お好み焼きの味は
「どうぞー。メニューはこれですんで、決まったら声かけてくださいねー」
女性店員が水を運んできてくれた。
同じく50がらみの様に見えることから、店のおかみさんと思われる。
違う。安原さんのお母さんじゃなかった。
メニューに書かれている店の名前は「お好み焼きふるさと」
店名も違っていた。
「梶村さん、注文はどうしますか?」
「あ、うん、じゃあ豚モダン焼で」
「じゃあ注文しますね、すみませーん!豚モダン2つください!」
はいよ、という威勢のよい返事がカウンターの奥から聞こえる。
油と煙で、黄色くすすけた店内がチェーン店にはない長年の趣を感じさせる。
私はネクタイを外して
「楽にしましょうか」
と、上着を脱ぎながら妹尾秘書に話しかけた。
「いえ、今は仕事中なので、」
「でも、汚れますよ。私しかいませんので、どうぞ」
「あ、はい。では、すみません。」
と何度目かのやりとりで彼は上着とネクタイを外した。
「梶村さん、さっきからどうされました?何かを探しておられるような」
「え、あ、そうなんです。以前来たことがあったのですが、どうやら雰囲気が変わってて。」
「ああ、それでですか」
妹尾秘書が得心したように言う。
「味も変わってますかね?」
「さあ、どうでしょう。気になるところです」
「はい。おまたせ。モダン2つで!」
「ありがとう。梶村さん、ビールはいいですか?」
「僕だけいただくのは悪いしね(笑)いいよ、大丈夫。さて、いただくとしますか」
ほくほくのお好み焼きに箸を入れる。湯気が湧き出てくる。どっさりのキャベツがほどよく、しっとり。コシのあるそばと甘辛ソースがよく絡んで、身体中を幸福感で充たしてくれる。
「これは」「「うまい!」」妹尾秘書と同時に声がでた。
がっつり腹に満たされ、私たちは幸せなため息をつく。
「どうでした?味は想い出の味と違いましたか?」
「どうだろう。とても美味しいお好み焼きだったけど、どちらが旨いというわけではないのですが、どこか違う気がします」
私たちは席をたち、会計を済ませるために、レジの前に行く。
「モダン2つで1,400円ですね」
もちろん私が支払いを済ませ、私はおかみに尋ねた。
「ここ、昔は以前、安原さんという方がしてませんでした?」
「あんた、よくそんな昔のこと知ってるね!もうやめて15年も昔になるよ」
「そうなんですか?知らなかった。同級生がいて、よく行っていたんですよ」
「なにやらね。旦那がなくなって独りで切り盛りしてたんだけど、おかみさんも身体壊しちゃったとかでね。あたしら夫婦が買ったのよ店を」
「安原さんご家族はどこに今いらっしゃるかわかりますか?」
「さあねえ、今は連絡してないから、もう、わからないねえ。」
「そうですか・・・ありがとうございます!すみませんね、美味しかった。ごちそうさま!」
「あいよ、また寄ってね。ありがとうございました!」
私たちは店を出た。最初にこの店にきたときはたしか、初夏の頃。
それから十何回目の夏を越えて、今はもうすぐ12月。冷たい外気に、吐く息が冷やされ、白くなる。
山中町は藤田市内でも高地にあるため、雪が早く積もる。
(今夜はこれだけ冷えると降るかもしれないな)
そう思いながら、私は家路についた。