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ハーフエルフですが何か?  作者: はるきんぐ
第1章 学園入学
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第14話 高船神社の決闘⑤

 ―――近田の周囲の空気をなくした。


 そう事も無げに言ったハクビに、美里は戦慄していた。

 

 空気を操る術自体はそんなに難易度の高いものではない。ハクビと同じ手法で敵対者を窒息に追い込む異能者は実際に存在する。

 問題なのは、それがどのレベルの異能者にまで通用するかだ。

 

 今回、近田は自分の周囲を結界で覆っていた。この時、結界内部の空気は近田の支配下にあったわけだ。だが、ハクビはその結界を易々と突破し、結界内の空気に干渉してみせた。

 これは、ハクビの力量が近田のそれを上回っているという証左に他ならない。Cランク上位であり、異能者として美里より格上の近田よりも、だ。


 ハクビは「結界を壊した方が楽だった」とも言った。ハクビに言わせると、これも誇張などではなく、単なる事実の一つを言ったに過ぎないのであろう。


 同じことを自分がやれと言われたらどうだろうか?

 美里はハッキリと断言できる。

 今の美里では無理だと。

 美里には、近田の結界を破壊する事は「できない」。

 しかし、ハクビはできるけど「やらない」。


 この違いは明確だ。


 美里は認めざるを得なかった。

 目の前の子猫の様な可愛らしい容姿の精霊は、自分より遥かに強い力を秘めている。




 ―――この精霊()は何者? そして、それを使役する秦野くんは一体……。




 そんな疑問が、自然と溢れてきてしまう。

 つい先ほど、舞とらいらいに詮索することは無礼だと言ったばかりなのに。


 美里は湧き出た考えを打ち消すかのようにブンブンと首を振ると、今なお戦闘の渦中にある康太に視線を向けたのだった。





――――





「そ、そんな、近田が、あんなアッサリと……」


 近田がハクビに倒された。

 その光景を目の当たりにした史郎は激しく動揺していた。


「あ、あんな精霊の存在、事前に知らされていなかった……。覆面(おまえ)もそうだ! お前ら一体何者なんだよ!」

「……」


 史郎の口調はかなり汚いものに変わっていた。

 それだけ取り乱しているということなのだろう。

 史郎の問い掛けに康太は無言だったが、代わりに横にいる鯖島が反応を示した。

 

「くくく、わざわざ覆面を付けてきた奴が素直に正体を明かすわけないでしょう?」

「なっ!? う、うるさい!」


 鯖島に嘲笑された史郎は顔を真っ赤にする。


「……"狂犬"、お前、そんなフザケたこと言っている場合なのか?」

「あん?」

「そもそもお前の攻撃はさっきからほとんど効いてない! 高い金を払わせて、デカい口をきく割に全然大したことないじゃないか!」


 完全に八つ当たりだった。怒りの矛先を向けられた鯖島は、さすがに史郎に白い目を向ける。


「うるせーなぁ、じゃあ自分でやるか?」


「……っ!」


 鯖島が凄むと、史郎は顔を青褪めさせて一、二歩後ずさる。

 

「冗談だよ。ちゃんと貰った金の分は働いてやるから。ちょっと下がってろ」


「くっ、偉そうに……!」


 史郎はそう言いつつも、二人の戦いに巻き込まれないよう距離を開けたのだった。






「……さて、と」


 鯖島が康太の方を向き直る。

 美里たちはここからかなり離れた場所に立っている。

 今、この場に立っているのは康太と鯖島の二人だけだ。


「俺に何か用か?」


 鯖島が何かを喋ろうとしたが、先んじて康太が口を開いた。


「気付いていたのか? 俺がてめぇに用があると」


「俺の知り合いが言っていた、追い込まれた傭兵は碌でもない提案を持ち掛けてくるから用心しろと。決闘で劣勢になったこの状況は、まさに碌でもない話をしてくるタイミングだと思っただけだ」


「……なるほどな。だが、俺の提案は碌でもない話ではないし、追い込まれてこの話をする訳でもねぇ。

 ……なあ覆面、降参するつもりはねぇか?」


 鯖島の言葉は康太にとって予想外のものだった。

 というより、理解不能だった。

 康太たちは有利な状況にあり、降参する必要は全くない。

 普通に考えて有り得ない提案だった。


「……何を言っているのか理解できないんだが?」


「まぁ、普通そうだよな。近田は倒され、俺も得意の魔法弾を封じられた。正直、ここから勝利を掴むのはこの俺でもちょっと骨が折れる」


「骨が折れる? 負けるの言い間違えじゃないのか?」


「あぁん? てめぇ、あんま調子に乗ってんじゃ……、まぁいいか、じゃあ俺たちが負けると仮定してだな、おめぇ、この決闘が終われば全てが終わりだと思うのか?」


「どういう事だ?」


「考えてみろ。おめぇも高船史郎の性格は知ってんだろ? この決闘で敗北しただけで、アイツが本当に諦めると思うか? 高船美里は綺麗に収めたいから決闘に拘っているようだが、俺に言わせるとそれは世間知らずのお嬢ちゃんの考えだな。現実はそんなに甘くねぇ」


「この決闘で高船史郎が負けても、高船美里から手を引くことはない。そう言いたいのか?」


「むしろ手を引くと考える方がおかしいと思うぜ? 今回の決闘を凌げたとしても高船史郎はあの手この手を使って今後も高船美里にちょっかいを出し続けるのは間違いない。そして、人脈も権力もない高船美里はいずれ力負けする。分かるだろ? この決闘の勝敗に意味なんてねぇのさ」


「……」


「それだけじゃねぇぜ。おめぇも高船美里の兄貴の話は聞いてんだろ? 足掻けば足掻くほど同じような犠牲者が出ることになるんだ。後々こんなに足掻かなきゃ良かったって後悔するぐらいなら、今諦めちまった方が賢いってもんじゃねぇか?」


「だから、俺に降参しろと?」


「そうだ。俺が見込んだ限りじゃおめぇは中々の実力者だ。そんなおめぇがどういう理由で高船美里に手を貸してるのかは知らねぇ。が、今降参するんならそれなりの見返りは与えてやるよ」


「見返り?」


「ああ、俺はBランクの異能者だ。金も女もある程度準備できる。少なくとも、高船美里が提示したものよりは良い報酬を与えることができると思うぜ?」


「……」


「どうした? 黙り込んで。……まさかおめぇ、高船美里に惚れた口か? だったらやめとけ。四男とはいえ高船本家が動いてんだ。争うには相手が悪すぎる。いずれてめぇも人知れず闇に葬られるのがオチだぞ」


 康太が黙っていると、鯖島は何を勘違いしたのかそんな事を言い始める。

 康太は溜め息を一つついた後、口を開いた。


「……実は俺も同じことを考えていた。高船史郎が諦めることはない、と」


「ほう?」


「一応、史郎が今後ちょっかいを出さないように手は打ってある。だが、将来のことを考えれば、ここで史郎の心をある程度折っておいた方がいいと思っている」


「……」

 予想と異なる話の展開に、鯖島は眉間に皺を寄せる。


「幸い、お前という相手がいる。力を見せつけるには格好の存在だ。ある程度こっちの力を見せておけば、今後の抑止になるだろう」


 康太の言動は、鯖島を明らかに見下していた。

 侮りを受けた鯖島が気色ばむ。


「てめぇにそれが出来ると思ってんのか?」

「格下相手だ、そんな難しい話じゃない」

「……俺を、格下だと? 穏便に事を終わらせてやろうと下手に出てやったら調子に乗りやがって、ふざけんな!」


「お前こそ正直になれよ、"狂犬"」

「ああ!?」


「俺にわざわざこんな面倒臭い話をして降参を促したのは、俺に勝てる自信がなかったからだろ?」


 あからさまに侮蔑を含んだ言葉。

 鯖島には、覆面越しでも康太が嘲笑しているのが感じ取れた。


「てめぇ、言わせておけば!」


 顔を真っ赤にした鯖島が一歩前に踏み出す。

 その瞬間、康太が鯖島に向けて右手をかざした


「"狂犬"、お前は魔法弾が得意なんだよな? その魔法弾でお前を倒してやるよ」


「っ! てめぇぇぇぇっ!」


 鯖島が吠える。

 度重なる挑発に怒りが頂点に達したのだ。

 ありったけの魔力を両手に込める。

 生意気な覆面の小僧に、特大の魔法弾をお見舞いしてやる。

 そう考え、康太を睨み付けた。


 だが、目の前の光景を見て、鯖島は愕然としてしまった。


 康太は、鯖島と同じように掌に魔力を集中させていた。


 しかし、その魔力量、そして濃度は、鯖島が作り出した魔力弾とは桁違いの物だった。


「……なっ、こんな……」


 鯖島の口から言葉にならない言葉が漏れ、額からは油汗が流れる。


 しかしその間にも、康太の掌の魔力は更に濃度を高めていく。


 康太は当初、ここまで力を見せるつまりはなかった。三日前に決闘参加の依頼を受けた時、どうやって力を見せずに決闘を切り抜けるかを考えていた。だが、史郎を見て考えが変わった。この決闘である程度叩いておかないと、後々の禍根になると判断したのだ。


「くらえ」


 康太の掌から魔法弾が放たれる。

 大きさこそそれほどではないが、込められた魔力量からその威力が規格外であることは容易に想像が出来た。


「……くっ!」


 迫り来る魔法弾。

 鯖島はそれを必死に躱そうとした。


 鯖島は腐ってもBランク異能者だ。

 危機回避能力はそれなりに長けている。

 魔法弾を咄嗟にキャンセル、その魔力を全て身体強化に充てる。

 魔力で極大まで活性化されたつま先と膝と腰の筋肉。

 その筋肉が悲鳴をあげるが、無理やりにでも動かした。


「だぁぁぁぁっ!」


 ギリギリのところで上体を逸らと、先ほどまで身体のあった所を高濃度の魔力の塊が通過した。


「……はぁ、はぁ、はぁ……、とんでもねぇ野郎だ……」


 魔法弾を何とか躱した鯖島が肩で息をする。

 やがて、鯖島はギロリと康太を睨み付けると、口元を歪ませた。


「……だが、躱したぞ。あれほどの魔法弾、何発も打てるもんじゃねぇ」


「……」


「おめぇの実力は認めてやるよ。だが、勝つのは俺――― ぐぶぁっ!」




 勝ち誇っていた鯖島だったが、背後から凄まじい衝撃を受けて吹き飛んだ。


「……ぐ、うぐぅっ……!」


 鯖島には何が起きたか分からなかった。

 分かるのは、背中に凄まじい熱量の攻撃を与えられたことだ。

 

「先ほどの魔法弾の軌道を操作し、背後からお前にぶつけたんだ」


 地面に転がり、苦悶の表情を浮かべていた鯖島の顔が驚きに染まる。


「……うぐ、く……ま、まさか……」


「言ったろ? お前が得意な魔法弾で倒すと」


 魔法弾の軌道を自在に操作するのは鯖島の得意技だ。

 だが、鯖島にはあれほど高濃度の魔法弾を放つことは出来ないし、ましてやそれを操作する事など到底不可能だった。


「……あ、あれほどの、魔力の魔法弾を、え、遠隔で……。バ、バケモノ、め……」


 そう言うと、鯖島はガクッと地面に突っ伏した。






「そ、そんな、"狂犬"まで……」


 一人残された史郎は、全身を震わせていた。

 そんな史郎に、康太が歩み寄る。


「後はお前だけだな」


「ひ、ひぃっ!」


 史郎が怯えて後ずさる。


「秦野くんっ!」


 離れていた美里たちもこの場に駆け付けて来た。

 これで三対一だ。

 ますます史郎に勝機はなくなった。

 三人プラス精霊二体に囲まれ、もういよいよ史郎もお終いとなったその時―――




「こ、降参する!」




 史郎が大声でそう叫んだ。

 一瞬、その場にいる全員がキョトンとした表情を浮かべる。

 いち早く反応したのは、審判だった。


「し、勝者、高船美里!」


 その言葉を聞いて、ようやく美里たちが大きく騒ぎ始めた。


「……え、勝ったの? や、やったー! やったよ、美里ちゃん!」

「はい! ありがとうございます!」


 舞が美里に抱き付き、喜びを噛みしめる。


「秦野くん、ありがとうございます。決闘で勝てたのは全て秦野くんのお陰です。本当に全て……。秦野くんには、どんなに感謝してもしきれません」

「秦野くん、凄かった! まじで格好良かったよ!」


「……いえ、まぁ、勝てて良かったです」


 美少女二人から手放しに褒められる。

 特に舞は、喜びのあまり康太の腕をとって抱き付かんばかりの勢いだ。

 さすがにこれには康太も照れてしまった。




 


「……いい気になるなよ」


 勝利に酔いしれていた美里たちだったが、しばらくして史郎が放った一言で静まり返った。


「これで終わりだと思うなよ!」


 美里達を睨み付け、史郎が叫ぶ。


「はぁ? これで終わりに決まってんじゃん! 決闘で負けたんだから、アンタと美里ちゃんの婚約の話はもうお終いでしょ!」


 そう言い返す舞の声には、呆れたような色が含まれていた。


「こ、今回の婚約話に関してはそうだ。だが、決闘の取り決めには、今後の事は(・・・・・)何も含まれていない筈だ!」


「それは、そうかもしれないけど……」


「もちろん決闘の取り決めは守る。今回はおとなしく引いてやる。だけど、これで僕が諦めたと思うなよ。だいたい、分家の人間が本家の意向に逆らうこと自体おかしいんだ! それに加担したお前たち二人も許さない。必ず、後悔させてやるからな!」


 舞、そして康太に向けて、史郎が恨みの篭った視線をぶつける。


「そんな……」


 それを目の当たりにした美里の顔は蒼白だった。

 こんなことを言い出すとは予想していなかったのだろう。あるいは、前回の決闘後に闇討ちされた兄の事を思い出しているのかもしれない。


「……」


 康太が溜め息をつきかけた時、遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。


 その音にギョッとしたのは、審判をしていた高船神社のスタッフたちだった。


 決闘会場があるこの一帯は、高船神社の私有地になっている。一般の車が入ってくることはまず有り得ない。特に今日は決闘が行われているので、普段より厳重に進入禁止が施されている筈だ。


 スタッフ達がざわざわと騒ぎはじめるが、康太にはこの車の主が誰なのか予想がついていた。


(まるで狙いすましたかのようなタイミングだな。……いや、実際にどこからか決闘の経緯を見ていたんだろうな)


 車が停まる。

 中から現れたのは二人の若い女性だった。

 一人は明らかに身なりが良く、もう一人はその秘書のように振る舞っている。

 スタッフの一人が彼女達に話し掛ける。


「ここは私有地です! 関係者以外立ち入り禁止となっています!」

「こちらの方は関係者です。高船神社本家の許可を得てここに来ました」


 秘書の女性が答える。


「本家の許可を得ただと? 一体何者だ?」


 史郎が訝し気に尋ねると、身なりのよい女性が上品に微笑んで答える。


「申し遅れました。私は西城院楓(さいじょういんかえで)と申します」


 女性の名前を聞いた瞬間、スタッフたちは一段とざわめいた。


「西城院!? あの三大財閥の?」

「なんで西城院家の人間がここに?」

「あの女性は楓と名乗ったが、現当主の娘じゃないのか?」

「本当だ、見たことあるぞ!」


 美里たちも驚いているようで、「うそ!」とか「なんで!?」と口にしていた。


「さ、西城院家のご令嬢とは知らず、ご無礼致しました。それで如何なる用件でしょうか、当神社の本家の許可を得ていると伺いましたが」


 楓の正体を知り、史郎は急に態度を豹変させた。

 畏まった笑顔を楓に向ける。


「まずはこちらをご覧ください」


「これは、父上からの、封書? …………なぁっ!?」


 しかし、その作り笑顔も一瞬で崩れ去る。

 楓が差し出した封書を読んだ史郎の顔が、驚愕に包まれた。

 

「……これは、どういう事ですか?」


「どういう事も何も、封書の通りです。決闘の結果、高船美里さんの婚約が白紙になった場合、美里さんの身元を西城院家が預かる。その許可を高船神社の本家当主から頂きました」


「ええっ!?」


 楓の言葉を聞いて一番驚いたのは、美里本人だった。


「……な、なんで、西城院家が私を……」


 動揺する美里に、康太がそっと耳打ちする。


「高船さん、これは僕が打った手です。悪いようにはしませんから、話を合わせてください」


「秦野くんの……? う、うん。分かりました」



「封書の件、ご理解頂けましたか?」


 楓が念を押す。

 顔を青くした史郎はしばらく呻いていたが、やがて―――


「……はい、承知しました」


 と、小さく呟いた。

これで決闘編は終わりです。

次回は一章のエピローグと、楓の裏話的な話です。

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