第12話 高船神社の決闘③
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決闘は今から一時間後に始まるという。
康太達は控室で、作戦の最終確認と戦いの準備を整える事にした。
美里は着用していたワンピースから巫女服に着替えた。高船神社の決闘では、これが代表者の正装らしい。史郎も今頃、神主のような格好に着替えているそうだ。
舞はネックレスや腕輪など何か装飾品のようなものを身に着けていた。康太が不思議そうに眺めていると、精霊との親和性を高め、術を発動させやすくする効果があると説明してくれた。
(ゲームなんかでよくあるマジックアイテムみたいなものかな?)
特に戦いの準備がない康太は、そんなどうでもいい事を考えながら、女の子二人がテキパキと準備していく様を眺めていた。
「ちょっとトイレ言ってきます。場所はどこですか?」
暇を持て余した康太は、今の内にトイレを済ませておくことにした。
「控え室を出て右にいった所です。神社の隣にあるのですぐ分かると思いますよ」
「ありがとうございます」
康太が席を立ったのを見計らって、舞はらいらいを召喚した。
「らいらい、貴方がアカメさんから口止めされているのは何となく分かっている。だけど、これだけは答えて欲しいの。秦野くんは、史郎達に勝てると思う?」
康太に励まされ、美里も舞も折れかけていた心を取り戻した。二人とも今は、諦めずに最後まで戦うと心に決めていた。一方で、二人の心が落ち着きを取り戻しただけで、目の前の現実が好転したわけではないことも分かっていた。強力な史郎チームに"狂犬"という鬼札が加わり、勝算が絶望的になったという現実に全く変化はない。むしろ、頭が冷静になった分、その現実がより鮮明に圧し掛かっていた。
美里も舞も、この事態を打開するような妙案は浮かばなかった。そして、決闘開始まで残された時間は少ない。そんな中、二人が僅かな期待を抱いているのが、康太の存在だった。
もちろん二人とも、康太に過剰な期待を寄せている訳ではない。「まぁ、何とかなる」と口にした康太が有言実行し、全てを解決してくれるなどと虫の良い考えを抱いている訳ではなかった。敵の異能者が暴いたように、康太はDランク異能者だ。敗北濃厚な決闘の結果を覆せるほどの実力はない筈だ。
だけど一方で、康太には理解しがたい"力"があるのも事実だった。学園の異能値測定を誤魔化した方法や、らいらいも恐れるアカメという精霊を使役している理由。康太に詮索を禁止されたので結局分からず仕舞いとなっているが、康太は一介のDランク異能者では説明できない謎を秘めていた。
そんな康太だから、美里も舞も厳しいだろうと半ば諦めつつも、心のどこかで康太に期待している部分があった。その一端を確かめようと、舞はらいらいに質問したのだが、帰ってきた答えは絶望的な答えであった。
「……正直、厳しいだろうな」
「で、でも、アカメさんって、らいらいでも一目置くような存在なんでしょ? じゃあアカメさんが本気を出せばもしかしたら……」
言い寄る舞に、らいらいが静かに首を振る。
『本気を出す事が出来たら、そうだろうな。本来のアカメ殿ならば高船史郎達に後れを取る事はない筈だ。だが、お嬢はよく知ってると思うが、使役精霊ってのは術者の力量に大きく左右される。そしてあの坊主はDランク。これでは、使役精霊であるアカメ殿の実力を十分に引き出すことは出来ねぇ』
「そんな……」
愕然とする舞に言葉をかけたのは、美里だった。
「大丈夫ですよ、舞さん」
「でも……」
「そこまで秦野くんに頼る訳にはいきません。当たり前の話ですが、これは本来、当事者である私が何とかすべき問題です。秦野くんはこんな分の悪い決闘にここまで付き合ってくれました。それだけで感謝してもしきれません。そんな彼に応えるためにも、私はこの決闘を最後まで諦めるわけにはいきません」
「美里ちゃん……、そうだね」
美里の言葉が強がりであることは、舞にも分かっていた。しかし、それを指摘しても無粋だし、意味のないことだ。舞は美里の言葉に静かに頷くのだった。
一時間後、審判役の人が康太たちを呼びに来た。
決闘場所はこの神社の鳥居の前らしい。
古ぼけた鳥居の前には、審判役と思われる何人かの大人達に加え、高船史郎たち敵チームの姿も既にあった。
「来たのか。てっきり不戦敗を選択すると思ってたんだけどねぇ。せっかく決闘前に"狂犬"の存在をおしえてあげたのに、無駄になったようだ」
決闘場に姿を現した美里達に対し、開口一番、史郎がそう言った。
「……」
美里は何も答えず、黙って史郎を睨み付ける。
「おお、怖い怖い。まぁ、そんな顔が出来るのは今のうちだけだよ。婚約さえ成ってしまえば僕には時間がたっぷりとできる。あとはじっくり君の心を解していくだけさ」
「……っ!」
史郎は、恍惚とした表情を浮かべながら美里に舐め回す様な視線を送る。さすがにその視線には美里も悪寒を感じたようで、ブルリと全身を振るえさせた。
「もう勝った気でいるんじゃないわよ! それに、仮に決闘に勝ったからって美里ちゃんの心まで容易く手に入るとは思わない事ね!」
何も言わない美里に代わり、舞が史郎をけん制する。
ところが、言われた史郎の方は舞の言葉に全く動じない。それどころか、むしろ嘲笑するような笑みを舞に返す。
「それはどうかねぇ? 僕の言葉にどういう意味があるか、それは美里ちゃんの表情を見れば分かるんじゃないかな?」
「え?」
史郎の言葉の意味が分からず、舞は美里に視線を向ける。美里は何も言葉にしなかったが、明らかに苦しそうな表情をしていた。
「高船神社の同門である美里ちゃんは知っていると思うけど、高船神社は古来より呪術や諜報活動に秀でた家系だ。権力者の暗殺や調略に加担する事でその勢力を大きくさせてきた。相手の心を操る術なんかは高船神社の十八番と言っていいのだよ」
「……黙りなさい」
ニヤけ面で説明する史郎に対し、美里がポツリとそう呟く。だが、史郎は美里を一瞥するだけで、説明を中断することはなかった。
「いかに美里ちゃんが高尚な精神の持ち主だったとしても、高船神社の術の前では、それほど時間は必要ない。……そうだね、一年もあれば、昼も夜も僕に従順な最高の妻になってくれる事だろう」
「―――黙りなさいっ!!」
「高船さん!」
再び激昂した美里を康太が慌てて止める。
「高船さん、落ち着いて。冷静さを欠いちゃ相手の思う壺だ」
「……くっ!」
度々激昂する美里に、康太は内心で驚いていた。普段の凛とした立ち振る舞いからは分からなかったが、本当は感情の起伏が激しい娘だったのだろうか。
(……いや、違うな、アイツのせいか)
一瞬、美里の評価を変えかけた康太だったが、すぐに別の考えに至る。
美里がうまく感情を制御できないのは、高船史郎が相手だからだ。
美里の兄が闇討ちされた件といい、史郎には、美里の逆鱗に触れる材料が腐るほどある。思い返せば、美里は史郎のことを「人として嫌い」と明言していた。物腰の柔らかい美里が個人にそんな辛辣な評価を降すのは珍しい。
とはいえ、これは今から史郎と戦う美里にはあまり良い話ではない。戦いというのは冷静に臨んでこそ普段の実力を発揮できるもの。熱くなった頭では、すぐに動きを読まれたり、相手の術中に容易に嵌まってしまう。
(高船さんにとってかなり相性の悪い相手ということか……。それにしても、史郎の話が本当なら決闘に敗北すれば高船さんの人生は詰み確定じゃねーか。なんでこんな重要な事を今まで黙ってたんだ? ……いや、それこそ無理な話か)
この決闘に負ければ性奴隷に近い立場に堕とされる―――。そんなこと、華も恥じらう女子高生が異性相手に口に出来る内容ではない。
「美里ちゃん、大丈夫だよ! 作戦通りやればきっと大丈夫だから!」
「舞さん……、ありがとうございます」
舞が美里の肩に手をやり、励ますようにそう言った。美里はいまだ頬が紅く感情が昂ぶっている様子だったが、何とか舞の言葉に頷いた。
「両チーム、準備はいいですか?」
「……ふん、もう少し揺さぶりたかったが、続きは本番の楽しみにするにしようか」
審判から声がかかると、史郎はそう呟いて一歩下がった。
――――
「―――以上が決闘のルールとなります。両チームよろしいですか?」
「ああ」
「……はい」
「では、開始位置まで下がって」
両チームは互いに二十メートルほどの距離を開け、決闘の開始位置まで下がる。
「では、これより決闘を始めます。―――始めっ!」
決闘開始の合図と同時に、遠距離攻撃型の美里と舞が後方に下がった。それと同時に、前衛の康太が左手に風の盾を出現させる。一方、史郎のチームは開始位置から動かなかった。素早く戦闘態勢に入った美里達をニヤニヤしながら眺めているだけだった。
「……何を狙っているんですか?」
美里は術式を組み立てつつ、臨戦態勢に入らない史郎に訝し気に尋ねた。
「美里ちゃん、僕はこの決闘で、君の心を折るつもりなんだ」
「……心を?」
「そう。婚約が成立してからゆっくり調教してもいいんだけど、負けん気の強い君のことだ、また良からぬ事を企てるかもしれないからねぇ。僕に逆らうとどうなるか、この決闘でじっくり分からせてあげるよ」
そう言うと、史郎は正面にいる康太を指差した。
「まず、そのフザけた覆面男を瞬殺する。次にその子、宇佐部舞だ。宇佐部さんには申し訳ないが、じっくりと甚振るように倒させてもらう。美里ちゃんがこの段階で降参するならばそれはそれで良し。しないならば、その分だけ宇佐部さんの可愛い顔に一生消えない傷が増えることになる」
「……っ!」
名指しされた舞は一瞬怯えた表情を見せる。だが、すぐに歯を食いしばり、力強く史郎を睨み返した。
「負けん気の強い美里ちゃんは、おそらく降参になかなか応じない。たぶん、彼らへの攻撃を止めさせようとするだろう。だけど、その行動も僕たちに封じられる。実力で劣る君はどうすることもできない。徐々に傷付いていく仲間を見ながら、君は無力感に苛まれるわけだ」
「貴方という人は……っ!」
美里が怒りを露わにする。
そんな美里に応じるように、舞が一歩前に出た。
「そんな事させるわけないでしょ! らいらいっ!」
『おうよっ! 雷撃!』
バチバチという音を立て、らいらいが数束もの雷撃を放つ。
その光の束は、凄まじいスピードで史郎たちが立つ場所へと殺到した。
バリバリバリバリィ!!
大きな衝撃音が響き、大量の土埃が周囲を覆う。
「油断したわね、ベラベラと下らないこと喋っているからよ!」
舞が小さな胸を張り、勝ち誇った顔でそう言った。
肩で息をしているあたり、それなりの魔力を使ったのであろう。しかし手応えもあったようで、舞の口元には得意気な笑みが浮かんでいた。
そんな舞のドヤ顔は、土埃の中から聞こえてきた声を聞いた瞬間、曇らされることになった。
「まだ会話の途中だったんだけどなぁ」
その声と同時に、風で土埃が飛ばされる。
舞の目に飛び込んできたのは、無傷な史郎達と、魔力で張られた障壁だった。
「……そんな、かなり魔力を込めたのに無傷なんて」
「近田さんの結界……」
美里が苦々しく呟く。
近田は史郎チームの三人目のメンバーだ。
Cランク上位の異能者で、結界術を得意とする。
"狂犬"だけでも手に余るのに、康太達は実力者である近田にも対応しないといけないのだ。
「さて、今度はこっちの番かな? 美里ちゃん、君には先ほど僕たちの手の内を明かした。でも実力の伴わない君は、これからされる仕打ちをわかっていても止める術がない。無力感を感じながら、君がどこまで虚勢を張れるのか見ものだよ」
史郎が禍々しく笑みを浮かべる。
「やれ、"狂犬"。まずは覆面だ」
「りょうーかい」
"狂犬"の掌に魔力が集まっていく。
それは、美里たちから見ても恐ろしく濃密で強大な魔力だった。
「に、逃げてください、秦野くん!」
「逃げてぇっ!」
美里と舞が泣きそうな声で叫ぶ。
その声が聞こえたのか、康太が美里たちの立っている場所から反対の方向に向かって走り出した。
「無駄だぜ。俺の魔法弾からは誰も逃れらることはできねぇ」
鯖島が獰猛に笑う。
鯖島の通り名である"狂犬"。
実は、その名前には二つの由来があった。
一つは彼の残虐な戦闘スタイル。
そしてもう一つは、彼の攻撃手法だ。
鯖島は魔力操作に長けた異能者だ。
そんな彼が最も得意とする攻撃が、魔法弾による狙撃だった。
鯖島は、放った魔法弾の軌道を遠隔で自在に変えることが出来るのだ。
その姿はまるで、獲物をどこまでも追尾する狂った狼のよう。
一発の威力が強力で、しかも追尾型の魔法弾に対抗するのは難しく、これまで多くの者が命を落としてきた。
「じゃあな、覆面」
鯖島の掌から、巨大な魔法弾が放たれる。
「秦野くんっ!」
美里の悲鳴のような声。
その声が聞こえたのと、魔法弾が走っている康太を捉えたのは、ほとんど同時だった。
ドオォォォォン!!!
先ほどの倍以上もある大きな爆発。
美里たちの元にも熱風が押し寄せ、思わず手で顔を覆う。
この爆発の激しさ。
これを自分たちが食らえばどうなるか。
まず無事では済まないだろう。
それなりの実力者である美里と舞には、その事が十分に理解できた。
「秦野くん……」
「そんな……」
理解できてしまうが故に、その爆発の渦中の人物の安否もまた、絶望的だった。
「ヒャヒャヒャ、まずは一人目だねぇ」
爆発地点を不安気に見つめる美里と舞の耳に、史郎の愉しそうで不快な声が届く。
「どうだい、一人やられて降参する気になったかい?」
史郎が美里に尋ねる。
その表情はまさに喜色満面だ。
「……許さない……っ!」
怒りに任せ美里が式神に魔力を込める。
そして、史郎に向かって放とうとしたその時だった。
「まだ、やられてませんよ」
土煙の中から、少年の声が響く。
史郎達の顔に驚愕の色が宿る。
その史郎達の姿は、先ほど自分の攻撃が全く効かずに戦慄していた舞の挙動を再現するかのようだった。
やがて土煙が晴れ、五体満足の覆面の少年が姿を現した。
「秦野くん……っ!」
「貴様っ……」
康太の無事な姿に美里たちが喜びを露わにし、史郎は忌々し気な声をあげた。
康太は覆面越しにフッと笑うと、史郎が舞に向かって吐いた台詞を繰り返す。
「―――今度は、こちらの番かな?」