食を囲んでいた一年八組に、強面の集団が乗り込んできたのだ。




「おらぁ! この教室に二宮あかりって奴はいるかぁぁ!?」


 先頭の男は、今時珍しいモヒカンをしていた。

 どうやらあかりに用があるらしい。


「おらぁ! どいつが二宮あかりだぁ!?」


 モヒカンの乱入に、クラスメイト達は呆気にとられていた。

 だが、モヒカンが一睨みすると、スーと生徒が退いて道が作られる。

 その道の先にいたのは、自分の席に座ってガタガタ震えるあかりだった。


 モヒカンとその一味は、ツカツカとその道を進む。


「てめぇが、二宮あかりか?」

「……は、はぃ……。な、何でしょうか……?」


 今にも消えてしまいそうな小声であかりが応じる。

 モヒカンはガタイが良い。

 そんなモヒカンが小柄なあかりを見下ろす絵は、まるで大人が小さな子供をイジメているようにも見えた。


鬼小島(おにこじま)さんがお呼びだ。今日の放課後、体育館裏まで来い」


 モヒカンは、その体躯にピッタリのドスの効いた声でそう言った。


「お、鬼小島さんが……?」


「なんだぁ!? 文句あんのかぁ!?」

「ひ、ひぃぃぃぃっ!? あ、ありませんっ!」


 モヒカンはあかりに向かって更に凄み、「ぜってぇ来いよ!」と念を押した上で、ドスドスと足音を立てながら教室を後にした。

 残されたのは、雰囲気に圧倒され、魂が燃え尽きたように真っ白になったあかりだった。


 その光景を見ていた康太は、流石に心配になってしまった。


「……亮平、あのモヒカンの奴は?」

「ああ、三年の鬼小島先輩の舎弟だよ」


 舎弟? 高校生なのに舎弟なんてあるのか?

 康太は気になったが、その疑問は取り敢えず後回しにした。


「何かヤバそうだけど、二宮さんは大丈夫なのか?」

「あー、大丈夫だよ。鬼小島先輩のとこの連中はガラの悪い奴が多いけど、弱い者イジメとかはしないから」

「じゃあ、今のは?」

「たぶん、勧誘だな。この前の氷川先輩と同じだよ」

「……」


 あれが勧誘?

 どうみても喧嘩の呼び出しじゃねーか。


 そう思う康太だったのだが、ふと、亮平が全く気に留めていない事に気付いた。他のクラスメイトに視線を移しても、香奈や麻美は何事もなかったかのように昼ご飯を食べていた。


 動揺しているのは事情をあまり知らない康太と、呼び出しを受けたあかりだけのようだ。

 どうやら、本当にさっきのモヒカンは危険ではないらしい。


「今まで誰も目を付けてなかった二宮が急に実力を伸ばしたからな。だぶん、二宮には他の陣営からも誘いがくると思うぜ?」


 その後、亮平の予想通りあかりは色んな人から呼び出しを食らっていた。

 

 そして、よくよくクラスメイトの様子を観察していると、勧誘を受けているのはあかり一人ではなかった。休み時間に誰かから呼び出しを受けているクラスメイトの姿を何度か目撃した。


 亮平に聞くと、それが勧誘の普通のスタイルであり、あかりの時のような目立つやり方は珍しいとの事。おそらく、先の異能値測定であかりが断トツの成績を残した為、激しい獲得競争になると予想した氷川先輩などが敢えて他の派閥に見せつける様な勧誘を行ったのだろう、という話だ。


 その見識も概ね当たっているようで。あかりへの誘いが圧倒的に多く、当の本人がその反響の大きさに一番戸惑っているようだった。




―――




 ある日の放課後、康太は文化部の部室棟に向かって歩いていた。


 4月も半ばが過ぎ、入部届の提出期限が迫っていた。

 康太は色々悩んだ末、「文芸部」に入部すること決めた。


 康太が文芸部を選択した理由は、単純に消去法だ。

 まず、康太は体育会系の部活に入るつもりはなかった。

 そして、自由度の高い部活を求めていた。

 更に、調べものなどを違和感なく行える環境が欲しかった。

 加えて、部員の少ない部活が良かった。

 そういった諸条件に適わない部活を消していった結果、残ったのが文芸部だったのだ。




「ん?」


 部室棟に入る直前、康太の目に見知った顔が飛び込んできた。


 ――高船美里。

 入学式の翌日に一度会話した、高船神社の娘だ。

 彼女とはクラスが違ったので、あの日以来会話をしていなかった。


 美里は、人気の少ない校舎裏に、男子生徒と二人で立っていた。


(あれ? これって、もしかして……)


 放課後。

 男女が二人っきり。

 人気のない校舎裏。


 こんな分かり易いシチュエーションを目にして、若い男女の逢瀬を想像してしまうのは康太だけではないだろう。


(いやぁ、青春ですなぁ)


 康太は厭らしい笑みを浮かべて物陰に隠れると、二人の様子を窺った。


 だが、美里から発せられた言葉は、康太が期待するものではなかった。


「―――お呼び出ししたのは他でもありません。高船神社の陣営に、加わっていただけないでしょうか?」


「……え? いや……」


 どうやら、男子生徒も思っていたのと違う話だったようで、露骨にガッカリした表情をしている。


「貴方が、氷川先輩の傘下にいらっしゃるのは分かっています。それを承知の上でお願いします。どうか、高船神社の陣営に加わって頂けないでしょうか?」

「うーん、でもなぁ……」

「……でしたら、お願いがあるのですが―――」


 物陰で聞き耳を立てていた康太だったが、これ以上の盗み聞きはさすがに悪いと思い、静かにその場を後にした。


(高船さんも大変だな。そういえば、彼女は高船神社の巫女らしいからな)


 高船神社は全国に千以上の分社を持つ、日本でも有数の神社だ。

 異能者の業界でもそれなりの影響力を持っている。

 美里の行動はおそらく、氷川財閥の為に勧誘に励む氷川沙織と同じだ。

 名のある実家を持つ美里も、優秀な異能者の獲得に余念がないのであろう。


(でも高船さんは美人だからな、勧誘は意外と捗るかも。さっきの男子も直前まで顔を真っ赤にしてたし……)


 そんなことを考えている間に、康太は文芸部の部室に到着した。





 部室の扉をノックすると、中から「はーい、どうぞ」と女子生徒の声が聞こえてきた。


「失礼しまーす」


 文芸部室は、一般の教室の半分ほどの大きさだった。

 壁際に設置された三つの本棚にはギッシリと本が収納されている。

 本棚の前には、二つの長机と幾つかのパイプ椅子。

 そして、そこには一人の少女が腰掛けていた。


「何か、ご用ですか?」


 少女が問い掛けてくる。

 ショートカットの明るい髪に、黒縁メガネ。

 制服のタイの色からして、どうやら上級生のようだ。


「えっと、俺は一年の秦野康太と言います。文芸部に入部させてもらえないかと思って……」


 訝し気に康太の事を見ていた少女だったが、康太が入部の意思を伝えた途端、その表情を輝かせる。


「入部希望? ……マジで!? と、取り敢えず入って!」

「え? あ、はい」


 少女は慌てて立ち上がると、康太をパイプ椅子の一つに促した。


「えーと、秦野くん、だったよね? 文芸部に入部希望ってことでいいの?」


「あ、はい。そうです。……その、失礼ですが先輩は?」


「あ、ごめん、名乗ってなかった。私の名前は宇佐部舞(うさべまい)。高等部の三年で、一応この文芸部の部長よ」


「宇佐部部長、ですね。他の部員の方は……?」


「え? 以上だけど?」


「え?」


「いやー、良かったよ。既存の部員は私だけで、入部希望者も今日までゼロだったからさ、文芸部も私の代で終わりか―って、ちょっと焦ってたんだよね」


 舞はカラカラ笑いながらそう言う。


 そして康太は、この状況に内心で焦っていた。


 一応、康太は文芸部の部員が少ない事を知っていた。

 学園の生徒向けHPでは、学園に存在する部活や課外活動などの一覧を確認することが出来る。そこには、各団体の活動実績のほかに、大まかな所属部員数も掲載されている。少人数の部活を求めていた康太は、文芸部の部員数が五人以下と記されているのを確認した上で、ここに来た。

 しかし、まさか部員が一人だけとは思っていなかった。


(いくらなんでも、放課後ずっと二人きりというのはなぁ……)


 年齢=彼女いない歴の康太には、それは(いささ)かハードルが高い。

 それに、来年以降の問題もある。今の文芸部に入部すれば、舞が卒業した来年に康太が部長になるのはほぼ確実だ。舞には失礼な話なのだが、康太はそこまで本腰入れて文芸部に取り組むつもりはなかった。

 躊躇している康太の内心を読んだのだろう、舞が口を開く。


「……まさか、入部を辞めるなんて言わないよね?」

「――え?」


 ギクリ。

 と康太が顔を引き攣らせた瞬間、舞がズイッと詰め寄ってきた。


「やっぱ、そのつもりなんでしょ!?」

「あ、いや……」

「ね、お願い! そんなこと言わないで! さっきも言ったけど秦野くんいないと来年には部員ゼロになっちゃうんだって! 高等部三年間を費やした部活が廃部なんてこんな悲しい話ないのよ!」


 舞は拝むように両手を合わせて康太に懇願する。女性に、しかも上級生にそこまでされて、康太は何も言えなくなってしまった。


(まぁ、二人っきりが気まずいという点を除けば、それなりに理想的な環境ではあるな……)


「……と、取り敢えず、今日は仮入部届を提出って事で……」

「ほんと!? ありがとう!」


 仮入部は、四月末の本入部の時まで部に一時的に籍を置くと言うものだ。

 康太にすればその場凌ぎの意味合いもあったのだが、舞は殊の外嬉しそうな表情を見せた。もしかしたら、第一段階突破とか考えているのかもしれない。


 ちょっと早まったかなと考えている康太の目に、白く動くものが飛び込んできた。


「……あれは、先輩の精霊ですか?」


「ん? ああ、これは私の親友の"らいらい"よ! 可愛いでしょ?」


 ずんぐりと太った猫のような動物が、半目で康太を見つめていた。


「そ、そうですね。……これは鳥ですか?」

「そうよ、雷鳥。だから、らいらい」


 らいらいは無表情に康太を見つめていたが、やがて興味を失ったのか、明後日の方に視線を移した。


 その後、康太は舞から文芸部の活動内容について説明を聞いた。

 活動は基本的に週に二回。だが、部室は放課後基本的に解放しているので、来たければ毎日来てもいいそうだ。

 その説明の後、康太は仮入部届に氏名やクラスを記入すると、文芸部を後にした。


「じゃあ、また明日ねー」


 元気いっぱいに手を振って送り出してくれる舞を見て、康太は


(やっぱり、早まったかなぁ……)


 と、少し後悔の念を感じるのであった。







「秦野くんかぁ。取り敢えず入部希望がゼロじゃなくて良かったよ」


 康太が部室を去ったあと、舞は鼻歌混じりに独りごちた。


「それにしても、秦野康太……。どっかで聞いたことあるような…………? ――――あっ!」


 舞は慌てて自分の鞄を漁ると、ある書類の入ったファイルを取り出した。

 そして、その書類と康太が書いた仮入部届を食い入るように交互に見つめる。


「……やっぱり。でも、じゃあどうして? ……と、こうしちゃいられないわ!」


 舞はスマホを取り出し、急いで電話を掛ける。


「―――今年から一年の特殊クラスに入った秦野康太という生徒の素性を調べて」


「――そう、気になるの。―――それは分からないけど、少なくとも彼は、実力を隠している(・・・・・・・・)のは間違いない」


 その後、いくつかの指示を出し終えると、舞は電話を切った。

 そして、やや上気した顔で舞はポツリと呟いた。






「―――もしかしたら、見つけたかもしれない」

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