第9話 楓に報告電話
『高船神社の決闘に参加する!? アンタ大丈夫なの!?』
楓のキンキンした声が電話越しに響き、康太は思わず眉を顰めた。
学生寮に帰ってきた康太は、さっそく美里達との話合いの顛末を楓に報告した。案の定、楓は康太の決断に驚き、やや非難めいた反応を示した。
「実力を隠している事がバレちゃったからね、逆に協力した方が恩を売れると思ったんだよ」
『と言ったって、決闘でまた力を使うんでしょ? 結果的にもっとたくさんの人にアンタの実力を知られことになるじゃないの?』
「一応、決闘では覆面とかもアリなんだって。正体はバラさずに済むと思う」
出来るだけ正体を隠したいという康太の要望は、思いのほかあっさりと聞き入れられた。
何でも、決闘のメンバーは覆面や匿名でも問題ないらしい。
決闘相手の正体が分からないなんて怪しい事この上ないと思うのだが、着眼点は別のようだ。
決闘で競うのは代表者同士の強さだ。
そしてその「強さ」には、代表者の人脈も含まれる。
実力のある人物と繋がりがあるならば、例えその人物の素性が分からないとしても、その代表者が持つ「強さ」の一つに捉えられるというのだ。
強引すぎる理論だろ、と康太は思ったが、
「何分、千年近く伝わる古いしきたりですので……。
こういったものは、その時代の権力者の都合で強引に解釈が捻じ曲げられたり、妙な新ルールが作られるのは良くある話です。おそらくこの解釈も、どうしても決闘に勝ちたかった昔の権力者が強引に作り上げたものなのでしょう。
ですが、今回は結果的にそれが幸いしました」
と、美里に言われてしまった。
『で、その決闘はいつなの?』
「今度の日曜日」
『は? 今度のって……明後日じゃない! 急すぎでしょ!?』
「そう。だから二人もメンバー探しに焦っていたらしい。強引に脅迫状なんて送ってきたのはそれが理由だって」
思い返せば、今回の美里と舞の行動はお粗末な点が多い。
康太の素性調べは中途半端。そして、中途半端にも関わらず、強引に康太に脅迫状を送付した。正体も実力も分からない相手を脅すなど、正直、暴挙に近い。
だがそれも、期日が迫っていたという背景を聞かされたら合点がいく。
二人にとって、康太の説得が成功するかは一か八かの賭けだったのだろう。
『ったく、全然時間ないじゃない。それで、勝てる見込みはあるの?』
「分からない。ただ、一応作戦はある。対戦相手もある程度予想できているらしい。彼女達は勝算は高いと言ってんだけど……」
『ふーん。具体的にどうするの?』
「それは―――」
美里と舞が立てた作戦は、相手チームに勝つことではなかった。
チームとしての勝利は諦め、高船史郎を倒すことに専念するというものだった。
高船神社の決闘は三対三のバトルロワイヤルで行われる。
そのため、チームの総合力が鍵となる。
今回、高船史郎はそれなりの手練れを連れてくるのは間違いない。
とはいえ、史郎は跡目争いの末席にいる四男だ。動かせる人材に限界がある。
高船神社本家にはAランク異能者もいるが、それほどの大物を連れてくることは出来ないだろう。
美里の見立てでは、史郎の子飼いで実力の高い者、Cランク上位とCランク下位の二人の異能者が最有力候補だという。ちなみに史郎本人はDランク下位だ。
対するこちら側は、美里がCランク中位、舞がDランク中位、康太がDランク中位だ。康太が本来の力を明かせば話は変わってくるが、現状では総合力で劣っている。
そこで、美里達が立てた作戦は、チームの勝利を捨てるというものだ。
康太と舞で何とか史郎以外のメンバーを足止めし、美里対史郎の構図に持っていく。格上相手に足止めを行う康太と舞の負担は大きいが、美里ならばそれほど時間をかけずに史郎を圧倒することが出来る。
最終的にチームは負けてしまうかもしれない。
だが、代表者同士の戦いで美里が勝てば、決闘の後の交渉で条件を付与する事が可能だ。
特に今回の決闘は、婚約の応否を問うもの。
将来の伴侶になる予定の二人が、それぞれのチームの代表者なのだ。
代表者同士の対決の結果は通常の決闘時に比べて重みがあり、条件を附与する余地も大きくなる。
その後は交渉になるが、上手くすれば婚約の話を有耶無耶にすることも出来るという話だった。
『……ちょっと賭けの要素が強い作戦ね』
作戦の概要を聞いた楓が、そう感想を漏らした。
実は、康太も楓と同意見だ。
この青写真通りに進めるには、超えるべきハードルが幾つもある。
しかし康太は、作戦が賭けっぽくなったのも仕方ないかも、とも思った。
美里達は、仲間もいない、時間もない、ツテもないという追い込まれた環境で作戦を練った。例えば、メンバーにCランク異能者が一人でも加わっていたならもっとマシな作戦が立てれただろう。しかし、その肝心のCランク異能者に軒並み協力を断られてしまったのだ。その背景を考えれば、作戦の稚拙さを責めるのは少し酷と言うものだ。
『ま、アンタが本気出せば悩む必要なんてないんだけどね』
不意に、楓がそんなことを言いだした。
「はぁ? そんな事したらせっかく正体隠してんのに意味ないだろ」
康太は、"出来ない" とは言わなかった。
出来るか出来ないかで問われたら、おそらく康太は出来る。
実戦経験の乏しい康太だが、相手の異能値――魔力を感じとることは可能だ。
話し合いの際にCランクの美里の魔力を測っていたが、自分よりも遥かに小さかった。
そして、決闘の対戦相手もCランク。
美里と同程度の異能者と考えれば、例えそれが二人であっても、余裕を持って相手取ることができる。
『そうかもしんないけどさぁ、でもその作戦が途中で失敗したらどうすんの? 彼女達に次善策はないんでしょ?』
「それは…………まぁ、あくまで最終手段としてなら、アリかもしれないけど」
『やっぱり。少しは考えてんじゃない』
「あくまで最終手段だ!」
康太が突っぱねると、何かを思い付いた様に楓が口を開いた。
『もしかして、アンタ、その子に惚れたの?』
「――はぁ!? 何言ってんの!?」
『だって、依頼してきた子って高船美里でしょ、高船神社の。異能者業界ではちょっとした有名人よ。分家とはいえ、類稀なる才能をもった天才巫女。将来Aランクになるのは確実。そして、絶世の美・少・女! ここでイイ所見せれば、アンタにもチャンス出てくるかもよ?』
楓は殊更に"美少女"を強調してきた。
楓に言われ、康太の脳裏に美里の可憐な姿が蘇る。
彼女に真剣な瞳でお願いされた時、確かにグッとくるものがあった。
「…………いや、マジでそんなんじゃないから」
『あ、そう』
楓の返しは素っ気ないが、その声色から楽しんでいるのが伝わってくる。
おそらく、隙あらば康太をからかおうとしているのだろう。
「……楓さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
『んー?』
康太が楓にした"お願い"。
それは、楓にとって意外なものだった。
『……アンタがそんな事言うなんて珍しいわね』
「まぁ、どうせ協力するなら上手くいって欲しいからね」
『ふーん……、まぁ、いいわ。でもさ、そこまでして、その子たちは本当に信用できるの?』
楓の口調が少し硬くなった。
真面目な問い掛けだ。
康太も、先ほどのチャラけた気分を正して答える。
「おそらく。直接話した感触では嘘を言ってないし、状況証拠からも彼女達が本当の事を言っているのは間違いないと思う」
『そう。……昨日今日会ったばかりでそんなこと言うなんて、やっぱり惚れたの?』
「しつこいぞ!」
『だって、気になるじゃない。何でそんなにって』
「別に。………ただ、誰だって好きな相手と結婚できるのが一番良い、そう思っただけだよ」
多くの人に反対されながらも、好きな相手と結婚し、幸せを掴む。
康太も楓も、そうやって幸せになった人物を知っている。
康太にとっては今は亡き両親がそうで、楓にとっては最愛の兄がそうだ。
『……そうね。……よし、分かった! ここは美人で頼りになる叔母さんに任せておきなさい! 仮にアンタがヘマしても、私が強引に纏めてあげるから』
だからアンタの好きにやりなさい。
楓はそう言うと、電話越しに明るく笑った。
この割り切りが良く、面倒見の良い叔母を康太は慕っている。
だけど、先ほど恥ずかしい台詞を言ったこともあり、それを素直に口にする事はできなかった。
「……頼みます」
結局、康太はそんな無難な言葉を口にしたのだった。
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