第10話 高船神社の決闘①
決闘の会場は車で二時間ほどの所にある。
会場へは美里が手配してくれた車で向かう。
当日は朝九時に学園の裏門前に集合!
こんな連絡が、舞から電話で来た。
休日に異性と遠出なんて、康太の人生では初めての事かもしれない。
しかも、連れの女の子は超が付くほどの美少女。
学園のアイドルである美里は言うまでもないし、舞も体型は小柄だが小動物のような可愛らしさがある。
その二人とお出かけ―――。
このことを知られたら学園の男子全員から相当な恨みを買う事になるだろう。
遊びのお出かけならば、どんなに心躍っていたことか。
しかし、康太が向かうのはショッピングでもなければ映画でもなかった。
血生臭い決闘だ。
そして、今日はその当日。
決闘の日曜日だ。
康太は溜め息を一つつくと、準備していた覆面を鞄に詰め込み、待ち合わせ場所である裏門前へと向かった。
裏門前には、既に美里と舞の姿があった。
待ち合わせの九時までまだ三十分以上はある。
(え、ちょっと早すぎだろ?)
とはいえ、女の子を待たせてしまったのは事実だ。
申し訳なく思った康太が小走りで近付くと、それに気付いた舞が声をあげる。
「あ、秦野くーん! こっちだよー!」
舞はピョンピョン跳ね、大きく手を振っている。
まるでようやく親に会えた迷子のようだ。
康太はたまに、この先輩が本当は年下ではないかと疑いたくなる。
「すみません、お待たせしました」
「ううん、私達もいま来たところだから」
「それに、まだ三十分以上も時間がありますしね」
休日という事で、二人の恰好は私服だった。
美里は春っぽい明るめのワンピースにカーディガン。舞は動き易そうなショートパンツとカットソーを重ね着している。
淑やかな雰囲気の美里と活発な舞、それぞれの個性にあった服装が、制服とはまた違った彼女達の魅力を引き立たせる。
「…………」
「ん? どうかしたの?」
「――あ、いえっ! 何でもないです」
思わず見惚れていた康太だったが、舞の声に慌てて首を振る。
「間もなく迎えの車が来るはずですから、少しお待ちください」
「あ、はい」
美里とそんな会話をしていると、舞がニヤついた顔で康太に耳打ちしてきた、
「秦野くん、さっき美里ちゃんに見惚れてたでしょ?」
「…………そんなことないですよ?」
「美里ちゃんの私服姿を見たがっている男子は山ほどいるんだよ。こんな機会を与えた私に感謝してよね?」
「……感謝? 俺もう帰っていいですか?」
「あ、うそ、ごめん! 冗談だから、意地悪言わないで!」
調子に乗ってきた舞に釘を指すと、慌てたように掌を返した。
こういう愛嬌のあるところは彼女の個性というか、憎めない部分だ。
「それよりさ、らいらいがアカメさんの事を何にも話してくれないんだよ。すっごい気になるのに。秦野くん、らいらいに何かしたの?」
「何もしてませんよ、俺は」
康太はそう答えつつ、内心で「無理もないだろうな」と思った。
康太はらいらいに何もしていない。
何かしたのはアカメ本人だ。
旧時計台での会合の折、別れ際にアカメとらいらいがしていた会話を思い出す。
『らいらいくん、でええんよね? なんやウチのこと知ってるみたいやけど?』
『おう。い、いえ、はい。……俺、いや自分は、異世界で、モゴト山を縄張りにしてますんで』
『ああ、なるほど。あの山の辺りやったらウチの眷属が仰山いてるな』
『はい』
『ほんなら話が早い。異世界のウチの事を知ってるんなら、ウチの目がめっちゃ良えのは知ってるよね?』
『……? はい』
『それはこっちでも同じ。どんなに遠く離れててもウチの目からは逃れられへん。それも分かるな?』
『……はい』
『いい? 今のウチはアカメ。ただのアカメや。その辺、味能う頼んますえ?』
『……は、はい……』
(らいらい、もの凄い脅されてたからなぁ)
「私が何を言ってもダメなの。らいらいがあんなに頑なに拒むのなんて初めてだよ」
「まぁ、そうでしょうね……って、ちょっと待ってください。何でアカメの正体を探ろうとしてんですか。俺の正体を詮索しないっていう条件でしたよね?」
康太が突っ込むと、舞はあからさまに「しまった!」という表情を見せた。
「あ、いや、……わ、私は秦野くんの正体は探ってない! アカメさんの事を知りたかったの!」
「そんな詭弁を……。いいですか、次にやったら本当に協力を打ち切りますよ?」
「う……。ごめんなさい。もうしません」
再び舞が縮こまった所で、迎えの車がやってきた。
――――
決闘は隣県にある高船神社の分社の一つで行われる。
そこに到着するまでの間、康太達は車内で決闘の打ち合わせをする事にした。
作戦の本筋は先日確認した通りだ。
康太と舞で高船史郎以外のメンバーを足止めし、美里対史郎の形に持っていく。
効率良くその形に持っていくにはどのようにすればいいのか。
最初の立ち位置はどうするか。
仲間同士の異能の組み合わせはどうか。
お互い異能情報などを交換しつつ、フォーメーションなど様々な事柄を話し合った。
康太達はそれぞれ、康太が魔法使い、美里が巫女、舞が精霊術師として異能の力をふるえる。
全員が中~長距離向きの能力だ。
正直に言うと、あまりバランスは良くない。
ただ、康太が魔法で風の盾を作れるので、暫定的に前衛をすることになった。
舞はその康太を、らいらいや他の契約精霊を使って長距離から援護する。
美里は遊撃だ。康太と舞を支援するように立ち回りつつ、史郎が一人になった瞬間を狙う。
様々な意見が出る中、康太も差し障りない範囲で自分の異能を明かし、作戦を練っていく。
打ち合わせが一段落した頃、美里が躊躇いがちに口を開いた。
「……秦野くん、今回は本当にありがとうございます。貴方が協力してくれなければ、この様に決闘で勝ち目を探ることすらできませんでした」
もし康太に協力を断られてしまったら、後はEランクの異能者に頼らざるを得なかったそうだ。Eランク異能者ではただでさえ大きい総合力の差が一段と開いてしまう。そうなると、各個撃破されて簡単に敗れる結果しか見えなかったそうだ。
「まだ作戦が成功すると決まったわけではありませんよ」
「それでもです。ここまで希望を捨てずにいれたのは、貴方が協力に応じてくれたからに他なりません。本当にありがとうございます」
「……そんな大げさな、とは思いますが、高船さんのそのお気持ちは受け取っておきます」
「はい」
先日から美里にはお礼を言われてばかりだ。それだけ美里が康太に恐縮しているという事なのかもしれない。ここは「気にするな」と言うよりは素直に応じた方が良いだろう、と康太は判断した。
「それで、決闘への協力のお礼なんですか、もちろん秦野さんの動画データを消すのは当然として、何か私にして欲しいことはありますか? 可能な限り応じたいと考えていますが……」
「それこそ、作戦が成功してからにしましょう」
「分かりました。では、考えておいてくださいね」
そんな会話をしている間に、康太達が乗せた車は決闘の会場へと到着した。
決闘会場は、山奥にある古びた神社だった。
鳥居には苔が生え、石段はひび割れている。昼間だからまだマシだが、夜なら絶対に一人で来たくない、まるで心霊スポットのような場所だ。実は、ここは何百年も前から決闘会場として使われている由緒正しい場所だという。周囲の山々は全て高船神社の所有地なので、好きに異能の力を使えるそうだ。
駐車場代わりの空き地には、既に何台かの車が停まっていた。既に到着している高船史郎らの車に加え、審判役として駆り出された高船神社のスタッフの車もあるようだ。
美里たちも車を降り、神社の境内へと向かう。
康太も覆面を着用し、その後に続く。
「ようやくお出ましかぁ。まってたよ美里ちゃん」
境内に入ろうかという頃、馴れ馴れしく美里を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の方に視線を向けると、十代後半の男子を中心に、数人の男達が立っていた。
声を掛けてきたのは、その中心の男子のようだ。
康太と同い年ぐらいだろうか?
見た目は、普通。
体格も特筆すべきところは無い。
どこにでもいそうな高校生って感じだ。
しかし、口元に浮かんだ厭らしい笑みと、美里に向ける舐め回すような視線が不快だった。
康太が眉を顰めていると、美里が康太にだけ聞こえるように呟く。
「―――あれが、高船史郎です」