第16話 入部
第2章開始です。
章タイトルは章が完結した時に公表します。
高船神社の決闘が終わり、康太の生活に穏やかな日常が戻ってきた。
「康太ー、帰りに本屋寄ってかねぇか?」
放課後。
帰り支度をしていると、亮平が話し掛けてきた。
「悪い、今日は部活の日なんだ」
「そっか。部活って読書部だっけ?」
「文芸部。なんだよ読書部って」
「いや、何か本に関する部活ってのは覚えてたんだけど。文芸部って何してんの?」
「……本を読んでる」
「読書部じゃねぇか」
「……そんなことより、亮平こそ部活はどうした? バスケ部」
「昨日試合だったから今日は休みなんだよ」
「そっか」
「ま、部活なら仕方ねぇ。本屋には一人で行くとするか」
「おう、またな」
亮平とのどうでもいい会話を終えた康太は、文芸部室へと向かった。
「お疲れ様でーす」
「あ、秦野くんお疲れー」
「お疲れ様です」
康太が部室に入ると、先に来ていた二人の少女が声をかけてきた。
そのうちの一人は宇佐部舞だ。
学園の高等部三年で、この文芸部の部長。
この部室にいて然るべき人物である。
そして、もう一人の少女は―――。
「秦野くん、ノートなんて広げてどうしたんですか?」
部室に来るなり机にノートを広げた康太に、高船美里が尋ねてきた。
「もうすぐ中間テストだから勉強しようかと思って。頭の良い友達にノートを借りて来たんです」
「なるほど、テストに向けてちゃんと勉強するなんて、秦野くんは真面目なんですね」
「いや、逆です。このままだとマズいから必死になっているだけです」
感心したかのように目を輝かせる美里。
その美里に、康太は苦笑いを浮かべて答える。
どうして美里がこの場にいるかと言うと、彼女が文芸部員になったからだ。
どうして彼女が文芸部員になったかと言うと、それは康太にも良く分からなかった。
いや、よく分からないという表現は御幣があるかもしれない。彼女が入部を決めた際、康太もその場にいたのだから。
先日、楓も含めて四人で喫茶店に行った折、決闘のお礼がしたいと美里が言い出した。
「秦野くん、何か私に出来る事、あるいは、して欲しい事はないでしょうか?」
美里にそう言われて、康太は返答に困った。
今回の決闘は成行きで参加したようなものだ。康太の秘密を守る為には参加せざるを得なかった。逆に言えば、秘密を守ってくれるのであれば、康太は美里に何かを要求するつもりはなかった。
「俺の正体を詮索しないって約束は守ってくれるんですよね? でしたら他には別に……」
「それはもちろん守ります。ですが、秦野くんの正体に関する話は、私達が無理やり言う事を聞いてもらう為の、平たく言えば脅しの話です。秦野くんには今回大変お世話になりました。その恩人に今後もう脅しをしないと言うのは当たり前の事であり、それと秦野くんへのお礼とは全く別の話です」
「まぁ、そうかもしれませんが……」
実を言うと、約束なんて関係なく、美里にはもう康太の正体を詮索するつもりはなかった。恩人を脅すのは失礼という言葉に偽りはないが、それに加えて、康太の正体を知るのが怖いという思いもあった。
三大財閥の一つ西城院家が絡んできたり、学生ではとても太刀打ち出来ない筈のBランク異能者をあっさり打ち倒したりと、康太はとにかく規格外すぎる。その一端だけでこれだけ驚かされる存在なのに、本当の正体になるとどんなものが出て来てしまうのか……。もちろん、興味はあるし、教えてくれるならば知りたいという気持ちも僅かにある。だけど、実際に知ろうと考えると、好奇心以上に躊躇する気持ちの方が勝ってしまうのである。
「決闘では秦野くんに本当に助けて頂きました。どれだけお礼を言っても足らないと私は思っています。何かありませんか? 私に出来る事なら何でも構いませんので……」
美里が上目遣いで康太を見る。
切なそうに潤んだ美里の瞳が、康太を捉える。
その仕草が無性に色っぽくて、康太は吸い込まれそうなになった。
「な、何でも、ですか……」
何でも……?
何でもってどういう事だ?
何でもってのは、その、何でもって事なのか?
あの高船美里が、何でも……?
康太は、思わずゴクリと唾を飲み込む。
「あ、今イヤラシイこと考えたでしょ?」
真っ赤になっている康太を見て、楓が茶化すように言った。
「なっ!? か、考えてない!」
康太が慌てて否定すると、今度は舞が話に入ってきた。
「え、イヤラシイこと考えてたの?」
「だから考えてませんって!」
舞に突っ込むと、美里がボソッと呟く。
「秦野くんが、イヤラシイことを……」
「高船さんまで!? マジで考えてませんから!」
女性陣にイジられて康太はタジタジだ。
楓と舞は冗談で言っていたようだが、美里は素だったようで、その顔は真っ赤だった。
「ふふ、冗談よ。美里ちゃん、そのお礼の話なんだけど、康太の正体を詮索しないというのを、もう一歩踏み込むってのはどうかしら?」
「もう一歩、踏み込む……?」
「そう。詮索しないだけじゃなくて、もしも康太の正体がバレそうになったらさり気無くフォローする。そんな役をやって欲しいのよ」
「それはもちろん構いませんが、そんな事がお礼でいいんでしょうか? その位でしたら頼まれなくてもお受けしますが……」
「あら、その位っていうけどかなり重要な事よ。万が一の時、学園の同級生に協力者がいるといないとでは全然違ってくるから。康太も美里ちゃん達が協力してくれたら助かるでしょ?」
「ああ、そうだね。そうしてくれたら凄く助かります」
康太の言葉を聞いて、美里が納得したように頷いた。
「そうですか。でしたら今後は秦野くんの正体がバレないように最大限の協力をさせて頂きます。舞さんは如何ですか?」
「うん、それが秦野くんのお願いなら喜んで協力させてもらうよ!」
「決まりね」
楓はニコッと笑うと、康太に目配せする。
康太は、うまいお礼を考えてくれた美里に、口の動きだけで「ありがとう」と伝える。
「お二人ともありがとうございます。あ、でも、出来る範囲で構いませんからね」
「わかったよ!」
「承知しました」
康太が念のためにそう言うと、美里と舞は笑顔で頷いた。
これでお礼の話はうまく決着が付いた。そう思っていたのだが……。
「―――え、入部ですか?」
翌日、文芸部室に美里がやってきた。手には入部届を携えて。
「はい。昨日、秦野くんに協力するとお約束しました。その務めをしっかり果たす為には、出来る限り秦野くんの傍にいた方がいいと思います。どこで秘密がバレるかなんて分かりませんからね」
「高船さんの言う通りですが、何もそこまでしなくても……」
「ダメです! 秦野くん、油断しては足元を救われますよ」
「……すみません。でも、高船さんが所属している部活は?」
「書道部に入っていますが毎日活動があるわけではありません。文芸部と掛け持ちすることは出来ます」
「……」
「どこまで協力できるかわかりませんが、秦野くんに受けた御恩に少しでも報いる事が出来るよう、精一杯頑張ります!」
目をキラキラと輝かせて美里が宣言する。
康太は無言で、横に佇む舞を見る。
「こうなったら美里ちゃんに何を言っても無駄だから」
康太はその言葉を聞いて溜め息を吐くと、
「……宜しくお願いします」
と言ったのだった。