空腹に完敗
初夏の宵の口。
沈みかけの太陽はもうこの学校からは見えない。
山の裾野に太陽が隠れるとあたりは一気に薄暗くなる。
あのあと、農林の川村先生に見つかって、
「何やっとるか!下校時間は過ぎとるぞ!」
と叱られたが、安原さんが子牛の哺乳をしていたと答えると、見逃してくれた。
「き、今日はあ、ありがとう。」
「へへー。いいよ、いいよ、気にせんで。梶村くんの意外な一面が見れて面白かったしね」
「あっ!」と何か思い付いたのか、安原さんはいたずらっぽく笑う。
「その代わり、帰り送ってってよ!うら若き少女が襲われたら大変!」
僕の寮は学校のすぐ横だったのだけど、もっと一緒にいたいと思ったから
「わ、わかったよ」
二つ返事で引き受けた。
帰り道はここから自転車で30分ほどの人通りの少ない山裾のあぜ道をとおる。
山中村の中心部(といっても田舎の集落程度)にまで来て
「おなかすいたー!」
と急に安原さんが言い出す。
「食べようよ!」
と、一軒のお好み焼き屋を指差し、店の前に自転車を停めて、「早く早くっ」と手招きして僕を急かす。
暖簾をくぐると、なんとも香ばしいソースの焼ける匂いが漂い、僕の食欲を刺激する。
「あら、深美。お帰り!」
「ただいまー」と狭いカウンターに腰掛け、僕もそれにならい腰をかける。
カウンターは5、6人が座れるほど。
奥にはテーブル席が2つ。
テーブル席ではビールを飲みながら、談笑するおじさんたち。
あれ?今ただいまって言ってなかった?
「ここ、私のウチ。食べてってー」
「あ、え?でも。」
「いいのよ、いいのよ。うちの娘がいつもお世話になってますね!遠慮せんで食べてって!」
安原さんをそのまま大人にしたような、きれいだけどサッパリした女の人が言った。
「そーそー!お母さんのお好み焼きはおいしーんだよ!」
香ばしいソースの匂い、ジュジュっという音。
お腹がぐぅ・・・とさっそく降参をした。