第2話 能力測定
異能値の測定が終わると、次は身体能力の測定が行われる。
測定方法は至ってシンプルだ。
新入生同士で一対一の模擬戦を行い、観戦した試験官が個々の身体能力に点数を付ける。
模擬戦の結果はそれほど重視されず、模擬戦を通した生徒達の動きが採点基準になる。
模擬戦の相手は、異能値のランクに準じ、概ね力量の似た相手が選ばれる。
つまり、康太の相手は同じEランクかDランク下位の生徒となる。
なるべく近いランクの生徒で模擬戦を行わせるのは、実力差があり過ぎてあっという間に模擬戦が終わってしまった、なんて事態を避けるための配慮らしい。
この模擬戦を、康太は少し楽しみにしていた。
母以外に魔法を披露する機会はこれまでほとんどなかったし、まして模擬戦なんて生まれて初めての事だ。母から事前に、康太の魔法レベルなら学園でもすぐに上位に食い込むだろうとは言われていたが、それでも、初めて訪れた機会に胸躍らずにはいられなかった。
(とはいえ、あんまり興奮しすぎるのも拙いな)
昂ぶる気持ちを紛らわせようと、康太は控室にいる他の生徒に視線を移す。
生徒達は、数人で雑談に興じている者や一人で本を読んでいる者など様々だったが、全体的に落ち着いている様子だった。
学園の生徒のほとんどは、康太と違ってエスカレーター式で進学している。測定試験にも慣れているのかもしれない。
ふと一人の生徒の姿が、康太の視界に入った。
控室の隅の椅子に腰掛けた、ショートカットで小柄な少女。
それだけだと特に気にする所のない少女だが、康太が気になったのは、その顔色だった。
―――明らかに悪い。
しかも、虚ろな瞳でブツブツと独り言を呟いていた。
一応、この測定は内申にも多少の影響を及ぼす。
その事を気に掛け、緊張している生徒がいてもおかしくはない。
康太は最初、そのように考えた。
だが、少女の異質さは、それだけでは説明が付かない気がしたのだ。
(……何だ? 魔力の流れが……)
少女の纏う魔力に違和感を感じ、もう少し念入りに観察しようとしたその時だった。
「――百五十一番佐々木くん、百六十八番秦野くん。選手待機室までどうぞ」
館内アナウンスによって模擬戦の順番が来たことを告げられる。
康太はその少女を一瞥した後、選手待機室へと向かった。
「では、模擬戦のルールを確認します。武器の使用は、刃の部分を潰したものに限り可能です。異能の使用は、当模擬戦はDランク以下の試合ですので、全面的に可能です。勝敗の判定は三つ。①一方が場外に出た場合、②一方が降参した場合、③審判が戦闘不能と判断した場合です」
模擬戦の開始に先立ち、審判を務める職員がルールを説明していく。
Dランク以下の試合は全ての異能が使用可能だ。これは、Dランク以下の異能者では、人を殺すような異能を繰り出せないだろうとの判断からだ。
「当たり前のことですが、相手を殺したり、それに準じた攻撃をした場合は即失格となります。この模擬戦はあくまで身体能力測定の為のものです。それをわきまえた上で臨んでください。では、準備はいいかな?」
審判が康太達に最終確認をとる。
康太の対戦相手は、佐々木くんというEランクの生徒だった。
佐々木くんは剣を片手に持ち、康太を見てニヤニヤ笑っていた。
「では、はじめ!」
「――身体強化!」
審判が試合開始を告げると、佐々木くんが術式を発動した。
身体が淡い光に覆われる。
「オラァ、終わりだ!」
佐々木くんが剣を振るう。
肉体は異能の力で強化されており、一般人には相当強烈な一撃に映るだろう。
だが康太には、拙い強化術で繰り出された大振りの一撃にしか見えなかった。
おまけに、康太目線で佐々木くんは隙だらけだった。
あまりの隙の多さに、眉を顰めたくなるほど。
康太が佐々木くんの攻撃を躱す。
「――なにっ!?」
佐々木くんとしてはクリーンヒットする筈の一撃だったのだろう。
あっさり躱され、その顔に動揺が広がる。
「おいおい調子悪いのかぁ、佐々木」
「レイター相手に負けるなよー!」
佐々木くんの友達だろうか。
場外にいる生徒から、嘲笑混じりの歓声が飛んだ。
――後期能力発現者。
異能者のほとんどは十歳までに異能の力に目覚めるのだが、稀に十歳を過ぎて異能の力を発現する者がいる。そういった異能者はレイターと呼ばれる。
なぜ十歳を過ぎて異能が発現するのか、そのメカニズムは解明されていないものの、統計上、レイターは通常の異能者に比べて能力が低く、一部では蔑称として使われている。
学園に入学するにあたり、康太は世間でいうレイターに該当すると教えられた。そして、レイターである以上、目立たないために尚更この模擬戦に勝ってはならないとも。
康太は模擬戦が始まるまで、そんなの容易い事だと考えていた。適当に隙を作ってわざと攻撃を食らう、ただそれだけの作業だと。
だけど佐々木くんの攻撃を見て、その考えが甘い事だと悟った。
佐々木くんの攻撃はハッキリ言って緩すぎた。
この緩い攻撃を自ら隙を作ってわざと食らうということは、康太に言わせると、三歳児のパンチを食らって大袈裟に痛がる素振りをするようなものだった。
(……絶対に、周りにバレる)
そんな三文芝居に自信のない康太は、すぐに作戦を変更することにした。
「レイターの癖によく俺の攻撃を躱したな。だが、マグレは何度も起きねぇぞ」
佐々木くんはそう言うと、康太に追撃を繰り出してきた。
プライドが傷付いたのかその顔は真っ赤だ。
そして、振りも一段と大振りになった。
そんな佐々木くんの攻撃を、時に躱し、時に風の盾でいなしつつ、康太はジリジリと後退する。
「おいおい、全然当たってねぇぞ」
「でも、相手も反撃出来てねぇ。所詮はレイター、躱すのが精一杯ってとこだろ」
周囲で観戦している生徒が好き勝手なヤジを飛ばす。
そんな中、康太は周りに気付かれない様に自分の立ち位置を確認した。
(……もう少し)
康太の視界の端に、場外を示す白いラインが映る。
「テメェ、ちょこまかとっ……!」
業を煮やした佐々木くんが更に大きく剣を振り回す。
そのタイミングに合わせ、康太は怯えたように大声をあげて後ずさった。
「う、うわぁぁっ!」
康太がよろめきながら白いラインの外側に倒れ込む。
「場外っ! それまで!」
それを聞いた瞬間、佐々木くんが盛大に舌打ちをした。
「ちっ! ルールに助けられたな。実戦ではこうはいかねぇからな!」
佐々木くんはそんな捨て台詞を吐くと、試合後の礼もせずに試験会場を後にした。一方の康太も、それを特に気にすることなく試験会場の隅に下がる。そして、周囲の様子をさり気無く観察した。
「佐々木の奴、結局レイター相手にKO勝ち出来なかったな」
「たまたまじゃね? レイターの方は逃げ回っているだけだったし」
「まぁ、そうかもな。最後は情けなく場外に飛び出していたぐらいだからな」
生徒達の雑談を盗み聞きした康太は、
(特に怪しんでいる奴はいなさそうだな……)
と、胸を撫で下ろすのだった。
――――
本日の学園の予定はこの測定で終了だ。
測定を基にしたクラスの割り振りは、明日の朝発表される。
この後、生徒は自由時間になるのだが、高校からの入学組である康太はまだやることがあった。
学生寮への引っ越し作業だ。
荷物は既に部屋に運び込まれているらしいのだが、その荷解きをする必要がある。
せめて、今晩眠ることが出来る程度には部屋を片付けないといけない。
寮監に鍵を貰い、自分の部屋へと向かう。
そして部屋の中に入った所で、康太は盛大に驚いた。
康太の部屋とした割り当てられた一室は、学生寮とは思えない豪華な造りだった。
二LDKの広い間取り。
キッチン、トイレ、浴槽も部屋に取り付けられている。
まるでかなりお高めのマンションのようだ。
少なくとも、これまで母と二人で住んでいた所よりも遥かに綺麗だった。
「これは、さすがに……」
庶民暮らしが染みついている康太は、この待遇にやや引いてしまった。
もちろん、この高待遇には理由がある。
異能者に向けられる目線は厳しいと言われているが、それは一般的な話だ。国や企業の上層部は別の目線で異能者を見ている。彼らは、異能者は稀有な才能を持つ優秀な人材になり得ると考えている。その力を最大限引き出すためには、しっかりと教育を施し、その才能を伸ばすべきであると。
実は、生徒に高待遇をもたらしているものがもう一つある。
増加する異能犯罪者の存在だ。
異能者の犯罪は凶悪かつ厄介で、異能者全体のイメージを損ねている。
だが、そんな異能犯罪者に最も有効なのが、同じように異能の力を使える捜査官なのだ。そして、学園は優秀な捜査官を何人も輩出してきた。異能犯罪者が増えるほど、それに対抗できる人材を育ててきた学園の存在感が増してくるのである。
最近では、産業発展の為にも、社会秩序維持の為にも、優秀な異能者を育てることは国益に適っていると考える者も増えている。
この学生寮の豪華さは、将来の活躍に期待した先行投資という意味合いが強いのである。
『やっと着いたぁ~』
部屋の豪華さに呆けていた康太の耳に、そんな声が聞こえてきた。
そして、康太の目の前に子猫サイズの白いモフモフがパッと現れる。
「あ、ハクビ。まだ結界も張ってないのに勝手に具現化しちゃダメだろ」
『大丈夫だよ~。ここは異能者だらけ。精霊使いも多いし、そこに精霊がもう一匹加わっても誰も気にはしないよ』
ハクビと呼ばれたモフモフは、康太の言葉を全く気にする様子もなくノンビリした口調で答える。
異世界より召喚された精霊や魔獣の使い道の一つに、使い魔として使役する方法がある。ハクビもそんな精霊の一種だ。康太は他にも何体か精霊を使役しているが、風属性のハクビは康太と最も相性が良く、こうして勝手に具現化することがしばしばあった。
『それよりもここが新しい部屋なんだね! ひろーい! おぉ、ここがお風呂! おっきーい!』
ハクビは無邪気な様子で勝手に動き回り、次々に部屋の中を物色し始めた。
「お、おい、ちょっとハクビ―――」
――ピロリーン♪
康太がハクビを止めようとした時、康太のスマホが鳴った。
「電話……? あ、楓さんだ。もしもし?」
楓さんとは康太の叔母にあたり、母が亡くなってから康太の保護者代わりになってくれている人物である。もっとも、彼女はまだ二十五歳であり「叔母さん」と呼ぶと機嫌が悪くなるので、このように下の名前で呼んでいる。
今回の学園入学に当たって色々と便宜を図ってくれただけでなく、康太に学園の試験内容をリークしたのも彼女であった。
『あ、康太? 入学式どうだった?』
「まぁ、普通だよ。測定も無事終了」
『測定の内容は?』
「予定通り。異能値はEランクで、模擬戦は場外負け」
『そっか。よしよし。じゃあ、あんた明日から特殊クラスね』
「――は?」
楓の言葉を聞いて、康太は思わず固まった。
楓が口にしたのは、康太が明日から所属するクラスの事だ。
学園は一学年八クラス制になっている。
本日行われた測定を基に、能力の高い順に一~七クラスに振り分けられ、残り一クラスは能力測定では判別が付き難かった生徒が割り振られる。この一~七クラスが「一般クラス」と呼ばれるのに対し、残りの一クラスは「特殊クラス」と呼ばれる。
当たり前のことだが、このクラス分けが発表されるのは明日の朝だ。その筈なのだが……。
『特殊クラスに捻じ込むの苦労したのよ~。珍しいレイターだから通常の異能値測定では彼の才能を評価出来ないかもしれない、とか何とかそれっぽいこと言ってようやく認めさせたんだから』
「ちょ、ちょっと待ってよ。叔母さん――」
『――オバサン?』
電話越しに聞こえる楓の音程が、一オクターブ下がる。
「あ、いや、楓さん。……ってその話じゃなくて。じゃあ、今日の測定試験は?」
『ん? 出来レースだけど?」
「……まじかよ」
『何、不満なの? あんただってそっちの方がいいでしょ? 下手に一般クラスだとちょっと魔力込め過ぎただけで怪しまれる可能性だってあるんだから。その点、特殊クラスなら変わった生徒が多いから多少は誤魔化しきく筈だし』
「まぁ、そうだけど……」
確かに楓の言う通りだ。
そして、その厚意は有り難い。有難いのだが……。
自分の叔母が想像以上に権力を濫用できる立場にいることを知り、康太は愕然としてしまった。
とはいえ、叔母が自分の為に陰ながら動いてくれたのは事実だ。
「その、色々と、ありがとう……」
『ん♪』
康太が素直に礼を言うと、楓は機嫌良さそうに頷いた。
『それより、あんた今日から初めての一人暮らしよね、大丈夫?』
「大丈夫だよ、子供じゃないんだし」
『ちゃんと栄養のあるご飯食べないとダメよ』
「大丈夫。栄養士さん付きの学食があるから」
『ちゃんと火の元には気を付けるのよ』
「大丈夫。そもそもこの学生寮はオール電化だから」
『お金の管理もしっかりするのよ』
「大丈夫。母さんが生きてた頃から家計の管理は俺がしてたから」
『病院の位置は把握した? 風邪ひいてからじゃ遅いんだからね』
「大丈夫だってば!」
あまりに過保護な楓に康太は少し気恥ずかしくなってしまった。
『まぁ、あんたのことだから大丈夫だとは思うけど、何かあったらすぐに連絡するのよ』
「分かった」
『よろしい。じゃあ仕事があるから切るね』
楓はほとんど一方的に用件を話すと、慌ただしく電話を切った。
すると、今度はハクビが騒ぎ始める。
『コウタっ! 凄い! これ水がピューって出るよ! 凄い凄い!』
「――おい、それ食器洗い機じゃねーか! オモチャじゃねーよ!」
悪戯を始めたハクビを康太は慌てて止める。
結局、康太が部屋の片付けを終えたのは深夜になる頃だった。